「非認知能力」がサッカー界復活の鍵に──日本一多様性の溢れる街から、世界一のサッカークラブを目指すクリアソン新宿の挑戦

挑戦のヒント
イノベーションインタビュー挑戦

世界中でもっとも人気のあるスポーツのひとつである「サッカー」。このサッカーが、いま衰退の危機に瀕しています。

「衰退の背景には、サッカー界全体の課題がある」と語るのは、JFL(日本フットボールリーグ)所属のサッカークラブ『CRIACAO SHINJUKU(クリアソン新宿)』でアカデミー(U-15〔中学生年代〕)の育成を担当する神田義輝さんです。

リクルートキャリアで人材育成と組織開発を学んだ神田さんは、その知見を生かして、サッカー選手のキャリア教育、クラブの組織開発、一般企業向けのコンサルティングなどに従事。サッカーとビジネスを越境しながら、「人・組織」を軸に活動しています。

神田さんが考えるサッカー界の課題と解決の糸口についてうかがいながら、これからの時代のビジネスパーソンにも必要とされる力を紐解きます。

POINT

  • サッカー界の課題は「人の教育」
  • 「三流は金を残し、二流は事業を残し、一流は人を残す」
  • サッカーもビジネスも「勝った・負けた」以外の多様な指標を持つべき
  • これからビジネスパーソンが学ぶべきは「リベラルアーツ」
  • チームの成果最大化のために必要なのは、アンコンシャスバイアスの自覚とデータ活用
『CRIACAO SHINJUKU(クリアソン新宿)』でアカデミー(U-15〔中学生年代〕)の育成を担当する神田義輝さん
株式会社Criacao
神田義輝(かんだ・よしてる)

埼玉県立川越高校卒業後、早稲田大学に進学。同大学のア式蹴球部(サッカー部)で、関東大学リーグ出場。卒業後、株式会社リクルートで人材育成と採用の事業を経験。その後、JリーグにてJリーグ選手やJリーグクラブのアカデミー選手向けのキャリア教育事業に従事。現在は、株式会社Criacao 社員として、クラブ経営に携わりながら Criacao Shinjuku アカデミーダイレクターとしてアカデミー部門を統括。指導者としては、ワセダクラブサッカースクール・ジュニアチーム、Criacao Shinjuku Procriar(監督)、新宿区サッカー協会サッカースクールなどを歴任。JFA公認C級コーチ、GKコーチライセンスレベル1。J2 水戸ホーリーホック社外取締役。

「サッカーの大切な文化が損なわれつつある」

『CRIACAO SHINJUKU(クリアソン新宿)』でアカデミー(U-15〔中学生年代〕)の育成を担当する神田義輝さん

── 神田さんとサッカーの出会いを教えてください。

僕は子どものころからサッカー少年でした。大学でも部活に入るほど打ち込んでいたのですが、スポーツ関連の仕事に就くイメージができず、一般企業に就職。その後、リクルートキャリアに転職して人材育成や組織開発に取り組んできました。

サッカーと再開したきっかけは、リクルートエージェント代表取締役社長からJリーグのチェアマンに転身された村井満さんから、「Jリーグへの出向」を提案されたことです。そこから、教育プログラムの企画や選手のセカンドキャリア支援を行うようになりました。

ですが、だんだんと危機感を持つようになっていったんです。

── どのような危機感ですか?

「日本サッカーの大切な文化が損なわれつつある」という危機感です。

一生懸命努力した選手にセカンドキャリアの仕事がなかったり、あったとしてもやりがいを持てなかったり、今のサッカー界には「人の教育」という大事な側面が抜け落ちていると感じました。

サッカーの最終的な目的が「教育」だという考え方を日本に広めたのは、「日本サッカーの父」 デットマール・クラマー氏です。彼いわく、サッカーとは「子供を大人にし、大人を紳士(淑女)にする」スポーツ。

