データと科学で、ブランディングを強化する方法
現代の競争の激しい市場において、「ブランド」は消費者が商品やサービスを選ぶ際の主要な決定要因となっており、その重要性はかつてないほど高まりを見せています。
従来のブランディングは、直感やクリエイティブな感性に依存する手法が目立っていました。しかし今はこれだけでは不十分で、データと実証に基づく「科学的アプローチ」を取り入れてこそ、より確実で効果的なブランディング実践につながります。
2024年4月に開かれたサイカ主催の「BORDERLESS MARKETING COMMUNITY(BMC)」イベントでも、ブランディングにおける科学的アプローチの重要性が確認されました。慶應義塾大学 経済学部 教授 慶應義塾大学 経済研究所 所長の星野氏を含む各領域の有識者と、サイカ Analysis部 副部長 兼 研究課 課長の高木氏が、ブランド・エクイティを定量的に把握する方法やブランディングの効果を高める条件について、アカデミックな観点とビジネス現場の観点から議論しています。イベントの詳細なレポートはこちらからご覧いただけます。
そこで本記事でも「ブランディングにおける科学的アプローチ」をテーマに、その手順や具体的な応用例について詳しく解説します。
目次
従来のブランディング
従来のブランディングは、多くの場合、直感やクリエイティブな感性に依存していました。しかし、こうした方法には限界があります。例えば、特定のブランド要素やメッセージが一部の消費者に好まれる一方で、他の消費者にはネガティブな印象を与える可能性があるなど、データなどの根拠に基づく確証なしに実行することはリスクが高く、時には逆効果となることもあるのです。
ブランディングにおける科学的アプローチとは
科学的アプローチには、観察、課題の特定、仮説の設定、実験と分析の5つの重要なステップが存在します。これらのステップに則ってブランディングを進めていくことでより確実な結果を得ることができます。例えば、観察を通じて市場のトレンドを把握し、仮説を立てて戦略を策定します。その後、実験を行い、得られたデータを分析することで戦略の有効性を確認します。
- 観察:市場や消費者の動向を調査します。自社の販売データや顧客データ、市場調査、消費者アンケート、ソーシャルメディアの分析などを通じて、消費者の行動や嗜好、競合他社の動向を詳しく観察します。
- 課題の特定:観察結果に基づいて現状の課題を特定します。消費者が直面している問題や市場におけるギャップを明確にしましょう。課題を特定することで、具体的な改善点を見つけ出し、仮説構築に役立てます。
- 仮説:課題が明確になったら、仮説を立てます。仮説は、具体的で測定可能なものにする必要があります。これにより、実験やデータ分析後の仮説検証が進めやすくなります。
- 実験:仮説を検証するために実験を行います。実験の目的は仮説が正しいかどうかを確かめることです。ただし、実験自体では単にデータを収集するだけであり、そのデータが何を示しているかを理解するためには、さらに分析が必要です。
- 分析:最後に、実験結果を詳細に分析し、仮説の有効性を評価します。収集したデータを統計的に解析し、仮説が正しかったかどうかを判断します。データから示唆を導き出し、戦略に反映します。
具体的な例として、ある食品メーカーが新しいパッケージデザインを導入する際、まず市場調査を行い、ターゲットとなる消費者の嗜好を観察します。その後、「シンプルできれいなデザインが売上を増加させる」という仮説を設定し、実験的に新旧デザインを異なる店舗で販売します。最後に、販売データを分析し、新デザインの効果を検証します。
このように、これらのステップを繰り返すことで、実際の観察とデータに基づいた、さらには常に最新の市場動向や消費者のニーズに適応したブランディングを実行することができるようになります。
なお、科学的アプローチは一連の固定されたステップである必要はなく、一般的な原則を表しています。ブランディングにおいても、柔軟性を持った科学的アプローチを取り入れることが重要です。
ブランディングにおける科学的アプローチの利点
科学的アプローチを採用することで、以下のようなベネフィットが得られます。
データドリブンな意思決定
科学的アプローチの最大の利点の一つは、データドリブンな意思決定が可能となることです。従来の直感や経験に頼る方法とは異なり、データや根拠に基づいて意思決定を行うことで、結果をより確実なものにすることができます。
例えば、新商品の市場展開を考える際、過去の販売データや市場調査の結果を分析することで、ターゲット市場や適切な価格設定、効果的な販売戦略を明確にすることができます。これにより、無駄なリスクを避け、成功の確率を高めることができます。また、消費者行動データを分析することで、どの商品が人気か、どのマーケティング手法が効果的かなどを見極めることができ、効率的なマーケティング活動が可能となります。
ブランドの差別化
ブランドの差別化は、競争の激しい市場で成功するための重要な要素であり、科学的アプローチを取り入れることで競争優位性を確立することができます。
