【マーケターが知っておくべき認知バイアス一覧と具体例:その①】損失/リスク/後悔回避と自己中心性によるバイアス編
マーケティングの世界では、消費者の心理や行動を深く理解することが成功のカギとなります。本記事は、「マーケティングにおける「認知バイアス」への理解の重要性:データを超えた消費者洞察」 の補足記事として、マーケターが特に知っておくべき認知バイアスについて詳しく掘り下げます。
以下は、「損失回避、リスク回避、後悔回避、そして自己中心性によるバイアス」に焦点を当て、それぞれのバイアスがどのように消費者行動に影響を与えるのか、またどうマーケティングに活かせるのかの具体例をご紹介します。
また、「その②」記事では、思考のショートカットと社会規範によるバイアスについて解説していますので、本記事と併せてぜひご覧ください。
目次
- マーケターが知っておくべき認知バイアス一覧
- 損失/リスク/後悔回避によるバイアス
- 曖昧性効果 – Ambiguity effect
- サンクコスト(埋没費用)効果 – Sunk cost effect
- 支払いの痛み(キャッシュレス効果)- Pain of paying(cashless effect)
- 現在バイアス(時間割引)- Present bias(temporal discounting)
- 確実性効果 – Certainty effect
- ゼロ価格効果 – Zero-price effect
- 希少性ヒューリスティック(希少性原理)- Scarcity heuristic
- イケア効果 – Ikea effect
- 現状維持バイアス – Status quo effect
- おとり効果 (デコイ効果)- Decoy effect
- デフォルト効果(デフォルトオプション )- Default option
- 自己中心性によるバイアス
- 損失/リスク/後悔回避によるバイアス
- おわりに
マーケターが知っておくべき認知バイアス一覧
心理学や人間行動学は非常に奥深い分野で、現在でも研究が盛んです。そのため、認知バイアスには数多くの種類が存在し、以下の説明や分類は情報源や解釈によっては微妙に異なることもありますが、マーケターが意識すべき認知バイアスをいくつかご紹介します。
損失/リスク/後悔回避によるバイアス
損失(またはリスクや後悔)回避バイアスは、人間が損失を避けるためにリスクを取らない傾向のことを指します。これは、得るものよりも失うものの方が心理的に大きな影響を与えるという事実に基づいています。
曖昧性効果 – Ambiguity effect
曖昧性効果は、情報不足などにより、不確実性が高い選択を避け、より確実な選択を支持する場合に発生します。
例えば、消費者が新しいパソコンを購入する際に、2つのブランドの選択肢がある場合、ブランドAは詳細なスペック、ユーザーレビュー、サポート情報を提供していますが、ブランドBはほとんど情報を提供していません。この場合、多くの消費者は、不確実性が少ないブランドAのパソコンを選ぶでしょう。このように、マーケターは商品に関する明確で詳細な情報を提供することで、曖昧さを軽減し、消費者が遠ざかることを防ぐことが可能となります。
サンクコスト(埋没費用)効果 – Sunk cost effect
サンクコストとは、すでに支出した費用のことで、将来の意思決定には関係ありません。しかし、人間は無意識のうちにサンクコストを考慮し、投資を無駄にしたくないと感じる傾向があります。つまり、過去の投資を正当化するため、合理的ではない行動をとってしまう場合があるのです。これをサンクコスト効果と呼びます。
例えば、サブスクリプションサービスなどでは、初期費用を支払うことで、長期的な利用を促進できます。ジムの年会費を払った人は、その投資を無駄にしたくないので、ジムに通い続ける可能性が高くなります。
支払いの痛み(キャッシュレス効果)- Pain of paying(cashless effect)
支払いの痛みとは、お金を手放すときに感じる不快感を指します。キャッシュレス決済の台頭により、この痛みが軽減され、支出が増加しています。
例えば、ワンクリック決済が可能なECサイトのユーザーは、購入に対する心理的な抵抗が少なくなり、より多くの購入を行う傾向があります。このように、マーケターは消費者との取引をできるだけスムーズにすることで、この効果を活用することができます。
現在バイアス(時間割引)- Present bias(temporal discounting)
現在バイアスとは、将来の大きな利益よりも、目先の小さな利益を選んでしまう心理的傾向のことです。人間は本来、将来の大きな報酬を選ぶべきですが、我慢できずに即時の小さな報酬を選んでしまいます。この現象は、時間割引とも呼ばれます。
