組織開発と農業は似ている──日本における“アジャイル“のスペシャリスト 石井食品・石井氏に、カルチャー醸成の秘訣を聞く

実現のヒント
インタビューカルチャー

企業の優位性や求心力の源となる「組織カルチャー」。その重要性はわかるものの、どのように醸成すればいいかに悩む方は多いかもしれません。

石井のミートボールで有名な石井食品株式会社の代表 石井智康さんは、父親から継いだ老舗企業に「アジャイル」をはじめとするエンジニアカルチャーを導入し、組織変革の手腕に注目が集まっています。

石井さんは、どのようにアジャイルの考えを浸透させていったのか。エンジニアカルチャーと非エンジニアカルチャーの違いとは。新しいカルチャーを醸成するために必要な考え方やアクションを聞きました。

石井食品株式会社
代表取締役社長執行役員
石井智康(Tomoyasu Ishii)

2006年6月にアクセンチュア・テクノロジー・ソリューションズ(現アクセンチュア)に入社。ソフトウェアエンジニアとして、大企業の基幹システムの構築やデジタルマーケティング支援に従事。2014年よりフリーランスとして、アジャイル型受託開発を実践し、ベンチャー企業を中心に新規事業のソフトウェア開発及びチームづくりを行う。2017年、祖父の創立した石井食品株式会社に参画。2018年6月、代表取締役社長執行役員に就任。第四創業期と位置付ける現在、地域と旬をテーマに農家と連携した食品づくりを進めている。認定スクラムプロフェッショナル。

POINT

  • 組織開発は「信じて待つ」ことも重要
  • カルチャー醸成に必要なのは、余白・トライアンドエラー・楽しさ
  • 言葉やデータに反映されない熱量を見出し、「伝える」ではなく「巻き込む」

「怠惰・短気・傲慢」エンジニアの三大美徳

—— まずはエンジニアカルチャーにはどんな特徴があるのか、石井さんのお考えを教えてください。

会社によって全然違うので一概には言えませんが、大きく3つの特徴があると思います。

1つは「ロジカル」であること。ソフトウェアは0と1の二進法で動くので、正しいかどうかがはっきりしています。経験のあるなし、上司部下といった立場は関係なく、論理的な正しさを優先させる文化があるんです。

2つ目は「オープンソース」。技術を独占せずに共有し、みんなで改善することで良いものを作るという考え方があります。それにともない、社外とのつながりやコミュニティが強いのも、この業界の特徴だと思います。

3つ目は「仕事を楽しむ」こと。もともとオタク気質でものづくりが好きな人が多いことや、ロジカルな世界だからこそ楽しもうとしてきた背景があります。

—— 過去にエンジニアとして働いていた際は、どのような仕事の進め方をしていましたか?

アクセンチュアで先輩から言われたのは「君はすごく怠け者だね」というフィードバックでした。最初は批判されていると思ったんですが、後に褒め言葉だったことに気づきました。

一流のプログラマーの資質として「エンジニアの三大美徳」というものがあります。「怠惰」というのはその一つの要素。仕事をしないのではなく、楽をするために面倒な仕事を効率化・仕組み化しようとする、といったポジティブな意味です。

三大美徳の他の2つは、スピーディーな対応のことを言う「短気」と、プロフェッショナルな在り方を表現した「傲慢」。当時は驚きましたが、今では、生産の効率化においてとても重要な価値観だと思っています。

「アジャイル」は人に重きを置くワークフロー

—— 少し自虐的な言葉遣いも面白いです(笑)。そうしたエンジニアカルチャーは、ビジネスカルチャーにも浸透していると思いますか?

そうですね。成長しているIT企業やソフトウェア企業の考え方を取り入れようとする潮流はあると思います。「アジャイル」も同じで、ソフトウェア開発の良い手法を体系化したものだから、受け入れられているのでしょう。

でも実は、アジャイルの源流の一端は日本にあるんですよ。1980年代、絶頂期の日本の製造業の強さについて、アメリカで研究が行われました。その研究論文やトヨタの手法が、アジャイルに大きな影響を与えています。

なので、一般的には「素早さ」や「俊敏さ」の印象が強いのですが、根底には日本企業の「人の繋がりや感情を大切にする」エッセンスが含まれているんです。

—— 源流が日本にあることはあまり知られていないかもしれません。改めて、アジャイルとはどのような考え方なのか教えていただけますか?

