良い発想のヒントは自然科学にある——NOSIGNER太刀川氏に聞く、ビジネスパーソンに求められる「発想力」の鍛え方

発想のヒント
インタビュースキルアップ発想

社会情勢の変化が大きいこの時代、ビジネスパーソンには固定観念にとらわれない発想をする力が求められています。

NOSIGNER(ノザイナー)代表の太刀川英輔さんは、プロダクト、グラフィック、建築・空間デザインなど、領域を越えたアイデアの発想を武器に、国内外で100以上のデザイン賞を受賞するデザインストラテジスト。

太刀川さんは数々のアイデアをどのように発想しているのか。そもそも良い発想とそうではないものの違いとは。ビジネスパーソンに求められる「発想力」の鍛え方を聞きます。

POINT

  • デザインとは、目に見えない「関係」を形にすること
  • 発想力を鍛えるために「好奇心のある素人」になる
  • 「解剖」「生態」「系統」「予測」の4軸での観察が、良い発想を生み出す
太刀川英輔(たちかわ・えいすけ)

https://nosigner.com/

デザイナー(プロダクトデザイナー・グラフィックデザイナー・建築家)
デザインストラテジスト
創造性教育者(進化思考の提唱者)
2児の父

NOSIGNER代表
JIDA (公益社団法人日本インダストリアルデザイン協会) 理事長
2025大阪関西万博日本館基本構想クリエイター
金沢美術工芸大学 客員教授
国立阿南工業高等専門学校 特命教授
キリロム工科大学 (カンボジア) 理事
株式会社まち未来製作所 CDO、取締役
ナオライ株式会社 CDO
株式会社47PLANNING 取締役
ZENLOOP株式会社 CDO、取締役

未来の希望につながるプロジェクトしかしないデザインストラテジスト。SDGs、再生可能エネルギー、地域活性などの数々のプロジェクトでデザインと総合的な戦略を描き、複数社のCDOとしてソーシャルスタートアップの経営を担う。
またデザイナーとして、インダストリアルデザイン、グラフィック、建築などで高い表現力を発揮する。これまでにグッドデザイン賞金賞、アジアデザイン賞大賞、ドイツデザイン賞金賞他、国内外を問わず100以上のデザイン賞を受賞。グッドデザイン賞、ACC賞、DFAA(Design for Asia Awards)、WAF(World Architecture Festival)等の審査委員を歴任。日本で最も歴史ある全国デザイン団体、JIDA(日本インダストリアルデザイン協会)の理事長を歴代最年少で務める。
産学官の様々なセクターの中に変革者を育むため、生物の進化という自然現象から創造性の本質を学ぶ「進化思考」という新たな教育法を提唱。この進化思考は生物学者・経済学者らが選ぶ日本を代表する学術賞「山本七平賞」を受賞し、ベネッセ主催の「高等教育の未来を考える」委員会にて座長を務めるなど、本質的な創造性教育への更新を目指している。
主なプロジェクトに、OLIVE東京防災PANDAID山本山横浜DeNAベイスターズYOXO、2025大阪・関西万博日本館基本構想など。著書に『進化思考』(海士の風、2021年)『デザインと革新』(パイ インターナショナル、2016年)がある。

目に見えない「関係性」をデザインする

── 太刀川さんがデザインする際に大切にしていることを教えてください。

僕はデザインを「目に見える形や表現をつくる営み」という側面だけではなく、形の背景にあるもの、つまり「形のない関係を、具体的な形をつかってつくる営み」だと捉えています。

そう考え始めたきっかけは、建築デザインを専攻していた学生時代にあります。雑誌で見てカッコいいと思った建築を見に行くと、愛されている感じがなくて、思っていたのと違うなと思ったことがあったんですね。逆に「いい建築だ」と感じるのは、例えば図書館なら「いい感じの本が見つかった」「入り口でやっていたイベントの空気感がよかった」「デートで行った時の体験がよかった」みたいな時だったりする。

デザインを始めた当時は、表現することやものを作ることがデザインだと思っていました。でもどうやら、図書館と訪問者のあいだにある「関わり」こそが図書館をいいものにするし、そのためにこそ形のデザインは使える。そう気付いたんです。