例えば、健康促進アプリでバーチャルコインを獲得できるシステムは、日々の小さな報酬が長期的な健康維持につながる行動を後押しします。マーケターは、この現在バイアスをうまく利用して、消費者に即時の小さな報酬(割引、特典など)を提示することで、長期的な行動変容を促すことが可能となります。
確実性効果 – Certainty effect
確実性効果とは、不確実な結果よりも確実な結果を好むという心理的傾向のことです。この場合、たとえ期待値が低くても、確実な選択肢の方が魅力的に映ります。
例えば、豪華な賞品が当たる抽選キャンペーンよりも、豪華ではなくても確実にもらえる特典キャンペーンの方が選ばれやすくなります。他にも、満足保証制度や必ずもらえる割引クーポンなどを設けることで、消費者の関心を引きつけやすくなります。このように、確実性効果を知ることで、マーケターは商品やサービスに確実な利益や特典を提示するといった戦略をとることができます。
ゼロ価格効果 – Zero-price effect
ゼロ価格効果とは、商品やサービスが無料(ゼロ価格)の場合、消費者はその価値を実際に感じる以上に高く評価する心理的な傾向のことです。通常、価格が下がれば需要は高まりますが、ゼロ価格になると需要が飛躍的に増加する現象が見られます。つまり、無料という事実自体に魅力を感じ、商品を選択してしまうのです。
例えば、新商品の無料サンプルを配布したり、会員登録の特典として無料コンテンツを提供したりします。マーケターはこの効果を活用して、商品やサービスを無料で提供することで、消費者の関心を引きつけ、将来的な有料購入につなげることができます。
希少性ヒューリスティック(希少性原理)- Scarcity heuristic
希少性ヒューリスティックとは、入手が制限されている商品やサービスをより価値があるものと認識する心理的傾向のことです。人間は、希少で手に入りにくいものに対して、より強い欲求を抱きます。一方、豊富にあるものは価値が低いと判断しがちです。
この原理を利用して、マーケターは商品の希少性や緊急性を強調することで、消費者の購買意欲を高めることができます。例えば、「残り僅か」「期間限定」といった表現を使うことで、消費者に緊急性を感じさせます。限定版や数量限定商品を発売したり、オンラインショップでは、残り在庫数を表示したりすることで購買意欲を喚起できます。
イケア効果 – Ikea effect
イケア効果とは、自分で作った商品やサービスに対して、本来以上の価値を見出してしまう認知バイアスのことです。人間は、自分で労力を費やして作ったものに対して、愛着や誇りを感じる傾向があります。この効果は、組み立て家具大手のイケア(IKEA)の商品を購入者自身が組み立てることに由来しています。
マーケターはこの効果を利用して、消費者に商品の一部を作らせることで、商品への愛着を高めることができます。例えば、料理キットのように、材料を組み合わせて調理するだけで完成する商品は、消費者に「自分で作った」満足感を与えます。カスタマイズ可能な商品や、組み立てが必要な商品も同様の効果が期待できます。
現状維持バイアス – Status quo effect
新商品が発売されたとしても、慣れ親しんだ商品の方を選んでしまうといった行動のように、人間は現状を変えることを嫌がる傾向があります。これを現状維持バイアスと呼びます。
この認知バイアスを克服し、消費者に受け入れてもらいやすくするためには、新しい商品や変更を「新しいステータスクオ = 現状」として見せることが必要です。例えば、自動車メーカーは、環境に優しい選択肢としてEV(電気自動車)を市場展開していますが、従来のガソリン車からの移行でありつつ「新しい標準」として促進することで、新商品の優位性を強調しながらも、消費者に受け入れてもらいやすい土台作りを行っています。
おとり効果 (デコイ効果)- Decoy effect
おとり効果とは、2つの選択肢に加えて、あえて非合理的な第3の選択肢(おとり選択肢)を用意することで、消費者の選択を操作する手法のことです。この効果は、選択肢の非対称的支配関係に起因しています。おとり選択肢は、他の選択肢に対して一方的に劣っているため、選択からは外れやすくなります。
例えば、映画館でのポップコーン販売において「小サイズが450円、中サイズが750円、大サイズが850円」の場合、中サイズがおとりとして機能し、消費者はわずかな価格差で大サイズを選ぶ傾向があります。他の例としては、ソフトウェアの料金プランで、中間的なおとりプランを設けることで、高価格帯プランに誘導できます。このように、倫理的な範囲内において「おとり」商品を導入することで、選択肢をより合理的に見せることができ、消費者を意図する選択肢に誘導しやすくなります。
