マーケティング実務で因果推論を活用する方法:観察データ解析による効果検証

「因果推論」をテーマに、その基本概念を理解し、効果検証の実践的なアプローチについて探る本連載。第3回となる本記事では、マーケティング実務で活用可能な因果推論の手法をご紹介します。因果推論の理想と現実を理解しながら、効果的な施策評価の方法を探っていきましょう。
本テーマの連載内容は下記のとおりです。因果推論の活用に向けて、ぜひ他記事もご参考ください。
- 第1回「マーケティングにおける因果推論の基本と重要性」:
マーケティングにおける因果推論の基本を解説 - 第2回 「DAG(有向非巡回グラフ)でマーケティング施策の因果構造を理解する」:
因果関係を正しく捉えるための基本原則を解説 - 第3回 「マーケティング実務で因果推論を活用する方法:観察データ解析による効果検証」(本記事):
実際の効果検証にどのように因果推論の考え方を取り入れられるかを紹介
目次
観察データから因果推論を活用する分析手法
マーケティングでは、実験的なデータを取得することが必ずしも可能とは限りません。実験データとは、特定の条件を操作することで、因果関係を明確に特定できるデータを指します。一方で、施策の多くは厳密に制御された環境での実験が難しく、すでに発生した出来事のデータや外部要因の影響を受けたデータ(観察データ)をもとに分析を行うことが一般的です。そのため、観察データから因果関係を導き出す手法が重要になります。そこで、以下ではマーケターが実践できる、観察データから因果推論を活用する手法について、活用例やチェックポイントを含めてご紹介します。
傾向スコアマッチング
傾向スコア(Propensity Score)は、ある施策が実施される確率を数値で表したもの(指標)です。この指標を活用することで、施策を実施したグループとしなかったグループの背景をできるだけ揃え、共通する特徴を持つ対象同士をマッチングさせることで施策の因果効果を推定します。
活用例
キャンペーン効果を測定する際に、キャンペーンを実施した顧客としなかった顧客を年齢や購買履歴などの基準でマッチングさせ、売上の増減を比較します。これにより、売上の違いがキャンペーンによるものか、顧客属性によるものかを切り分けることが可能になります。

チェックポイント
- マッチング変数の選定:上記の例のように、顧客属性などといった影響を与える可能性がある変数を適切に選ぶことが重要です。
- サンプルサイズの確保:マッチング後のサンプル数が不足すると、分析結果の信頼性が低下する可能性があるため、十分なデータ収集が求められます。
回帰不連続デザイン(RDD)
回帰不連続デザイン(RDD:Regression Discontinuity Design)は「ある基準(閾値)を境にして前後のグループを比較する」手法です。この境界線付近では似たような属性のユーザーが集まっていることから、境界線の前後で結果に違いがあるなら、それは属性以外の要因(たとえば施策など)の影響によるものだと判断できます。
活用例
「過去累積購入金額10,000円以上のお客様を対象にしたクーポン配布キャンペーンの効果を測る場合、この「10,000円」という境界線の前後にいる、10,200円の購入者(クーポンあり)と9,800円の購入者(クーポンなし)を比較することで、クーポンの効果を推定できます。累積購入金額がとても近いため、クーポン以外の要因による違い(たとえば年齢や興味など)はあまりないと考えられるためです。

チェックポイント
- 閾値の選定:閾値が恣意的に設定されると、対象者に偏りが生じる可能性があるため、操作されていない自然な基準であることが理想です。
- 十分なデータ密度:閾値付近でのデータが豊富であるほど、信頼性の高い推定が可能です。
差分の差分法(DID)
差分の差分法(DID:Difference in Differences)とは、施策を実施したグループとしなかったグループの「実施前後の変化の差」を比較し、施策の効果を推定する手法です。たとえば、「値引きをした店舗の売上増加 ー 値引きをしなかった店舗の売上増加 = 値引きの純粋な効果」というように、単なる売上の変化ではなく、他の要因を排除したうえで施策の効果を測ることができます。重要なのは、「施策の実施がなかった場合でも、両グループは同じような変化をしたはずだ」という前提(平行トレンド仮定)が成り立つことです。
活用例
関東でテレビCMを流した際、 関東の売上が放映前後で前 100 → 150(+50)、テレビCMを流していない関西の売上が同じ期間で 100 → 110(+10)になった場合、テレビCMの純粋な効果は+40(50 – 10)と推定できます。

