クッキーレス時代、日本がマーケティングにMMMを取り入れるべき3つの理由
マーケティング先進国アメリカで、約8割のマーケターが認知し、約半数の企業が実践している(*1)マーケティング分析手法「マーケティング・ミックス・モデリング(MMM)」。日本ではまだ1割の企業でしか導入が進んでいない(*2)MMMですが、実はさまざまなポイントで、現代のマーケティング環境に最適な分析手法であるといえます。
この記事では、日本において主流とされているMTAとMMMの違い、そしてMMMが次世代のマーケティングに最適といえる理由をお伝えします。
(*1) ニールセン・メディア、Facebook、Googleによるコンソーシアム最新レポート「マーケティング・ミックス・モデリングを活用して広告のパフォーマンスを向上させる方法」発行のお知らせ(ニールセン・メディア・ジャパン合同会社のプレスリリース)https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000004.000070691.html
(*2)企業の広告宣伝担当者212名に聞いた 広告の効果測定方法に関するアンケート調査 2020年版(株式会社サイカのプレスリリース)https://www.atpress.ne.jp/news/213842
目次
MMMは、現代のマーケティング環境に合った効果測定手法
現代のマーケターは、数多くのメディアやチャネルを組み合わせたマーケティングコミュニケーションの展開を求められています。このように複雑化した環境下で成果を最大化するためには、各施策の効果を正しく把握するだけでなく、施策間の相乗効果を最大化する必要があります。
「マーケティング・ミックス・モデリング(MMM)」は、さかのぼること70年以上前、1950年代のアメリカで誕生しました。テレビCM・ラジオ広告・交通広告・新聞広告といったオフラインのマーケティング施策が売上に与える影響の可視化を目的に開発されたものです。
そこから進化を遂げた現代のMMMは、オンライン・オフラインを問わず、さまざまなマーケティング施策が成果に与える影響を定量化できる効果測定手法となりました。あらゆるマーケティング施策を統合的に分析することから、「統合アトリビューション分析(*3)」とも呼ばれます。
(*3)アトリビューション分析:各マーケティング施策の成果(売上)への貢献度を定量的に測定する分析のこと。
このMMMが現代のマーケティング環境に合っているといえる理由が3つあります。
1つ目は、各マーケティング施策の「成果への影響(直接効果)」と「ほかのマーケティング施策への影響(間接効果)」の両方を数値化できること。
2つ目は、自社でコントロールできない外部要因についても分析できることです。
外部要因とは、市場環境(競合他社の広告や販売施策など)、季節性、天候など、マーケティング施策の効果や業績に影響を及ぼす可能性のあるあらゆる要因を指します。
たとえマーケティング施策が完璧だったとしても、競合他社が大幅な値下げを実施すれば販売数は減少するでしょうし、台風が来れば来客数は減少します。近年で言えば、COVID-19の影響は、マーケティング施策の成否にかかわらず、売上に大きなインパクトを与えました。
逆に、自社のマーケティング施策が成功したわけでなくとも、外部的な要因により売上が向上するケースもあります。
3つ目は、ブランド・エクイティ(ブランドが持つ価値のことで、製品やサービスの価値を増大させるもの)など、数ヶ月から数年単位に及ぶ中長期的な施策の成果と、短期的なマーケティング施策の成果とを分解してとらえられることです。
応用的なアプローチではありますが、ブランド力は、マーケティング成果のベースとなるものです。自社やサービスがどのくらい知られているのか。良い印象を持ってもらえているのか。そしてそれらがどのくらい成果に影響しているのか。これらを可視化することで、必要な施策も変わってくるはずです。
このように、MMMはこれまで効果の可視化が難しいとされてきた施策同士の相乗効果や外部要因の影響、ブランド価値といったあらゆる要因を包括的に把握し、「マーケティング施策の真の効果」を数値化します。
マーケティング施策の種類が多様化し複雑になった現代においても、個別最適ではなく全体最適で広告予算を最適化し、マーケティング成果を最大化するためのヒントを得られるのがMMMなのです。
日本企業のMMM活用率は約1割
MMMは、発祥の地でありマーケティング先進国である米国では、企業の規模や業種業態を問わず広く活用されています。一方、日本ではMMMのような高度な分析はまだあまり行われていないのが現状です。
