いま、なぜMMMがマーケターに必要とされているのか
MMM(マーケティング・ミックス・モデリング)とは、オンライン・オフラインのマーケティング施策、さらには季節要因などマーケティング活動以外の外部要因をふくめて統合的に分析し、各施策が売上に与える影響を可視化する分析手法のことです。
マーケティング先進国アメリカでは約8割のマーケターが認知し、約半数の企業が実践しているマーケティング分析手法(1)ですが、2020年時点での日本企業の導入率は約1割に留まっていました(2)。
しかし、昨今、日本でMMM領域への新規参入が相次いでいます。2016年から約8年にわたりMMMを提供してきたサイカは、このMMMの流行に強い危機感を感じています。
なぜいま、日本のマーケターはMMMを必要としているのか。そして、サイカがMMMの流行に対して鳴らす警鐘とは。サイカの代表取締役社長CEOで、これまで250社以上のナショナルクライアントのマーケティングに併走し、MMMの最前線に立ち続けてきた平尾喜昭氏に話を聞きました。
(1) ニールセン・メディア、Facebook、Googleによるコンソーシアム最新レポート「マーケティング・ミックス・モデリングを活用して広告のパフォーマンスを向上させる方法」発行のお知らせ(ニールセン・メディア・ジャパン合同会社のプレスリリース)https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000004.000070691.html
(2)企業の広告宣伝担当者212名に聞いた 広告の効果測定方法に関するアンケート調査 2020年版(株式会社サイカのプレスリリース)https://www.atpress.ne.jp/news/213842
POINT
- MMMに必須なのは精度とスピード
- MMMの本質的価値は、PDCAを回せるようになること
- MMMのニーズが「予算配分の最適化」から「マーケティング戦略設計」に変わってきた
なぜいまMMMなのか?
── 日本のマーケティング業界でもMMMが注目されてきたように思います。
実は、海外では1950年頃からMMMがあって、外資系企業だとみんな知っているような当たり前のものなんです。そのため、サイカとしてはあまり状況は変わっていないのですが、確かに最近日本で流行ってきている実感はあります。
── 日本で流行ってきた要因は?
流行している要因として考えられることは2つあります。
まず1つは、マーケティング施策の多様化・複雑化です。
ユーザーのライフスタイルや接点が多様化するなか、成果を最大化するためには、オンライン・オフラインを問わず、さまざまなマーケティング施策が求められます。
そうすると、効果測定もより複雑化し、難易度が上がりますよね。そこで、複雑な要因が絡み合っていても成果に与える影響を高い精度で可視化できる、MMMの重要性が増しているのだと思います。
── もう1つの要因はなんでしょうか?
「クッキーレス時代」の到来です。
日本では2022年4月に個人情報保護法が改定され、グローバルで見てもプライバシー保護意識が高まっています。その流れのなか、企業がマーケティング活動のために個人情報を取得することが難しくなってきました。
MMMは統計を使った分析手法のため、個人情報がなくても統計データから傾向を把握することができます。そのため、クッキーレス時代には必須となっているのだと思います。
── サイカがMMMを使った分析サービスを提供するに至った経緯を教えてください。
サイカは2016年からMMMを使った分析サービスを提供してきました。僕たちはもともと、データサイエンスの会社としてスタートし、広告やマーケティング領域に特化した会社ではありませんでした。「誰でも気軽に統計分析ができます」というコンセプトのプロダクトを開発し、提供を開始してから1年半くらい走っていたところ、クライアントの9割5分以上がマーケターになっていました。
クライアントに話を聞くと、「広告にはすごい額を使って投資している。でも、どれくらいリターンがあるかわからない」という話が上がってきました。それは解くべき課題だなと思って、そこから、MMM分析サービスMAGELLANが出来上がりました。
既存のMMMでは何が達成されないのかという点をシューティングし、MAGELLANをアップデートしていった結果、現在では250社以上のクライアントに使っていただける状態まで広がりました。
── 導入社数200社突破のプレスリリースもありましたね。その後も順調に伸びているんですか?
順調に伸びています。また、僕たちの方向感も変わってきました。MMMは仮説を作るための起点でしかないので、SaaSのようにMMMツールをポイとわたすのではダメだと気がついたんです。
そこで現在は、MMMによる効果検証を基盤に、クライアントのマーケティング戦略の立案、戦略・戦術の策定といったコンサルティングから、クリエイティブ制作やメディアへの出稿といったエグゼキューション、さらにはマーケティングを統合評価するシステムの構築・運用までご支援しています。
なので、MMMを幅広い企業に広げていく状態というよりは、一社一社にマーケティングパートナーとして深く関わり、事業成長に向けて長く伴走していくという状態です。
MMMを活用する際に重要なこと
── MMMを活用する際、重要なことはなんですか?
