MMM(マーケティング・ミックス・モデリング)の限界・得意としない領域とは?
MMM(Marketing Mix Modeling)は、多くの企業が広告やマーケティング活動の効果を分析するために活用してきた有効的な手法ですが、どんな手法にも限界があり、MMMも例外ではありません。従来のMMMの利点を知るだけでなく、その限界も理解することは、適切で効果的な活用のために重要です。
そこで、この記事では従来のMMMの概要を簡単に振り返り、その典型的な限界について詳しく解説します。また、MMMの不得意領域を補完する代替手法などについてもご紹介しますので、ぜひ最後までご覧ください。
MMMの基本
MMMの定義と目的
MMMは、広告やプロモーション、価格設定などの様々なマーケティング活動が売上などの事業成果に与える影響を統計的に分析する手法です。この手法により、企業はマーケティング投資に対する各施策の効果を測定し、ROI(投資収益率)を算出できるようになるため、最適な予算配分をシミュレーションすることが可能となります。
MMMのアプローチ
MMMは、過去のデータを基に複数のマーケティング活動の影響を同時に分析します。この分析には、売上や販売個数などの成果データ、広告費用や広告出稿データ、経済指標などの外的要因データが使用され、回帰分析などの統計的手法が用いられます。
MMMの主な利点
MMMを活用することで、各マーケティング活動の効果を定量的に評価でき、投資の最適配分が可能となります。どの施策が高いROIを生み出しているかを把握することで、効果的かつ効率的な施策の実行が目指せるようになります。
また、MMMは具体的なデータに基づいて分析を行う科学的なアプローチとなるため、感覚や経験だけに頼らないデータドリブンな意思決定が可能となります。
MMMの限界
MMMは非常に有用な手法ですが、万能なわけではありません。特に以下のような限界があります。これらの限界を理解したうえで、MMMの適切な活用方法を見極め、必要に応じて対策を講じたり、代替手法を検討したりすることが重要です。
実装前における限界
粒度の細かい大量のデータが必要
MMMの精度を保つためには、粒度の細かい大量のデータが必要です(ほとんどの場合は、日次または週次かつ過去1~3年間のデータが必要)。データの質と量がモデルの信頼性を左右するため、マーケティング活動が小規模な場合やデータ収集プロセスが限られている企業にとっては大きなハードルとなります。
主な影響:
- データ不足により分析ができない、あるいは分析の精度が低下
- 一部の(データが足りない・取得できない)企業にとってはMMMの導入自体が難しい
対策・代替手法:
- データ収集プロセスの整備と、十分な収集期間の確保
- A/Bテストなど、代替的な分析手法の活用
実装プロセスに時間がかかる
MMMの実装において、モデルの正確性を担保するためには、データの整合性を保つことが不可欠であり、そのためのプロセスには非常に時間がかかります。特に、データの準備やクレンジング、十分な精度を担保するモデルの詳細設定などに多くの時間と労力を必要とします。
主な影響:
- データ収集やモデル構築における分析担当者の工数負担
- リソースに制約がある組織での継続的な実施の難しさ
対策・代替手法:
- データ収集やモデル構築プロセスの自動化
- 分析対象を絞るなどのモデルの単純化
分析担当者の専門性や知識に左右される
MMMは統計的手法を用いてマーケティング活動の効果を推計するため、モデルの信頼性や結果の解釈は、分析担当者の統計に関する専門的知識とマーケティングの知識に大きく依存します。もし、統計かマーケティング、どちらかの専門的な知識が不足した場合、モデル設計や変数の選択、分析結果の解釈まで誤ったまま進んでしまう可能性が高まります。また、分析担当者に限らず、分析結果の報告を受ける側についても、統計への理解が欠如していると、分析結果への納得度が変わってくることがあります。
主な影響:
- 誤ったモデル設計や分析結果の解釈につながる恐れ
- 分析結果の信頼性や解釈に疑問が生じ、経営陣や他部門への説明(従ってアクションを取ること)が困難になる
対策・代替手法:
- 専門的知識と経験を兼ね備えたデータサイエンティストの採用
- ステークホルダー向けのトレーニングと啓発活動
構造上の難しさに関する限界
過去のデータに依存する
