“感性×データサイエンス”による勝率の最大化──丸亀製麺の止まらない躍進の裏側に迫る【マーケティングアジェンダ2025 イベントレポート】

2025年3月期決算では過去最高となる売上高と事業利益を記録するなど、業績好調を維持する丸亀製麺。その成長を支えるのは、マーケティングにおける“感性×データサイエンス”の融合による、勝率の最大化だ。同社の象徴でもある“感動ドリブンマーケティング”は、感性に根ざしながらも、データによって進化を続けている。
2025年5月22日、沖縄で開催された日本最高峰のマーケティングカンファレンス「マーケティングアジェンダ2025」で、トリドールホールディングス執行役員CMO 兼 丸亀製麺取締役マーケティング本部長を務める南雲克明氏とサイカ代表の平尾が二年連続で登壇し、両社で取り組む丸亀製麺のデータドリブン・マーケティングの最新事例を話した。
セッションの前半では、ビジネスを伸ばす“感動ドリブンマーケティング”の実践における取り組みの進化と変遷を説明。後半では、「働く一人ひとりの幸せが成長の源泉」という経営方針のもと、データサイエンスを活用してこの構造を可視化・最適化し、再現性ある成長モデルへと昇華させる最前線の取り組みに迫った。
このレポートでは、当日のセッションの内容を紹介する。
※昨年度のセッションの内容はこちらのレポートをご参照ください

目次
“感性×データサイエンス”の行き交わしが重要
今回のカンファレンスのテーマは「AIは市場を創造するのか」という問いだった。この問いに対し、平尾は「AIのみでは市場を創造することはできない」と明言。どれだけ技術が進化しても、最終的に市場を動かすのは“人”の力であることを強調した。
特にマーケティングの領域においては、明確な目的と仮説を持ち、AIを適切な用途・方法で活用することが不可欠であり、それを実現するにはAIを使いこなす“人”が一層重要になると語った。そして、まさに今回のセッションのテーマである“感性”と“データサイエンス”の融合こそが、AI時代の市場創造における思考と行動のカギになるという。
これを体現している先進事例として、丸亀製麺のマーケティングにおけるデータドリブンな取り組みの裏側について、南雲氏に解説いただいた。

丸亀製麺の“感動ドリブンマーケティング”
丸亀製麺のマーケティング戦略は次の3つのキーワードに基づいている。「感動創造」「二律両立」「感性とデータサイエンスの両立」の3つだ。
「感動創造」とは、感動こそが顧客を創造する源泉価値であるという考えである。「他では創れない感動をいかに創造するか」、これがすべての意思決定において最優先となり、マーケティングだけでなく店舗やバックオフィスの運営において全社で徹底されている。その感動を創るために重要な考えが、常識に囚われない「二律両立」である。他社が選ばない非合理な道を追求することで、その先にある構造優位性を創りに行くという戦略だ。そして戦略の再現性を高めるために重要となる考えが、今回のテーマとなる「感性とデータサイエンスの両立」だ。南雲氏は、感性とデータサイエンスを駆使し、勝ちパターンを見出し、キードライバーを正しく捉え、常にコントロールできる状態にしておくことができれば、勝ち続けることができると述べた。
さらに、南雲氏は感動をデザインする方法についても説明。最も大事なのは、自社のビジネス構造と消費者の“脳”と“心”の構造を的確に把握することだという。そのうえで、それらを自社にとって有利かつコントロール可能な状態にしておくことが、「構造優位」を築くうえで極めて重要だと説明した。
丸亀製麺における感動デザインのポイントは「自ら仕掛けに行く感動」と「つながりから生まれる感動」という2つの感動の追求にある。前者の「自ら仕掛けに行く感動」はさらに2つに分けられる。ひとつは、消費者から「選ばれる認識(パーセプション)をつくる」という左脳・理性へのアプローチ。もうひとつは、「選ばれる衝動や興奮をつくる」という右脳・直感へのアプローチである。そして、これらに「人の力」が加わることで、“つながり”からさらに感動が生まれ、他社には真似できない構造優位を築けるようになるのだ。丸亀製麺ではこの2つの感動を、施策にとどまらず、商品開発や店舗空間の設計など、ブランド体験の全てに落とし込んでいるのだ。