チェックポイント
- 対象グループの選定:前述の通り、「施策実施グループでもし施策を実施しなかった場合でも、売上は施策未実施のグループと同じ変化をする」ことが仮定としておかれているため、この仮定を満たすグループを過去のデータなどをもとに選定する必要があります。
- 長期的な影響の考慮:短期的な効果だけでなく、施策実施後に観察された持続的な変化も捉える工夫が必要です。
Causal Impact
Causal Impactは、施策がなかった場合の「仮定の結果(反実仮想/Counterfactual)」を統計的に予測し、それと実際の結果を比較して因果効果を推定する手法です。こちらは、差分の差分法のように適切な対照グループが見つからない場合などに用いられます。
活用例
関東でテレビCMを流した際、 関東の売上が実施前 100 → 実施後 180(+80)になったとします。差分の差分法では、関西などのテレビCMを流していない別の地域と比較しますが、Causal Impactでは関東の過去の売上データをもとに「もしテレビCMを流さなかったら、関東の売上はどうなっていたか」を予測します。仮に「テレビCMなしの売上予測」が実施前 100 → 実施後 130(+30)になった場合、テレビCMの純粋な効果は+50(80-30)と推定できます。

チェックポイント
- データ品質の確保:施策を実施しなかった場合の予測がどれだけ正確かに依存するため、過去のデータが十分にあることが重要です。
- 比較範囲の考慮:急激な変化や予測困難な要素(例:競合の大規模なプロモーション、コロナ禍のような突発的な変動)がある場合は、予測が正しくない可能性があります。
因果推論を活用するためのステップ
これらの手法を理解することは重要ですが、適切に活用するためには全体の流れを押さえることも大切です。そこで、以下では因果推論を実践するための具体的なステップを解説します。
- 目的を明確化:どのビジネス指標(売上、顧客獲得コスト、LTVなど)を改善したいかを定義します。
- データを収集・整理:顧客データ、施策データ、成果データ、外部要因データなどを一元化し、分析に必要なデータ基盤を整備します。
- 因果関係の仮説を設定:どの施策がどの結果に影響を与える可能性があるのか、仮説を明確にします。
- 適切な手法の選択:施策の特性やビジネス環境などを考慮し、最適な手法を選択します。
- 分析実施と必要に応じた外部サポートの検討:社内の分析担当者にて分析を行い、その結果を評価します。効率化を図る必要がある場合など、状況に応じて、外部のプロフェッショナルサービスの活用も検討してみてください。
- 検証と改善:小規模テストから始め、結果をもとに仮説を再検討しながら徐々に規模を拡大します。
- 成果の定量化と共有:結果を具体的な数値で示し、ROIを評価します。関係者にも結果を共有しながら、次の施策・アクションにつなげましょう。
これらのステップを実践することで、因果推論を活用した分析をより効果的に進めることができます。ただし、因果推論には注意すべき点もあります。たとえば、分析モデルの前提が誤っていると、結果が偏るリスクがあるため注意が必要です。複数の視点から前提や結果を検証し、客観性を担保しつつ、他のデータやビジネスの知見と組み合わせて、妥当性を検証しながら慎重に活用しましょう。
因果推論の限界
因果推論は、適切な準備とアプローチがあれば武器になりますが、現実的なマーケティング環境においては、因果推論を完全に実現するのはきわめて難しいです。詳しくは、連載第1回「マーケティングにおける因果推論の基本と重要性」にてご紹介していますが、以下のような課題があげられます。
1. 理想的な実験環境の欠如
施策の効果を検証するために、意図的に一部の人に施策を実施し、一部の人には実施しないという方法は、倫理的・コスト的に許容されない場合があります。
2. データ収集の難しさ
因果推論を行うためには、適切なデータが十分な量で収集される必要がありますが、実際にはデータの欠損や不足などが見受けられるケースも少なくありません。
3. 交絡因子の多様性
「Aが要因となりBという結果が起こった」と結論付けるためには、他の要因(交絡因子)の影響を取り除く 必要がありますが、現実には交絡因子は複雑かつ多岐にわたるため、因果推論の完全な実現は難しいとされています。
補完的手法:MMMとパス解析で実現する効果測定の精度向上
これらの因果推論の限界は、マーケターが意思決定を行う際の大きなハードルとなります。しかし、このような制約を補うための補完的手法として、「MMM(マーケティング・ミックス・モデリング)」の活用が考えられます。
改めて、因果推論とは、ある行動が特定の結果を引き起こしたかどうか、つまり「Aが要因となりBという結果が起こった」ということを明らかにするための理論のことです。一方で、MMMは、因果推論のように厳密な因果関係の証明を目指すのではなく、過去のデータをもとに広告やプロモーションなどの各要素が売上にどの程度寄与したかを相関的に推定するアプローチです。
MMMが補完的手法として有効だとされる理由は、理想的な実験環境や完璧なデータがなくても、実際のビジネス環境に即した、意思決定に役立つ示唆を提供できるためです。また、因果推論の前提や前述した手法(傾向スコアマッチングなど)と組み合わせることで、その有用性をさらに高めることが可能です。
MMMが因果推論にどのように役立てるのか?
MMMは過去のデータをもとに施策と売上の関連性を明らかにしますが、それが必ずしも「原因と結果」を示すわけではありません。このように、MMM自体が因果関係(因果推論)を直接的に証明するものではないという点には注意が必要ですが、以下を通じて因果関係の検証に貢献することは可能です。
1. 施策効果の見える化
MMMは、施策と売上の間の関連性を定量化します。これにより、「この施策がどれだけ売上に寄与したか」を推定することができます。
2. 仮説の検証
MMMは、「広告投資を増やすと売上が上がる」「価格変更が売上に影響する」といった仮説を検証する手助けになります。ただし、この検証には前提条件や仮定が必要であり、それが因果関係として成立するかどうかは慎重に評価する必要があります。
3. シミュレーションでの活用
MMMでは、施策やシナリオをモデル化し、その効果をシミュレーションすることが可能です。単なる結果の予測にとどまらず、施策の影響を定量的に評価し、意思決定の精度を高めるために活用できます。
パス解析による効果測定
パス解析は、説明変数と目的変数の関係性をパス図で視覚的に表現し、施策がどのようなプロセスを経て売上に影響を与えるかを分析する手法です。
これをMMMに採用することで、施策が直接売上に影響するのか、または指名検索やブランド認知などを介して間接的に売上に影響するのか、その流れをステップごとに検証できるため、より詳細な施策評価が可能です。つまり、MMMは厳密な意味での因果推論ではありませんが、パス解析を組み込むなど工夫をすることで因果関係を考慮しながら施策の効果を評価する有用な手法といえます。
パス解析を採用したMMMの実践例
サイカのMMMソリューション「MAGELLAN(マゼラン)」は、この手法を採用しており、特定の施策が他の要因にどのような影響を与えたのかを詳しく分析することが可能です。MAGELLANは、5年以上の研究開発を経て誕生し、現在では280社以上の企業導入実績を誇ります。以下は、そのMAGELLANの特徴についてまとめたものです。
仮説を検証できる分析モデル設計
- MAGELLANの「分析モデル図」を活用し、検証したい仮説に沿ってマーケティング活動全体を可視化し、認知から購買までの顧客行動プロセスを体系的に整理
- 施策や、売上をはじめとする成果、価格、外部要因(たとえば天候、季節性、マクロ経済トレンド、競合動向など)の多様な要素間の関連性を明確化