MMMにおいて重要なことは、2点あると考えています。精度とスピードです。
精度とスピードはまさに表裏一体の関係にあるんですが、この2つが両立していなければMMMの価値は発揮できません。
売上は、販促や価格、競合の状態などさまざまな要素が絡み合って構成されています。その関係性を解き明かすなかで、それぞれのマーケティング施策の効果がようやくわかってくるんです。関係するさまざまな要素を統合的に分析しないと、分析結果が真逆に出ることもあります。
もう少し専門的にいうと、マーケティング施策とそれぞれの貢献値を、構造的に把握しないと分析する意味がありません。そのため、MMMは精度を上げきることがとても重要です。
マーケティングの規模が大きいほど、マーケティング施策以外の影響も大きくなり、分析結果がぶれやすいので、精度が担保できないMMMは、意思決定に活用しないほうがいいです。
── スピードについてはどうでしょう?
さきほどお話しした「精度を上げる」を実現しようとしたときに問題になってくるのが、2点目のスピードです。精度を追い求めると、あまりにも分析が重くなり、時間もかかるんです。精度を追求しすぎたあまり、年に1回くらいしか分析ができないということもあります。
分析に時間がかかると、せっかくMMMで高精度な分析をしても、分析期間中に市場環境やトレンドが変化してしまい、業務改善に活かせなくなってしまいます。
精度とスピードはまさに表裏一体の関係にありますが、この2つを共存させないとMMMは使えません。
MMMの流行に対する危機感
── 昨今さまざまなMMMツールが流行していますが、それについてどう思いますか。
マーケティングの成功に統合的な評価は不可欠なので、MMMが広く取り入れられるようになったことは、日本のマーケティングにとって明るい兆しだと思います。
しかし一方で、現在の流行には危うさを感じる部分もあります。
MMMにおいて精度とスピードが重要、と話しましたが、近年さまざまなMMMのソリューションが出てきたなかで、スピードの速さや価格の安さばかりが強調され、肝心の精度がおろそかになっているものもあるように思います。
目的はあくまでマーケティングの成功であり成果の創出なので、この分野の先駆者として、ひきつづき事業の成長につながるソリューションを提供することで、業界全体のMMMのクオリティを担保することに貢献していきたいと考えています。
MMMに限らず、特定の技術や手法が流行したときに、表層的な理解にもとづくソリューションが乱立して本質的な価値が見失われる、というのはよくあることです。
── 精度の低いMMMだと、何が達成されないのでしょうか。
前提として、売上を構成する要素には「構造」があります。
たとえば、「テレビCMがオンライン施策のパフォーマンス向上に寄与している」といった構造です。より具体的にいうと、「テレビCMの放映によってブランド蓄積効果(ブランド・エクイティ)が高まった結果、クリック率が上がり、コンバージョンが増え、売上が増える」といった、間接的で流動的な心のありようや人のアクションが作り出す構造です。
この構造を正しく把握することが、正しい効果測定の鍵になります。
ライトなMMMも出てきていますが、こういった構造や、ブランド蓄積効果(ブランド・エクイティ)、時系列まで突き詰めて正しく分析しないと、意思決定が真逆になる可能性もあるので、すごく怖いなと思っています。
── 構造とは、どういったものでしょうか。
インプレッション-クリック-コンバージョンという一連の流れの間にうまれる、間接効果をふくめた相互関係や相関のことです。
MMMの分析手法には、多段の分析モデルと、一段の分析モデルがありますが、間接的で流動的な心のありようや人のアクションが作り出す構造を明らかにするには、多段の分析モデルを使う必要があります。
多段の分析モデルでは、上記のような構造を把握できるのに加え、認知系施策(中長期的なブランド構築による利益獲得を目的とした施策)と刈り取り系施策(短期的な利益獲得を目的とした施策)の効果をフェアに評価できます。
多段の分析モデル | 一段の分析モデル | |
中間変数の設定 | ◯ | ✕ |
間接効果の分析 | ◯ | ✕ |
評価の特徴 | 認知系施策と刈取系施策をフェアに評価できる | 刈取系施策が評価されやすい |
── ブランド蓄積効果というのはどういったものでしょうか。
ブランド蓄積効果とは、広告が長期にわたってユーザーの購買行動に与える影響のことです。たとえばテレビCMは、間違った分析によって減額の意思決定がされやすいものの代表例といえますが、そもそもテレビCMは短距離走ではなく長距離走。5〜10年のスパンで、ブランド地位を確立する目的で実施されることの多い施策です。
