クッキーレス化はピンチではなくチャンス―クリック偏重から、ユーザー体験重視のマーケティングへ

実現のヒント
MMMインタビュークッキーレスデータサイエンスマーケティング実現対談

インターネット上のユーザーの行動を追いかけ、パーソナライズされた広告を表示する――クッキーが可能にしていた高精度なターゲティング広告が終焉を迎えようとしている。

プライバシー保護を重んじる潮流が世界的に高まり、Apple、Googleがサードパーティークッキーの利用廃止を進めている。まもなく到来する「クッキーレス時代」。マーケティングに大きな影響を及ぼすこの変化に、マーケターはどのように向き合うべきなのか。野村総合研究所の広瀬安彦氏と、サイカCEOの平尾喜昭が意見を交わした。

POINT

  • ブランディング観点では、クッキーレス化は“追い風”
  • 「ターゲティングの精度」は下がるが「マーケティングの精度」は高まる
  • 「インターネット広告はマス広告より費用対効果が高い」という思い込みから脱却を
  • 2023年は、統合的な分析に企業が改めて向き合う「元年」
  • クッキーレス時代の主役は、MMMとコンテキストマッチング
野村総合研究所・広瀬安彦氏とサイカCEO・平尾喜昭の対談
(写真右)株式会社 野村総合研究所
データサイエンスラボ 上級研究員
広瀬 安彦(ひろせ・やすひこ)

慶應義塾大学卒、青山学院大学社会情報学研究科にて博士前期課程を修了。大手印刷会社を経て2001年に野村総合研究所に入社。専門はインターネットによる広報戦略、データサイエンティストの育成、M-GTA(Modified Grounded Theory Approach)を用いた質的研究。日本生産性本部 経営アカデミー講師。「NRIデータサイエンスラボ公式YouTubeチャンネル」で情報を発信中。

(写真左)株式会社サイカ
代表取締役CEO
平尾 喜昭(ひらお・よしあき)

父親の倒産体験から「世の中にあるどうしようもない悲しみをなくしたい」と強く思うようになる。慶應義塾大学総合政策学部在学中に統計分析と出会い、卒業直前の2012年2月、株式会社サイカを創業。創業前にはバンドマンであったというユニークなキャリアも持つ。

クッキーレス時代、下がる「ターゲティング精度」と上がる「マーケティング精度」

── クッキーレスが話題になる前から、広瀬さんは現状のインターネット広告のあり方に課題感をお持ちだったそうですね。

野村総合研究所・広瀬安彦氏とサイカCEO・平尾喜昭の対談

広瀬 私は2021年3月まで野村総合研究所の広報部門に在籍し、インターネットを用いた広報戦略の策定と実行を担っていました。業務の一つに、野村総合研究所(NRI)の専門家による最新トピックスを発信する「NRI JOURNAL」にユーザーを呼び込む、ブランド広告の出稿がありました。

インターネット広告に触れる中で感じていたのは、ターゲティング広告の精度は、行き着くところまで行き着いてしまったということです。

我々の行動をリアルタイムに把握し、まるで“先回り”するかのようにつきまとう広告。例えば、「そろそろビジネス鞄を買い替えようか…」と検索した次の瞬間から、私の予算感や好みに合った鞄をレコメンドする広告が延々と表示され続けるわけです。

ここまで精度が高くなったかと驚く一方、UX・CXの観点で考えると、決してよろしくありません。こういうことを、自分も広告主としてやってしまっていないだろうか。この先、インターネット広告はどうなっていくべきなのだろうか。そんなことを考えていました。

── そんな矢先、クッキーレスの流れが到来しました。アドテクノロジーの進化によって究極まで高められてきたインターネット広告の精度が下がってしまうことを、多くのマーケターが懸念しています。

広瀬 インターネット広告は、ターゲットとなるユーザーにピンポイントに広告を当てられることから、費用対効果が高い広告としてマーケターから重宝されてきました。

代替技術の開発も進んでいるものの、精度や利便性においてクッキーに勝るものは今のところありません。サードパーティークッキーが使えなくなったら、特にBtoCで不特定多数のユーザーをターゲットにしたインターネット広告は、一時的に、テレビCMなどのマス広告と費用対効果がそれほど変わらなくなることも覚悟しなくてはならないでしょう。

ですが、デメリットばかりではありません。ユーザーと長期的な関係性を築くことを目的としたコーポレートブランディングの観点でみると、クッキーレス化は“追い風”になると感じています。

