キユーピーが挑む、DXによるマーケティングの全体最適化 ── 組織連携の鍵は、データドリブンな意思決定基盤【マーケティングアジェンダ東京2024イベントレポート】 

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「おいしさ・やさしさ・ユニークさ」を基軸に、世界の食と健康に貢献し続けるキユーピーは、今年度に年間過去最高益を見込むほどの好調な業績を上げる一方で、基幹商品の強化と付加価値商品の拡大を目指し、マーケティング機能のさらなる強化としてマーケティングDXへの挑戦を始めている。

2024年12月5日、東京で開催された日本最高峰のマーケティングカンファレンス「マーケティングアジェンダ東京2024」で、キユーピーで執行役員マーケティング本部長を務める中島健氏とサイカ代表の平尾が登壇し、両社で取り組むマーケティングDXの実例について話した。

このレポートでは、当日のセッションの様子を紹介する。

キユーピーのマーケティング戦略

キユーピーがコア事業に展開するのは、マヨネーズやドレッシングなどの調味料市場だ。

調味料と一口に言ってもカテゴリの数は13個にわたり、キユーピーが展開する2つのカテゴリだけでも市場の特性が大きく異なるのが特徴だ。たとえば、マヨネーズは上位寡占度が約85%と13カテゴリの中で最も高いのに対し、ドレッシングは約60%と低い。SKU(Stock Keeping Unit)の数は、マヨネーズは13カテゴリ中最も少ない約300SKUだが、ドレッシングは最も多く2,000〜2,500SKUとなっている。

とりわけドレッシングは参入障壁も低くバラエティも多くなっていることから、バラエティシーキング型消費者が中心となっている。「ドレッシングは新規・ロイヤル・離脱のお客様がぐるぐる回りながら市場を形成しているのが特徴」だと中島氏は説明した。

そのような市場において、キユーピーのマーケティング活動の大きなテーマは、商品を強化し、キャンペーンや広告宣伝の精度を上げていくことにあると中島氏は話す。 

商品強化の方針としては大きく2つ。1つは、容量施策によるポートフォリオ強化だ。基幹商品となるキユーピー深煎りごまドレッシングは、2年前まで2種類しかなかったところ、現在は容量やフレーバーを増やし7種類となっている。もう1つはドレッシングの汎用調味料化だ。ドレッシングの使用はサラダが中心のため、サラダが食卓に上がらない限りはカテゴリ需要が発生しない。そのため、サラダそのものの食卓への出現頻度を増やすと同時に、ドレッシングの汎用的な使用を開拓することによりサラダ以外の食材で食卓に上がる機会を増やすことを目指している。これらがキユーピーの商品づくりやコミュニケーション上の主要な戦略になっているという。 

キユーピーのドレッシングにおける戦略
キユーピーのドレッシングにおける戦略

マーケティングDX化によりチーム一体となった活動を目指す

続いて、中島氏よりキユーピーが抱えていたマーケティング活動における課題をお話しいただいた。 

前述のような戦略でさまざまなコミュニケーションを行うものの、各施策がどこか場当たり的であったり、部分最適になってしまったりという状態だった。また、施策の効果測定が十分にできず、次の打ち手が合理的に判断できないという課題もあった。組織間でものの見方が異なるので、なかなかチームで一体となったマーケティング活動ができなかったという。 

中島氏は、自身の海外での事業経験をもとに、以下のように説明した。 

「3年前、海外から戻ったときにまず感じたのは、『共通で目線を合わせて話せるものが必要』だということです。海外の共通言語は英語ですが、それよりももっと共通となるのは数字やデータなどの“ファクト”でした。ファクトがあれば、それを基に建設的な意見交換や意思決定ができる。マーケティング組織においてもこの形を取りたいと思いました(中島氏)」 

さらに中島氏は、これを全社的な取り組みとすることが重要だと話した。マーケティング部門だけでなく、商品開発部門や宣伝部門ともデータやファクトをベースに意思決定をする。すべての施策が上手くいくわけではないが、上手くいかなかった施策も次に活かすためには、しっかりファクトをデータで確認することが鍵だと中島氏は言う。 

「キユーピー様のプロジェクトは、分析に関する課題よりももっと大きな話で、部門や会社を跨いでみんなの意識を統一させるためにはデータやファクトが重要、そのためにデータサイエンスが必要だ、という発想で始まったプロジェクトでした(平尾)」 

大きな企業になればなるほど、同様の課題を抱えるマーケターや経営者は多いと平尾は言う。 

続いて、セッションのテーマとなるマーケティングDX化に向けた取り組みについて、平尾が解説した。キユーピーにおける、全社を横断した組織連携に向けたロードマップは以下の図のようになっている。 

マーケティング活動のDX化に向けたロードマップ
マーケティング活動のDX化に向けたロードマップ

まずはマーケティング活動の質と量の最適化によるマーケティング基盤を構築し、この基盤を軸に、徐々に全社横断的に連携しながらマーケティング活動を推進していくという流れだ。ここで鍵となる、マーケティング基盤構築の取り組みについて具体的に紹介した。 

