『起業のすすめ』の佐々木紀彦が学生起業を「すすめない」理由

挑戦のヒント
インタビュー挑戦

東洋経済オンライン編集長、NewsPicks創刊編集長を歴任してきた佐々木紀彦さんは2021年6月、42歳で独立。ビジネス映像メディアを運営するPIVOT株式会社を立ち上げ、上場を目指した新たなチャレンジのさなかにいます。

同年10月には、現在進行形の自身の挑戦と膨大な過去の取材をベースに『起業のすすめ』を上梓。その中で「起業してはや半年。これは人生最高の決断だったと言い切れます。なぜもっと早く起業しなかったのかと悔いているくらいです」と書いています。

今回はそんな佐々木さんに「スタートアップの勝ち筋」「必要なスキルセットやマインドセット」を聞きに行った……のですが、冒頭、佐々木さんの口をついて出た言葉は「起業すべきかどうかは人による」「起業は一つの手段でしかない」。さらには「学生起業はほぼ全て失敗するでしょう」とも。

挑戦する若い世代の背中を押すべく、勝手に「サラリーマンは皆、決起せよ」くらいの言葉を期待していたこちらからすると、肩透かしにあったよう。その真意を探りつつ、インタビューは始まりました。

PIVOT株式会社佐々木紀彦氏

PIVOT株式会社 CEO
佐々木紀彦(Norihiko Sasaki)

「東洋経済オンライン」編集長を経て、NewsPicksの初代編集長に。動画プロデュースを手がけるNewsPicks Studiosの初代CEOも務める。スタンフォード大学大学院で修士号取得(国際政治経済専攻)。著書に『米国製エリートは本当にすごいのか?』『5年後、メディアは稼げるか』『日本3.0』『編集思考』。2021年秋に『起業のすすめ』(文藝春秋)を刊行。大のサッカーオタク。

POINT

  • 得意の延長上に起業がある
  • 主観的な自分と客観的な自分、両方を持つのが強い創業者
  • リーダーの役割は、成長、勝利を提供すること

起業の前に、プロになれ

PIVOT株式会社佐々木紀彦氏

——たくさんのスタートアップ経営者を取材し、ご自身も現在進行形で挑戦中の佐々木さんが考える、スタートアップ起業の勝ち筋は?

二つあります。まず重要なのは、自分の得意な業界、領域でやることです。何をやっても成功するのは一部の天才だけ。逆に言えば、ある分野に関して専門性や人脈、実績がすでにあるのであれば、あまり外すことはないのではないかと思っています。

私の場合は、経済メディアに関してある程度の専門性も人脈も実績もありました。そういう意味では、経験を積んだ40代になって起業したのはよかった。その分、成功確率はかなり上がったのではないでしょうか。

ある分野で多少なりとも名の知れた存在になれば、資金調達も採用もしやすいですし、顧客もつきやすい。起業する前に何らかの分野のひとかどの人物になるというのが全てでしょう。

それがない中で起業しても難しい。ですから、一部の例外を除けば、学生起業はほぼ全て失敗すると思います。特定の分野で5年10年働いて、実績を上げることが先決ではないかと。

——もう一つのポイントは?

二つ目のポイントは、チャンスの扉が開いている業界や分野を探すことです。たとえば、テクノロジーが進化したことにより新たなチャンスが生まれてきている、など。そこを見抜けると、成功確率が上がります。

メディアはこれまでは規制業種でした。巨大なメディアグループに寡占されていた。そこにYouTubeのようなものが生まれ、誰でも番組配信できるようになりました。製作費も格段に安くなりました。技術革新により業界のルールが大きく変わった。そこにチャンスがありました。

変化の大きな時代ですから、一見穴がないように見える業界にも穴は見つけられます。日本の既存企業は動きが遅いので、先進国の中でも特にそういう穴が多い印象です。

ただし、いくら穴が空いているとはいえ、自分が素人だとやっつけられてしまう。だからある程度のインサイダー、玄人として攻める。これが一番強いのではないかと。

順番は問いません。好きで入った業界で穴を見つけて起業するパターンもあれば、穴が空いているところを見つけて飛び込み、時間をかけてその道のプロになるパターンもあり得ると思います。

「好きこそ物の上手なれ」は正しいか

PIVOT株式会社佐々木紀彦氏

——自分が得意なこととチャンスがありそうな分野を掛け合わせるというのは、起業に限らない成功のためのポイントかもしれないですね。

ただし、好きなことと得意なことは必ずしも一致しません。自分の場合はもともと本が好きで、たまたま一致していましたが。本人は好きでやっていても、他人から見ると大して上手くないというケースは意外に多い。「好きこそ物の上手なれ」は7割正しいですが、常に正しいとは言えません。

——向いていることを見極めるコツは?

俯瞰で自分を見て判断する必要があります。人から高く評価されるかどうかはその助けになるでしょう。一人二人に聞いただけでは間違うこともあるかもしれないですが、何人にも聞いていけば、人の評価は大抵正しい。いろいろな人からフィードバックをもらう作業が必要です。

スタートアップが成功するかどうかは創業者の能力で9割決まります。創業者であっても自ら手を動かすプレーヤーであることが求められるからです。つまり、得意の延長上に起業がある。その意味で、自分が得意なことの見極めは極めて重要です。

本当にその分野が得意で突出していたら、起業以前に、所属するその会社でも大きな成功を収めているはずです。ということは、その人の器が会社の器より大きくなった時が、起業の最適なタイミングと言えるかもしれないです。

器が大きくなってくると、このままではやりたいことを十全とやれないと感じ始めます。だから起業する。これが一番の成功の道ではないかと。逆に言えば、それくらいでなければスタートアップ起業は成功できないということです。

——佐々木さんは前職のNewsPicksStudiosでも映像コンテンツを手掛けていました。独立したのは、やりたいことを十全にやれる環境を求めて?

