データと直感が交差するマーケティング戦略:意思決定の質と速度を高める方法

コラム
マーケティング

マーケティングという領域は、かつてはクリエイティブな直感を中心に意思決定がなされる世界でした。しかし、デジタル技術の発展とともに膨大なデータが溢れるようになった結果、データから浮かび上がるパターンや傾向は、今や企業の意思決定にとって欠かせない情報源となっています。とはいえ、現実は単純な二項対立ではありません。データと直感、一方に偏りすぎることなく両者をどのように調和させるかが、昨今のマーケティングにおいては重要です。

この記事では、データが示す数字とマーケター自身の経験や直観が融合することで生まれる、より深みのあるマーケティング戦略について探っていきます。

マーケティングの変遷:直感からデータへのシフト

かつて、数字よりもマーケターやクリエイターの経験や直感が判断において優先される時代がありました。たとえば、特にテレビCMや新聞広告などのマス広告は、消費者の感情にどれだけ響くかという感性の影響が大きいとされますが、この「感性」は定量的・客観的に測ることが難しいため、マーケターやクリエイターの経験や直感をもとに良し悪しが判断されていました。

一方で、インターネットの普及に伴い、ウェブサイトへのアクセス数やSNSのエンゲージメント率、消費者の行動・購買履歴など、多種多様なデータが収集できるようになりました。さらに、分析ツールを駆使し、リアルタイムに結果をフィードバックできる環境が整ってきた結果、感覚や経験則で進めていた戦略が、今では数字をもとにしたアプローチへと徐々に変化してきました。

マーケターの直感による広告効果の予測精度を調査した研究によると、約700名のマーケターに広告効果を直感で予測させた際、全体の予測精度は51%にとどまり、偶然の確率とほぼ同等だったという結果が出るなど、直感のみによる判断には限界があることもわかっています。

とはいえ、数字が全てを説明してくれるわけではありません。たとえどれだけ精度の高い分析ツールがあっても、市場の突発的な変化や予期せぬトレンドには対応しきれないことが多々あります。また、計測方法に偏りや誤りがあった場合、全体の傾向を正しく反映することができません。つまり、数字が客観的な事実を示しているように見えても、その背後には予測不可能な変動や計測の限界が潜んでいることを、マーケターは常に意識する必要があります。

直感の役割と可能性

データが重視される一方で、数字の裏にある「人間らしさ」を見逃さず、「直感」というフィルターを通して情報を補完することも重要です。マーケターの直感は、長年の経験や現場での実践、そして消費者としての感性から培われるものです。市場で成功したキャンペーンの多くには、データだけでは説明しきれない「ひらめき」が関わっています。たとえば、データ上ではとある施策が最適とされていても、現場では「何か違う」と感じることがあります。その直感が、小さな調整や大胆な決断につながり、大きな成果を生むこともあります。

もちろん、直感だけに頼るのはリスクを伴いますが、データが捉えきれない市場の空気感や消費者の微妙な変化を読み取る力は、マーケターにとって貴重な資産です。経験と実践を通じて、市場の流れや顧客心理、ブランドの独自性を直感的に捉える力を養ってきたからこそ、この能力は新市場への参入や斬新なキャンペーン企画といった柔軟な対応が求められる場面で特に発揮されます。

また、直感はクリエイティブな発想を生む源でもあります。ブランドの差別化や顧客の感情に寄り添う施策は、データだけでは生み出せません。競合との差別化を図るプロダクトコンセプトやキャンペーンアイデアも、現場の感覚や経験があってこそ生まれるものです。

データと直感が融合する実践プロセス

このように、データ・直感ともに一長一短な性質があるからこそ、実際のマーケティング戦略においては、これらをどのように補完的に活用し、シナジーを創出させるかが極めて重要です。たとえば、まずデータ分析によって市場の大まかな動向や、施策の効果を把握しつつ、その数字が示す傾向だけでは全体像を捉えきれない場合に、直感や経験を活かして数字では見えにくい部分を補うことなどが考えられます。これにより、数値だけでは見落とされがちなトレンドの兆しや消費者の心理を捉え、より精度の高い意思決定につなげることができます。

