ブランディングを科学する――ブランド・エクイティを高め、事業成果につなげるには?

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イノベーションデータサイエンス

広告主、メディア、広告会社、クリエイティブ、アカデミア。それぞれ異なる専門性を持つプロフェッショナル同士の交流と議論を生み出し、分断のない全体最適なマーケティングの実現を目指すBORDERLESS MARKETING COMMUNITY(BMC)。会員限定の無料イベントが2024年4月5日(金)に東京会場にて開催された。

イベントは、各領域の有識者が登壇する「セミナー」と、登壇者と参加者双方向のコミュニケーションを通じて実践的な知見を創出する「ラボ」の二部構成で行われた。本記事では、セミナーの内容の一部をレポートする。

左から、羽田氏・星野氏・平尾氏・高木氏

【登壇者】

星野 崇宏(ほしの たかひろ)氏
慶應義塾大学 経済学部 教授 慶應義塾大学 経済研究所 所長 

高木 基伸(たかき もとのぶ)氏
株式会社サイカ 事業本部/Analysis部 副部長 事業本部/Analysis部/研究課 課長

羽田 哲也(はだ てつや)氏
株式会社サイカ 開発本部 Research部

【モデレーター】

平尾 喜昭氏
株式会社サイカ 代表取締役社長CEO

ブランド・エクイティ研究の最先端 ~データサイエンスで紐解くブランディングの成功プロセス~

ブランド・エクイティ(ブランドが持つ資産価値)を定量的に把握する企業も増える中、ブランディングと事業成果の因果関係や、ブランディングの効果を高める条件がわからないとお悩みの方も多いのではないだろうか。

本イベントでは、慶應義塾大学 経済学部 教授の星野氏をゲストとしてお招きし、アカデミックな観点とビジネス現場の観点での意見を行き交わせながら、実践で活用できる「ブランディングの成功プロセス」を紹介した。

ブランド価値を高めることはROA向上につながる

セミナーは最初に星野氏による「ブランド・エクイティ研究の最先端」の解説から始まった。星野氏は統計学・行動経済学・マーケティングの専門家で、国内トップレベルのデータサイエンティストとしても知られている。ビジネスに活かせるブランド・エクイティ研究を行っているほか、国内大手企業での企業顧問や共同研究も数多く実施している。

そもそもブランド・エクイティはどのようにして測ることができるのか。星野氏はさまざまな方法があるとしながらも、主流の測定方法として「顧客(消費者)ベース」、つまり消費者への調査から測定する方法を取りあげた。この方法の利点としては「『ブランド知名』『ブランド連想』などといった要素に分解が可能」「個別要素とマーケティング活動の関係の理解が可能」などが挙げられる。マーケティングの測定手法としてもふさわしいといえるだろう。

続いて、本題であるブランド・エクイティが事業成果につながっているかを解説。結論からいうと、財務的な意味でブランドへの投資は非常に重要だという。裏付けとして、Hasanら(2022年)によって行われた、ブランドによる株価急落抑止を示す最近の研究例の結果が挙げられた。ブランド評価が高い企業の場合は、株価に影響が出そうな問題が起こった場合でも、株価の急落を抑えることができるという研究結果だ。

また、Mizik and Jacobson(2008年)やMizik(2014年)らによるモデルを用いると、長期効果も含めたブランド価値のROA(総資産利益率)に対する効果を説明することができるという。この研究結果によると、短期効果(当期)よりも長期効果(将来実現)のほうが、影響が大きいことがわかっている。

この種の研究は日本国内でも行われており、ブランド価値がROAとSGR(サスティナブル成長率)に影響を与えること、しかし逆の関係は成り立たない(弱い)ことがわかっているという。つまり、「財務的成果がブランド価値を高める」のではなく「ブランド価値を高めることが財務的成果につながる」ということが示されているのだ。

「企業ブランドイメージと広告費、財務指標の関連性に関する実証分析(日経広告研究所報)」より。加藤・星野(2017年、データを入れ替えて2024年にも発表予定)。

ブランド価値⇒ROA」「ブランド価値⇒SGR」の関係はあるが逆の関係はない

ブランド戦略をマーケティングの一環としてとらえている人もいるだろう。星野氏はブランド戦略に対する理解をあらためて解説。現代は「企業(コーポレート)ブランドは、マーケティング施策の“調整変数”として重要である」とした。調整変数とは一体何を意味しているのか。例として挙げられるのが、値上げしてもブランドが強ければ売上数量は減りにくいという研究結果だ。

ブランドが強ければ値上げをしても売上数量が減りにくい

ブランドへの投資は“長期効果”を考えるとかなり有望だと結論付けられた。

ブランド・エクイティを高めるにはどうすれば良いのか?

