ゴールドマン・サックス 柳沢正和に聞く、LGBT当事者も働きやすい会社・社会の作り方
ダイバーシティ・インクルージョンの推進はいまや、優先的な経営イシューの一つです。LGBTを含む多様性を包摂し、すべての人が働きやすい職場を作る取り組みは、さまざまなところで進んでいます。
積極的にLGBTを支援する「アライ」企業の一つ、ゴールドマン・サックス証券株式会社の柳沢正和さんは、自身がゲイであることをカミングアウトし、LGBT当事者をサポートする活動を全国で展開しています。
その活動は世界的にも評価され、2016年から複数年間『Financial Times』の「世界で活躍する100人のLGBTエグゼクティブ」に選ばれました。 マネージャーとして組織作りにも取り組む柳沢さんから、LGBT当事者が直面する課題、実践してきた社会の変え方、LGBT当事者も働きやすい環境を作るためにマネージャーができることを聞きました。
ゴールドマン・サックス証券株式会社
柳沢 正和(Masakazu Yanagisawa)
慶応義塾大学総合政策学部卒業。2019年よりゴールドマン・サックス証券に勤務。現在ヘッジファンド関連業務を担当するプライム・サービス部、マネージング・ディレクターを務める。 職場でのLGBTの認知と積極的な会社の取り組みを求めるwork with prideプロジェクトに参画、日本で初めての企業によるLGBT施策の取り組みを評価する「Pride指標」を立ち上げた。国際NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ本部理事。2016年世界経済フォーラム(ダボス会議)でのマイクロソフトLGBTセッションでパネリストを務めた。公益財団法人「結婚の自由をすべての人に」理事。
POINT
- 新しい価値観 × トラディショナルで、受け入れやすい「新しい当たり前」を作る
- マネージャーの武器は「データ」と「エピソード」
- 日々、一人ひとりのメンバーと向き合う姿勢を
LGBTを保護する法制度がないという課題
—— まずはLGBTについて改めて整理したいのですが、「LGBとTは直面する課題が違う」といわれているのはなぜでしょうか?
LGB(レズビアン・ゲイ・バイセクシャル)は性的指向、つまりどの性を好きになるかを表します。
一方、T(トランスジェンダー)は性自認を表します。どの性を好きになるかは関係なく、自身の性をどう認識するかです。「生まれ持った性」と「認識する性」が違う方をトランスジェンダーといいます。
たとえば「女性として生まれ、自身を男性と認識する」トランスジェンダーの中には、男性を好きになる方もいれば、女性を好きになる方もいます。性自認と性的指向は別物であり、複合的なんです。
—— LGBとTの当事者の方で、直面する課題には違いがあるんでしょうか?
課題には共通のものと違うものがあります。
共通のものは主に2つです。1つ目は「社会一般からの理解が途上である」ことです。「子ども時代に自殺を考えたことがある人の割合が、当事者以外と比較して5〜8倍」というデータもあるように、未だに多くのLGBT当事者が差別に苦しんでいます。
2つ目は、セクシュアルマイノリティ(LGBTなどの性的少数者)を包括的に保護する法制度が日本にはないことです。2023年に「LGBT理解増進法」が成立しましたが、義務、権利、保護規定がそろった法律はまだありません。障がい者や女性など、他のマイノリティを保護する法律はあるにもかかわらずです。
—— LGBとTで違う点はどこでしょうか?
LGBは「隠していればわからない」という特徴があります。性的指向の話なので、カミングアウトしなければ外見などからは分かりづらいと言えます。
一方、トランスジェンダーは、本人の意向にかかわらず、性別移行時などに、身分証明書の性別と外見などの違いによって外からわかってしまうケースがあります。人にもよりますが、「隠さずに生きていきたい」と考え、戸籍上の性別は移行せず、外見から自認する性に近づこうとする方も多いです。
服装や身体自体を変えることで、自認する性として生きたいと思うのは当然のこと。周りの人に変化が見えやすいという意味で、LGBとは異なる課題に直面するんです。
—— 柳沢さんがLGBT支援の活動を始めて10年が経ちましたが、LGBTにまつわる社会の現状はどう変わりましたか?
この10年で急速に「認知」は進みました。社会課題として認識されるようになり、多様性の一つとして語られるようになりました。
しかし、依然として社会の制度には不備があり、その原因は「世代間ギャップ」にあると考えています。10〜20代は、学校でカミングアウトする人がいたり、LGBTをテーマにしたドラマを見たりして、理解はかなり進んできました。しかし、50代より上になってくると、頭ではわかっていても受け入れられない人が多くなる。
そうした人が意思決定をする立場にいるので、社会が変わり切らないんです。
同性婚を認めなければ、日本の企業の競争力が削がれる
—— もう少し課題について聞きたいと思います。柳沢さんは「同性婚の法制化が企業のためにもなる」と主張されていますね。それはなぜでしょうか?