例えば、市場調査を通じて消費者が何を求めているのか、どのような価値を重視しているのかを明確にすることができるため、この調査結果を基にブランドのメッセージや商品の特徴を強化し、消費者にとって唯一無二の存在に近づけることが可能です。また、消費者のフィードバックやレビューを分析することで、ブランドの強みや弱みを把握し、戦略を見直すことで、常に消費者の期待に応えるブランドを目指すことができます。
消費者ニーズとの整合性
データを活用することで、消費者の行動や嗜好を正確に把握できるようになるため、企業の戦略と消費者のニーズや好みに近づけることが可能となります。
例えば、消費者アンケートやソーシャルメディアの分析を通じて、消費者がどのような商品やサービスを求めているのかを理解します。この調査結果を商品開発やメッセージに反映し、消費者にとって魅力的なブランドになるよう調整を行います。また、消費者の購買行動の変化を追跡し、迅速に対応することで、常に消費者の期待に応えることができます。
ブランド効果の測定
データを活用することで、ブランディングによる効果を具体的に評価し、どのマーケティング施策が有効なのかや、どの施策に改善の余地があるかを明確にすることができます。
例えば、ブランド認知度や消費者のエンゲージメントを定量的に測定し、マーケティング施策の効果を評価したり、販売データを分析することで、施策が売上に与えた影響を把握したりすることができます。これにより、改善が必要な点を特定して修正することができます。結果として、戦略の精度が向上し、長期的なブランド価値の向上につながります。
マーケティング施策の効率とROIの向上
科学的アプローチを取り入れることで、最適化されたブランド投資を通じてマーケティング施策の効率とROI(投資対効果)を向上させることができます。
例えば、マーケティング施策の効果をデータで測定し、どの媒体が最も効果的かを分析します。これにより、効果の低い媒体への投資を削減し、効果の高い媒体に集中することができます。その結果、リソースの浪費を防ぎ、マーケティング施策の効率やROIの向上が期待できます。また、オペレーションプロセスをデータで分析し、効率化の余地を見つけることで、コスト削減や生産性の向上を図ることも可能となります。
ブランディングにおける科学的アプローチの応用
以下では、科学的アプローチを応用したブランディングの具体例をご紹介します。
ブランドポジショニング
市場調査、消費者の観察、競合分析などを通じて、市場におけるブランドの立ち位置を明確化し、ブランドイメージを醸成することが可能となります。
まず、市場調査を実施し、その特性を把握します。次に、消費者アンケートやインタビューを通じて消費者のニーズや期待を深く理解します。競合分析では、競合他社の強みや弱みを分析し、自社のポジショニングを明確にします。最後にこれらのデータを統合し、ブランドのユニークな価値を見極めることで、ブランドの差別化が可能となります。
ブランドアイデンティティ
ブランドアイデンティティの形成においては、消費者の認識、連想、好みに関するデータを活用します。具体的には、ブランドの名前、ロゴ、タグラインなどを決める際に、消費者がどのようにこれらの要素を認識するかを考慮します。
例えば、消費者がブランドの名前に対してどのような印象を持つかを調査します。環境に優しい商品を提供するブランドであれば、名前に「エコ」や「グリーン」といったブランドの価値を直接反映するキーワードを含めることで、消費者に強い印象を与え、覚えてもらいやすくなります。
他にも、消費者が特定の色にどのような感情を抱くかを調査し、それに基づいてブランドカラーを選定することも可能です。赤色は情熱やエネルギーを連想させる一方で、青色は信頼感や冷静さを感じさせます。これらの色彩心理学の知見を活用して、ブランドのビジュアルアイデンティティを形成します。
ブランド体験
ブランド体験を最適化するためには、A/Bテストが有効です。これにより、パッケージング、広告、顧客体験などのブランド体験(接点)に対し、最も効果的なアプローチを特定することが可能となります。
例えば、パッケージデザインごとの購買意欲に与える影響を比較するために、A/Bテストを実施します。グループAにはデザインAのパッケージを、グループBにはデザインBのパッケージを提供し、それぞれの購買行動を観察します。これにより、どのデザインが消費者にとって魅力的で、購買意欲を高めるかを特定できます。
広告においても、異なるメッセージやビジュアルをテストし、最も効果的な組み合わせを見つけ出すことで、広告投資の効率化や効果の最大化を図ることができます。
顧客体験においては、店舗内のレイアウトやオンラインショッピングのプロセスを最適化するためにテストを繰り返すことで、消費者にスムーズな購買環境を提供し、満足度の向上につなげることが可能となります。
ブランド・エクイティ測定
ブランド・エクイティは、消費者の心の中で形成されるブランドの独自の価値を企業の資産として視覚化したものです。つまり、ブランド・エクイティの測定は、市場でのブランドの位置づけや価値を理解する上で非常に重要です。アーカー(Aaker)とケラー(Keller)のモデルは、この目的を達成するための実用的なフレームワークとして知られています。