というのも、昨今のインターネット広告の評価は、「どれだけクリックされたか」を重視するクリック偏重型になっていました。狙ったユーザーに確実にリーチできるようになった結果、ユーザー体験はさておき、とにかくクリックさせることが目的になりつつあったのです。ダイレクトマーケティング領域だけではなく、ブランディング領域ですらそのような状況で、愕然としたのを覚えています。

かねてから、そんな広告評価の常識は変えるべきだと思っていましたので、クッキーレス化がその契機になるのではと期待しているのです。

野村総合研究所・広瀬安彦氏とサイカCEO・平尾喜昭の対談

平尾 おっしゃること、よくわかります。クッキーレス化によって、たしかに「ターゲティングの精度」は下がってしまうかもしれませんが、一方で「マーケティングの精度」は高まるのではないかと思います。

私たちの会社では、「マーケティング・ミックス・モデリング(MMM)(*1)」を軸に、オンライン・オフラインのマーケティング施策を統合的に分析・評価していますが、マーケティング業界において、ターゲティング広告が実際の効果以上に過大評価されがちなことに課題感を持っていました。

サッカーに例えると、ターゲティング広告がもてはやされてきたこの10年は、ゴール周りにプレーヤーが集中していた状態でした。たまたまボールが足に触れてゴールに入っただけでも、それが手放しで評価される。しかし本来、サッカーというものは、パスを出す人がいて成り立ちます。ストライカー以上にパスを出した人が評価されるべきケースもあるのに、ゴールを決める人ばかりに報酬が偏り、パスを出す人がどんどんいなくなっていく……マーケティング業界は、そんな状況に陥りつつあったと思います。

つまり、ターゲティング精度が高かったからといって、マーケティング精度も高かったかというと、決してそうとはいえない状況だったわけです。費用対効果のわかりやすさゆえ、一方的に広告を表示し売り込んでいく「刈り取り」目的の広告一辺倒になり、最適なマーケティング設計ができていない企業は少なくありません。

インターネット広告のターゲティング精度が下がることによって、こうした偏りに歯止めがかかるはず。その結果、多くの企業でマーケティング投資配分の見直し・最適化が進むのではないかと思っています。

(*1)マーケティング・ミックス・モデリング(MMM):オンライン/オフラインを問わず、あらゆるマーケティング施策が成果に与える影響を定量化することができる、統計学的な効果測定手法。

── インターネット広告は「刈り取り」だけでなくブランディングにも貢献できるはず。クッキーレス化は、インターネット広告そのものの価値が見直されるきっかけにもなりそうですね。

野村総合研究所・広瀬安彦氏とサイカCEO・平尾喜昭の対談

広瀬 いい意味での「原点回帰」が起こりそうですね。

子どもの頃を思い返すと、広告は広い世の中を知る入口でした。広告がそれ単体で美しかったり、面白かったりと、一つの作品として完成されているものも多かった。テレビ番組を見るのが楽しいように、テレビCMを見るのもまた楽しかった記憶があります。

広告が徐々に“押し売り”の様相を呈するようになり、広告との「幸せな出会い」が減ったことを、一消費者として寂しく思っていました。クッキーレス化は、広告の質の見直しという観点でも良い影響があるのではと期待しています。

── 直近10年でインターネット広告が隆盛し、現在インターネット広告とマス(オフライン)広告の投資配分はほぼ同率となっています。インターネット広告のターゲティング精度が下がることによって、この投資配分に変化はありそうでしょうか。

平尾 先ほど広瀬さんから「原点回帰」というキーワードが出ましたが、広告投資配分についても、「最適な広告投資配分は企業によって異なる」という大前提に立ち返ることになると思います。

これまでは、ターゲティング広告に向かない業種の企業が、ターゲティング広告に積極投資するケースがよく見られました。「インターネット広告は、マス広告より費用対効果が高い」という思い込みから脱却し、企業ごとに最適な投資配分を導き出そうとする流れが強まると予想しています。

マーケティングの見直しが進んだ結果、インターネット広告がますます伸長するのか、マス広告が盛り返すのか、それは現時点ではわかりません。いずれにしても、インターネット広告の内訳は大きく変わると思います。

広瀬 CPA(Cost per Acquisition/1件の成果を獲得するためにかかった費用のこと)偏重の広告投資が解消されるでしょうね。そして、広告の先にあるページ・コンテンツにおけるユーザー体験の質を向上することにお金と労力がかけられるようになるのではないでしょうか。

