インフレ時代を勝ち抜く「お~いお茶」の進化 ―― AI×データサイエンスで挑む「意思決定」の資産化【マーケティングアジェンダ2026 イベントレポート】
原材料高騰や、世界的な高品質茶葉の争奪に起因する「日本茶クライシス」という逆風に直面している伊藤園。この局面を打開するため、売上No.1ブランド「お~いお茶」は、守りから「攻め」のデータドリブン戦略へ舵を切っている。
2026年6月3日、沖縄で開催された日本最高峰のマーケティングカンファレンス『マーケティングアジェンダ2026』にて、株式会社伊藤園 執行役員 マーケティング本部長 志田 光正氏と、サイカ 代表取締役社長CEO 平尾 喜昭が登壇。今回のイベントテーマとなる「マーケター進化論」に因んで、AI時代に求められる「意思決定の進化」の裏側を公開。AIとデータサイエンスを用いていかにして意思決定を変革し、ブランドをさらなる進化へと導いているのか、その実践プロセスの全貌を明かした。
このレポートでは、当日のセッションの内容を紹介する。
※肩書は開催時点のものです


目次
AI時代に求められる「マーケターの進化」とは?
セッションの冒頭で、平尾は「AI活用が一般化する時代、勝敗を分かつのは、AIを活用する人・組織の“決断の精度とスピード”、つまり、“意思決定の進化”である」と述べた。多くの組織でデータやAIの活用が進む一方、本質的な意思決定の変革がないために、以下のような課題がより浮き彫りになっているのが現状だという。
意思決定における課題
- 判断根拠が曖昧:AIから示唆を得られたとしても解釈が個々人に委ねられており、最後は「KKD(経験・勘・度胸)」での判断に頼ってしまう
- 考え方や視点が揃わない:論点が不明確なまま、打ち手が先行してしまい、最後は「鶴の一声」を待つ状態に陥る
- 組織知が蓄積されない:「なぜ、その判断をしたのか」という経緯が残らず、ノウハウや経験が個々人に閉じてしまう
このように、意思決定のプロセス自体が進化しなければ、どれほどデータやAIに投資をしても成果は頭打ちになってしまう。
この課題を解決すべく、サイカが新たに実装を進めているのが、分析・意思決定・実行・学習を一気通貫で回し、意思決定プロセスを仕組み化する独自のAI基盤「XICA*AIP(AI Platform)」である。XICA*AIPは、データをビジネスのレバーへと転換し、組織を“勝ち続ける構造”へ昇華させるために「3つの提供価値群」と連動している。単なるデータを根拠に基づいた核心ある情報に変革する「CORE 01:データの意味化(Decision Insight)」、組織独自のコンテキスト(文脈)を理解して分散した思考と論点を揃える「CORE 02:意思決定の高度化(Decision Refinement)」、そして意思決定とその結果を蓄積して組織が学習し続けるループをつくる「CORE 03:組織知の資産化(Decision Intelligence)」の3つだ。
次章では、一領域の効率化に閉じず、経営・事業全体の“決断の精度とスピード”を最大化させるこれらコアの詳細を、伊藤園との取り組みを交えて紹介する。