アーカーモデル
アーカーのモデルでは、以下の4つの要素がブランド・エクイティを形成するとされています:
- ブランド認知度(Brand Awareness):消費者がブランドをどれだけ認識しているかという指標です。消費者がブランド名を聞いたときにどれだけ瞬時に認識できるか、または思い出せるかを示します。
- 知覚品質(Perceived Quality):消費者が商品やサービスの品質をどのように評価しているかという指標です。商品の信頼性、耐久性、機能性など、消費者の期待と経験に基づく評価です。
- ブランド連想(Brand Associations):ブランドに関連付けられる肯定的または否定的なイメージや感情を指します。消費者が持つブランドへのイメージや、ブランドに関連する記憶などが含まれます。
- ブランドロイヤリティ(Brand Loyalty):消費者の繰り返し購入する意欲やブランドに対する忠誠心・愛着心など、消費者が競合他社の商品よりも優先して該当ブランドを選ぶ傾向を示します。
ケラーモデル
ケラーのモデルでは、以下の6つの要素がブランド・エクイティを形成するとされています:
- ブランドの顕在性(Brand Salience):消費者の心の中にどれだけそのブランドが存在感を示しているのかという指標です。消費者が購買時にブランドをどれだけ思い出せるか、または認識できるかを示します。
- ブランドのパフォーマンス(Brand Performance):商品やサービスが消費者のニーズをどれだけ満たしているかという指標です。商品の信頼性、耐久性、機能性など、消費者の期待と経験に基づく評価です。アーカーが提唱する「知覚品質」に似ていますが、「知覚品質」はあくまで品質に対する“評価・認識”により焦点を当てており、これらは必ずしもブランドの実際のパフォーマンスと一致するとは限りません。
- ブランドのイメージ(Brand Imagery):消費者がブランドに対して抱く連想のことです。消費者の価値観や経験に基づき、機能的な側面よりも抽象的で象徴的な要素に焦点を当てています。
- ブランドの判断(Brand Judgments):消費者がブランドに対して持つ評価や意見です。ブランドの品質や信頼性、価値などに関する消費者の個人的な見解です。
- ブランドの感情(Brand Feelings):消費者がブランドに対して持つ感情的な反応です。ブランドを使用することによる喜びや興奮、安心感など、感情的な経験が含まれます。
- ブランドの共鳴(Brand Resonance):消費者とブランドとの深い心理的な結びつきのことです。ブランドへの強い忠誠心や積極的なエンゲージメントを反映します。
実際にこれらのモデルを適用する際には、市場調査やデータ分析が不可欠です。アンケート調査、フォーカスグループ、ソーシャルメディア分析などを通じて、これらの要素を定量化し、ブランド・エクイティを評価することができます。また、競合他社との比較を行い、ブランドの相対的な位置を把握することも重要です。
サイカのMMM(マーケティング・ミックス・モデリング)によるブランド・エクイティの測定
サイカのMMMを活用することで、各マーケティング施策が成果に与える貢献度を測定し、長期的な効果=ブランド・エクイティを評価することができます。
MMMを活用して貢献度を測る際、マーケティング施策や外部要因で説明できなかったベースライン(不明分)が必ず残るのですが、サイカは、このベースラインの中に「長期にわたりブランドに影響を受けた購買要素」が含まれているのではないかと考えました。つまり、継続的なマーケティング施策の実施により、ブランド・エクイティが徐々にベースラインに蓄積されているという考えです。その正体を明らかにするためには「数年前のマーケティング施策が、現在の成果にどの程度効いているか」を測ることが必要であり、そうすることでブランド・エクイティによる効果を可視化できると考えました。
MMMやブランド・エクイティの可視化を叶えるサイカのMMMサービス「MAGELLAN(マゼラン)」について、詳しくはこちらからご覧いただけます。
サイカのCMM(コンシューマー・ミックス・モデリング)によるブランド成功要因の特定
CMMは、消費者の意識データから自社と競合他社間での購入メカニズムを解明し、自社ブランドが選ばれる確率を最大化するサイカ独自の分析手法です。競合要因の他にも、マーケティングの4P(商品・サービス、チャネル、価格、プロモーション)やCX(顧客体験)、そして蓄積されたブランド資産が消費者のブランド選択=購買行動に与える影響を分析します。これにより、「誰に」「どのような」ブランド要素やメッセージを届ければよいかが明確になるだけでなく、結果として競合からどれだけスイッチさせることができるのかというインパクトも算出することができます。
CMMやサイカのCMMサービス「COMPASS(コンパス)」について、詳しくはこちらからダウンロードいただけます。
科学的アプローチにおける主な課題
ブランディングにおいて科学的アプローチは多くの利点をもたらしますが、以下のような課題も存在します。