アジャイルは、お客様の要望に応えるために様々な声を取り入れ、変化に強くあろうとする在り方のことで、最近では開発に限らず経営のあらゆる面に反映されています。

たとえば、一人が考えて命令を出すピラミッド型組織より、自立分散型組織のほうがフラットな意見が出やすく、チャンスやピンチに気づきやすくなる、とか。性別や年齢、国籍も含めて多様であるほうが、多くのお客様の要望に応えられるので、ダイバーシティも重要視している、とか。

そして、メンバーを代替可能なものとして考えるのではなく、今いるメンバーのモチベーションや力をどう引き出すかに価値をおく「Human-Centred Design(人間中心設計)」の考えが色濃く反映されているのもアジャイルの特徴です。対話を通して、人の興味関心を最大限に引き出し、動く脳みその数を最大化できたら圧倒的にいいよね、というのがアジャイル的な考え方であり、価値が置かれているところです。

カルチャー開発には、農業と同じように「待つ」ことも大切

—— そんなアジャイルの考え方を、石井食品に持ち込んだんですね。

考え方を一方的に広げたというよりは、老舗企業の伝統的な良さを残しながらも、人間的・普遍的に取り組んだ方がいいと思うことを考えて導入したんです。

具体的には、「仕事の可視化」のために各メンバーのタスクをすべてホワイトボードに書き出すようにしました。当時はオフィス出社だったので、社内のホワイトボードが必ず目に入ります。決められた枠内に収まりきらないなら、明らかに仕事を抱えすぎていることがわかり、対応することができるんです。

他にも、メールどころか電話文化が残っていて、忙しい役員の電話は日中鳴りっぱなしだったところに、Slackを導入しました。まずは周りの経営層、またプロジェクトなど小さい規模から使い始めました。そうすると、便利さを理解した人たちがさらに広げてくれたんです。また、コロナ禍の在宅ワークで一気に浸透しました。

—— 外部環境の変化によってカルチャーが浸透することはよく理解できるのですが、そうではない場合はどのように広げていくといいですか?

大前提、カルチャーを扱う上で大切なのは、こうなったらいいと思いつつも、思い通りにはならないのを受け入れることです。組織開発は、種をまきながら実る瞬間を待つという意味で、農業に似ていると思います。

あらゆる植物、あらゆる種は茎を伸ばして実を付けようとしています。実がならないなら、なにか弊害があるわけで、それをどう取り除くのかが農家の仕事。

組織においても、ほとんどの社員は働く時間が楽しく過ごせて、自分の仕事が誰かの助けになることを望んでいます。ただし、花を開かせるのは各メンバー。最大限のサポートはするけれど、信じて待つことも重要です。そうした積み重ねで、カルチャーは醸成されていくと思います。

—— 焦って設計しすぎないことも大切なんですね。その上で、種のまき方や水のあげ方にコツはありますか?

いくつか大事な考え方があります。一つが、アジャイルの考え方にもある「脳科学的な知見」を生かすことです。

脳科学には、金銭的な報酬よりも継続的なフィードバックの方がモチベーションは持続するなどといった様々な知見があります。それらを考慮し、自然と人がそうしたいと思えるように設計するといいと思います。

また、「一つの方法論を押し付けない」ことも大切。組織や人によって、直面している場面によって、適切な方法論は違うはず。「このパターンの時はこのやり方で」と柔軟に対応していく必要があります。Slackも、いくつかのツールを試して、自然と選ばれ定着しました。

そもそも「アジャイル」は変化に柔軟な在り方のことなので、「アジャイルを導入することが正義」と固執してしまっては本末転倒です。今の組織に使えそうなエッセンスや取り組み、ツールがあれば、まずは試してみるくらいの、少し肩の力を抜いたスタンスが合っているかもしれません。結果的に組織にフィットしたものがカルチャーとなっていくんです。

小さなトライアンドエラーの中にある「感動」を掴む

—— カルチャーが浸透しやすい組織とそうでない組織の違いはありますか?

新しいカルチャーを醸成するには「余白」が必要です。会議だと戦闘体勢になってしまうので、リラックスした状態で色々なアイデアを出し合ったり、お互いの本音を伝えあったり、意見をもんだりする時間の余裕が必要だと思います。

ただ、これはなかなか難しい。カルチャーの変化には時間がかかるので、意識はしつつも目の前の仕事にしか意識が回らないのは仕方がないことです。

—— エンジニアが新しい知識や技術をすぐに試してPDCAを回すように、カルチャーも試せたらいいんですけどね。

おっしゃる通り「トライアンドエラー」の考えは大事ですよね。

エンジニアは、一発で完璧なコードを書くわけではなく、出てきたエラーを読み取り、解決していくことを仕事にしています。エラーすることが重要ですし、それに抵抗感がある人はあまりいません。