そうであれば、デザインすべきは「形」が促す「関係」です。良いデザインを作るために、目に見えない関係を追い続ける存在でいよう。そんな自戒も込めて、自分たちの活動体を「NOSIGNER(no ない、sign 形、-er 人)」と名付けました。

── 素晴らしいデザインを作るためには「関係」を掴む必要がある。これはビジネスの世界においても同じでしょうか

全く同じです。たとえば、マーケティングは企業と顧客の関係をつくっていますよね。企業ビジョンも、会社と従業員や社会を関係づけるもの。

「関係」は何かと何かの間に発生する「流れ」のようなものです。水を飲む時、水がコップから自分の方に流れてきますよね。デザインもマーケティングも共通するのは、それが広がる流れをつくる活動だということです。

あらゆるプロジェクトにおいて、モノや組織がどっちの方向に流れたいのかを想像する。それを組織や周りの人と共有できれば、あとはその流れに導かれるようにみんなでその方向を目指すことができます。経営者にとってもクリエイターにとっても、どんな奇抜な表現をするかよりも、どの方向に流れをつくっていきたいかを考え、そのための表現を定着させるほうが大切です。この定着には、実は形をデザインする高いスキルが必要です。関係性どおりに形を作るのは難しいですから。そして関係性どおりにできた形は、おそらく驚くほど美しいものになるはずです。

── 流れを作る際に意識すべきことはありますか

「自分たちの状況だからこそ生まれる流れ」を見定めることが大切です。

社会の「大きな流れ」ってあるじゃないですか。「社会は当然こういう方向にいくよね」というもの。ですが、それだけをもとにして企業のパーパスを決めると、誰でも言いそうなつまらないものが生まれてしまう。

それぞれの会社や人の周りには、全体の流れだけではなく、そこだから起こる「目の前の特殊な流れ」があります。それを利用すれば、「その会社が言うからこそ説得力がある」と感じてもらえるような、より本質的なことが伝えられるはずです。

自分たちの可能性を発揮するためにも、他の人にはできないことをやるためにも、すでにある方向性を最大限に生かしてスペシフィックに流れを絞っていく技術が必要だと思います。

山本山リブランディング。コンセプトは「江戸への原点回帰」

── 自分たちだからこその流れを作っていく。このことがわかる事例を教えていただけますか。

300年以上の歴史を持つお茶と海苔の老舗『山本山』のリブランディングプロジェクトを担当させていただきました。テレビCMなどによって海苔のイメージが強い山本山ですが、実は、煎茶を最初に発売した、日本最古の茶商であり、そのルーツは文化のイノベーションにあります。

しかし、主要販路であった百貨店の不況を受け、グローバル展開も含めた新しい市場開拓の必要性に迫られていました。そんな時にブランドの刷新のご依頼をいただいたんです。

このプロジェクトのコンセプトは、山本山だからこそ伝えられる、革新的な「江戸への原点回帰」でした。

初めに取り組んだのはブランドロゴの刷新です。山本家初代の山本嘉兵衛が開業した、山本嘉兵衛商店のお品書きに書かれていた「山本」の書体を元にして復活。また、同じくお品書きに使われていた「山嘉」の屋号紋を同時代にヨーロッパで使われていた書体で再現しました。

他にも、商品を入れる袋を暖簾の形にしたり、パッケージを江戸の巻物風にしたり、当時の雰囲気をデザインに反映しています。ヒット商品「のりの佃煮」のパッケージは江戸商人たちの遊び心を表現しようと、「のりの」の部分でへのへのもへじのような顔を描きました。

江戸期はトラディショナルでクラシックな時代だと思われがちですが、実はヒップで革新的な時代でもあります。お茶を飲みながら川柳・狂歌を楽しむ文化は、いまでいうサードウェーブコーヒーを飲みながらラップを楽しむようなものだったようです。現在の山本山を受け継ぐ経営者の皆さんも新しい取り組みにオープンな、イノベーションを大切にする方々です。