そうやって、ユーザーと長期的に良好な関係を築いていくことがより重要になっていくといえます。

ただ、「直帰率が下がる」「完読率が上がる」「滞在時間が延びる」といったことが、クリック率が高まること、つまりユーザーの獲得以上に意義のあることなのだと証明するのは、なかなか難しいのが現状です。ユーザー体験の質向上の観点からマーケティング施策の効果を評価できるようにしていかねばなりません。

クッキーレス時代のマーケターに求められるのは、より深いユーザー理解

── クッキーレス化によって広告の評価が適正化され、企業は自社とユーザー双方にとってより適切なマーケティング活動ができるようになる。そんな前向きなお話を伺えました。その上で、来たるクッキーレス時代に向けて、マーケターが取り組むべき課題は何でしょうか。

野村総合研究所・広瀬安彦氏とサイカCEO・平尾喜昭の対談

広瀬 ユーザーの属性や行動履歴をベースにしたターゲティングが難しくなることは確かです。今後は、「どんな事柄に興味があるのか」という興味属性をベースにユーザーをグループ化し、アプローチすることが重要になると考えています。

私は広報時代、Googleアナリティクスを穴が開くほど見ていました。自社のWebサイトを頻繁に訪れてくれるユーザーの興味を理解し、年に一度のリアルイベントに来場してくれるユーザーの行動と掛け合わせ、ロイヤルカスタマーを特定しようと試みていたからです。そして現在は、どんなことに興味・関心を持っている人が、どんな行動を経て、どんな意識変容をたどるのかを分析し、人物像をあぶり出そうとしています。

それだけ深いユーザー理解ができると、ターゲットを大きく外すことなく、広告・コミュニケーションを展開することが可能になると考えています。

平尾 クッキーレス化によって難しくなると言われている効果測定に関しては、オンライン・オフラインをまたいだ統合的な分析に企業が改めて向き合う「元年」になると考えています。

わかりやすく測定できるインターネット広告だけを追っていては、効果を正しく評価できません。例えば、「テレビCMを見たあとに、移動しながら交通広告を見て、ネット検索して表示された広告をクリックして、最終的には量販店で購入した」ユーザーがいるとします。この場合、オンライン・オフライン施策を統合的に分析しないと、「インターネット広告の効果は非常に高かった」という間違った評価を下し、インターネット広告に集中投資しようという間違った意思決定をしてしまう可能性があるのです。

クッキーレス化を、「やっているつもりでできていなかった」効果測定に改めて取り組むきっかけにしてほしいですね。長く続いたCPA偏重の時代に、多くのマーケターの間で醸成された「効果測定しなければ!」という強い意識はそのままに、漫然と個人を追うのではなく、「全体感をとらえて測定する」方向に転換する、いい契機になると思います。

── 行動ベースではなく興味ベースでユーザーをとらえること。統合的な手法で効果測定を正しく行うこと。このほかに、クッキーレス化を見据えてマーケターが対応すべきことはありますか。

野村総合研究所・広瀬安彦氏とサイカCEO・平尾喜昭の対談

平尾 ユーザー起点でマーケティング全体を設計することがより重要になるといえます。

インターネット広告が隆盛した背景にアドテクノロジーの進化があったことからもわかるように、従来のマーケティングは「技術・手法ドリブン」で設計されてきました。より精度の高い技術・手法を使うことを前提に施策を考えることが、決してめずらしくなかったように思います。

冒頭、広瀬さんが指摘されたように、近年もてはやされてきたターゲティング広告は、ユーザー・お客さま目線で考えられた体験にはなっていませんでした。

お客様の興味関心から逆算して、最適な施策を考える。「この鞄を買おうとしている人は、どんなことに興味があって、どんなライフスタイルで、いまどんな心境なのか」を起点に、あるべき体験を考える。その体験を創出するためにはどんな情報を提供すればいいのかを導き出す。

言葉にすると当たり前のようですが、まだまだ実行できている企業は少ないと思います。ユーザードリブンのマーケティングを、今こそ実践すべきではないでしょうか

クッキーに代わる有効な手段「コンテキストマッチング」の可能性

── 広瀬さんは、クッキーレス時代に最適な広告手法として、「コンテキストマッチング」に注目されていますね。

広瀬 ターゲットを指定するだけで、最適な価格で最適なメディアを選んで自動的に出稿し、費用対効果の保証までしてくれる――インターネット広告の運用を担い始めた当時、DSP(Demand-Side Platform)のあまりの便利さに驚いたのを覚えています。