ここからは、データと直感をどのように融合させ、実践していくか、そのプロセスに焦点を当てます。両者をただ同時に活用するのではなく、互いに補完し合うような、シナジー効果を最大限に引き出すことが求められます。

データと直感を使い分けた意思決定フレームワーク

マーケティング戦略において、どのような状況でデータを重視し、どのような場面で直感を優先させるべきなのでしょうか。ここでは、状況に応じた最適なアプローチを選択するための実践的なフレームワークの一例をご紹介します。

<前提となる5つの主要な判断基準>

  • 時間的制約:意思決定までどの程度の時間があるか
  • 影響の大きさ:決断が重大な影響をもたらすか
  • 知見の蓄積:過去類似事例・経験があるか
  • データの利用可能性:信頼できるデータが入手可能か

<フレームワークに基づく、3つのアプローチ>

1. データを重視したアプローチ

  • 適用場面:
    • 意思決定までに十分な時間がある場合
    • 意思決定の影響範囲が大きい、または不可逆的であるなど、確実性の高い判断が求められる場合
    • 過去の類似事例・経験がない場合

2. 直感・経験を重視したアプローチ

  • 適用場面:
    • 分析の時間がなく、即座な判断・アクションが求められる場合
    • 手元にデータがない、または市場環境が急変していて、過去データが参考になりにくい場合
  • 実践方法:
    • 成功体験時の知見を活かす
    • データが捉えきれない市況や消費者の微妙な変化を直感的に読み取る

3. バランス・ハイブリッド型のアプローチ

  • 適用場面:
    • ある程度分析できる時間はあるが、スピード感も求められる場合
    • 多様な要因が絡む複雑な意思決定を行う場合
    • 信頼できるデータはあるが、補足として経験や業界知識を加える必要がある場合
  • 実践方法:
    • 定量情報(市場や売上分析)と定性情報(ユーザーの声や社内の知見)を組み合わせる
    • 「スモールデータ+直感」で試験的なアクションを取り、結果をデータをもとに検証する
    • 重要な決定ではデータを優先しつつ、不確実な部分は経験や直感で補う

各アプローチを実践する際の注意点

目的と方針を明確にする

どのアプローチを採用する場合においても、売上拡大、ブランド強化、顧客ロイヤリティの向上などの具体的な目標を設定し、それに伴うKPIを設定することが重要です。同時に、現場や経営層が感じる市場の動向や顧客の変化といった直感的な要素を、戦略の中にどう組み込むかを検討していきましょう。

多角的にデータを収集・統合しつつ、データの質を見極める

顧客情報、販売データ、Web解析データ、SNS上の反応など、これらの多角的な情報を一元管理することが大切です。ただし、データの信頼性が低い場合、データ主導の意思決定はリスクが高まることに注意してください。

失敗を許容し、小規模なテストを行いながら仮説を検証する

いずれのアプローチにおいても、仮説検証を繰り返しながらPDCAサイクルを回すことが不可欠であり、このサイクルがデータと直感を有効に組み合わせた意思決定を支えます。まずは、小規模なところからテストを繰り返し行いながら調整することで、検証のハードルを軽減し、サイクルを頻度高く回すことができます。

意思決定の「リーダーシップバランス」を考える

チーム内で、「データ派」と「直感派」のバランスを取ることで、より精度の高い意思決定が可能です。異なる意見により議論が活性化し、新たな視点で実践的な判断ができる可能性が高まります。ただし、どちらを重視すべきかは上述のフレームワークを参考に状況に応じて調整する必要があります。