高校時代のコーチがクラマー氏の系譜を引く方だった僕も、サッカーをそう捉えていたのですが、関わり始めたJリーグの状況はまったく違っていました。

── たしかに、選手寿命が短く、セカンドキャリアの選択肢がないことはよく問題視されています。

Jリーグの選手は、3年で3割ほどが辞めてしまいます。平均在籍年数は6〜7年、平均年齢は26〜27歳。70歳まで働くとすれば、プロを辞めてから40年間は他の仕事をしなければなりません

また、プロサッカー選手のなかには、小さい頃からサッカーで褒められてきた経験があるため、アイデンティティと職業が密接につながっている人も多くいます。サッカーを辞めたときの喪失感はとてつもなく大きいんです。それにも関わらず、人間性の教育やセカンドキャリア支援の仕組みが、当時のJリーグにはほとんどありませんでした。

世界を見ても同じような状況です。国際プロサッカー選手会の調査(*1)によると、現役プレイヤーのうち38%がうつ病の症状を経験しており、引退後はさらに増えることが指摘されています。因果関係は明確ではないとしても、サッカー選手をはじめ、プロスポーツ選手はそうなりがちな職業だというのは間違いないでしょう。

その印象は社会にも広がっています。子どもに「将来就きたい職業」を聞いたアンケート(2022年)(*2)では、1999年の調査開始以降初めて、男の子の部で「スポーツ選手」が「警察官」に追い抜かれ、2位に転落しました。20年前は「21.0%」の男の子がスポーツ選手を目指していたのに、この20年で「13.0%」まで減ってしまったんです。

日本サッカー協会が発表しているサッカーの競技人口(*3)を見ても、ブラジルW杯が開催された2014年の964,328人をピークに減り続け、2021年には、826,906人となっています。

(*1)FIFPRO World Players’ Union
https://fifpro.org/en/supporting-players/health-and-performance/mental-health
現役プロの38%が心の病を抱えているサッカー選手とメンタル傷害 | footballista
https://www.footballista.jp/special/87334
(*2)将来就きたい職業、就かせたい職業 2022年 | kuraray
https://www.kuraray.co.jp/enquete/2022
(*3)サッカー選手登録数 年度別登録者数|日本サッカー協会(JFA)
https://www.jfa.jp/about_jfa/organization/databox/player.html

「非認知能力」が選手、チーム、業界を救うかもしれない

『CRIACAO SHINJUKU(クリアソン新宿)』でアカデミー(U-15〔中学生年代〕)の育成を担当する神田義輝さん

── サッカー界には、どのような「教育」が必要だと思われますか?

「非認知能力の開発」が鍵だと思います。定義は人によってさまざまですが、非認知能力とはサッカーの技術のことではなく、誠実さや粘り強さ、目標達成能力、マインドフルネスなど十数個に分けられる「目に見えない力」のこと。

非認知能力についての図表
出典:https://www.recruit-ms.co.jp/issue/interview/0000000542/?theme=career

プロの選手になれなかったり、引退したりしたあとも、社会で生きていくために不可欠な力です。また、最近ではオン・ザ・ピッチ(サッカーをしている時)のパフォーマンスを高める可能性も指摘されています。

── 非認知能力の高さによって、パフォーマンスが上がるということでしょうか。

正確な研究結果は出ていませんが、経験的にはそう言えると思います。Jリーグに関わっていた頃、10年以上にわたって長期的に活躍できる選手の特徴について、「心技体のうち、どれが一番重要か」と、当時の強化部長(選手の契約を統括する役割)に質問しました。

答えは意外なことに「心(非認知能力)」でした。技術や体力はもちろん重要だけど、トップ選手たちに差異を生み出すのは内面である、と。また、「心(非認知能力)」を45個くらいの項目にわけて重要度の高いものをクラブ関係者に選んでもらうと、1位が「傾聴力」、2位が「主張力」となりました。非認知能力のひとつでもある「コミュニケーション力」の重要性を多くの方が感じていたんです。

また、海外で活躍する日本選手の姿も非認知能力の必要性を教えてくれます。若いころに技術的には「天才」と呼ばれたわけじゃなかった本田圭佑選手や長谷部誠選手などが、海外で素晴らしい活躍をしている。リーダーシップや人間性などの非認知能力が、その違いを生み出しているのではないかと思っています。