DSPは、「クリックを集める」目的で使うのであれば、極めて便利で効率的な仕組みです。しかし、「広告がどこに、どのように露出するか」をコントロールするのが難しく、自社が提供するユーザー体験としてふさわしいものになっているか、という観点ではリスクと課題を感じていました。

そこで着目するようになったのが、「コンテキストマッチング」という手法です。

コンテキストマッチングは、広告とその先にあるコンテンツの文脈(コンテキスト)を把握してマッチングさせる手法です。

広告と、広告が掲載されるコンテンツ(記事やコラム)、広告をクリックすると開くページへの反応を分析し、ユーザーの「興味・属性」を割り出します。把握した興味属性情報に、ゼロパーティーデータなどほかの情報を掛け合わせ、ユーザーのより深い意図を把握していくのです。

出典:「クッキーレス時代」のインターネット広告とAIの活用(知的資産創造2021年7月号) https://www.nri.com/-/media/Corporate/jp/Files/PDF/knowledge/publication/chitekishisan/2021/07/cs20210703.pdf

── コンテキストマッチングを使うことのメリットは、どのような点にありますか。

野村総合研究所・広瀬安彦氏とサイカCEO・平尾喜昭の対談

広瀬 「広告を、幸せなユーザー体験にできる」ということです。

ユーザーと企業が良好な関係を結ぶためには、情報・コンテンツを誠実に提供することが重要です。内容もさることながら、“先回り”“待ち伏せ”のように表示されるのではダメで、自然な形で出会うことが求められます。

「興味を持った記事を見ていると、その記事にマッチした広告が表示されている。思わずクリックしてみたところ、その先のページに掲載されている情報も自分の興味に合っていた」という体験をつくり出し、ユーザーに「読んでよかった」と思ってもらう。それがコンテキストマッチングのメリットです。

この手法によって、クリック偏重時代に置き去りになっていたユーザー体験を回復することができるのではと期待しています。

── 現状のコンテキストマッチングの精度はどのような状況でしょうか。また、さらに精度を上げるためにどんな工夫が必要でしょうか。

広瀬 直帰率を下げたり完読率を上げたりといった効果は、すでに一定レベル認められており、コンテキストマッチングの精度が十分であることを証明しています。また、私が北海道大学の大学院で行っている研究では、コンテキストマッチング広告によって、潜在顧客が広告主である企業に良いイメージを持つ効果があることも明らかになりました。

改善すべきは、コンテキストマッチングで抽出できる興味属性情報が、現状は「単語の羅列」である点です。「こういう単語群を見る人は、こういう単語群と相性が良い」という事実を提示するに留まっているのです。

ユーザーのより深い意図を浮かび上がらせるような技術や、広告・マーケティング施策にブリッジする仕組みが拡充されていくと、マーケターにとってより使いやすい手法になるのではないかと思います。

野村総合研究所・広瀬安彦氏とサイカCEO・平尾喜昭の対談

平尾 私は、クッキーレスの時代の“主役”は、MMMとコンテキストマッチングだと確信しています。

広告投資配分の最適化を図る上で、統合的な分析手法としてMMMを採用する企業は急速に増えていくでしょう。その中で、インターネット広告をこれまで以上に効果的に活用していくために、最も有効な手法はコンテキストマッチングだと思います。

ゼロパーティーおよびファーストパーティーという、ユーザーが許諾したデータを使ってユーザーをとらえることも重要ですが、ユーザーが個人情報を提供するメリットが乏しいこともあり、集められるID数に限界があるのが現状です。しかし、コンテキストマッチングによって「幸せなユーザー体験」が得られることが実証されれば、ユーザーが積極的に個人情報を提供する気運が高まるかもしれません。

コンテキストマッチングは、夢のある手法ですよね。

従来のインターネット広告は、検索・購買といったユーザーの行動を起点に表示されるものなので、「新鮮な驚き」はゼロです。

しかし、本来、広告がユーザーに与えるべき体験は「これ、欲しかったかも! 有益な情報をありがとう!」という「新鮮な驚き、感動・感激」なんですよね。データサイエンスが進化することで、コンテキストマッチングは、そうした思いもよらない出会いをますます創出できるようになるはず。大きな可能性を感じずにはいられません。

── クッキーレス時代は、ピンチではなくチャンス。チャンスを活かすために有効な手段は、MMMとコンテキストマッチング。この共通認識のもと、マーケターの皆さんには、この変革の時を、自社のマーケティングを改めて見直す良い機会にしていただきたいですね。

[インタビュー・文]齋藤千明
[撮影]小池大介
[企画・編集]川畑夕子(XICA)

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