サイカが2020年4月に実施した調査「企業の広告宣伝担当者212名に聞いた、広告の効果測定方法に関するアンケート調査 2020年版」でも、それが明らかになりました。
広告宣伝担当者を対象に、「現在用いている分析手法と今後用いたい分析手法」を尋ねたところ、「統計モデル・AI・機械学習などの技術を用いた広告効果の数値化、および最適な予算配分のシミュレーション」を現在活用していると回答した企業はわずか11.2%と、約1割にとどまりました。過去の調査と比較しても、2018年は4.9%、2019年は10.7%となっており、増加傾向にはあるものの、国内全体でみると導入企業はいまだ多いとはいえない状況です。
一方、「統計モデル・AI・機械学習などの技術を用いた広告効果の数値化、および最適な予算配分のシミュレーション」を今後活用したいと回答した企業は49.7%と約半数にのぼりました。2018年の調査時から3年連続で増加しており、高度な分析手法へのニーズは拡大傾向にあります。
また、同調査では、オンライン施策・オフライン施策・外部要因などを統合した、領域横断的な分析がどの程度実践されているかも調査しました。
現在取り組んでいる分析として「インターネット広告・オフライン広告を領域ごとで分けて分析」が44.3%と最多だったのに対し、今後取り組みたい分析としては「インターネット広告・オフライン広告に加えて外部的な影響要因も含めた統合的な分析」が36.8%と最多です。
この結果を見ても、日本企業においては、MMMのような高度かつ領域横断的な分析手法へのニーズは高いものの、実践できていないのが現状のようです。
日本ではMTA、世界ではMMMが高評価
MMMを活用している企業が約1割にとどまる日本で、現在主流となっている分析手法が「マルチ・タッチ・アトリビューション(MTA)」です。
MTAは、クッキーなど個人の行動ログデータをもとに、デジタル広告が売上などの事業成果に与える影響を測定します。
MTAとMMMは、過去のデータを分析して施策の売上貢献度やROIを算出し、広告予算の最適化を検討する手法である点では同じですが、分析のベースとなるデータが違います。MTAは各タッチポイントの接触データをベースにしますが、MMMは売上に影響していると考えられる要因の、時系列ごとの連動性をベースにします。
MTAは、マーケティングも販売もオンラインで完結しているEC事業者などの場合、非常に精度の高い分析が可能です。一方、オンラインとオフラインを組み合わせて施策を展開している企業の場合、オフライン施策における個人の行動データを取得することが難しく、MTAのみでの詳細な分析は難しくなります。
では、MTAとMMM、どちらが現代のマーケティングに適した分析手法なのでしょうか。
サイカが実施した、米国におけるマーケティング効果測定の歴史と最新動向調査によると、2016年以降、MTAとMMMを組み合わせた統合分析でマーケティングを測定・最適化することが企業の差別化のポイントとなっていることが分かりました(*4)。
また、米国でMMMとMTAを融合したマーケティングの効果測定・最適化サービス、コンサルティングを提供するAnalytic Partnersは、2019年11月、「クライアントに提供する最適化のヒントのうち、増加価値の80%がMMMによるインサイトから得られ、MTAは残り20%にしか貢献していない」との調査結果を発表(*5)しました。
施策同士の関わりや時系列ごとの施策の連動性を明らかにしてくれるMMMは、タッチポイントごとの効果測定を得意とするMTAよりも、マーケティング全体の最適化につながるヒントを得やすいということでしょう。
米国では、社内にMMMを実践する専門チームが設置されている企業や、MMMツールを提供している事業者も増えてきました。このことからも、MMMが有効な分析手法として認められ、急速に浸透してきたことがうかがえます。
(*4)以下URL参照
・Market Guide for Attribution and Marketing Mix Modeling (Gartner, Inc. )https://www.gartner.com/en/documents/3463318/market-guide-for-attribution-and-marketing-mix-modeling
・The Forrester Wave™: Marketing Measurement And Optimization Solutions, Q1 2020(Forrester)https://www.forrester.com/report/The-Forrester-Wave-Marketing-Measurement-And-Optimization-Solutions-Q1-2020/RES145975