続いて、サイカの高木氏が登壇。ブランディングの事業成果への貢献を、データサイエンスを活用して解明することに挑んでいるサイカが、これまでの分析実績から見出した「ブランディングの成功プロセス」を紹介した。

高木氏はまずあらためてブランドの定義を確認。ブランドとは「商品・サービス・広告・店舗・評判などと接触した結果、消費者の頭の中で連想される独自の価値」であり、次の消費行動につながっていくなど、その知識は蓄えられていくものだと説明した。

そのうえで考えられるブランド・エクイティとは、本来は目で見ることができない「ブランド(頭の中で連想される価値)」を企業の資産として可視化するものである。さらに細かく見るとブランド・エクイティには「製品に上乗せされたもの」と「製品の価値を含めた全体的なもの」という二通りの捉え方があり、今回は前者を前提に語られた。

ブランド・エクイティの二通りの捉え方

MMM(マーケティング・ミックス・モデリング)を活用して各施策の成果に対する貢献度を測る際、施策や外部要因で説明できなかったベースライン(不明分)というものが必ず残る。サイカは、このベースラインの中に「ブランドに影響を受けた購買影響」が含まれているのではないかと考えている。その正体を明らかにするには「数年前の広告が、現在の成果にどの程度効いているか」を測ることが必要であり、そうすることでブランド・エクイティ効果を可視化できるのではないかと考えたのだ。

これまでの分析実績から次のことが見えてきたという。

まず、商材によってブランド・エクイティの高低差があること。中でもブランド・エクイティ効果が高い商材は、テレビCMの場合、長期にわたる効果は短期よりも約2倍大きいことがわかったという。また、ブランド・エクイティと広告出稿量は連動しない、つまり広告を多く出稿したからといってブランド・エクイティが高まるとは限らないことも明らかになった。

ブランド・エクイティの高低差のポイントはあくまで商材であり、業界ではないこと。同じ業界だとしても、商材によってブランド・エクイティの高低は異なるそうだ。これには、商材の特性だけでなくプロモーション方法の違いも大きく影響しているようだ。

そして、「ブランド蓄積効果が高くなる特徴」として、「クリエイティブのトンマナ・世界観に一貫性がある」「広告を継続して出稿している(出稿量ではなく継続して出稿していること)」の2つを満たしている商材が、ブランド・エクイティが高くなる傾向があるということを示した。

これに関して星野氏も、広告の継続出稿は、人間の記憶の仕組みから考えても意味があることだと同意した。例えば、単純接触を繰り返すことで広告効果は増大すること(Zajonc 1968)や、人間の忘れるスピードは記憶量に応じて減速すること(エビングハウスの実験より)がわかっているという。

また、星野氏は効果的な記憶の蓄積方法として、脳のしくみと関連付けて説明。短期記憶をつかさどる海馬と長期記憶をつかさどる大脳皮質の間には、情動や感情を処理する扁桃核がある。情報が繰り返されることで記憶が定着する(海馬から大脳皮質への記憶に変わる)ことに加え、この脳のしくみを利用して感情とセットで記憶する(扁桃核への刺激を加える)ことで、記憶が定着しやすくなるそうだ。

脳のしくみ:海馬の先には感情を処理する扁桃核がある
引用文献:フロイド・E・ブルーム.新・脳の探検〈下〉脳から
「心」と「行動」を見る.講談社, 2004, p.153

「質」と「量」の両方を最適化し、PDCAを回し続ける

サイカはブランド戦略の精緻化に向けて、今回紹介したMMMなどのアプローチによる“量の可視化”に加えて、消費者の意識を捉えるアプローチなどの“質の可視化”も検討することを推奨している。質と量の両方を可視化そして最適化し、磨き込みサイクルを回していくことでビジネスの勝率を高めていけると考えている。

「質と量の最適化」によりビジネスの勝率を高める

クロージングとして、サイカ平尾氏は今回のセミナーのポイントをあらためて紹介。「ブランド価値は企業利益に影響している」「ブランディングは科学できる(正解はないためPDCAを回し続ける必要がある)」というファインディングスを踏まえ、企業として戦略的にブランディングを行っていくことの重要性を参加者に語った。

登壇者紹介

【登壇者】

星野 崇宏(ほしの たかひろ)氏
慶應義塾大学 経済学部 教授 慶應義塾大学 経済研究所 所長 

2004年3月、東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。博士(経済学)。シカゴ大学客員研究員、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院客員研究員などを歴任。ロンドンスクールオブエコノミクス客員教授。行動経済学会8代目会長・現常任理事。マーケティング・サイエンス学会理事。国内のAI研究の中心的な研究機関である理化学研究所AIPセンターにおいてAIの経済経営研究への応用を行うチームのチームリーダーを兼務。これまで、統計学・計量経済学・心理学の基礎研究と、マーケティング・脳科学・公衆衛生など、様々な分野への応用研究を実施。 最近では行動変容を促すための行動経済学とAIを融合した新たなアプローチへの挑戦を行っている。

高木 基伸(たかき もとのぶ)
株式会社サイカ 事業本部/Analysis部 副部長 事業本部/Analysis部/研究課 課長

東京大学大学院理学研究科物理学専攻修了。その後、研究員として基礎物理学実験分野の研究に従事。実験データなどの解析を通して、データ分析、統計学を学ぶ。マーケティング分野のデータ分析に興味を持ち、サイカへ参画。

羽田 哲也
株式会社サイカ 開発本部 Research部

大阪大学大学院システム創生専攻修了。新卒でリクルートに入社し、データサイエンティストとして、グループ全社を横断したカスタマー行動の分析などに従事。2022年にサイカにリードデータサイエンティストとして入社し、広告効果推定手法の研究開発や、様々なドメインにおけるデータ分析を行っている。

【モデレーター】

平尾 喜昭
株式会社サイカ 代表取締役社長CEO

2012年慶應義塾大学総合政策学部卒業。父親が勤める会社が倒産したことを原体験として、大学在学中に出会った統計分析から経営支援の可能性を見出し、2012年2月に株式会社サイカを創業。統計学と経済学をベースに、これまで数多くの大手クライアントでマーケティング精度向上のコンサルティングを行ってきた。その知見を基に、サイカの各種ツール開発におけるプロダクトオーナーを歴任。

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