企業間の垣根を超えた“超党派”で、激変する時代のマーケティングに向き合おう
広告主、メディア、広告会社、クリエイティブ、アカデミア。それぞれ異なる専門性を持つプロフェッショナル同士の交流と議論を生み出し、分断のない全体最適なマーケティングの実現を目指すBORDERLESS MARKETING COMMUNITY(BMC)。そのコミュニティの会員が一堂に会する定期イベントの第3回が2022年7月27日(水)にオンラインで開催された。
イベントは、各領域の有識者が登壇する「セミナー」と、登壇者と参加者双方向のコミュニケーションを通じてテーマに関する実践的な知見を創出する「ラボ」の二部構成で行われた。本記事では、セミナーの内容の一部をレポートする。
【登壇者】
元博報堂・博報堂DYメディアパートナーズ 常務執行役員
C Channel株式会社 社外取締役/データビズラボ株式会社 社外取締役
三神正樹(みかみ・まさき)氏
1982年博報堂入社。IT部門、事業・プロモーション領域の部署を経て、96年に日本の広告会社としては初のインターネット専任組織「博報堂電脳体」の設立に関わる。以降、統合マーケティングやデータドリブンマーケティングなどを実践し、デジタル分野をけん引。マーケティング効果における顧客企業への説明責任、広告コミュニケーションの最適化などに取り組む。2010年博報堂執行役員。11年博報堂DYメディアパートナーズのi-メディア領域担当の執行役員(兼務)。13年「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル」でメディアライオンの審査員を務める。2016年4月博報堂常務執行役員、博報堂DYメディアパートナーズ常務執行役員。16年「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル」でイノベーション部門の審査員を務める。21年6月博報堂DYメディアパートナーズ退任。21年7月~22年6月デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム株式会社常勤監査役。
株式会社イグナイト 代表取締役 Executive Producer
笠松良彦(かさまつ・よしひこ)氏
NEC、博報堂、電通を経てignite起業。コミュニケーション戦略統合プロデューサー。クリエーティブやプロモーションとのシナジーを考慮した統合プランニングやAORコンサルティング実績も多数。また事業経験として、電通とリクルートのジョイントベンチャーである(株)Media Shakersで5年間代表取締役社長としてR25事業を推進。コミュニケーションプロデュースだけでなく、事業視点でのインナーコミュニケーション開発も得意。 著書に「これからの広告人へ」(アスキー新書)など。2016年~ Advertising Week Asia の Executive Director(事務局長)に就任。
カゼプロ株式会社 代表取締役 クリエイティブプロデューサー
戸練直木(とねり・なおき)氏
1964年 2月6日 生まれ。1986年第一企画(現アサツーディ・ケイ)入社。大阪支社営業部に配属。1993年、東京本社転勤。2004年 10月に株式会社アサツーディ・ケイ退社。 同年11月、リアルタイムクリエイティブエージェンシー 風とバラッドの設立に参加。 2006年12月 広告営業とグラフィックデザイナーが融合した新会社「kazepro」を設立。2011年3月「カゼプロ株式会社」へ。 著書に『50のキーワードで知る 勝てる広告営業』(誠文堂新光社)など。「広告営業力養成講座」「提案営業力養成講座」(宣伝会議)などセミナー登壇多数。
※聞き手:
サイカ 代表取締役CEO
平尾喜昭氏
※当日の内容を一部抜粋して記載します
目次
「専門性の分断」「情報の分断」により、広告会社の存在価値が問われている
定期イベント第3回のセミナーには、「広告会社」の立場で長年にわたりマーケティング業界で活躍している3名が登壇した。
三神正樹氏は、1982年に博報堂に入社。1996年に日本の広告会社としては初のインターネット専任組織「博報堂電脳体」の設立に関わり、以降は約30年間にわたって一貫してインターネットビジネス、デジタルマーケティング、データドリブンマーケティングなどデジタル分野を牽引してきた。