直面する「日本茶クライシス」と伊藤園のこだわり
伊藤園の志田氏は、これまでのデフレマーケットとは一変した現在の市場環境について、次のように危機感をあらわにした。
「昨今、メディアでも大きく報道されるように、この2年間で茶葉の価格は数倍にまで跳ね上がっています。さらに、世界的な抹茶・日本茶ブームを背景に、国内の良質な茶葉が海外資本に買い付けられ、代わりに海外産の安価な代替品が流入して国内市場が占拠される、いわば“文化の喪失”といっても過言ではない『日本茶クライシス』という深刻な事態に直面しているのです(志田氏)」
こうした逆風下において、原価抑制を目的とした海外産茶葉(エキス末)の使用に着手する競合他社もいる中、伊藤園はブランドの誇りである「純国産茶葉100%」を貫き、品質による圧倒的差別化を推進する方針を掲げた。しかし、そのこだわりを貫くためには、いくつかの組織課題を解消する必要があったという。
品質担保によるコスト高騰を、単に価格へ転嫁するだけでは消費者に受け入れられない。だからこそ、マーケティングのブラックボックスを排除して、組織の“手触り感”を高めること、消費者が「選ぶ」本質的理由(価格以外のドライバー)を科学的に解明すること、そして不確実な市場変化に柔軟に対応できる戦略を策定することが急務となっていたのである。
CORE 01:データの意味化|ロイヤル化ドライバーの解明
まず実施したのが、「CMM(Consumer Mix Modeling)」による、「お〜いお茶」緑茶PETの顧客ロイヤル化におけるキードライバー解明である。
CMMにおいて活用されたデータは、消費者へのアンケート調査だ。「お〜いお茶」緑茶PETにおけるミドルユーザーとヘビーユーザーそれぞれの属性や、周囲の推奨状況、機能価値・情緒価値のイメージなどを細かく聴取していく。一般的なアンケート調査においては、「回答の平均点が高い項目(=現状のスコアが良い項目)」を並べ、それを強化すべきだという凡庸な結論に至りがちであった。しかしCMMでは、統計モデルや機械学習を掛け合わせた独自の高度なアプローチを適用することで、単に「どの要素が高いか」ではなく、「どの要素のスコアを上げると、ミドルユーザーからヘビーユーザーへスイッチするのか」という、顧客行動を変容させる真のキードライバーやその確率(スイッチ率)を解明する。
こうして実施された徹底的なメカニズム解明の結果は、これまでの王道の固定観念を覆すものだった。
「味」は、ロイヤル化のキードライバーではなかった
- 判明した真実:ミドルユーザーをヘビーユーザーへと引き上げる要素として、社内仮説で挙げられていたのは、ブランドの命とも言える「味がおいしい/食事との相性」であった。しかし分析の結果、「味」はロイヤル化の直接的なドライバーにはなっておらず、真に顧客をロイヤル化させていたのは「他商品購入(商品バリエーションの豊富さ)」であった。「他商品購入」はアンケートの平均点が低いため、従来の手法では見落とされたであろうものがキードライバーであることが判明した
- ヘビー化のキャズム:購入商品数が「4本」を超えたあたりからヘビーユーザーの割合が上がり始め、「5本」に達すると7割を超えるという相関関係を可視化した
- 有効な買い回りステップ:まずは「お〜いお茶」緑茶PETから始まり、「濃い茶」や「ほうじ茶」、「玄米茶」といったシリーズ商品を購入し、そこから「5本」目にあたる「トライアル(リーフ・抹茶商品や、2025年発売のPURE GREENなど)」へいかに橋渡しするかが、ロイヤル化の鍵であることが判明した

さらに、顧客がそのブランドを最初に思い出す「第一想起」を押し上げる要素は「売上No.1(という特徴理解)」であることも特定。これと相関が高い、「緑茶の先駆者」「世界中で飲まれている」といったイメージを併せて一貫して訴求することが、納得感あるロイヤル化構造を築くために有効であるという仮説(構造)を導き出したのだ。

志田氏は、この分析がもたらしたインパクトを次のように振り返る。
「この分析結果は、メーカーとしての“思い込み”を鮮やかに覆すものでした。どうしても『うちの商品は良い』『美味しいから売れる』と考えがちです。しかしお客さまからすれば、おいしいのはもはや当たり前のこと。買って試してもらう商品数が増えることこそが、結果としてロイヤル化に繋がる。我々が本当にすべきことは、単に緑茶を売ることではなく、お茶の多様なバリエーションを通じて『お客さまの生活をもっと豊かにする』ことなのだと、この取り組みを通じて改めて気づかされました(志田氏)」

CORE 02:意思決定の高度化|AIによるシナリオ分析と対策
続いて焦点が当てられたのは、激変する市場環境への対応だ。不確実性が増している市場においても、その変化に応じた意思決定・アクションをタイムリーに行うため、AIを活用して起こり得るシナリオの網羅的な可視化を試みた。
AIによって導き出されたのは、実に191通りに及ぶ戦略シミュレーションである。CORE 01で構造化されたメカニズムも踏まえながら、付加価値が受容されるポジティブシナリオから、安さへの回帰による離反やプライベートブランド移行といったネガティブシナリオ、マイボトル普及などに伴うカテゴリ縮小シナリオまでを網羅。事前にリスクや機会、推奨アクションを想定しておくことで、不確実な状況下においても判断スピードを最大化できる体制を構築した。

