DATA SCIENCE
2021/09/22

データサイエンスを活かすなら「データサイエンス」を学ぶな

データサイエンスの重要性はよくわかっていて、業務にも取り入れ始めている。しかし、なかなか成果につながらない──そんな悩みを抱える企業、マーケターは少なくない。

その原因の多くは、データサイエンスの目的や課題を適切に設定できていないことにある。それゆえに、適切なデータを適切な方法で分析できず、せっかくのデータ分析が実は無駄になっている可能性が高いのだ。

今回お話を伺ったのは、統計学・行動経済学・マーケティングの専門家で、国内トップレベルのデータサイエンティストとしても知られる、慶應義塾大学の星野崇宏教授。星野教授は、「ビジネスの現場で使えるデータサイエンスを身につけるには、まず経済学・経営学・マーケティングサイエンスといった『ビジネスサイエンス』を理解することが不可欠」と話す。

慶應義塾大学経済学部 教授 星野崇宏(ほしの・たかひろ)氏
2004年3月、東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。博士(経済学)。情報・システム研究機構統計数理研究所、名古屋大学大学院経済学研究科などを経て、慶應義塾大学経済学部教授。シカゴ大学客員研究員、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院客員研究員などを歴任。行動経済学会副会長。マーケティング・サイエンス学会理事。理化学研究所 AIPセンターにおいてAIを経済経営分野に活用するチームのチームリーダーを兼務。2017年、45歳未満の研究者に政府が授与する最も権威のある賞、日本学術振興会賞を受賞。ほかに日本統計学会研究業績賞など受賞多数。内閣官房や総務省、経産省、文科省の委員として政府のエビデンスに基づく政策意思決定の整備に関わるとともに、サイバーエージェント、マネーフォワード、ヤフー研究所などの技術顧問として学術的な技術提供を行う。さらに数多くの企業にマーケティングや人的リソース配分などの実務のコンサルティングを行い、2020年には経済学の学知に基づくコンサルティングを提供するエコノミクスデザイン社を坂井豊貴慶大教授や安田洋祐阪大准教授らと創業。

まず学ぶべきは「ビジネスサイエンス」

―星野先生が「データサイエンス」の道に進まれたきっかけはどんなことだったのでしょうか。

人々が「どのように意思決定を行っているのか」、そして「どのように意思決定を行うべきなのか」に強い関心がありました。

前者には心理学や行動経済学、後者には経済学や統計学、機械学習などが深く関わります。実は国内外に「データサイエンス」という学問分野はなく、私はこうした分野を横断して研究を進めてきました。

初めのうちは「個人」の意思決定に関心があったのですが、研究を進めるうちに、企業をはじめとする「組織」の意思決定への関心が高まっていきました。企業との共同研究の機会に多く恵まれたことも「組織」への意識を強める要因の一つになったと思います。

意思決定の主体は、政府、自治体、企業、個人と実に幅広いです。私は政府や自治体のEBPM(エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング:証拠に基づく政策立案)にも携わりたいと思っていたので、フィールドを限定することなく意思決定について研究できる場を求め、研究者の道に進みました。

―意思決定の手段の一つとして「データサイエンス」に注目する企業が増えています。しかし実際のビジネスの現場では、上手く活用できていないケースが多いようです。その原因についてどうお考えですか。

マネジメント側(経営者やマーケター)とデータサイエンティスト側、ともに「ビジネスサイエンス(本稿では、経済学・経営学・マーケティングサイエンスなど、ビジネスに深く関わる学問を指す)」の理解が圧倒的に足りないことが、データサイエンスがうまくいかない大きな原因だと考えます。つまり、データがどうこう以前の話なのです。

企業価値を高める・利益を上げるといった成果を得るために「どんな意思決定をすべきか」「何を最適化すべきか」──ビジネスサイエンスは、これを考える基盤となる学問で、ビジネスの現場に活かせる知見の宝庫です。海外では長年にわたって蓄積された膨大な研究成果があり、企業経営に積極的に活用されていますが、国内ではほぼ活かされていないのが現状です。