MMMは過去の実績データを活用するため、前例のない事業やマーケティング活動、急速に変化する市場において将来的な予測を行う場合などには不向きな傾向があります。過去のデータだけでは十分な予測ができない可能性があるためです。
主な影響:
- 新規市場や新商品の分析ができない
- トレンドの見逃し
対策・代替手法:
- 定期的かつ短いサイクルでのモデル更新と再学習
- 外部データの積極的活用(市場調査や業界ベンチマーク・ノーム値など)
リアルタイム性やアジャイル性に欠ける
MMMは過去のデータと仮定に基づいて事業成果の予測モデルを構築します。そのため、急速に変化する市場の動向や消費者行動の変化に即座に適応することは難しく、また、リアルタイムデータ分析のようなスピード感のある分析は不得意です。
主な影響:
- 最新トレンドや突発的な事象への対応の遅れ
- 迅速な意思決定が求められる場面での活用の難しさ
対策・代替手法:
- 定期的かつ短いサイクルでのモデル更新と再学習
- リアルタイムデータ分析ツールとの併用
短期的な影響への偏重
MMMは売上や販売個数などの事業成果を指標にする場合が多く、そのため、長期的なブランド価値や顧客ロイヤルティの形成といった、より時間のかかるマーケティング活動の影響を捉えるのが難しいケースもあります。ただし、近年ではブランド・エクイティを含む分析機能を持つMMM(XICAのMMMサービス「MAGELLAN」)も出てきており、短期的な効果のみならず、長期的な影響を補完する分析も可能となるなど進化しています。
主な影響:
- 短期的な事業成果の獲得に偏重した意思決定につながる可能性
- 長期的なブランド戦略の重要性が過小評価される恐れ
対策・代替手法:
- 長期的な指標(顧客生涯価値など)も併せて評価
- ブランドトラッキング調査などの定性的データも考慮
クロスチャネルやオムニチャネルにおける統合分析の難しさ
従来のMMMは、主に複数チャネルの個別効果分析に優れており、各チャネルの直接的な影響を測定することが得意です。しかし、チャネル間の相乗効果や間接効果を十分に考慮することが難しいため、複数のチャネルが連携することで生じる総合的な影響や、クロスやオムニチャネル戦略における消費者行動の複雑さを捉えることが課題となります。これにより、特に上流・認知系施策の事業成果への効果が正しく捉えにくくなっています。
主な影響:
- クロス、もしくはオムニチャネル戦略の全体的な効果を把握しにくい
- 複数チャネルを利用する顧客の行動パターンを正確に分析できない
対策・代替手法:
- マルチ・タッチ・アトリビューション(MTA)分析など、他の分析手法との併用
- より洗練された統計モデルの採用(階層的重回帰分析、パス解析やベイジアンネットワークなど)
デジタル施策における詳細な分析の難しさ
デジタルマーケティングのように、チャネルやターゲットセグメント、クリエティブの種類やバナーサイズなどが多岐にわたる場合、扱うデータや変数が多くなるため、MMMではマルチコといった変数同士の相関が高いために起こる不具合などが発生する可能性が高まります。
主な影響:
- 分析が複雑化し、各変数の個別の影響を正確に評価することが困難
- デジタル施策の微調整や最適化が難しい
対策・代替手法:
- 個別最適ではなく全体最適を目的にするなど、分析方針を目線合わせ
- マルチ・タッチ・アトリビューション(MTA)など、デジタルマーケティングに特化した分析手法との併用
その他の限界
「なぜ」という結果の理由を説明できない
マーケティング活動の成功または失敗の理由を理解することは、今後の戦略立案において非常に重要なことですが、MMMはマーケティング活動の効果を定量化できる一方で、それぞれの施策やキャンペーンがなぜ成功または失敗したのかを詳細に説明することはできません。
主な影響:
- 具体的な改善策の立案が難しい
- 創造的なマーケティング戦略の構築に制限がかかる
対策・代替手法:
- 定性調査(顧客インタビューなど)との併用
- CMM(コンシューマー・ミックス・モデリング)との併用
顧客体験の分析ができない
MMMは通常、顧客体験に関するデータを組み込むことはありません。しかし、顧客体験はマーケティング活動の効果を測定する上でますます重要な要素となっています。顧客のフィードバックやエンゲージメントデータを考慮しないことは、全体的な評価を欠如させる可能性があります。