プロジェクトは、まず現状を把握し「量を最適化」することから始まった。量の最適化とは、マーケティング予算の配分(どこで・どれくらい投下すべきか)を適正化するということだ。この方法として、MMM(マーケティング・ミックス・モデリング)ソリューションのMAGELLAN(マゼラン)による分析を行った。 

分析においては、特に精度に重きを置いていると平尾は話した。たとえば、分析モデルにおいてはサイカの特許領域となる多段のモデルを採用することで、認知系/獲得系の各施策を適正に評価し、実態に即した分析結果を得ることができる。キユーピーにおける分析モデルでは以下のように、店頭やレシピサイトへの影響も可視化できるように工夫している。 

キユーピードレッシングの分析モデル
キユーピードレッシングの分析モデル 

また、施策の短期的な効果と長期的な効果を可視化する(MAGELLANのブランド・エクイティ分析機能を利用した)点も重要なポイントだったという。同じ施策であっても、短期効果のみで評価した場合と長期効果を加味して評価した場合とで、結果が逆転するものもあったのだ。(下図参照) 

分析結果の抜粋:各施策のROAS比較(短期/長期)
分析結果の抜粋:各施策のROAS比較(短期/長期)

この結果に対し、中島氏はこのように語る。 

「これまでは各自それぞれの立場から異なる考えで施策を評価してきました。たとえば、短期の成果にコミットする立場であればより直接的(短期的)な結果が出るものを評価し、別の立場であれば投資的な意味合いで長期的な成果で評価するというように、目線が揃っていませんでした。それぞれの立場から意見をぶつけ合うだけのことが多かったのですが、それだと意思疎通が十分にできないまま終わってしまいます。MMMで各施策の短期効果と長期効果をデータで可視化することにより、まずこのファクトに対して目線が揃えられるということが大きかったです。関係部門の認識が揃うことで、そこから建設的な議論ができるようになるという変化もありました(中島氏)」 

キユーピーのような大きな企業において、組織や会社を跨いで関係者の意識を揃えることは決して簡単ではなかっただろう。実際、キユーピーにおいても最初は分析結果やMMM自体に対して懐疑的なメンバーもいたという。しかし、プロジェクトを進めるに従って少しずつ理解が浸透し、良い手ごたえを感じられるようになってきたと中島氏は振り返る。 

データドリブンな意思決定基盤の構築に向けたさらなる取り組み 

量の最適化のプロジェクトに加え、現在新たに取り組んでいるのが「質の最適化」だ。これは、顧客のロイヤル化のメカニズムを解明し、自社ブランドが選ばれるための戦略(誰に・何を届けるべきか)を最適化する取り組みだ。方法としては、CMM(コンシューマー・ミックス・モデリング)ソリューションのCOMPASS(コンパス)を活用した分析を行っており、MMMと掛け合わせた量と質の最適化により、データドリブンな意思決定基盤の構築に取り組んでいる。 

「MMMがマーケティング活動の結果を説明するのに対し、CMMはなぜその結果になったのかという理由を解明することができる。この理由を基に、次の戦略を考えるのがマーケターの重要な意思決定だと思います(平尾)」 

平尾はMMMとCMMの役割を以下のように説明した。 

データドリブンな意思決定基盤構築の概念図
データドリブンな意思決定基盤構築の概念図

取り組みの背景について、中島氏はこう話す。 

「お客様にもいろいろなロイヤルティの方がいますが、陥りやすいのは接点の多いロイヤルユーザーの声だけで施策を考えてしまうということです。そうするとブランドの成長や維持が危うくなってしまう。そうならないためにも、顧客ロイヤルティのパスを解明したいと思っていました(中島氏)」 

MMMのプロジェクトを通して、ある程度データやファクトで会話するという下地ができてきたため、CMMによる質の解明にも取り組むことを決断したという。まだスタートしたばかりではあるが、マーケティング活動内にとどまらず企業戦略に近い示唆が得られるのではと中島氏は期待を寄せている。 

ロイヤルティのメカニズム解析のイメージ
ロイヤルティのメカニズム解析のイメージ

再現性高く勝ち続けるためには人・組織の連携が重要

セッションのまとめとして、平尾からキユーピーの事例から学ぶべきポイントが共有された。 

マーケティングにおいて重要なのは再現性高く勝ち続けること。そしてそのためには人・組織の連携が重要となる。 

サイカがさまざまな企業の分析支援に携わる中でよく聞く声として、「組織の連携ができていないので分析ができない」という意見があるが、むしろ逆だと平尾は述べた。 

「徹底的にデータで語れるデータドリブンな意思決定基盤を作ることこそが、組織連携の鍵となります(平尾)」 

キユーピーの事例でもわかるように、この基盤は一朝一夕に構築できるものではないだろう。少しずつ理解の輪を広げながら、データというファクトを基に各関係者と建設的な議論を続けることで、再現性高く勝ち続けるマーケティングの実現が可能となる。キユーピーの取り組みは、単なるマーケティングDXにとどまらず、企業全体の意思決定プロセスを革新する可能性を示している。 

MAGELLANやCOMPASSについて、より具体的な情報を知りたい方は、ぜひ資料ダウンロードもご検討ください。 

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