マネジメントがビジネスサイエンスの知見を活用できていないと、ビジネスの全体像を踏まえた目的・課題設定、施策の立案ができません。あらゆる施策が場当たり的になり、一向に成果につながらない状況に陥る可能性が高くなります。

このことは組織や戦略にも言えますが、ここではデータサイエンスが最適化しようとするKPIに限定して話をしたいと思います。

企業たるもの、スコープが短期か長期か、株主のためか従業員をより重視するか、社会への利益還元かの重みは企業ごとに違うにせよ、本来は(企業活動に関わる)ステークスホルダーの利益を最大化するべきものです。

利益の創出という観点で自社の課題を特定し、ブレイクダウンして具体的な施策に落とし込み、施策ごとにKPIを設定する。そのKPIの達成を通じて、利益の最適化を実現していく。これが本来あるべき姿なのに、多くの企業では “どこかの誰かが重要と言っていた”個別KPIの部門ごとの個別最適化がマネジメントによって放置され、利益最大化という最終目標の下でのコントロールができていません。結果として、いくらKPIを部分最適化する高度な分析を行っても、工数とコストばかりかかり利益が出ないという残念な結果になっています。

KPIはあくまで施策のモニタリングのマイルストーンでしかありません。もちろん個別のビジネスには依存するものの、原則としてどんな施策がどのように利益に貢献するかはビジネスサイエンスの膨大な知見が教えてくれます。まずはビジネスサイエンスの巨人の肩に乗るべきです。

一方のデータサイエンティスト側も、経済学・経営学・マーケティングサイエンスなどビジネスサイエンスの基礎すら学んでいない人が大多数と言わざるを得ません。

ビジネス上の成果を得るために必要な意思決定が何か。データ分析を行った結果としてどのような施策を行うことができるのか。さらにビジネスの全体像が理解できていないために、データ分析としては非常に高度なことをやっていても、ビジネスに資するアウトプットは生み出せていないケースをよく見聞きします。

「ビジネスの現場で使えるデータサイエンス」とは

―星野先生は「ビジネスの現場で使えるデータサイエンス」の重要性を提唱されていますね。

「ビジネスの現場で使えるデータサイエンス」とは、“成果を得るためにどんな意思決定をすべきか”から逆算して行われるデータサイエンスを指します。日本企業のビジネスの現場でデータサイエンスが上手くいっていない原因の裏返しですね。

膨大な先行知見のあるビジネスサイエンスの巨人の肩に乗り、正しい意思決定方法の定石を利用し、「何をどのような手段で最適化すべきか」という課題設定を適切に行うことが「使えるデータサイエンス」の第一歩であり、最も重要なポイントです。

データについて考えるのは、その次の段階です。設定した課題を解決するためにはどんなデータが必要か、企業の打ち手に紐づく形でどんな分析が適切かを考える。データサイエンスは、あくまで正しい意思決定をするための手段なのです。

マーケターが自らデータサイエンスの具体的な方法論を身につける必要はなく、むしろ専門家に任せたほうがいいのではないかと思います。それよりも、ビジネスサイエンスの考え方、定石を理解することのほうがずっと重要です。

―マーケターがデータサイエンスを身につけるなら、まず何から始めればいいでしょうか。

繰り返しになりますが、まずはビジネスサイエンスを学び、正しい意思決定と課題設定の方法を理解することが重要です。

それにもう一つ加えるとすれば、データを正しく解釈するために留意すべきバイアスを知ることが挙げられると思います。

入手できるデータには、実はさまざまなバイアスがかかっています。そのバイアスを考慮せず、目の前のデータだけを見て意思決定をすると問題が生じます。

たとえば消費財のテレビCMは、ビールなら夏、携帯電話なら春先といった具合に、売上が上がりそうな時期に大量に出稿するのが基本的な方針です。CM出稿量と売上を単純に並べると「テレビCMは売上に大きく貢献しており、ほかの広告は不要」なように見えるのですが、そもそも売上が上がりそうな時期に出稿しているので売上が上がるのは当然です。