このシミュレーションにおいて、最大公約数的な課題として浮き彫りになったのは、これまで訴求してきた「純国産茶葉100%」という機能的な価値訴求や、「国産だから良い」という保守的な文脈の限界だ。
そこで伊藤園は、既存の訴求を戦略的に昇華させ、新たなブランドストーリーを構築する意思決定を行った。具体的には、単なる品質アピールを超え、“緑茶の先駆者”として生産者とともに持続可能な「茶産地の再生」を目指す社会的貢献のナラティブ。さらに、世界中で飲まれているという強みを掛け合わせ、日本茶を国際的な嗜みへと高める独自の「シャンパーニュ構想」を掲げ、次世代グローバルブランド化を推進する「産地ブランディング」の構築に舵を切ったのである。
このデータサイエンスとAIとの徹底的な壁打ちを経て紡がれた新戦略こそが、2026年5月の記者発表へとつながっていく。「純国産茶葉100%」だけを謳うのではなく、生産者と実質的な産地づくりを行う「新茶産地育成事業」の強化や、日本茶の国際的価値向上を目指す「ナショナルGI(地理的表示)* 日本茶構想」が発表された。
サイカとこの取り組みを進める中で、ある決定的な結論にたどり着いたと志田氏は語る。
「色々なシナリオを検証していく中、単に自社ブランドが生き残るだけの戦略では、最終的には生き残り続けることができないという結論に至りました。我々が向かうべきは、『お茶というカテゴリー全体を成長させる』こと。海外の安価な原料を使えば原価高は解消できますが、そうではありません。我々は国産のお茶を支え、共に茶産業を発展させ、カテゴリーの価値を高めていくという宣言をしたのです。これらもすべて、サイカさんと徹底的に壁打ちを重ね、迷いながらも最後に全員が腹落ちしたからこそです。データサイエンスとAIを活用したからこそ、従来のメーカーの枠組みを超えた一手を打つことができたと確信しています(志田氏)」
この発表は反響を呼び、2日間で200社を超えるメディアが殺到。既存の常識に囚われない、極めて異例で社会的インパクトの大きい取り組みとして大成功を収めた。
*地域で育まれた伝統を有し、その高い品質などが生産地と結びついている農林水産物や食品の名称を知的財産として保護する制度

CORE 03:組織知の資産化|意思決定マネジメントによる今後の進化
コアの3つ目である「組織知の資産化」について、平尾は実装デモを披露した。
実際の挙動として、例えば「この商品の売上が下がっているのはなぜ」という問いに対し、AIはその背景にあるコンテキスト(文脈)を正しく理解しているため、即座に関連する要因を探索する。そして「第一想起の低下」といった真因を見つけ出し、さらにどの施策がその数値を引き下げているのかを芋づる式に可視化していく。実際にAIと対話や壁打ちを繰り返しながら、課題の深掘りや施策の優先順位付けを進め、アイディエーションのフェーズへと滑らかに移行できる仕組みだ。
深掘りが進み、「クリエイティブの資産価値が落ちている」といった具体的な課題が特定されると、AIはターゲットに合わせた最適なクリエイティブの改善案を提示する。現場は単なる思いつきではない、データと根拠に基づいた高度なアイデアを、プラットフォームを通じてそのままマネージャーへと上申(承認申請)することも可能だ。こうした意思決定のログや、現在実行されている施策がもたらした売上貢献などの成果は、すべてプラットフォーム上にデータとして組織にストックされていく。
平尾は、「この蓄積された組織知(CORE 03)が、再び次の分析(CORE 01)や議論の高度化(CORE 02)へとまた還元される。このスパイラルを回し高め続けることこそが、“勝ち続ける”ために不可欠である」とその意義を強調した。

さらに、3つのコアの中でも競合他社との「差別化」に最も有効なのは、データを独自の意味に変える「CORE 01」と、自分たちだけの意思決定とその結果を蓄積する「CORE 03」であると平尾は言及した。特に、CORE 03は先行者利益が非常に大きいため、一日でも早く取り組んだ方が圧倒的な優位性を築けると主張した。

最後に舵を取るのは、AIではなく「人」
セッションの締めくくりとして、平尾はデータサイエンスとAIに向き合うサイカの明確なスタンスを力強く宣言した。
「AIが勝利を導くことは100%ない。本当に待っている未来は、AIによる勝利ではなく、AIを駆使した『人による勝利』です。AIに意思決定を委ねるのではなく、AIを駆使しながら自らの意志で決断していく。この『意思決定の進化』を組織に実装するために、私たちはこれまで磨き上げてきた分析の力をその先へ接続し、自らを『AI Decision Engine』として再定義する一歩を踏み出しました。マーケターや経営層が確信を持って次の一手を打つための、意思決定基盤を提供していきます(平尾)」
志田氏も、データサイエンスとAIがもたらす世界観へ期待を示した。
「サイカさんと取り組んで非常に良かったのは、全ての取り組みにおいて、その経験を蓄積しながら様々なストーリーの整理や壁打ちができた点です。何より、誰がどう決めるかという意思決定プロセスにおいて、メンバー全員が深く腹落ちした状態で進めることができました。さらに、我々には191通りのシナリオと対策が備わっているため、市場環境が想定と違ったとしても、怖がらずにすぐ次の対策を考えて実行に移せます。この取り組みによって、ブランドや事業を改善していくスピードはさらに上がってくるでしょう。今後もこの素晴らしい仕組みと共に、日本の茶産業を、そして市場を盛り上げていきたいと考えています(志田氏)」
AIが自動で答えを出す未来ではなく、AIとの徹底的な壁打ちを通じて、人間が確信を持って次の一歩を踏み出す未来を作る。データサイエンスとAIが真にアップデートするのは、業務の効率ではなく、不確実な時代を恐れずに突き進む組織の「意思決定」そのものである。



