デフォルト効果(デフォルトオプション )- Default option
人間は、最初に設定されているもの(デフォルト)に影響を受けやすいという傾向があります。この効果は、人間が現状維持を好む性質と、選択に伴う手間を避ける傾向から生じています。
マーケターはこの効果を利用して、自社に有利なオプションをデフォルトに設定することで、消費者がそれを選択する可能性を狙って高めることができます。例えば、ニュースレターの受信や自動更新サービスなどをデフォルトでオンにしておけば、消費者はそのまま受け入れやすくなります。オンラインショッピングでも、デフォルトの配送方法や支払い方法を設定しておくことで、スムーズな購買を促せます。
自己中心性によるバイアス
自己中心性バイアスは、人間が自分自身に関連する情報により敏感であるという傾向を指します。
後知恵バイアス – Hindsight bias
後知恵バイアスとは、ある出来事が起きた後で、その出来事が予測可能であったかのように認識してしまう認知的な傾向のことです。人間は過去を振り返るとき、当初から結果を予測できていたように思い込みがちです。この傾向は、記憶の歪みや自身の予測精度を過大評価することに起因します。
マーケターは、後知恵バイアスを利用することで、自社の商品やサービスを利用・購入することは間違いではなかったと消費者に認識させることができます。例えば、顧客事例を出し、「この商品・サービスを選んで正解でした」というようなメッセージを伝えることで、消費者の信頼をより高めることが可能となります。
認知的不協和 – Cognitive dissonance
認知的不協和とは、自分の行動や信念が矛盾していると感じたときに生じる心理的な不快感のことです。人間は一貫性のある行動や信念を持ちたいと考える傾向にありますが、矛盾が生じると居心地の悪さを感じてしまうため(不協和)、調整を行い、矛盾を解消しようとします。
マーケターは、商品やサービスが消費者の価値観や目標と一致するようメッセージングをすることで、認知的不協和を軽減できます。例えば、健康的なライフスタイルを目指す消費者に対して、健康食品やフィットネス商品が目標達成に役立つことを訴求すれば、購買意欲が高まります。その一方で、商品が消費者の考えや価値観と矛盾する場合、不協和が生じ、購買をためらう可能性があることにも注意しましょう。
確証バイアス – Confirmation bias
確証バイアスとは、自分の信念や仮説に合致する情報ばかりを受け入れ、矛盾する情報は無視したり除外したりする心理的な偏りのことです。
例えば、あるブランドのファンは、そのブランドの良い評価にだけ目を向け、悪い評価は無視してしまうかもしれません。マーケターは、この確証バイアスを利用して、消費者の考えや価値観と一致するメッセージを発信することで、消費者はそのブランドを高く評価しやすくなり、ブランドイメージの強化につながります。
一貫性バイアス – Commitment bias
一貫性バイアスとは、一度行動を決めると、その行動と一貫した選択をし続ける傾向のことです。人間は自分の言動と一貫性を保ちたいという心理的欲求があり、最初の選択と矛盾する行動をとりにくくなります。この傾向は、公の場で宣言したり、多くの人の前で行動を決めたりした場合に特に強くなります。
マーケターは、消費者に最初の購入を促すことで、その後も一貫した購買行動につなげられる可能性があります。例えば、環境保護に貢献できる商品を購入した消費者は、同じブランドを選び続けることで自己の一貫性を保とうとするでしょう。サブスクリプションサービスなどでは、最初の契約を促すことで、長期的な継続利用につながりやすくなります。
バーナム効果(フォーラー効果) – Barnum-Forer Effect
バーナム効果とは、誰にでも当てはまるような曖昧で一般的な事柄を、まるで自分にだけ合っているものとして受け入れてしまう認知バイアスのことです。この効果は、占い師や心理テストなどで利用されることがあり、消費者の関心を引きつけるのに役立ちます。
例えば、「この商品はあなたのユニークな美しさを引き出します」といった曖昧なメッセージで、消費者に商品が自分に合っていると認識させることができるかもしれません。マーケターは、商品の効果や特徴を一般化し、多くの人が自分に当てはまると感じるような広範なメッセージングをすることで、より多くの消費者に訴求することが可能となります。
ギャンブラーの誤謬 – Gambler’s fallacy