こういった広告出稿のメカニズムを除去して考えたうえでも、もちろんテレビCMの効果は一定以上ありますが、単純な見た目ほどではなく、やはりテレビCM以外の様々なメディアを組み合わせる必要があることが分かります。売上に影響を与えると思っていた要因は実は他の要因によって決まっていた、という内生性バイアスや、売上の高い時期に出稿されていたから出稿量と売上の関係が見えてしまう、という逆因果などはビジネスサイエンスを学べば叩き込まれる概念です。

目の前のデータを鵜呑みにせず、どのようなバイアスがかかっているかを正しく把握し、実行しようとしている分析が誤った結論を導き出す危険がないかを冷静に見極めることが重要です。

より良い意思決定が「個」を活かす社会をつくる

―星野先生は、データサイエンスそのものの研究だけでなく、データサイエンス人材の育成にも力を入れていらっしゃいます。

企業との共同研究や顧問としてのコンサルティングを進めるなかで、先ほどお話ししたように「“どこかの誰かが重要と言っていたKPI”にとらわれて部分最適に終始している」状況を何度も目の当たりにしました。それをもどかしく思い、「日本企業の生産性を高めたい」という気持ちが次第に高まっていったことが、私が「使えるデータサイエンス」を提唱するに至ったきっかけです。

日本企業の生産性を高める上で、長期的な視点で重要なのが、ビジネスサイエンスも含めたデータサイエンス教育だと考えています。私一人でできることには限界がありますから、データサイエンスの知見・スキルを持つ学生を育ててビジネス現場に送り込み、それぞれデータ活用に取り組んでもらおうというわけです。

海外のビジネススクールは、研究者と実務家が共同研究を行う枠組みが整備されていますが、日本にはそういう場が非常に少ないのが現状です。アカデミアで十分に研究・実証されたビジネスに活かせる学知がたくさんあるにも関わらず、ほとんど活用されていないのは、そういった教育現場の課題が一因となっています。「学知はビジネスの現場では使えない」と思い込んでいる実務家も多く、非常にもったいないと思っています。

アカデミアにしても、それをやることが直接的な利益につながるわけではないので、つい“居心地の良い”アカデミアの領域に閉じこもってしまう傾向があります。私としては、今後もアカデミアと実務の融合を図り、ビジネスに学知を活かす機会と人材を増やしていきたいと考えています。

―データサイエンス人材が増え、データサイエンスが普及した先に、星野先生はどのような未来を思い描いていらっしゃいますか。

大きなゴールは、「個」が活かせる社会をつくることです。

一人ひとりの能力や感性、情熱を最大限に活かして、本質的な価値を創造する社会。それは、社会の生産性が高く、余裕がある状態でなければ実現できません。 そして生産性を高めるには、政府・自治体・企業・個人といったすべての主体の意思決定の質を高めていく必要があるのです。しがらみや慣習にとらわれず、サイエンスとデータに基づいて意思決定をするための環境(組織・人材・制度・文化)を整えていかなければなりません。

この20年、「生産性向上」の手段として、単純にやりやすいコストカットばかりが偏重されてきました。しかし先進諸国が行っている価値創造ができず、所得が相対的に下がり、日本の社会全体に余裕がなくなってしまったように思います。

ビジネスサイエンスとデータを用いた意思決定によって生産性を高め、人々が「個」を活かした本質的な価値創造に力を注ぐことができ、その価値が評価される社会をつくる。データサイエンスの社会実装を着実に進めていくべく、今後も取り組んでいきます。

[インタビュー・文]齋藤千明
[撮影]小池大介
[企画・編集]川畑夕子(XICA)