プライバシー重視の時代における新たなアトリビューション手法とは

コラム
イノベーション

デジタルマーケティングの世界では、アトリビューション*の手法が大きな変革を迎えています。インターネットの台頭とともに、広告効果測定の王道とされてきたマルチ・タッチ・アトリビューション(MTA)ですが、プライバシー規制の強化や消費者の個人情報保護に対する意識の高まりにより、もはや十分な効果を発揮できない時代に突入しています。改正個人情報保護法や、GDPR(EU一般データ保護規則)・CCPA(カリフォルニア州消費者プライバシー法)といったプライバシー規制に関する法律が国内外で施行され、サードパーティクッキーの廃止が進む中、マーケターは新しいアプローチを模索せざるを得ません。

*アトリビューションとは、特定の成果(例えば、購入や申し込み)に対して、どのマーケティング施策やタッチポイントがどの程度貢献したかを測定・評価する手法。

本記事では、プライバシー重視の時代において急速に変化するアトリビューションの現状と課題、未来に向けた革新的な解決策について探ります。ウォールドガーデン*やクッキーレスがもたらす複雑な状況を理解し、新たに登場したアプローチや技術がどのようにマーケティングの成功を導くのか、またどのようにアトリビューション戦略を再構築すべきかについてのヒントを提供します。

*ウォールドガーデンとは、ユーザーにできるだけそのプラットフォームに滞在し活動してもらうような仕組みのことで、これによりプラットフォーム提供者は独自のルールやデータを維持することが可能になる。

プライバシー重視の時代とは

プライバシー重視の時代とは

デジタルマーケティングの進化と共に、GDPRやCCPAをはじめとするプライバシー規制に関する動きが世界中で活発になっています。日本では、2022年4月に改正個人情報保護法が施行され、企業のデータ取り扱いに関する規制が強化されました。この法改正により、日本企業もGDPRやCCPAと同様のプライバシー保護基準に対応する必要が生じています。

これらの規制は、企業がどのように個人データを収集し、使用するかについて厳しい制限を設けています。さらに、消費者自身も個人情報の扱いに敏感になり、クッキーや第三者トラッキングに対する抵抗が大きくなっています。これにより、「クッキーレス時代」が到来し、マーケターは新しい手法を模索せざるを得ない状況に追い込まれています。

総務省の2022年の調査*によると、日本の消費者の約70%がオンラインでの個人情報の取り扱いに不安を感じていると回答しています。特に、「個人情報やインターネット利用履歴の漏えい」に対する懸念が高い傾向にあります。

*総務省「通信利用動向調査」:https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r05/html/nd24b120.html

アトリビューションの衰退

従来のアトリビューションは多くがクッキーに依存していました。クッキーはユーザーのウェブサイト間の移動や行動を追跡するために使われていましたが、近年、ブラウザのセキュリティ強化や規制によってその役割が制限されています。

MTAにまつわる環境の変化

長年にわたり、MTAはサードパーティクッキーを活用してウェブ上のユーザーを追跡し、マーケターに消費者の行動に関する詳細な情報を提供してきました。しかし、次の2つの変化により、この手法は大きな影響を受けました。

  1. 2020年以降のウォールドガーデンの成長
  2. サードパーティクッキーの段階的廃止

これらの変化により、アトリビューション手法の劇的な転換が必要となり、業界はよりプライバシーを重視したアプローチへと移行しています。

諸刃の剣であるウォールドガーデン

GoogleやMeta、Appleなどの大手テクノロジー企業によって構築されたウォールドガーデンは、アトリビューションの複雑性をさらに高めています。これらは強力な広告プラットフォームを提供する一方で、閉鎖的なエコシステムとして機能し、データへのアクセスや共有を制限しています。この断片化によって、次のような課題が生じています。

  • プラットフォーム間でのアトリビューション手法が異なる
  • プラットフォーム間での消費者の行動追跡と最適化が困難になる
  • 消費者の行動を統合するためのコストと複雑さが増大する

特に、複数のチャネルやオフラインメディアで広告を展開する企業において、消費者の行動を包括的に把握し、キャンペーンの影響を正確に測定することが難しくなるという課題が出てきます。

サードパーティクッキーの終焉

サードパーティクッキーは、長年デジタル広告の基盤として、ウェブ全体でのユーザー行動の詳細な把握を可能にしてきました。しかし、プライバシーへの懸念の高まりにより、以下のような変化が起きています。

  • データ収集と利用に関する規制の厳格化
  • 主要ブラウザによるサードパーティクッキーサポートの段階的廃止
  • AppleのApp Tracking Transparency(ATT)など、プライバシー保護措置の実施

一方で、2024年7月に発表されたGoogleによるサードパーティクッキーの廃止延期は、広告業界全体に大きなインパクトを与え、話題を集めました。この発表は、デジタル広告業界に一時的な安堵をもたらしましたが、同時に多くの疑問も投げかけられました。Googleは、エコシステムの準備が整っていないことを理由に延期を決定しましたが、これはあくまで「準備期間の延長」であり、最終的にはクッキーレスの世界への移行が避けられない事実に変わりはありません。

