愛される企業の条件は「言行一致」と「本音」。企業と消費者の垣根がなくなる時代に求められるブランディングのあり方とは。

実現のヒント
インタビューマーケティングマインドセット実現対談

個人情報保護強化の潮流が高まりをみせている。
「このテーマは“サードパーティークッキーの廃止”など、情報取得の手法論的な側面から語られることが多いが、企業と消費者のコミュニケーションの変容という側面にも目を向ける必要がある」と語るのは、クリエイティブ・ディレクターの川村真司氏。

世界的な変化の潮流の中で、企業は市場に対して自分たちをどんな存在として見せ、どのようなコミュニケーションをとっていくべきなのか。

クリエイティブ・スタジオ、Whateverでブランドコミュニケーションに携わる川村真司さん、藤原愼哉さんを招いて、今後企業に求められるブランディングのあり方を聞く。

POINT

  • ブランドに「言行一致」がより求められるように
  • 企業も「自分たちも消費者の一人」という意識を持ち、人対人の本音のコミュニケーションを
  • 消費者とのすべての接点が、ブランドイメージにつながる
  • 「誰をどう楽しませたいか」「誰にどう役に立ちたいか」という、自社の存在価値を見直す
Whatever Creative Director COO 川村真司氏

Creative Director / CCO
川村 真司(かわむら・まさし)


Whateverのチーフクリエイティブオフィサー。180 Amsterdam、BBH New York、Wieden & Kennedy New Yorkといった世界各国のクリエイティブエージェンシーでクリエイティブディレクターを歴任。2011年PARTYを設立し、New York及びTaipeiの代表を務めた後、2018年新たにWhateverをスタート。数々のブランドキャンペーンを始め、テレビ番組開発、ミュージックビデオの演出など活動は多岐に渡る。カンヌをはじめ世界で100以上の賞を受賞し、Creativity「世界のクリエイター50人」、Fast Company「ビジネス界で最もクリエイティブな100人」、AERA「日本を突破する100人」に選出。

Whatever Planner Creative Director 藤原愼哉氏

Planner / Creative Director
藤原 愼哉(ふじわら・しんや)


1979 年京都生まれ。2014 年 dot by dot inc. 設立に参加。クライアントパートナーとして、課題抽出から戦略立案、企画プランニングからクリエイティブディレクションまで、深く広い範囲に携わる。また領域は広告マーケティングに限らず、ブランディング、サービス・プロダクト開発など、組織コミュニケーションの環境変化を捉えながら、手法やメディアにとらわれず、課題に対して効果が見込める企画提案を信条としている。永く引き継がれてきたものから、新しく面白いものまで、創作活動で生みだされる幅広いモノコトへの興味が深く、情報を早くたくさん集めることが趣味。

求められる、脱「ビッグ・ブラザー感」

── 個人情報保護の潮流について、どのように捉えていますか。

川村 真司(以下、川村)  個人情報保護に関しては、日本よりも先に欧米で多くの議論がなされてきました。マーケティングやブランドコミュニケーションにおいて、ターゲティングアドといったメディアの話もあれば、Facebook Connectなどを通して情報を提供してもらい、一人ひとりにカスタマイズされたコンテンツを体験できるようなプロモーションなどが、昔は普通に行われていました。それがすべて悪いわけではなく、実際に情報を受け取りたい人に情報を届けたり、よりブランドを好きになってくれるような体験を作れていたとも思います。

しかし個人情報の扱いについて議論が始まると、欧米ではそのようなコンテンツを「ビッグ・ブラザー感が匂うコンテンツ」と表現して、避けるようになっていきました。ビッグ・ブラザーとは、ジョージ・オーウェルの小説『1984年』に登場する架空の人物の名前で、常に人々を常に監視する巨大企業や国の比喩として用いられる表現です。個人情報保護の問題提起が大々的にされる前から、GAFAなど欧米の企業は、その匂いを感じないコンテンツやコミュニケーションプランを求めていました。

個人情報保護の潮流は、企業が個人情報を取得しやすくなったことで生じてきた問題意識ですが、一方で、SNSなどの普及によって消費者側も企業の情報を取得しやすくなっています。そうした背景のなかで、情報の扱い方を含めた企業の姿勢や、ブランドコミュニケーションに求められることも変わってきていると感じています。

Whatever川村真司氏

愛される企業の必要条件は「言行一致」

── どのような変化を感じられているんですか?

川村 当たり前のことにも聞こえますが、外に発しているメッセージと企業の中身の「言行一致」が、これまで以上に求められるようになってきていると思います。例えば、D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)を掲げている企業の経営陣が全員壮年以上の男性であったりすると、すぐにSNSで批判の的になる。背伸びしてコミュニケーションしているのがバレてしまい、結果マイナスの印象を持たれるような事例が、色々なところで生じています。

本来は中身となる事実があって初めて、外に向けて発信していくというのが自然な順番のはず。外側を整えることに注力するのではなく、内側も含め、会社自体を見直すという当たり前のことに向きあうことが、これまで以上に重要になっています。

藤原 愼哉(以下、藤原)  デジタルやソーシャルメディアの普及とともに、「企業の言うこと自体、あまり信頼性がない」と思われている時期があったと思います。きれいな言葉で語ったコピー、タレントさんを使った一方的な発信だけでは、消費者に深く刺さらなくなってきた。その経験を経てコミュニケーションに携わる方々は「自分たちも消費者の一人だ」という振り返りをして、人対人の、本音のコミュニケーションを取るようになってきました。企業のYouTubeチャンネルや公式Twitterの「中の人」なんかが増えてきたのも、自分たちの生の声を伝えて、消費者と本来的な深いコミュニケーションを取ろうとした結果だと思います。