特に長谷部選手は、自己主張が強い海外の選手たちをまとめ、目標に向けて導いていく振る舞いができる人です。あくまでも推測ですが、そうした彼の能力がクラブに認められ「引退後もコーチとして残留する」といった異例の契約 (*4) につながったのかもしれません。

── たしかに、本田圭佑選手も投資家として活躍されています。

フィジカルで外国選手に劣る日本選手にとって、非認知能力は勝つために必要な能力なのかもしれません。チームという意味でも同じことが言えます。「チームのアウトプットの質を上げるためには、まず関係性の質を上げる必要がある」と説明した、MITのダニエル・キム氏による「成功の循環モデル」がサッカー界に適用できるなら、非認知能力が高く関係性の質を高く構築できる人材を集めたほうが成果も出やすいはず。

短期的な成果のためなら技術や走力といったケイパビリティが大切ですが、10年、20年先の選手の成長や、チームの成長、引退後の選手の人生やサッカー界全体の成長を考えるならば、非認知能力の強化が必要だと思います。

(*4)フランクフルト長谷部誠23年で引退 コーチに転身で27年まで指導の5年間契約を延長|日経スポーツ
https://www.nikkansports.com/soccer/world/news/202202180001162.html

新宿から世界一を目指す。クリアソン新宿の挑戦

JFLと刻印されたサッカーボール

── 『クリアソン新宿』において、神田さんはアカデミーの育成を担当されていますね。若年層向けの教育をされている理由はなんでしょうか?

ひとつは、サッカーが短期的な勝利だけを目指すスポーツになることで、もっとも悪影響を受けるのが若年層だからです。クラブチームが売り上げや勝利に囚われてしまうと、子供を育てるよりも、お金を積んでいい選手をとってくるほうを優先してしまいます。地域の子供たちを育てていく文化やシステムをきちんと残すためにも、自分たちでやろうと思ったんです。

また、若年層向けのほうが、人材育成の投資対効果が高いというのも理由のひとつです。ケイパビリティに関してもそうですが、特に非認知能力開発への影響力は非常に大きいと思います。若いうちから社会でも役立つ能力を学ぶことが、個人の幸福につながるはず。

ユニセフの調査によると、残念なことに、日本の精神的幸福度は先進国のなかで最低レベルです。さらに、学力は高いにもかかわらず、意欲、自身、忍耐、自立、自制、強調などの非認知能力が低いこともわかっています(*5)。

僕らはその状態をなんとかしたい。サッカーというツールを使って子供の非認知能力を鍛え、幸福感や豊かさを感じられる人を育てたいと思っているんです。

── 具体的にどのようなことに取り組んでいるんですか。

たとえば、「目標設定」の基本的な考え方や「PDCA」の回し方を指導しています。サッカーのトレーニングを通じて、自分の目標のためになにが必要かを考える力を育む狙いです。

また、学生時代に学業とスポーツ活動を両立させてきたスタッフや、ビジネス領域で活動している方にサッカーコーチをお願いし、選手との面談や目標設定の仕方などを一緒に検討しています。

同時に、方法だけでなく、子どもたちに接するコーチの価値観や振る舞いも重要だと思っています。そういう意味では、大人も非認知能力開発の継続が必要です。コーチが学び続ける環境づくりも今後は整えていきたいと考えています。

『CRIACAO SHINJUKU(クリアソン新宿)』のロゴマーク

── トップ選手に対してはどのような教育をしているんですか?