“感動ドリブンマーケティング”の進化と変遷
ここで改めて、今回のテーマとなる“感性×データサイエンス”について平尾が解説。「“感性”と“データサイエンス”は分離されたものではなく不可分なものである」と平尾は述べた。部分的にそれぞれを使い分けるものではなく、双方を行き交わすことが重要だという。
下図で示すように、感性で培われた人の仮説があるからこそ、データサイエンスによって人力の限界を超えた検証が可能となり、データサイエンスはその真価を発揮する。またこのプロセスを経ていれば、データサイエンスから得られるアウトプットは非常に有意義なものとなり、そこからさらに感性が磨かれ、仮説の精度が高まる。このサイクルを回せている状態が目指すべき世界観になると説明した。

そして、まさに感性によって導かれた、丸亀製麺の感動を創造するための経営戦略 “感動経営”が下図である。まず一番下にEX(従業員の内発的動機)があり、それが高まると離職率が低下するだけでなく、CX(顧客の感動体験)とSocial Good(地域への感動創造)が高まる。そしてそれらが結実してBRAND(唯一無二の感動創造ブランド)が築け、繁盛につながるという構造だ。

この構造に合わせて、丸亀製麺では各象限の裏側でデータサイエンスを駆使し、それぞれを検証できる仕組みを構築している。
まず最初に取り組んだのは、MMM(マーケティング・ミックス・モデリング)による施策と成果をつなぐ分析だ。各施策が売上にどう貢献しているのかを定量的に分析し、全体の投資対効果を把握することから始まった。続いて、量(施策の効果)だけでは説明しきれない課題に対し、CMM(コンシューマー・ミックス・モデリング)を活用。質(消費者の意識)の面から成果につながるキードライバーを解明するなど、現在は量と質の両面から戦略を強化している。さらに、CXやSocial Goodの領域においてもデータサイエンスを展開。顧客理解の強化として衝動来店や顧客離反の要因解明、フェア商品の発売初速成果の最大化を目的としたプレバズ分析などを実施している。
そして、これらの分析を通して戦略の解像度が上がることでさらに感性が磨かれ、確かな仮説を基に現在取り組んでいるのが、CXとEXが重なり合う部分の解明である。従業員の内発的動機が顧客の感動体験の最大化につながり、事業成果の向上に寄与するという構造を可視化し、再現性のあるモデルとして体系化するという取り組みだ。
セッションではこれらの取り組みのうち、戦略の精度を量と質の両面から最適化する「戦略マネジメントモデル」と、EX・CX・成果の構造を可視化・管理する「ハピネス感動モデル検証」「店舗パフォーマンスの可視化」の最新事例について、さらに詳しく紹介した。

質×量のアプローチによる戦略の最適化
「戦略マネジメントモデル」において、質的アプローチとして行っているのが、CMMによるKSF(Key Success Factor)分析だ。KSF分析とは、成果指標(丸亀製麺の場合は「利用回数」)に対し、新規客の獲得やリピート客のリピート促進においてどのような態度指標が成果に強く寄与しているのかを定量的に明らかにし、“キードライバー”を特定する。そしてさらに、そのキードライバーを押し上げる重要な評価項目を特定するというものだ。

この分析により明らかになったのは、新規客の利用回数に対して重要なのは「利用意向」であり、「利用意向」を押し上げるのは「うどんがおいしい」というパーセプションであるということだ。そして「うどんがおいしい」というパーセプションの獲得に影響するのが「品質が良い」というPOD(差別化ポイント)であり、さらに「品質が良い」を構成する要素のうち、キーになるのが「安心して食べられる」「他の店と違う良さがある」ということが明らかになった。


2024年の丸亀製麺のプロモーションでは、まさにこのキードライバーを押さえたコミュニケーションを展開。“麺職人×製麺所”というブランディングで「安心して食べられる」という重要イメージを、丸亀製麺史上最大のヒット商品となった「丸亀うどーなつ」では“新たな体験×ワクワク”を打ち出す商品プロモーションにより「他の店とは違う良さがある」という重要イメージを押さえていた。

さらに、ここで特定したキードライバーをMMMにより量的に分析。従来どおり、施策の効果を可視化するだけでなく、ブランディング、商品プロモーション、店舗体験といった各施策が、それぞれキードライバーにどの程度影響を与えているかまでを可視化している。この分析は短期的な成果だけでなく、長期的なブランド価値への寄与も含めて数値化しており、その結果、最適なKPIの設計と、施策ごとの費用対効果を踏まえた予算配分の最適化を実現している。