アトリビューションへの革新的アプローチ

アトリビューションへの革新的アプローチ

とはいえ、ウォールドガーデンやクッキーの終焉がもたらす課題は、アトリビューションの終わりを意味するものではありません。むしろ、プライバシー保護を核としたアプローチの転換が進むことが考えられます。以下に、この分野で登場している革新的なアプローチやソリューションを紹介します。

1. ファーストパーティデータの活用

顧客から直接収集したファーストパーティデータの重要性が再認識されています。ウェブサイトの閲覧履歴、アプリの利用状況、購買履歴といったデータに焦点を当てることで、企業は各タッチポイントが購入や申し込みなどの成果にどのように寄与しているかを詳しく把握できます。主な取り組みには次のようなものが含まれます。

  • データ収集に対する消費者の明確な同意の取得
  • 消費者との信頼関係を強化するためのコミュニケーションの促進
  • より深いインサイトを得るための包括的な消費者プロフィールの作成

2. プライバシー保護技術

プライバシー規制の強化やデータの透明性に対する消費者の要求に応えるため、アトリビューション分析やデジタル広告の効果測定を提供する企業は、プライバシーを重視したアプローチを導入しています。具体的な手法としては、次のアプローチが採用されています。

  •  差分プライバシー技術*の活用
  •  データの匿名化と集計処理
  •  コンテキスト広告の再評価と強化

*差分プライバシー技術とは、個人のデータを保護しながら、統計的に有意義な分析結果を得られるデータ処理手法である。この技術は、データに意図的にノイズ(ランダムな誤差)を加えることで、個人の特定を困難にしつつ、全体的な傾向や特徴を維持する。

3. データクリーンルーム

データクリーンルームは、個人情報を開示することなく、プライバシーに配慮した状況下においてファーストパーティデータを共有することができる安全な仮想環境として登場しました。主な取り組み内容は以下です。

  • 広告主、メディア、広告プラットフォーム間の協力
  • 全てのPII情報(個人識別用情報)の暗号化
  • 統計情報のみを分析結果として利用

この方法の利点としては、高度なアトリビューション分析が実現できるという点や広告効果測定能力が向上するといったものが挙げられます。

ただし、データクリーンルームの導入には、複雑な開発やメンテナンス費用がかかる上、リアルタイムでの運用が難しい(共有データは定期的に更新する必要がある)ことから、現時点では大企業や特定のユースケースに限られる傾向があります。

4. 高度なマーケティング・ミックス・モデリング(MMM)

MMMは、さまざまなマーケティング施策が売上などの成果に与える影響を分析する手法です。この手法では個人レベルのデータではなく、集計データを使用します。これにより、個人のプライバシーを侵害することなく、マーケティング効果を分析することが可能になります。主な取り組みは以下です。

  • マーケティング施策のデータ(出稿量/費用等)と成果のデータ(販売数/売上等)を利用
  • 統計的手法により施策と成果の関係をモデル化
  • デジタル広告だけでなく、オフライン広告も含めて統合的に評価
  • チャネル間の波及効果や相乗効果を分析

このソリューションは、施策の効果分析だけでなく、さまざまな予算配分シナリオから成果を予測し最適な予算をシミュレーションすることも可能です。また、施策のみでなく季節性や外部要因などの影響も加味した分析ができるという利点もあります。

サイカの「MAGELLAN(マゼラン)」など最新のMMMソリューションは、MTAの代替手段として、マーケティング投資回収率(ROMI)の向上に貢献します。

関連記事のご紹介:MMM(マーケティング・ミックス・モデリング)とは?特徴、手順や事例などを解説 

高度なマーケティング・ミックス・モデリング(MMM)

5. インクリメンタリティテスト

インクリメンタリティテストは、テストグループとコントロールグループの比較により、マーケティング活動の増分効果を定量化します。主な取り組みは以下です。

  • ユーザーレベルデータに依存せずに分析
  • テストグループとコントロールグループに分けて成果を比較
  • インクリメンタルリフト/インクリメンタリティを計測

インクリメンタリティテストは、クリエイティブの効果測定やセグメント別の効果測定を可能とする手法であり、他のアトリビューション手法を補完し、マーケティング施策の追加的な効果を測定することができます。

テクノロジー進化が促すマーケターの新たな思考と役割

さらに、これらのアプローチやソリューションへの機械学習やAI(人工知能)の統合は、アトリビューションにおける最も興味深い発展の一つです。これらの技術の統合により、次のことが実現可能となります。

  • 膨大なデータの迅速かつ効率的な分析
  • 断片化されたデータから複雑なパターンの抽出
  • パーソナライゼーション機能の向上
  • 高度なマルチタッチおよびアルゴリズムによる貢献値の割り当て
  • 予算最適化のための予測モデルの構築・活用