そうかもしれないです。NewsPicksStudiosはニューズピックスの子会社。さまざまな制約があり、やれることが限られていました。そんなタイミングで梅田さん(優祐氏。株式会社ニューズピックス代表取締役会長CEO)から「佐々木さんは起業に向いている」と言われて。それまで起業という選択肢を考えたことはなかったですが、「それもありかも」と思えた。だから独立する道を選びました。

データを頼りに、当たり前にPDCAを回す

PIVOT株式会社佐々木紀彦氏

——起業した後のことについても伺いたいです。PIVOTはもともと動画とテキストのハイブリッドでスタートしながら、現在は映像に振り切っています。なぜでしょうか?

市場の反応が全てです。試してみたところ、活字のウケが悪かった。だから動画だけにしたということです。自分のやりたいことは幹としてもちろんあります。ですが、それをどう届けるかという手段については、いろいろと試しながら、結果次第で柔軟に変えていくスタンスを取っています。

そうやってデータを見ながらスピーディに調整していけば、大抵のことは成功すると思っているんです。けれども、その当たり前のことが日本人は苦手。どうしてもそれまでのものにこだわってしまう。過去に縛られすぎていますよね。

——変わることへの抵抗が強い国民性なのでしょうか?

国民性というより、平成の30年間が大きい気がしています。デフレの時代で、失敗のコストが大きかった。ですが、今はインフレになってきていますよね。インフレはむしろ攻めた方がいい時代です。攻めの時代に大事なのは、いろいろと試してみて、ダメだったらすぐに変えてみること。失敗が得になります。

もちろん大きな失敗をしたらジエンド。ですからデータを見て、小さな失敗をしながら調整していくスキルが大事になります。それを素早く回せる人が勝つ。

議論しすぎないことが大事なのかもしれないです。みんなで語っている暇があるなら、まずやってみる。その結果を見てチューニングした方が圧倒的に速いですから。

——データ重視というのは顧客志向とも言い換えられますね。

もちろん全て顧客志向だけでいいかといえば、そんなことはないです。テスラもホンダも顧客志向で作っているわけではないと思いますし。一方では「とにかくこれを実現したい」という強い理想像は必要でしょう。

二つの自分を持っていることが必要なのかもしれないです。強烈に「これが欲しい」という主観的な自分と、一歩引いて、データも用いながらそれを客観的に見る自分。その両方を持っている人が成功しやすいのではないかと。

一方ではディテールに執拗にこだわるのに、もう一方では大雑把というように、自分の中に相反するものを同居させている人が強い創業者だと思います。

負けたら終わり。身の丈にあった勝負を

PIVOT株式会社佐々木紀彦氏

——挑戦には仲間が不可欠ですが、その点についての佐々木さんの考えは。どのように人を巻き込み、どのように一つにまとめ上げるのでしょうか?

成長、勝利、これに尽きるのではないかと。高度経済成長期の日本があれだけ一つの方向に向かって頑張れたのは、成長が続いていたからです。先日インドを視察してきましたが、同じことを感じました。みんなが成長を追い求めている。成長していれば国が豊かになる。豊かになれば貧困も減る。基本的にいいことばかりです。だからみんなが団結する。

もちろんいい時ばかりではないです。落ちた時のためにやはり共通の理念は必要でしょう。弊社でも目指すべきビジョン、ミッション、バリューを言語化し、掲げています。

PIVOT株式会社の共通の理念

ですが、リーダーの役割は結局のところ勝ち続けることではないかと。人生においては勝ちが全てではないと思いますが、ビジネスという競技においては勝つことが全てです。人生の貴重な時間を割いてくれる仲間に対して成長や勝利を提供する。これがリーダーの役割だと思っています。

——勝ち続けることなど可能ですか?

小さな負けはいいんです。けれども、スタートアップが大勝負に負けるとジエンドに近くなる。一度失った勢いを回復するのはかなり難しいです。大企業であれば何度か大きな失敗をしてもまだチャンスがあると思いますが、スタートアップは連戦連勝じゃないと終わる。厳しい戦いですよね。

そういう意味では、大勝利を追うより負けないことが大事なのかもしれないです。成功しているスタートアップは、非常に堅実な経営をしている。データを見てコツコツと改善し続けている。それをある時にふと振り返ると非連続の成長に見える。スタートアップの勝ち筋とはそういうことなのかもしれないです。

人間だからどうしても自信に溢れて浮ついてしまう時期があります。ですが、浮ついて身に余る大勝負をしてしまうと、そこから崩れていく。そういうスタートアップをたくさん見てきました。

——佐々木さんご自身は浮ついてしまうことはありませんか?

もちろんあります。そういう意味ではやはりこの年齢でよかった。30代中盤だったらもっとイケイケだったでしょう。「ちょっと遅かったかな」と思うこともありますが、経営の世界では40代でもまだまだ若い。海外基準で見ても、大きな会社のCEOには50代、60代が多いです。

インドのVCに聞いた時も、案外年配の人が多いのだと言っていました。アメリカで経験を積んできたプロ中のプロ、すなわち「グレイヘア」が、イケイケになりがちな業界に落ち着きをもたらしているのだと。

メディア人のさがとして、イケイケドンドンの派手な戦いが見たいと思ってしまうところもあるのですが。身の丈にあった戦いをする。これがスタートアップの成功の道なのかもしれないですね。

PIVOT株式会社佐々木紀彦氏

[取材・文]鈴木陸夫 
[写真]小池大介
[企画・編集] 川畑夕子(XICA)

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