データの質と量の確保
科学的アプローチには、信頼性の高い大量のデータが必要となります。しかし、適切なデータの収集や管理は容易ではないため、必要に応じてこれらを可能とするシステムの導入を検討すると良いでしょう。また、消費者の行動や感情に関する質の高いデータを継続的に収集することは特に難しいため、外部データソースの活用や、消費者とのエンゲージメントを通じたデータ収集などが有効です。
分析スキルを持つ人材の確保
データサイエンティストやアナリストなど、高度な分析スキルを持つ人材の確保が課題となります。これらの専門家は需要が高く、採用が困難な場合があるため、社内での人材育成プログラムの実施や、外部の専門家との協力関係の構築が重要です。
クリエイティビティとデータのバランス
科学的アプローチに偏重すると、ブランディングにおける創造性や直感的な要素が軽視される恐れがあります。創造性とデータのバランスを取ることが重要なため、クリエイティブチームとデータ分析チームが密接に連携し、両者の強みを活かした統合的なアプローチを採用するのが良いでしょう。
投資対効果の証明
こちらはブランディングに限った話ではありませんが、科学的アプローチの採用には、初期投資やツールの導入、システム構築、専門的な人材の採用・育成などのコストがかかります。これらの投資に対する具体的な効果を短期間で示すことは難しい場合が多く、段階的な導入と小規模な実験から始め、成功事例を積み重ねていくアプローチが求められます。また、長期的な視点での評価指標を設定することも重要です。
組織文化の変革
データドリブンな意思決定を組織全体に浸透させるには、従来の直感や経験に基づく意思決定プロセスからの転換が必要ですが、この組織文化の変革には時間と労力を要します。そのため、まずは経営層を巻き込みながら、組織全体でデータリテラシーを高める取り組みを行うことが重要です。そうして徐々に成功事例を共有し、データ活用を評価する仕組みを導入していきましょう。
これらの課題に適切に対処することで、ブランディングにおいても科学的アプローチを効果的に取り入れ、その利点を最大限に活用することができます。重要なのは、段階的なアプローチを取り、継続的な改善と学習を行うことです。
ビジネスにおける科学的アプローチの実施
ブランディングに限らず、部門の垣根を越えて科学的アプローチを取り入れることは有効です。ただし、いくつか気を付けるべきポイントがありますので、ここではそのポイントについて説明します。
部門間の連携と協力
科学的アプローチを成功させるためには、マーケティング、分析、プロダクト開発などの部門間での協力が欠かせません。これらの部門が互いに情報を共有し、一致団結して取り組むことで、全体的な成果を最大化することができます。
例えば、マーケティングチームは得られた調査データを分析チームと協力して分析し、プロダクト開発チームにも共有することで、消費者ニーズに合わせた最適な商品やサービスを開発することが可能となります。
データ収集と分析スキル
データ収集と分析スキルへの投資も重要です。質の高いデータを収集し、それらを適切に分析するためにツールを導入したり、スキルを磨いたりすることで、より正確な意思決定が可能となります。
例えば、調査会社から消費者パネルデータを収集し、社内あるいは社外の最適な分析チームがそのデータを解析することで、ターゲットのニーズや行動パターンを正しく理解することができます。また、先進的な分析手法やツールなどを使用することで、複雑なデータから有用な示唆を導き出し、戦略に反映させることも可能です。
実験と学習の文化
実験と継続的な学習の文化を育てることも大切です。新しいアイデアや戦略を試すための実験を促進し、その結果から学ぶことで、成果を継続的に向上させることができます。
例えば、異なるマーケティングメッセージやクリエイティブをテストし、その効果を比較することで、最も効果的なアプローチを見つけることができます。また、失敗を恐れずにチャレンジする文化を持つことで、イノベーションを促進し、競争力を高めることができます。
おわりに
ブランドは、消費者が商品やサービスを選ぶ際の主要な決定要因であり、ブランディングは企業の成功にとって重要な要素です。そして、その成功はデータを活用した科学的アプローチによって大きく左右されます。科学的アプローチを採用することで、現代の競争の激しい市場においてもブランドの差別化と競争優位性を確立することができ、ブランドの力を最大限に引き出すことができます。
サイカは、マーケティングにおけるデータサイエンス領域で10年以上サービスを提供しており、国内エンタープライズ企業を中心に250社以上の支援実績があります。多岐にわたる業界の豊富で深い専門知識を持つアナリストとコンサルタントが、データサイエンスを用いて、クライアント様がより良い意思決定を行えるよう支援いたします。サイカは、これからもデータと科学を通じて、ブランディングの強化と進化を追求していきます。
ブランディングにおけるデータ活用や科学的アプローチの実践、MMMやCMMについてご興味がありましたらぜひお問い合わせください。