笠松良彦氏は、博報堂・電通を経て2010年に統合コミュニケーションのプロデューサー集団・イグナイトを設立。デジタル、クリエイティブ、PR、プロモーションなどそれぞれ得意分野を持つ広告会社・広告関連会社を束ねてベストチームを組成し、クライアントである広告主企業の課題解決にあたっている。
戸練直木氏は、1986年にADKの前身である第一企画に入社し、一貫して広告営業を担当。2004年にADKを退職、クリエイティブエージェンシー「風とバラッド」の設立に参加したのち、2011年にはカゼプロを設立した。広告営業(プロデューサー)とデザイナーで構成される同社だが、近年はプロモーションやメディアバイイングなどクリエイティブ以外の領域も担う。
セミナーテーマは「マーケティングを成功に導くための広告会社との理想的なパートナーシップの築き方」。まずは、広告主と広告会社が良好なパートナーシップを築く上での障壁となっている問題、「専門性の分断」「情報の分断」という2つの分断について、3名それぞれの実感が語られた。
「さまざまな専門性を取りまとめて一つのプロジェクトを推進していく役割を担うことに、課題を感じている広告営業パーソンも多いようだ」と話したのは、30年以上のキャリアの中で自身も一貫して営業(プロデューサー)を担ってきた戸練氏だ。
クリエイティブ、マーケティング、PR、デジタルなど、各領域が専門性を高め続け、BMC(BORDERLESS MARKETING COMMUNITY)の課題感でもある「領域間の分断」が進んでいる昨今。その専門性を束ねながら統合コミュニケーションを形にしていくことが、総合広告会社、中でも営業パーソンの重要な役割の一つととらえられている。しかし、そうしたプロデューサー的な立ち回りができる人材は、実はそう多くないのが実情だ。
「マーケターやストラテジックプランナーの専門性が急速に高まっていて、『実は、会議に出ていても、彼らが何を言っているのかよくわからない』と、広告会社のベテラン営業パーソンが本音を漏らすのをよく耳にします。専門性が高まっていることに加え、昨今はリモートワークが進んでおり、わからないことをその場で尋ねてリカバリーすることも難しい。営業パーソンにとっては、なかなか厳しい環境なのは事実です」(戸練氏)
専門性が研ぎ澄まされ、施策が高度化・複雑化している現代の広告・マーケティング業界。その中にあって、広告会社の営業パーソンは、取りまとめ役を担うことを諦めてはいけないと戸練氏は強調する。
「データ・デジタルの進化によって登場した、新しい考え方や手法、ツールやメディアについて自ら勉強し、“広く・やや深く”理解した上で取りまとめ役を担うことが、広告会社や広告営業パーソンに求められている。自戒の念も込めて、そう思いますね」(戸練氏)
三神氏はこれに同調しつつ、「専門性の分断」はデジタル時代以前から広告・マーケティング業界における根強い問題であり続けてきたと振り返る。
クリエイティブに強い、プロモーションに強い、PRに強い、リサーチに強いといった専門性自体はデジタル時代以前から存在しており、これらをどう取りまとめて一つのコミュニケーションに昇華していくかが、総合広告会社の課題であり使命でもあった。難しいながらも、広告会社がその機能を一定レベル担うことができていたのがデジタル以前。それが、領域の細分化・高度化がますます加速し、広告会社の対応が追い付かなくなっているのがデジタル時代以降の状況だ。
「しかも、『あれば尚可』という周辺領域ではなく、マーケティングやコミュニケーションの根幹を成す領域にも細分化・高度化の流れが及んでいるのが、ここ20年ほどの状況です。象徴的なのが『データ』。この領域が急速に細分化・高度化しながら、マーケティングやコミュニケーションの本質に入り込んできていることが、広告会社が取りまとめ役を担うのを難しくし、専門性の分断を進めている要因の一つだと思います」(三神氏)
デジタル時代以前のマーケティングにおける「データ」と言えば、マーケティングリサーチによって得られるデータを指すことが多かった。しかしデジタル時代の今は、インターネット上の行動履歴やECでの購買履歴といったアクチュアルデータをリアルタイムで取得することができる。クリエイティブ、プロモーション、PRといった統合コミュニケーションを構成するあらゆる要素を、そのデータを踏まえて組み立てる必要があり、取りまとめの難易度が格段に上がっている。