インテグリティ(誠実さ)など個のメンタリティや、チームでの連携といった、人材育成や組織開発的な観点を伝えています。

また、地域活動や学生のキャリア支援など、サッカー以外でも「非認知能力」をのばせる機会を豊富に用意しています。そして、そういった活動をしたい人や僕らの目指す目標に貢献したいと思える人を採用するようにしているんです。

── 単純な勝利だけを目指しているチームではないということですね。

チームの勝利の先に、「誰もが豊かさを感じられる世界」をつくりたいと思っています。まだ僕らは新宿の小さなチームですが、この理念を掲げて活動することで、サッカーの真の価値を伝え、社会や世界に貢献できるサッカークラブになっていきたいと思います。

(*5)ユニセフ報告書「レポートカード16」先進国の子どもの幸福度をランキング日本の子どもに関する結果|unicef
https://www.unicef.or.jp/report/20200902.html

成熟した産業に必要なのは、多様な価値の指標

『CRIACAO SHINJUKU(クリアソン新宿)』でアカデミー(U-15〔中学生年代〕)の育成を担当する神田義輝さん

── とても大きなビジョンを描かれているんですね。改めて、これからのサッカー界が目指すべき目標はなんだと思いますか?

「子どもたちの支持」を得ることが一つのKGIだと思います。勝利、売り上げ、観客動員数なども、そのためのKPIにすぎないとも言えます。試合で勝っても、儲かっても、子どもたちが離れていたら産業は衰退していきます。

かの松下幸之助が「三流は金を残し、二流は事業を残し、一流は人を残す」と言ったように、ある産業が社会で認められるかどうかは、どのような人材が輩出されるかにかかっています。

同じことがビジネス界にも言えそうです。上場やエグジットのことばかり考えている起業家を目指そうとする人は減りました。やはりこれからの時代には、勝った負けた、儲かった損したといった単一的なものではなく、多様な価値の指標が求められるのだと思います。

── そうした時代において、ビジネスパーソンが身につけるべきものはなんだと思いますか?

1つ目は、リベラルアーツ。社会や歴史について知ることです。長期的に考えるためには、過去から未来のつながりを捉える必要があります。

2つ目は、そのつながりのなかで、自分がどう貢献できるのか、していきたいのかを知ることです。自分が何に価値を感じ、どう表現していきたいか、自分の内面と向き合うことが大切だと思います。

過去や未来、自分の内面や外側の世界に「興味」を持って行ったり来たりする。その繰り返しのなかで、この時代に生きるひとりの人間としてやるべきことが見つかるはずです。

── では、個人ではなくチームという観点で必要なことはありますか?

深いテーマですが、より個人の特性や特徴にフォーカスした関わり合いが必要だと思います。そのためにはまず、自分の志向や癖、つまりアンコンシャスバイアスを自覚することが大切です。それから、一緒に関わる人のことを知る。「自分はこういうタイプ、相手はこういうタイプ。だから一緒にやるならこうしよう」と決めていくんです。

実はいま、スポーツの世界でもそうした取り組みが盛んになってきているんです。身体が大きいとか小さいとか、どのポジションが得意とか不得意とか、インテリジェンスや言語化能力が高いとか低いとか、どう接すればその人の最大パフォーマンスを出せるのかを、分析しようとしている。

今はまだ、走る力や筋力などがフォーカスされがちですが、今後は脳科学などをもとに、内面や非認知能力までもが分析できるようになると、よりよい関係性が築きやすい時代になると思います。

── 多様な価値が生まれる時代には、固定観念をなくし、お互いの深い部分まで理解し合おうという姿勢が重要なのかもしれません。では最後に、今後の意気込みについて教えてください。

僕はサッカーに恩返しがしたいです。サッカーと出会ったことで、人にも恵まれ、比較的幸せな人生を送ることができています。ビジネスでの成果も一定出せているのだとしたら、それもサッカーで学んだことのおかげです。

僕がそうしてもらったように、サッカーには人生を豊かにする力があります。それにもかかわらず、価値が目減りしている現状を放置して見て見ぬ振りすることはできません。

新宿は世界の縮図。23区でもっとも外国籍の人が多く、多様性に溢れた街です。世界に貢献するならば、さまざまな価値観に触れながら成果を出す必要があります。だからこそ、僕はここ新宿から、世界一のサッカークラブを作りたいんです。

『CRIACAO SHINJUKU(クリアソン新宿)』でアカデミー(U-15〔中学生年代〕)の育成を担当する神田義輝さん

[インタビュー・文] 佐藤史紹 
[写真]小池大介
[企画・編集] 川畑夕子(XICA)

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