また、デジタルマーケティングにおけるアトリビューションを取り巻く環境の変化は、単なる技術的進化にとどまらず、マーケターの思考そのものを変えることにも繋がります。マーケターは、購入や申し込みなどの成果に繋がったタッチポイントのみに注目するのではなく、顧客の行動全体を捉え、長期的な視点での最適化に力を入れることが求められています。

こうした考え方のシフトは、組織の成長を牽引するマーケティング部門の役割の進化と一致します。ファーストパーティデータや高度なアトリビューション技術を活用することで、マーケターは以下の実現に向けて真摯に取り組むことができるようになるでしょう。

  • 新しい顧客ニーズや嗜好の発見
  • 革新的な商品開発の促進
  • 開発チームに対する具体的かつ実践的なフィードバックの提供
  • 顧客満足度の向上

技術的な導入のハードルと対策

革新的なアトリビューション手法やプライバシー保護技術の導入は、マーケティングパフォーマンスを向上させる可能性を秘めていますが、すべての企業がこれらの技術を迅速に取り入れられるわけではありません。特に、中小企業やデータインフラの整備が整っていない企業にとっては、いくつかのハードルが存在します。

コストの問題

新しい技術やツールの導入には、初期投資が必要です。例えば、ファーストパーティデータの収集や管理のために、顧客データプラットフォーム(CDP)やデータクリーンルームなどを導入するには、ライセンス費用やシステム開発費がかかります。また、データ保護技術や機械学習モデルを実装するための専門的なスキルを持った人材の採用やトレーニングも、コストがかさむ要因です。

対策

  • 段階的な導入:
    すべての技術を一度に導入するのではなく、段階的に進めることが重要です。まずは、すぐに効果を発揮しやすいファーストパーティデータの収集や分析から着手し、その後に高度なMMMやAI技術などを順次導入することで、リスクを分散できます。
  • パートナーシップの活用:
    技術的なハードルが高い場合、外部のデータ分析やアトリビューション専門企業を活用し、コストを抑えつつノウハウを収集・蓄積することも有効です。これにより、自社リソースだけではカバーできない技術を迅速に利用できます。

専門知識の不足

高度なアトリビューション手法やデータプライバシー技術の導入には、専門的な知識とスキルが求められます。例えば、機械学習やAIを用いたデータ分析は、アルゴリズムの構築やデータ処理に精通したデータサイエンティストやエンジニアが必要です。しかし、これらの人材を社内に確保するのは容易ではありません。

対策

  • 外部コンサルティングの活用:
    内部リソースに限りがある場合は、外部コンサルタントや専門のエージェンシーを活用して技術導入をサポートすることが効果的です。専門家の助言を受けることで、短期間での導入が可能になり、誤った実装によるリスクも軽減されます。
  • 社員のトレーニング:
    長期的には、社内でデータ分析やアトリビューションに関するスキルを持つ人材を育成することが重要です。オンライン講座やワークショップなどを通じて、社員のスキルアップを図り、組織全体のデジタルリテラシーを向上させましょう。

この他にも、今後のアトリビューション戦略を成功させるための重要なポイントをご紹介します。

  • クロスファンクショナルな協力体制の構築:
    マーケティング部門だけでなく、IT部門や法務部門との連携を強化しましょう。データの収集、分析、活用において、組織全体でプライバシーファーストな文化を醸成することが重要です。
  • 継続的な学習と適応:
    デジタルマーケティングの環境は常に変化しています。最新のトレンドや技術に関する情報を積極的に収集し、組織全体の能力を継続的に向上させましょう。
  • 顧客中心主義の徹底:
    アトリビューションは手段であり、目的ではありません。常に顧客体験の向上を最終目標として位置づけ、データ活用の方向性を定めましょう。

まとめ

デジタルマーケティングの世界は、プライバシー保護とデータ活用の両立という新たな挑戦に直面しています。一方で、イノベーションと成長の機会でもあり、有効な戦略を実践することで、プライバシー重視の時代においても、効果的なマーケティング活動と正確な効果測定が可能になります。また、プライバシーとパフォーマンスの両立は、これからのデジタルマーケティングにおける競争優位性の源泉となります。今こそ、自社のアトリビューション戦略を見直し、未来に向けた準備を始めましょう。変化を恐れず、むしろチャンスとして捉え、顧客との信頼関係を基盤とした新しいマーケティングの形を築いていくことが重要です。

サイカは、プライバシー重視の時代に適応するため、MMMを中心とした最適なソリューションと専門的なサポートを提供するデータサイエンスのプロフェッショナル企業です。データに基づく意思決定を強化し、マーケティングの成功を加速させたいとお考えの方は、ぜひ一度ご相談ください。サイカのコンサルティングチームが、貴社のニーズに合わせた最適な戦略を一緒に構築します。

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