・The Forrester Wave: Marketing Measurement and Optimization Solutions, 2016 (Forrester)https://www.forrester.com/blogs/16-10-12-the_forrester_wave_marketing_measurement_and_optimization_solutions_2016/
(*5)Disrupting MTA: Introducing Commercial Mix Modeling(Analytic Partners)https://analyticpartners.com/news-blog/2019/11/disrupt-mta-commercial-mix/
「クッキーレス時代」到来で、日本でもMMMの導入が加速
日本では導入が遅れているMMMですが、いくつかの理由から、今後は日本でも導入が進んでいくと考えられます。なかでも最も大きな理由は、データ規制・プライバシー保護強化の流れがグローバルで加速していることにあります。
欧州連合の「EU一般データ保護規則(General Data Protection Regulation:GDPR)」(2018年施行)、米・カリフォルニア州の「カリフォルニア州消費者プライバシー法(California Consumer Privacy Act:CCPA)」(2020年施行)をはじめ、各国・各地域がデータプライバシーに関する取り組みを進めているほか、Appleが2021年春のiOS 14.5ベータ版リリースに合わせて発表した「広告識別子(IDFA)の取得制限」、Google Chromeをはじめとする各Webブラウザにおける「サードパーティークッキーの廃止」など、近年、データプライバシー保護に関する動きが活発化しています。
これは、オンライン上で取得できる顧客に関するデータの量、種類、粒度、そして活用目的が大きく制限されることを意味します。つまり、個人の行動データにもとづいて分析を行うMTAの精度を担保することが、技術的に難しくなっていく可能性が高いのです。
MMMは、クッキーなどを用いた個人の行動データにもとづくリアルタイムの分析は行いません。分析で利用するデータは、広告出稿量(テレビCMのGRP、デジタル広告のインプレッション数やクリック数など)、コスト、成果(来店客数、売上、申込数・契約数などのコンバージョン数)、および市場環境・季節性・天候といった外部要因に関するデータです。
このように、クッキーレス時代にも、マーケティング活動を正確かつ持続的に測定できる手法がMMMなのです。
日本でMMMを実践する3つの方法
日本企業においてもすでに潜在的ニーズは非常に高く、今後さらに需要が高まっていくとみられるMMM。実践する方法は主に3つあります。以下では、それぞれのメリット/デメリットとともにご紹介します。
1. 調査会社・コンサルティング会社に分析を依頼する
- メリット:プロのデータサイエンティストによってデータ分析の調整が丁寧に行える/提供企業が比較的多く、サービスの選択肢が多い
- デメリット:費用が高額/分析結果が出るまでに3~6カ月とやや時間がかかる
2. データサイエンティストを自社で雇用する
- メリット:自社の課題を理解した上で分析するので、分析結果を次のアクションにつなげやすい
- デメリット:データサイエンティストの採用は非常に難易度が高いため、採用までに多くのコストを必要とする場合が多い/採用市場にいるデータサイエンティストの数が少ない
3. MMM分析ができるツールを活用する
- メリット: 専門知識がなくても短時間で分析できる/調査会社・コンサルティング会社に依頼するよりも安価
- デメリット:日本ではMMM分析ツールがほとんど提供されておらず、ツールの選択肢が少ない
これらの方法について、「次のアクションへのつなげやすさ(問題意識・仮説の精度)」「分析にかかる時間」「分析にかかる費用」「選択肢の多さ」という4つのポイントで比較したのが下表です。
現代、そして次世代のマーケティングにおいて、各施策の売上への貢献や、施策間の相乗効果を正しく評価するためのデータ分析は、もはや必要不可欠です。
限りあるリソースを無駄遣いせず、適切な投資で最大限の成果を得るために、自社の事業の特徴やマーケティング戦略に合った効果測定手法を選択して、あるいは組み合わせて活用することが重要です。
データ保護・プライバシー規制強化などの社会動向もにらみながら、自社のマーケティング効果測定の今後のあり方について、改めて検討・議論してみてはいかがでしょうか。