「これは、感性のみで生み出されたものでも、データサイエンスだけで導かれたものでもありません。感性とデータの双方を行き来しながら検証と深化を重ねた結果として、構築された戦略です(平尾)」
“感動経営”で目指す持続的な事業成長
「感動」を核に据えた丸亀製麺の経営。これを推し進めるためのデータサイエンスによる解明は、さらに次のステージへと進んでいる。
「我々がやろうとしていることは、『従業員の内発的動機を繁盛につなげる』ということだ」と南雲氏は言う。つまり、従業員のやりがいといった内発的な動機を向上させることで、顧客の感動体験が生まれ、その結果、成果につながるという構造を解き明かすことで、再現性高く業績を向上させるということだ。この取り組みはマーケティング領域のみに留まらない。人事領域や店舗領域にまで拡大し、アルバイトを含むグループの全従業員を対象に、データサイエンスを駆使して繁盛につながる仕組みを解き明かすというプロジェクトへと発展している。
取り組みの全体像は、下図に示す通りである。

まず、昨年からスタートしたのが、顧客の「感動」を可視化した「感動スコア」の計測である。これは、全国860店舗において毎日計測されているリアルタイムの顧客体験指標である。次に取り組んでいるのが、丸亀製麺に所属する従業員約3万人の内発的動機をスコア化した「ハピネススコア」の計測だ。さらに、施策や店舗収益に直結する主要な店舗KPIをすべてスコア化し、データを一元的に可視化・管理する仕組みも構築されている。
目指す姿は、全店舗が全て、自分たちの店舗のコンディションを把握したうえでアクションを実行できる状態。権限移譲をしながら、現場が自分たちで考えアクションし、その結果がタイムリーにわかる状態にすることが重要だと南雲氏は説明した。これにより、再現性高く業績繁盛を創ることができるのだという。
「一店舗一店舗、置かれている状態は異なります。しっかりとそれを可視化し、自分たちの強みや弱みは何なのかを把握し、自分たちで考えながらアクションすることが重要なのです(南雲氏)」
平尾は、全店舗の状態を可視化するというこの取り組みのポイントは「現場を主体に置いている」点にあると語った。ダッシュボードのUI/UX設計においても、管理者視点ではなく、現場のスタッフが主体的に活用できることを重視しており、各店舗が自ら考え、行動するための“ヒント”を得られるツールとして設計されているという。
「自ら考案した取り組みでお客様に喜んでいただけたり、実際に数値として成果が現れたりすることが、現場にとって最大のやりがいにつながります。このやりがいが、次のアクションを起こす原動力となり、さらにその結果をできるだけタイムリーにフィードバックすることで、高速に改善サイクルを回すことが可能になるのです(南雲氏)」
さらに南雲氏は、セッションテーマである“感性×データサイエンス”に関連して、「『感動を創る』存在である丸亀製麺の従業員自身も、その感性を磨いていく必要がある」と語った。データサイエンスによって施策の勝率を高める一方で、新たな驚きや感動を生み出すためには、従業員一人ひとりの感性の向上が欠かせないとし、そこにアプローチできるような可視化やスコア化の仕組みづくりを目指していると説明した。
――「飽くなき探求心はどこから生まれてくるのか?」
丸亀製麺とサイカが数年にわたって取り組んできたプロジェクトを振り返り、平尾が投げかけたこの問いに対し、南雲氏は「勝つために必要だと思うから」と、迷いなく即答した。「ビジネスを伸ばすことが、働く仲間の幸せにもつながる。とにかく勝つためにどうすれば良いかを考えている」と続けて語った。
セッションの締めくくりで、平尾は次のように語った。
「“感性”と“データサイエンス”は、切り離せない一体のものであり、特に“感性”がドライバーとなる場面が多い。このサイクルを回し続けることができれば、戦略の精度が高まるだけでなく、感性が磨かれることで判断力が高まり、意思決定のスピードも加速する。その結果、勝ち続ける状態を築くことが可能になる。」
これを受けて南雲氏も、「このサイクルを継続的に回し続けられるかどうかが、今後の大きな差を生むと考えている」と述べた。
まさに、丸亀製麺の躍進は“感性×データサイエンス”を行き交わせながら積み重ねてきた絶え間ない探究と実践の積み重ねによって裏付けられている。テクノロジーの進化が加速するいまだからこそ、人の感性とデータを行き交わせる姿勢は、多くの企業が学ぶべき重要な視点ではないだろうか。