消費者も、企業の言行一致と本音をよく見ています。消費者に愛され成長を続けている企業は、広告で発しているメッセージと事業に一貫性があり、嘘のないコミュニケーションを取っていると思います。

Whatever藤原愼哉氏

川村 ​そうした企業の例として最初に思いつくのは「NIKE」です。「JUST DO IT」というタグラインを掲げ、アスリートに寄り添い続ける企業の姿勢は、みなさんもご存知のはず。ブラック・ライブズ・マター(*1)の際もそうでしたが、炎上のリスクが伴うとしても、「自分たちの原点の思いに立ち返れば、やるべきだ」と判断する強さが、NIKEにはあります。その結果、一部からは批判されたとしても、全世界でファンを増やす結果になりました。

(*1) ブラック・ライブズ・マター:アフリカ系アメリカ人のコミュニティに端を発した、黒人に対する人種差別の撤廃を訴える運動。ナイキは「Don’t do it」で始まる、黒人差別撤廃を訴えるCMを公開した。

同じくスニーカーを扱う「Allbirds」も素晴らしい企業事例の一つです。エコフレンドリーな経営を掲げ、スニーカーはオーガニック素材のみから作っている。さらに、毎年のように改善を加え、履き心地もよく、地球にとっても優しい素材を追求し続けています。また、製造工程で出る温室効果ガスの排出量も公開し、「10年後に排出量ゼロ」を宣言する徹底ぶり。

両社とも、発するメッセージと行動が一貫し続けていることで、多くの人が信頼しやすく、安心して愛せるブランドとなっています。

藤原 もう一つの大きな変化は、ブランディングの範囲が広がったということでしょうか。社内におけるガバナンスや会社規定など企業の根幹になる部分もブランディングの一部として捉え、見直そうとする企業が増えていると感じます。

川村 Whateverで一番多くご相談いただくのは、広告など具体的なコンテンツのご依頼です。しかし、深く話を聞いていくうちに、より根本的な課題に辿り着くことがあるんです。企業の土台となるメッセージの策定やチーム編成、社内ブランディング、カルチャー醸成など、企業の根幹にある活動に対して、コミュニケーションという観点からアイディアを求められることが増えました。

Whatever川村真司氏

企業の存在価値を見直し「Fun or Useful」に伝える

── ブランディングのあり方の変化に企業が対応するためには、どんなことが必要でしょうか。

川村 まずは、消費者とのすべての接点が、ブランドのイメージにつながっているという認識を持つことが大切だと思います。いまや「カスタマーセンターの電話対応が良かった」という投稿がSNSでシェアされ、ブランドイメージが上がったりするような時代です。失敗するリスクが高まったと捉えるのではなく、ポテンシャルが広がったと捉えて、できるところから改善していくのが良いと思います。

藤原 そういう意味で、まずはいちばん身近な社員との接点を見直してみるのがおすすめです。消費者と企業の垣根がなくなりつつあるなか、会社の一番の顧客は社員のはず。社員が自社や自社商品に対して、どんな印象を持っているかが重要になってきます。

良品計画の社員の方々と話したことがあるのですが、みなさん「無印良品」の商品が大好きで、新商品の販売を誰よりも楽しみにされているんです。自社や自社製品を愛する社員のみなさんは、間違いなく気持ちの良い接客をするでしょうし、SNSで自社について発信する際も、自然と想いが乗った投稿になるでしょう。そういう嘘のないコミュニケーションこそ、自然と広がっていくものです。

ブランディングを考える際に、ターゲットにペルソナを設定するのも大事ですが、その前に、社員が自社や自社製品をポジティブに捉えられているかに目を向けてみる。そこに課題や懸念があるようなら、そこから解決していくのが大切だと考えています。

Whatever藤原愼哉氏

── 内部から信頼される企業に変えていく大切さが、よく理解できました。その一方で、外部にメッセージを発信する際には、どのようなことを意識すればよいでしょうか。

川村 外部へのコミュニケーションでは、「Fun or Useful」なメッセージを意識することが大切だと思います。

一方通行になってしまいがちな広告においても、受け取り手が「楽しい」という感情が生じるようなクリエイティブ表現をしたり、「役に立つ」情報とともに届けたりする工夫が必要。役に立つというのは、利便性だけでなく「世の中を違う視点で見れるような発見」でもいいと思います。

「Fun」も「Useful」も無理に捻出するものではありません。「誰をどう楽しませたいか」「誰にどう役に立ちたいか」という、自社の存在価値を見直すことで自然と見えてくるものだと思っています。

── 現在働いている会社の外と内に差異を感じている方が、言行一致のブランディングを目指すためには、どのような取り組みができるでしょうか。

川村 ブランディングのメッセージがブレてしまったり、中身が伴わないメッセージングがされてしまっているのは、おそらく社内政治や古い慣習が原因だと思います。これらを、短期間で抜本的に変えるのは難しいです。まずは、一つの部署や小さなプロジェクトでコミュニケーションを変えてみるチャレンジをしてみてください。そこで成果を出し、取り組みを拡げていくことが、組織全体を変えるきっかけになるはずです。

もし社内の人だけでやるのが難しい場合は、社外を巻き込むと良いでしょう。外部要因が入ることで、社内事情に影響を受けない客観的な目線を入れられるし、普段とは違う取り組みをする言い訳もできます。外部の視点を入れて化学反応を起こしながら、本質的なブランディングを目指していくというのも、一つの手だと思っています。

[インタビュー・文] 佐藤史紹 
[企画・編集] 川畑夕子(XICA)

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