このデータに関わるところで、マーケティング業界に存在するもう一つの大きな分断として、三神氏が問題意識を持っているのが「情報の分断」だ。
デジタル時代のマーケティングやコミュニケーションにおいて、データはもはや欠かせない要素だが、同時に企業にとってこれ以上ないほど重要な資産、競争優位性を生む経営資源でもある。
「成果を出すためには、広告・マーケティングのパートナーにもそうしたデータを共有するのが望ましいと言えます。しかし現状、広告主企業がそうしたデータを積極的に開示しているかというと、そうとは言えません。広告主企業も広告会社も、データをどこまで共有し、どこまで踏み込みながらプロジェクトを進めるのが適切なのか、揺れ動き、悩んでいるところだと思います」(三神氏)
今こそ分断を超え、真のパートナーシップを結ぶとき
「専門性の分断」を超えて、統合コミュニケーションに取り組む体制を確立しているのが、笠松氏率いるイグナイトだ。
「個性の強い11人のプロフェッショナルが集結し、ともに大きな目的を果たして、得られた成果を分配して解散する。イグナイトは、そんな映画『オーシャンズ11』のスタイルに憧れてつくった会社です」と笠松氏。
同じ会社だからというだけの理由で、プロジェクトに最適ではない社内スタッフをアサインすること。自社の利益を追求するために、自社のケイパビリティの範囲内でプロジェクトを完結させようとすること。それは本質的ではないし、健全でもない。課題解決のために最適なチームで臨んだほうが、より大きな成果につながるはず。これが、イグナイト立ち上げの背景となった笠松氏の考えである。
エージェンシーに対して徹底的にニュートラルな立場をとり、クライアントの課題ありきで、クリエイティブはこの人、PRはこの人、メディアプランニングはこの人と、イグナイトのプロデューサーがベストチームを組成する。設立当初から現在に至るまで12年間にわたり、このやり方を貫いてきた。
「一つの企業やグループに一括で依頼し、効率を追求すべきケースもありますが、基本的にはオープンでニュートラルなチームづくりをするほうが、効果にはつながりやすい。“傷の舐め合い”や“お情け”の意味で、自社や自社グループで案件を囲い込もうとする意識が広告会社にあるとすれば、改めるべきだと思います」(笠松氏)と警鐘を鳴らした。
戸練氏もこれに同調した。カゼプロも、クライアントの与件を踏まえ、どんなクリエイターと組むのがベストかを都度考えてチームを編成している。
そんな戸練氏は、「広告主と広告会社の関係を、根本的に見直すべき時期にきているのではないか」と問題提起した。
コンペで複数社の企画アイデアを並べて比較し、良い提案をした広告会社を選ぶ。そして次の年も、またその次の年も、同じことを繰り返す。そのように広告会社同士の瞬間風速的な競争を経て生まれる、いわば“一期一会”の関係の中で成果を上げられる時代は、終わりを迎えつつあるのではないかと戸練氏。
「広告主と広告会社は、もっと根本的なお付き合い、つまりお互いに協働して利益を上げていく関係を築くべきだと思っています。そのためには、単発のアイデアで広告会社を評価するのではなく、真の広告・マーケティングパートナーに求めることは何かという、パートナー選びのスケールを持って広告会社を評価する必要があるます。もちろん広告会社も、広告主の真のパートナー足り得るよう、能力を磨き続けることが前提になりますが。そうなったときには、広告会社同士も、ただ競合するだけの関係ではなく、クライアントの課題や目的を共有し、課題解決や目標達成に向けて知恵やスキルを出し合う関係へと変わっていくかもしれませんね」(戸練氏)
その関係はすなわち、「専門性の分断」「情報の分断」を解消し、広告主と広告会社、また広告会社同士が垣根を越えて同じ目的に向かって協働する、デジタル時代における理想的なパートナーシップのあり方と言えるだろう。
戸練氏の提言に対し、モデレーターを務めたサイカの平尾喜昭氏も、「データドリブンマーケティングで実績を出している広告主企業は、データを軸に広告会社など関係企業間の垣根を取り払い、“超党派”で臨んでいるケースが多いと感じます」と応じた。
広告主と広告会社は、駆け引きをやめて、ともに頭を悩ませよう
広告会社や広告パーソンが今後目指すべき方向性について、笠松氏は「必ずしも、すべての会社の方針としてそうすべきとは限らないが」と前置きした上で、個人としての見解を述べた。