しかし、カルチャーや組織開発の話になると、失敗はなるべく避けようとしてしまう。1年くらい時間をかけて議論したり、お金をかけてシステムを導入したりしてしまったら、なおさら失敗ができなくなります。

大切なのは、組織においても小さく施策を回して、エラーを積み重ねることです。社内の交流を増やすためにまずは小さく「週末の夕方のコーヒータイム」だけ実行してみる。失敗したところで誰も傷つかないですし、成功したら「じゃあ、今度はランチにしてみよう」と広げていけばいいんですから。

—— 石井食品のなかで、小さなトライアンドエラーから始まり、大きくなった取り組みはありますか?

地域の食材を生かした商品づくりを行う「地域と旬」という取り組みがあります。旬の素材を使い、その土地々ならではの調理方法をとり入れ商品化を進めています。その中で、ハンバーグのシリーズがあるのですが、山梨県大月市産の新玉ねぎを使ったハンバーグ作りから始まり、現在8種類の地域の食材を使ったハンバーグを展開しています。

この取り組みは、初めの頃は一部署がやっているだけの誰にも見向きもされないものでした。なぜなら、食品加工業のセオリーから外れた商品だったからです。

既存の主力商品であるチキンハンバーグと比べて2倍近い値段でしたし、一つの種類を販売できる期間は、旬の食材がとれる3ヶ月くらい。仕入れ量も少なく、製造コストを下げたり、生産性を高めたりすることも難しかったので、社内でも賛否両論ありました。

—— 小さかった取り組みを、全社的に展開しようと思ったのはなぜでしょうか?

関わる人たちの「感動」を感じたからです。一つ目のハンバーグは、新玉ねぎを提供してくれている大月市の人がとても喜んでくれて、近所に配るために10個まとめて買ってくださる方もいました。その様子を見た現場の営業マンも手応えを感じたそうです。

また、食材の仕入れ担当も農家の方から大いに感謝されました。そうした様々な「感動」をこのプロジェクトから感じたんです。

商品開発もカルチャー醸成も、データだけで判断してはいけないと思います。そこにある熱量や、未来への可能性を見出していくことが大切なんです。

「感動を伝える」ではなく「感動に巻き込む」

—— 熱量のある取り組みがあったとして、どう伝播させていけばいいですか?

人を巻き込むことですね。「伝える」ではなく「巻き込む」

言葉では伝わらない感動や、データには反映されないエネルギーが、実際に体験するとわかるものです。

「地域と旬」では、工場のメンバーに催事やイベントでお客様に触れてもらったり、農家さんに直接会ってこだわりを聞いたりする機会を設けました。

先程のコーヒータイムなら、「次はあの人を巻き込んでみよう」などと考えていくんです。最初はいやいや参加する人もいると思いますが、本当に価値のある活動であれば、経験することで良さに気づいてくれるはず。

一方、経営層にできるのは、自然とその取り組みに参加する人が増えるような制度作りです。「地域と旬」に関しては、全社の目標に「ファンコミュニケーション」を掲げ、ファンに会いにいくことを推奨しました。

目標に加えることで、取り組みに興味のある人が参加する理由を作ることもできますし、どれだけ忙しい部署でも時間を割いてくれるようになります。

—— 全体としての制度設計も重要なんですね。最後に、自分がやっている取り組みに人を巻き込んでいきたい方にむけてアドバイスをいただけますか?

どんな取り組みも、やっぱり「楽しさ」が大切です。神話においても、岩戸に隠れたアマテラスは、楽しい音楽と踊りに惹きつけられて外に出てきました。

エンジニアカルチャーという意味でも「楽しさ」はとても大事です。良いコードを書くためには、脳を活性化させないといけません。ストレスやプレッシャーから解放されて、能力を最大限生かすためにも、リラックスすることや楽しむことは必要なんです。

日本にはまだ「仕事は苦役」という文化があります。仕事が苦しい分、飲み会などの仕事以外の場で楽しさを担保してきたんでしょう。そういう意味では、仕事の中に楽しさを持ち込もうとするエンジニアカルチャーが広がっていくといいと思います。

そうすれば、頭も心も動かしながら、「良いな」と思った取り組みやカルチャーの種が自然と広がっていく組織に近づけるのではないでしょうか。

[インタビュー・文] 佐藤史紹 
[写真]小池大介
[企画・編集] 川畑夕子(XICA)

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