主な影響:
- 顧客満足度やロイヤリティなど、定性的要素の考慮が難しい
- カスタマージャーニー全体を通した影響の測定が困難
対策・代替手法:
- 定性調査(顧客インタビューなど)との併用
- カスタマーエクスペリエンス(CX)分析ツールとの併用
MMMの限界を補完する代替手法と統合的なアプローチ
以下に、先述したMMMと組み合わせることで、より包括的なマーケティング分析が可能になる手法をいくつかご紹介します。
A/Bテスト
A/Bテストは、2つ以上の案を比較し、最も効果的なものを特定する手法です。
メリット:
- 低コストでの運用
- 迅速な実験と学習が可能
MMMとの統合方法:
- MMMで特定された重要なチャネルや要素に対してA/Bテストを実施
- A/Bテストの結果をモデルの調整に活用
関連記事のご紹介:「マーケティング効果可視化における分析手法:A/Bテスト」
マルチ・タッチ・アトリビューション(MTA)
MTAは、デジタルにおける顧客の購買までの複数のタッチポイントを考慮し、各接点の貢献度を評価する手法です。
メリット:
- デジタルマーケティングの詳細な効果測定が可能
- 個々の顧客行動を追跡できる
MMMとの統合方法:
- MMMで全体的な効果を把握し、MTAで詳細なデジタル施策の効果を分析
- 両者の結果を比較し、整合性を確認
関連記事のご紹介:「代表的な分析方法MMMとMTAのそれぞれの仕組みを比較」
定性調査
顧客インタビューやフォーカスグループなどの定性調査は、数値では可視化しきれない示唆や洞察を導く手法です。
メリット:
- 顧客の本音や潜在的ニーズを把握できる
- 「なぜ」という質問の回答が得られる
MMMとの統合方法:
- MMMの分析結果を定性的な視点で再度振り返り
- 定性調査で得られた仮説をMMMで検証
関連記事のご紹介:「マーケティングを科学する:研究デザインと統計解析の活用法」
顧客生涯価値(LTV)分析
LTV分析は、顧客が長期的にもたらす価値を予測・評価する手法です。
メリット:
- 長期的な顧客価値を考慮した戦略立案が可能
- 顧客獲得コストと比較した投資判断ができる
MMMとの統合方法:
- MMMの短期的効果とLTVの長期的価値を組み合わせて評価
- 顧客セグメント別のLTV情報をモデルに組み込む
コンシューマー・ミックス・モデリング(CMM)
CMMは、消費者の意識データを基に、狙うべき生活者属性や重要視すべきマーケティング活動(4Pや顧客体験など)を解明するる分析手法です。購買行動に大きな影響を与える要素を明らかにすることで、成果創出に向けた投資の優先順位付けが可能となります。
メリット:
- 消費者の意識データ、購買行動や嗜好に基づいた詳細な分析が可能
- 長期的な顧客獲得と維持に関する示唆を導くことが可能
MMMとの統合方法:
- MMMによって定量化された全体的なマーケティング効果と、CMMの消費者行動に基づく詳細な洞察を組み合わせる
- MMMの分析結果を定性的な視点で再度振り返り
関連記事のご紹介:「CMM(コンシューマー・ミックス・モデリング)とは?」
まとめ
本記事では、従来のMMMの概要とその限界・得意としない領域について詳しく解説しました。MMMはマーケティング活動の効果を統計的に分析する有効的な手法であり、多くの企業にとって不可欠な手法です。しかし、限界や課題を理解し、適切に対策を講じることが、その価値を最大限に引き出す鍵となります。
具体的には、A/Bテスト、マルチ・タッチ・アトリビューション(MTA)、定性調査、顧客生涯価値(LTV)分析、コンシューマー・ミックス・モデリング(CMM)など、他の分析手法を組み合わせて統合的に活用することが有効です。これらの方法を活用することで、マーケティング戦略の最適化が可能となり、より効果的な意思決定が行えるようになるでしょう。
サイカはMMMにおいて10年以上のサービス提供実績があり、国内エンタープライズ企業を中心に250社以上を支援してきました。多岐にわたる業界での豊富な専門知識を持つアナリストとコンサルタントが、MMMの限界を克服し、データサイエンスを駆使してクライアント様がより良い意思決定を行えるよう支援いたします。ご質問や詳しい情報が必要な場合は、ぜひお問い合わせください。
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