「広告パーソンであれ、マーケターであれ、プランナーであれ、クリエイターであれ、せっかくこの業界で仕事をするならば、自分の担当範囲を限定せず、積極的に“領域侵犯”して、全部やってみたほうが楽しい。業界向けに話をするときは、私はそう伝えるようにしています」(笠松氏)
これは、戸練氏が「新しい領域についても“広く・やや深く”理解し、広告会社に求められる取りまとめ役を担うことを諦めてはいけない」と話したことにも通じる。各領域が高度化している中、自らのカバー領域を広げていくのは簡単なことではないだろう。しかし、縁あって身を置くことになったマーケティングの環境を最大限に楽しみ、「専門性の分断」を解消する役割を積極的に担っていくことの意義を感じさせる、笠松氏だからこそ発信できるメッセージだ。
笠松氏は続けて、広告主と広告会社が理想的なパートナーシップを築くために意識すべきポイントとして、「ともに頭を悩ませながら進んでいく意識を持つこと」を挙げた。
「過去に、2年の歳月と億単位のお金をかけて、広告出稿と売上の関係を徹底的に調べたことがありました。その時にわかったのが『相関関係を説明できない因子が約50%を占める』ということです。株価しかり、競馬しかりですが、人間社会において正確に予測できることなどそうそうない。そんな正解のない世の中で、正解を求めて活動するのがマーケティングだとするなら、広告主も広告会社も一緒になって頭を悩ませて取り組んだほうが楽しい。せっかくお金を払うのだから、自分たちはできるだけ汗をかきたくないという考え方もあるでしょうが、一緒に歩き、一緒に結果と向き合い、一緒に反省して、一緒に次の一手を考えるパートナーを見つけたほうが、マーケティングの仕事は楽しくなると思います」(笠松氏)
ともに頭を悩ませる関係をつくるには、「情報の分断」を解消する必要があるだろう。三神氏が指摘したとおり、広告主が必要なデータを広告会社などのパートナーに開示し、同じ目線で議論する素地を整えることのハードルは決して低くない。「情報の分断」を少しずつでも解消していくために、心がけるべきことはあるのだろうか。
戸練氏は自身の経験に照らしながら、一つのアイデアとして「広告主も広告会社も、お互いに駆け引きをしないこと」を挙げた。
「ADK時代は、クライアントや競合広告会社といろいろな駆け引きをしながらアカウントを獲得するのが広告営業の仕事だと考えていました。しかしカゼプロを立ち上げて、クライアントからの仕事も広告会社からの仕事も受ける“敵をつくらないビジネスモデル”を実践し始めたら、駆け引きをしなくても良くなったんです。そうすると自然に、クライアントからデータを含むあらゆる情報を共有してもらい、そのデータを軸にカゼプロ以外のパートナー企業とも連携して、ともに考えつくり上げていく関係性ができていきました。もしかするとADK時代は、クライアントがそうするのを避けたくなるような態度を僕がしていたのかもしれない」と話し、広告営業パーソンの考え方を変えることが、「情報の分断」を解消する第一歩になる可能性を示唆した。
今回のセミナー全体から見えてきた、「専門性の分断」と「情報の分断」を解消し、マーケティングを成功に導くために必要なこと。
それは、デジタル化の中で細分化・高度化する各領域を取りまとめて統合コミュニケーションを形にする役割を、広告会社が矜持を持って担い続けること。課題・目的を共有し、膝を突き合わせて議論・共闘する関係を築くために、広告主がデータをはじめとする情報を広告会社に共有すること。
これに加えて、広告会社同士の関係を変革することであることが見えてきた。案件を取ったり取られたりする関係ではなく、広告主企業のパートナーとして、課題解決や目標達成のためにどんなプランが最適なのかをともに考え、知恵やスキルを供出し合う関係へ。
平尾氏は、「これらが実現すれば、広告主と広告会社の双方が得られる果実が最も大きい、理想的なパートナーシップが完成するはず」として、セミナーを締めくくった。
第2部「ラボ」にて、参加者から寄せられた質問
セミナー後に行われた第2部の「ラボ」では、イベントに参加した会員からさまざまな質問が寄せられ、登壇者と意見交換を行った。ここでは、会員から寄せられた質問の一部を抜粋して掲載する。
「5年後の広告代理店のあるべき姿は、どのようなものと考えているか」
「オリエンシート以外の社内事情をクライアントに語ってもらうためのコミュニケーションのポイントを教えてほしい」
「広告主の目標達成にむけたKPIの考え方として理想的なのはどのようなものか」