そうした脈々と流れる江戸時代の美意識や空気感、革新性や遊び心を再現しつつ、日本茶ブームが続く海外にも山本山のお茶が広がっていくことをイメージして、江戸への回帰をテーマにリブランディングをしました。

── 「江戸への原点回帰」のコンセプトを考えるにあたり、山本山をとりまくどんな「関係」に着目したのですか

山本山のみなさんの中に「原点を大切にする革新」という思いを感じていました。印象的だったのは、毎日行っている献茶(*1)の儀式。お茶を大切に思う気持ちは、数百年前から変わっていなかったのです。

また、現在の我々が望む社会と江戸時代の社会のあいだにも確かな重なりを感じていました。江戸時代の暮らしはまさに、世の中が目指す「サステナブルな社会」のひとつのモデルです。この関係に気付いたことで、段階的に添加物を減らしていく流れや方向性も、山本山のみなさんと共有することができました。

「目の前の流れ」と社会の「大きな流れ」。この2つを結びつけたときに「江戸への原点回帰」のコンセプトが生まれたんです。

(*1)崇敬の心をもって、神仏や御霊にお茶をお供えする儀式

関係を掴み流れを作る、「観察」の重要性

── この事例のように良いコンセプトを生み出すための具体的な方法はありますか

関係を掴み流れを作るためには、「観察」が必要です。

たとえば、僕が商品のパッケージやブランディングをする時は、まず徹底的に売り場を見ます。売り場でどんな繋がりや流れが起きているのかを観察するのです。どんな人が商品に興味を持ってくれているのか、商品を手に取った時にどこを見ているのか。競合他社も観察しながら、商品とお客さんの間に良い関係を築くにはどうしたらいいのかを考えています。

商品に関して詳しくない僕らが、「好奇心のある素人」としてものごとに向かい合う感覚を大事にしています。その姿勢で向き合った時に起きるさまざまな障害は、クライアント自身では気付きにくいものです。商品のことをまったく知らない人が、商品を発見したり購入したりするまでに感じた、流れを阻害する要因。その解決がブランディングのヒントになります。

── なにも知らないからこそフラットな目線で見ることができる、と。

そうです。また徹底的に商品を比較することも大切です。対象物と同じカテゴリーの商品を大量に比較することで、基準や市場感が分かるようになります。

僕は山本山の仕事を受けてから、100種類以上のお茶を飲み比べ、さまざまな種類の海苔を食べ比べました。

比較をしないと違いがわからないし、違いがわかったとしても表現できません。こっちはすべてのプロジェクトで大切にしています。その対象に対して、好奇心を持って探求するモードに入り、1〜2週間ほど徹底的に観察するというのが大切です。

また、ある領域に詳しくなっていくと、その知識が別の領域と繋がる時があります。

たとえば、山本山のプロジェクトを担当するなかで、江戸のサステナビリティについて学びました。今注目されている気候変動適応策の研究などでは「Eco-DRR(自然を使った防災)」といった考え方があるんですが、江戸時代にはそれらができているんです。現代の人が求めているサステナブルな社会のヒントが、江戸期の暮らしの中にあることがわかりました。

そうやって新しい繋がりや接点は見つかっていきます。僕が、江戸商人の暮らしぶりを別のアングルから捉えられるようになったように、これまで語られていないところに本質的ないい関係があるかもしれません。「橋がかかるべき場所を探し当てて、橋をかけよう」。いつもそんな気持ちで発想をしています。

良い発想のための観察手法は、たった4つに帰着する

── 比較することで差異を知る。意外なことに、特別な観察手法を用いているわけではないんですね。

おっしゃる通り、僕にしかできない観察手法があるわけではありません。

でも、繋がりを観察する方法ってわかりにくいんですよね。方法がたくさんあるように思えますし、マーケティングのフレームも新しいものが毎年のように提案されます。ですが、観察というものの起源を考えてみると、実は、普遍的で本質的な手法はいくつもないことがわかるんです。

── どういうことでしょうか?