事例:丸亀製麺が実践する「感性×データサイエンス」の最適解

選ばれる必然をつくるために

丸亀製麺は「左脳(理性)へのアプローチ」と「右脳(直感)へのアプローチ」を独自に融合されています。

まず、左脳と理性へのアプローチとして、選ばれる「認識(パーセプション)」をつくり、右脳と直感へのアプローチとして、選ばれる「衝動」をつくりあげる。衝動が理性を超えてくるのが外食の特徴のため、衝動をどうつくるかを意識してマーケティングをしているのです。

丸亀製麺では、この構造を解き明かし、勝率と再現性を高めるために、感性とデータサイエンスをかけ合わせて戦略を構築しています。

「感性×データサイエンス」にもとづく戦略

一例として、「左脳(理性)へのアプローチ」となる、選ばれる認識(パーセプション)をつくる構造をデータサイエンスを活用して解明した事例を紹介します。アプローチとしては、Awarenessデータの分析により、事業成果につながるキードライバー(押し上げることによって事業成果が最大となるドライバー)を解明するというものです。

分析の結果、たとえば新規客の場合、利用回数に対して重要なのは、推奨意向でも純粋想起でもなく利用意向であることがわかりました。また、利用意向を押し上げるのは「うどんがおいしい」というパーセプションであり、この「うどんがおいしい」を構成するのが「品質が良い」というイメージでした。また、各要素を深掘りしていくと、「安心して食べられる」「他の店と違う良さがある」の2つがキーであり、さらに、「共感できる」「こだわりがある」がここに紐づく原因因子であることがわかりました。※

「感性」に基づく仮説や指針を「データサイエンス」により検証し、成果とのつながりを可視化・構造化することで、再現性高く成果を上げる戦略の立案が可能となったのです。

※こちらは2023年度の事例となり、分析結果は最新の内容ではありません

2023年の丸亀製麺のプロモーションを振り返ると、こだわりや誠実さを表現する「麺職人×製麺所」というブランディングを展開する一方で、新たな体験とワクワク感を強調し、メガヒットとなった「シェイクうどん」を並行して展開しています。これらは、「品質が良い」という特徴に紐づく重要要素として分析で明らかとなった、「安心して食べられる」や「他の店と違う良さがある」というイメージをそれぞれ押さえており、再現性をもって成果を上げた成功例となりました。またこの両輪のプロモーションは2024年に丸亀製麺史上最大のヒット商品となった「丸亀うどーなつ」でも実践されました。

事例に学ぶポイント

感性とデータを切り離す、またどちらか一方に偏るのではなく、「感性を補強するためにデータを活用」さらに「データを活用して感性を磨く」ことが重要です。まずは感性に基づく仮説が先にあることが重要であり、データで裏付けされた内容に、丸亀製麺らしい独自の感性やストーリーを加えて洗練させることで、より強固な差別化が可能となるのです。

上記の事例は丸亀製麺のマーケティング戦略の一部の紹介になりますが、同社では戦略から戦術のあらゆる場面において、この「感性×データサイエンス」を実践しています。

▼丸亀製麺の詳しい事例は下記をご参考ください

おわりに

この記事を通じて、データと直感が融合するマーケティング戦略について考察してきました。デジタル技術の進歩により、マーケティングの意思決定に活用できるデータはますます増えています。しかし、そのデータをどのように解釈し、戦略に活かすかは、マーケターの経験や直感に委ねられています。重要なのは、数値を過信するのではなく、その背後にある市場の動きや消費者の心理を読み解くことです。データと直感を適切に組み合わせることで、企業は限られたリソースを最適に活用し、持続可能な成長へとつなげることができます。

サイカでは、10年以上にわたり、データとマーケターの知見を融合させた分析を通じて、280を超える企業のマーケティングの最適化における意思決定を支援してきました。データの活用方法に悩んでいる、数値だけでは捉えきれないマーケットの動きを深く理解したい、といった課題をお持ちの方は、ぜひお気軽にご相談ください。貴社の状況に合わせた最適なアプローチをご提案し、データと直感を活かした戦略的な意思決定をサポートいたします。

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