テレビCMの効果を正しく把握するためには、このブランド蓄積効果や波及効果、残存効果といった、広告終了後も持続する効果も分析にふくめなければいけません。
このような効果とKPIを押し上げる間接効果をかけ算して分析することで、テレビCMの効果の見方はガラッと変わる可能性があります。
波及効果 | 企業やブランドの指名検索数、商品・サービスの販売率を徐々に押し上げていく効果 |
残存効果 | 広告の訴求内容が広告終了後も継続して印象付けられる効果(テレビCMで約10週間残存する*³) |
ブランド蓄積効果 | 広告が長期にわたってユーザーの購買行動に与える影響(テレビCMの場合、短期で獲得したコンバージョン数の+65〜75%を長期*⁴で獲得する*³) |
※ ベースライン:過去に積み重ねてきたブランド構築の成果で、広告を出稿しなくて発生する売上のこと
(*3)XICA保有の統計処理された分析データ(249事例)から作成したスコア(2017年~2021年)のため、すべての案件に共通するものではありません
(*4)本研究では「長期」を3〜5年の期間と定義しています
── 時系列を踏まえた分析というのは、どういったものでしょうか。
時系列データとは、日次、月次、四半期、年単位など、時間の順序によって並べられるデータのことで、売上やインプレッションも時系列データです。
MMMでは、統計的手法を使って、売上に影響を与えているであろう複数の時系列データの関係をモデル式であらわします。そうすることで、要因の構造が明らかになり、各要因の相互関係や影響度合いを精度高く評価できます。
ここまで話した間接効果やブランド蓄積効果、時系列をふまえて、投資と成果の構造を把握しなければ、正しい分析にはなりません。
MMMの本質的な価値
── MMMの本質的な価値は何だと思いますか?
PDCAを回せるようになることだと思います。
── どういうことでしょうか?
MMMがくれるのは「仮説を立てるためのヒント」であり、答えではありません。さきほど「精度が重要」とお話ししましたが、精度を上げるためには仮説がなければいけないんです。
また、分析結果はずっと一定ではありません。競合やトレンドなど、市場環境によってどんどん変わっていきます。なので、できれば月1、遅くとも四半期に1度のスパンで定常的に分析を続けていく必要があります。
僕たちのクライアントで成果を出し続けている企業様は、試行錯誤の量が多いです。戦略策定→打ち手の実行→MMMで振り返り→仮説と照らし合わせて軌道修正や強化を決定、というサイクルを高速で回し続けているからこそ、持続的に成果が出ているんです。
高精度でスピーディーにPDCAを回せるようになることが、MMMの本質的な価値だと考えています。
── さまざまなツールが出たり、外資系MMMのオープンソース化が進んだりするなかで、サイカのMMMに対する思いは?
さきほど述べたとおり、MMMは海外企業では当たり前ですから、日本企業でもやるべきだと思っています。ですから、日本で流行っているのはウェルカムです。
とはいえ、MMMは、分析精度を追求しないと、信じてはいけない結果が簡単に出てしまう手法なので、MMMの価値をちゃんと啓蒙しなければいけないという思いがあります。
分析精度の高くないMMMツールを使った結果を見て「MMMが使えない」と思われてしまうのがいちばんいやなので、構造を把握することと時系列を理解することの重要性をきちんと啓蒙し、MMMの秩序を保っていきたいです。
── 今後、MMMはどうなっていくと思いますか?
いままでは、「MMMでテレビCMの効果がわかる!」ということだけで革新的と思われる時代がありました。しかし、認知が広がった現在は、MMMをどう活用するかで判断される時代だと思います。
── クライアントからの要望にも変化があるのでしょうか?
はい。5〜6年前までは、最適なメディア予算配分のためにMMMを活用するという使い方が主流でした。
ですが、ここ数年は、「どのようなクリエイティブが良いのか」「ブランディングと商品訴求の広告のバランスをどうするか」「(ユーザーのファネルごとに見たときに、)それぞれのファネルに対して各施策がどのように響いていて、全体的な売上向上のためはどのようなマーケティングミックスが最適か」など、長期的なブランド蓄積効果をふくめて分析しないとできない、より上流の戦略設計にMMMを活用したいというクライアントが増えています。マーケティングコミュニケーションの戦略を立てるため、課題抽出にMMMを活用するといった使い方ですね。
── サイカとしての今後の戦略は?
サイカでは、コンサルティングを強化しています。MMMを基盤として、今後は分析結果を「戦略・戦術に落とす」「実行に移す」ところに、より尽力していきたいと思っています。