ある時、何種類の観察があるのか数えてみたんですね。そうすると様々な領域で、似た観察の手法が別の名前で呼ばれていることがわかりました。たとえばマーケティングの行動経済学と動物行動学の観察手法は似ているし、リバースエンジニアリングとカエルの解剖は似ていますよね。もっと言えば、ビジネスで使われている大半の観察は、その起源が自然観察から来ています。

そもそも人間が観察できるものは空間と時間しかありません。つまり観察すべきなのは、対象の内部と外部、過去と未来の4つです。これを自然科学では、内部の構造を観察するなら「解剖学」、外部との関係性を観察するなら「生態学」、過去は「系統学」を使って分類し、未来はデータを活用した「予測」で観察します。

僕が書いた『進化思考』という本では、こうした4種類の観察を「時空観学習」というキーワードでまとめています。これらは自然科学の領域で、何百年にも渡り使われてきた観察の手法で、さまざまな領域の観察の源流はここにあると思っています。

▲ 時空観学習の4つの観点:ミクロ(解剖)からマクロ(生態)への「空間」、過去(系統)から未来(予測)への「時間」を分析する4つの軸(著書『進化思考』より)

── 山本山の事例でも「解剖」「生態」「系統」「予測」の4つの手法を使われたんですか

はい。あらゆるプロジェクトでこうした観察を行っているつもりです。

例えばお茶のパッケージになにが書いてあるのか、中身にどんな成分が入っているのか、もしくは社内にどんなカルチャーやコミュニケーションがあるのかを調べるのには「解剖」。会社と外部の人や企業や環境、お茶と既存のお客さんや将来のお客さんとの関係性を想像するのには「生態」。会社やお茶の歴史を紐解き、時代の変化や原因となった出来事を探る際には「系統」。市場やお茶産業の未来に見通しをつける際には「予測」を、人は無意識に考えていると思うんです。

山本山の例に限らず、良い発想をするためには4つの軸で抜け漏れなく観察することが大切です。

しかし、特に難しい観察もあります。生態と予測は難しいですね。

なぜなら、人は意識しなければ、内部を理解する「解剖」と、過去を知る「系統」に偏って観察をしてしまうからです。目の前のものは観察しやすく、過去については文献があれば調べることができますからね。

逆に、誰とどう繋がっているかという外部の「生態」は、深く追いかけないとわかりません。また未来の「予測」も、データをもとに確率として捉えることしかできない。だからこそ、見えにくい外側と未来をどう追いかけるかが、持続可能な発想の差として現れやすいのだと思います。

発想力を鍛える近道は「好奇心のある素人」になること

── 良い発想のための観察力を鍛えるためにはどうしたらいいでしょうか。

自分がその商品のユーザーになり、「好奇心のある素人」になるのはいいと思います。まだ経験していない自分がそれに関わり始めた瞬間こそ、関係の流れがいちばんよく見えて、学びが深いタイミングだからです。

そして、先ほどの4つの観察手法でいうと「解剖」から取り組んでみるのがいいと思います。

最初から全体を良くしようとするのではなく、部分に分けてそれぞれの質を追求していく。その思考法が仕事の発想にも役立つと思います。

また、解剖から始める利点は他にもあります。細部を比較していると、いつのまにかその歴史や市場の状況、これからの未来について興味を持てるようになります。解剖から始まった観察が、系統や生態や予測へと自然に繋がっていくんです。

── 解剖からはじまり、系統や生態、予測へと観察の範囲を広げていく。

良い発想のためにはリテラシーがあることも必要かもしれませんが、素人でも興味を持って向き合うことのほうがもっと大切だと思います。僕がやったお茶比べのように、頼まれてはいないけれど興味があれば勝手にやってしまう。能動的に楽しんでやれるかどうかで違いが出ます。


今後役に立つかもしれないし、役に立たないかもしれないけど、興味があるから、面白そうだからやる。ついやってしまう、という状況を作り出す。そんなスタンスが観察を進め、発想力を身につける近道だと思います。

▼ 太刀川さんの著書『進化思考』。発想力を鍛える方法をより深く理解できます。

[インタビュー・文] 佐藤史紹 
[写真]小池大介
[企画・編集] 川畑夕子(XICA)

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