同性婚が法制化されなければ、3つの理由から「日本の企業の競争力が削がれる」と考えているからです。
1つ目は、企業が同性婚を応援しようとするならば、結婚によって得られる税金控除や保険料の減額など「調査によっては120種類以上の社会保障のパッケージ」を、企業負担でまかなわなければいけなくなることです。例えばゴールドマン・サックスでは同性カップルの健康保険を一部負担しています。本来、研究開発や待遇改善に使えたはずのお金や時間が削られています。
2つ目の理由は、人材の観点です。先日、香港の最高裁が同性カップルの結婚を認めないことは「香港基本法(憲法に相当)に部分的に違反する」という判決を出しました(*1)。台湾でも同性婚は認められ、タイでも審議が進んでいます。
アジアの競争相手が軒並み変わる中で取り残され、日本が同性愛者の住みづらい国と見なされるようになれば、海外人材の採用や雇用維持が難しくなります。
3つ目の理由は、カルチャーについてです。経験談からですが、同性愛者であることを隠さないといけない職場では生産性が上がりづらくなります。
私もカミングアウトするまでは、「彼女がいる」と職場で嘘をついていました。バレないように言動の整合性を取り続けるのはストレスでしたし、人との信頼関係もなかなか築きづらかったんです。「自己開示ができないことによるコスト」は大きく、その分、個人個人のパフォーマンスは下がると考えられます。
実際をこれらを理由に多くの企業が同性婚の導入を支持しており、2023年10月30日時点で、453の企業、団体が賛同を表明しています。ゴールドマン・サックスも当初から賛同している企業のひとつですが、当初は外資系中心の賛同企業も、今は日本の企業が中心となっています(*2)。
(*1)香港最高裁、同性婚は認めず カップル向け代替法的枠組みを要請 | Reuters https://jp.reuters.com/article/hongkong-lgbt-idJPKBN30B0RT
(*2)Business for Marriage Equality 婚姻平等賛同企業・団体|http://bformarriageequality.net/#support
—— 倫理的にも実利的にも同性婚を認めたほうがいいはず……。反対の主な理由は何でしょうか?
国は「生殖を伴わないから」という理由で反対しています。つまり、結婚は生殖が目的であり、子どもを産み育てるために社会保障が存在するという主張です。
しかし、これは論理的に破綻しています。何らかの理由で子どもを産めないカップルでも、異性間であれば結婚することが可能。明らかに同性愛者に対してのみ不利益が生まれています。
実際、この不利益が憲法違反だという訴訟が全国5カ所の地方裁判所で起きている。2023年10月現在、札幌、東京、名古屋、福岡で違憲もしくは違憲状態との判断がなされています。
—— 確実に議論は進んでいるんですね。
同性婚の話も結局は世代間ギャップなので、10〜20代が社会を動かす側になったら自動的に解決していくはず。ただ、その時を待っていればいいとは思えません。変化を加速させ、少しでも早く多様な人が生きやすい社会を作ることは、上の世代の私たちの責任だと思います。
「当たり前」と「共通の指標」が社会を変えていく
—— これまでの活動を通じて「社会の流れを変える」ためには何が必要だと思われますか?
どれだけ「当たり前を作っていくか」が大切だと思っています。
たとえば、SEOなどテクノロジーの力を使って、ECサイトや検索サイトのトップに「LGBT」のトピックの情報も公平に出すように働きかけたことがあります。また、企業のキャンペーンでカップルの写真を街中に掲載する企画があれば、同性カップルの写真も入れてもらうなど、自然と人の目につく場所にLGBTの要素を入れていったんです。
また最近では、10月からテレビ朝日で放送している、LGBTもテーマの一つとなっているドラマ『ゆりあ先生の赤い糸』の監修に関わっています 。ゴールデンタイムでこのテーマが扱えるのはすごく大きいこと。将来的には、朝ドラに同性愛のカップルが出てくるところまで持っていくことが目標です。
—— 世代間ギャップの話もありましたが、上の世代に当たり前だと受け入れてもらうためには、何を意識したらいいでしょうか?