包括的な効果測定と予測
- マーケティング活動の直接効果だけでなく、間接(波及)効果も可視化
- 短期的影響から数年にわたる中長期的な効果まで分析可能
- 売上最大化や予算最小化などの目的に合わせた予算配分の最適化を支援

専門家によるサポート体制
- データサイエンティストとマーケティングコンサルタントによる専門チームが伴走
- プロジェクトの各段階(ゴール設定、データ収集、モデリング、分析、レポーティング)で手厚いサポートを提供

MMMソリューション「MAGELLAN」について詳細はこちら
まとめ
因果推論は、施策の効果を深く理解するための重要なアプローチですが、実務ではその条件を完全に満たすことが難しい場面も多くあります。そのため、因果推論を過信するのではなく、現実的な手法としてMMMなどを併用しながら、効果検証を進めることが有効です。
MMM自体は因果推論ではありませんが、施策の効果検証を通じて、因果推論の第一歩を踏み出すことができます。マーケティングの意思決定をより精度の高いものにするために、因果推論とMMMを適切に活用しながら、実務での分析スキルを磨いていきましょう。
覚えておくべき要点
- 因果推論は施策の効果検証に役立つが、実務では制約が多い
- MMMを活用することで、因果推論の要素を取り入れた効果検証が可能
- 因果推論とMMMを組み合わせ、より精度の高い意思決定を目指す
因果推論の概念をマーケティング分析や意思決定に取り入れたい方や、MMMの導入などをお考えの方は、サイカの専門チームにご相談ください。データサイエンスを活用した科学的なアプローチとソリューションの提供で、より効果的なマーケティング戦略の実現をサポートします。