ギャンブラーの誤謬(ごびゅう)とは、過去の出来事が将来の確率に影響を与えるという誤った信念のことです。例えば、コインを投げた際に表が出続けた場合、次は裏が出る確率が高くなると考えてしまう傾向があります。しかし、コインの裏表は独立した事象であり、過去の結果に影響されません。この誤謬は、人間が偶然の出来事に規則性や法則を見出そうとする認知バイアスから生じます。
この誤謬に対抗するためには、次の購入こそが大きなチャンスであることを強調すると良いでしょう。例えば、「今までの購入では当たらなかったが、次こそ大きな割引が当たるかもしれない」といったメッセージは、消費者に期待をもたせることができるかもしれません。
共感ギャップ – Empathy gap
共感ギャップとは、現在の感情は一時的なものであり、将来の感情や行動にあまり影響を与えないといった心理的傾向のことです。例えば、たとえ過去に辛い経験をしていたとしても、辛い気持ちになったこと自体は覚えているかもしれませんが、実際にどの程度苦しんだかまでは覚えておらず、むしろ当時の気持ちを過小評価してしまう傾向にあります。この現象は、人間が自分の感情を客観視することが難しいことに起因しています。
この共感ギャップを埋めるためには、消費者のいまの感情に共鳴するメッセージングをすることが効果的です。例えば、「気持ちを大切に – 今日は自分へのご褒美を」といったメッセージは、消費者の現在の感情に訴えかけることで購買を促せる可能性があります。当面のニーズを捉えた訴求により、消費者は自分の感情に基づいて購買行動を起こしやすくなります。
自制バイアス – Restraint bias
自制バイアスとは、自身の意志の強さや自制心を過大評価してしまう認知バイアスのことです。人間は、誘惑に負けずに自分をコントロールできると過信する傾向にあります。しかし実際は、ダイエットや禁煙、節約などの目標を立ててもつい誘惑に負けてしまいがちで、思っている以上に自制心が弱い傾向にあります。
この自制バイアスを利用した例に、贅沢な商品を「自分へのご褒美」として訴求した事例があります。例えば、「長い一日の後のリラックスタイムに、この高級チョコレートをお楽しみください」といったメッセージングで、贅沢を正当化することが可能となります。自制心を発揮した「報酬」として商品を提示することで、購買意欲を高めることができるのです。
投影バイアス – Projection bias
投影バイアスとは、他者の信念や価値観、感情などが自分と同じだと過剰に推測してしまう認知バイアスのことです。つまり、「他人も自分と同じように考えているはず」と勝手に投影して判断する傾向があります。
例えば、「みんなが選んでいる、あなたもきっと気に入るはず」というように商品の人気を強調することで、他者も同じ商品を選んでいるという安心感を与え、消費者の購買意欲を高められます。
感情ヒューリスティック – Affect heuristic
感情ヒューリスティックとは、ある対象に対する感情や反応が、その対象のメリットやリスクの認識に影響を与える心理的傾向のことです。人間は合理的に判断するよりも、感情に基づいて意思決定をする場合が多くあります。肯定的な感情を持っていれば、その対象のメリットは多く、リスクは少ないと判断し、逆に否定的な感情があれば、メリットは少なく、リスクは多いと判断しがちです。
例えば、商品の効果を「この香水をつければ、特別な日のロマンスがよみがえります」、「この車に乗れば、自由で開放的な気分を味わえます」など、イメージしやすい表現で訴求することで、肯定的な感情が喚起され、メリットが高く評価されやすくなります。または、商品やブランドを「この高級ブランドのバッグは、あなたの上品な魅力を引き立てます」、「この化粧品は、自然の恵みから生まれた安心できる商品です」など、ポジティブなイメージや概念と関連付けることで、商品への好意的な感情が生まれ、購買意欲を高められます。
おわりに
この記事では、マーケティングにおける損失回避、リスク回避、後悔回避、そして自己中心性によるバイアスについて詳しく解説しました。消費者の意思決定に大きな影響を与えるこれらのバイアスは、マーケティング活動において無視できない要素ですが、バイアスを正しく理解し、適切に活用することで、より効果的で倫理的なマーケティング活動が可能となります。
他の記事では、「思考のショートカットと社会規範によるバイアス」について深掘りしていますので、そちらもぜひご覧ください。また、認知バイアスの基礎知識と実践的応用に関する記事「マーケティングにおける「認知バイアス」への理解の重要性:データを超えた消費者洞察」も併せてご覧ください。
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