トラディショナルなものと、新しい価値観をうまくマッチングさせていくことです。祭りや演劇など、伝統的なコンテンツを作っている人たちは、若い新しい人たちにも見てもらえる方法を模索しています。新しいと捉えられがちなLGBTなどのコミュニティーも、社会の一員として当たり前にいるんだという価値観や世界観を提案していくのです。
これはエンタメ業界だけの話ではなく、政治や行政の世界でも同じ。各地の自治体でパートナーシップ制度が導入された背景にも、若い人に移住してもらいたいという思いもありました。
—— 企業やビジネスの領域において、「当たり前」はどのように変えていけばいいでしょうか?
「誰もが知っている企業と組むこと」が方程式とされています。業界リーダーの大企業が変化すると、横並びの意識から、同じ業界の他の大企業も変化していきます。
そこから、関連会社や取引先、ステークホルダーへと変化を広げていく。業界の横のつながりや意見交換の機会を活用することで、点から始まった活動を面にしていくことが大切です。
もう一つ大切なのは、取り組みを評価する共通の指標を作ること。10年前に立ち上げた「一般社団法人work with Pride(当時は任意団体)」では、2016年に日本初の職場におけるセクシュアル・マイノリティへの取組みの評価指標「PRIDE指標」を策定しました。ゴールドマン・サックスでは初年度より最高位のゴールドを獲得していて、新卒採用の学生がゴールド企業ということで、面接に来てくれた例もありました。
企業によるLGBT支援の取り組みの範囲やレベルをより具体化するとともに、企業間の情報やナレッジの共有を加速させ、より良い活動を生み出してくことを目指しています。
マネージャーの武器は「データ」と「エピソード」
—— 企業の取り組みを加速するためにはトップのコミットメントが大切だと思いますが、組織のマネージャーとしては何に取り組むといいでしょうか。
マネージャーは経営と現場の両方に接しているからこそ、「データ」を用いて会社を変えていくことができると思います。
職場のメンバーたちがいかに多様かをデータで示すんです。セクシュアリティや家庭の事情、病気などによって、個々の生き方や働き方はまったく違うはず。
情報の扱い方には注意しながら、従業員に無記名でアンケートを取り、属性やエンゲージメント、働く上での不安、退職意向などのデータをまとめ、コミュニティごとの課題を経営陣と共有していくのです。
—— 提案をうまく通すコツはありますか?
個々のパーソナルなエピソードを一緒に提示することです。当事者の誰かが勇気を出して話してくれたものでもいいですし、あるいは、実名を出さないとしても、経営陣が思い当たる仕事上のシーンに関するエピソードでもいい。
それらがあることで、データがより実態を持って目の前に迫ってきます。チームを知り、伝えることは、現場のマネージャーだからできることです。
実際に、アンケートで従業員の8%(12〜13人に1人)が当事者だと知ったり、無記名回答の中にあった「社長がLGBTQパレードに参加したことに好感を持った」等のコメントを読んだりしたことで、いままで漠然としか理解していなかった経営層のあいだに、急に現実感が湧き上がることもありました。
—— 部下の状況を知るためにも、カミングアウトも含めて、パーソナルな内容を話してもらえるマネージャーであるためにはどうしたらいいでしょう。
一つは、レインボーフラッグのマークを見える場所に貼って、アライであることを示す方法があります。
でも、それ以上に大事だと思うのが「日々、一人ひとりのメンバーと向き合う姿勢」です。LGBTなどの特定の課題に限らず、チームメンバーはどんな人かを日頃から注意深く見て、何がベストかをオープンかつ前向きに議論しているマネージャーになら、話してみたいと思うかもしれません。
私自身、10年前くらいにカミングアウトした上司はそんな人でした。人に対してきちんと向き合う方なら、LGBTの知識がなかったとしても、一緒に考えてくれるだろうと思えたんです。
—— 部下はマネージャーの振る舞いを見ているんですね。柳沢さんはカミングアウトを受けたことはありますか?
自分がカミングアウトしてからというもの、いろんなチームの人から相談を受けるようになりました。
なかでも昔の職場で印象的だったのは、「癌サバイバー」の方からのカミングアウト。その方は、再発する可能性があることや、検査で頻繁に休んでいることを、必要がなかったため公表していませんでした。
でも、私のチームに入ったタイミングで話してくれたんです。そこで初めて癌の辛さが少しわかりました。同時に、抱えている苦しみを共有してくれたことに感動したんです。
自分がカミングアウトして理解をしてもらえたことと、誰かのカミングアウトを聞いて苦しみを理解したこと、この2つの経験がマネージャーをやる上での強みになっています。
ジェンダーに関することだけでなく、みんな何かしら悩みを抱えているはずです。すべてをカミングアウトする必要はないけど、自分が話したいときに話せる職場環境を作ることが、大切ではないかと思っています。