イベントレポート:消費者意識と事業成果の構造解明によるコミュニケーションの最適化

マーケティングにおける“最適な意思決定”の探求を目的とするコミュニティ「XICA MARKETING SCIENCE LAB(サイカ マーケティング サイエンス ラボ)(以下、MSラボ)」。会員限定の無料イベントが、2024年12月12日(木)に東京会場にて開催された。
イベントは、データドリブン・マーケティングに関する最先端の情報や成功事例を共有する「セミナー」と、セミナー登壇者と参加者双方向のコミュニケーションを通じて実践的な知見を創出する「ラボ」の二部構成で行われた。本記事では、セミナーの内容の一部をレポートする。

目次
登壇者
馬場 剛史(ばば つよし)氏
KDDI株式会社 渉外・コミュニケーション統括本部 ブランド・コミュニケーション本部長
明治大学政治経済学部卒業後、日本移動通信株式会社(現KDDI)に入社。
カスタマーサービス、営業企画、マーケティング部門を経験し、2018年から広告宣伝を担当。
2021年からブランド・コミュニケーション本部を担当し、コーポレートブランド(KDDI)、事業ブランド(au,UQ, povo)のブランディング、コミュニケーションを担当。
データドリブンによるマーケティング手法の開発や、AI 活用したコミュニケーション手法へのチャレンジなど、過去にとらわれない新たな取り組みを推進。
モデレーター
平尾 喜昭(ひらお よしあき)
株式会社サイカ 代表取締役社長 CEO
慶應義塾大学総合政策学部卒業。父親の倒産体験から「世の中にあるどうしようもない悲しみを無くしたい」と強く思うようになる。大学在学中出会った統計分析から経営支援の可能性を見出し、2012年2月に株式会社サイカを創業。統計学と経済学をベースに、これまで数多くの大手クライアントにてマーケティング精度向上のコンサルティングを行ってきた。同経験を背景として、サイカの各種ツール開発におけるプロダクトオーナーを歴任。
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好意度が上がれば売上が伸びるのか?KDDIが取り組む“施策-意識-成果”の繋がりを解明する方法とは
事業成果に繋がる広告コミュニケーションの最適化を目指し、マーケターは日々さまざまな指標を追いながらアクションを検討している。しかしながら、各指標がどのように購買などの事業成果に繋がっているのかという構造を明らかにできている企業は決して多くはないのが実情だ。
「好意度が上がれば売上が伸びる」… 果たしてこの仮説は正しいのだろうか。
本イベントでは、これらの仮説をMMMで検証しながら、データドリブンに最適化を図っている、KDDIのブランド・コミュニケーション本部長を務める馬場 剛史氏をお招きし、KDDIが取り組むデータドリブンなマーケティングコミュニケーションの最適化方法について語っていただいた。

KDDI(UQ mobile)のコミュニケーション戦略
携帯電話やスマートフォンをはじめとする通信サービス市場は、「コモディティ市場」と表現されるように、機能面での差別化が難しく、価格競争に陥りやすい傾向にある。このような状況下では、コミュニケーションによる差別化が重要だ。KDDIはこの点において、コミュニケーションの中心となるクリエイティブと、それを発信するメディアの最適化に取り組んでいるという。
また、昨今の市場の特徴として挙げられるのが、「スマホを買うならauがいい」といった特定のキャリアへの消費者意識が薄まっており、キャリアに対して興味関心がない層が増えていることだ。しかも、年代別で接触するメディアや関心分野が異なっている。昔は、TVCMを放映すれば世の中の認知が一気に上がっていたが、現在はそうはいかない。より年代やターゲット別に合わせたコミュニケーション施策を展開することが求められているのだ。
では、KDDIのコミュニケーション方針はどのようになっているのか。馬場氏は「重要なのは“空気づくり”。自分たちが“言いたいこと”ではなく、お客様が“聞きたいこと”を大切にしている」と語る。
馬場氏:「お客様が『auって面白い』『UQ mobileって楽しそう』と感じられる広告を作ることが私たちの役割だと思います。これは単なる印象づけではなく、具体的な成果にも繋がっています。事業の成長を示す重要指標として、スマートフォンの契約数や利用量などが挙げられますが、これらの指標は、ブランドへの好意的な印象と強い相関関係を持っているのです」
上記を実現するため、UQ mobileは消費者のジャーニー(意識・行動状態)を踏まえてターゲットや施策を設計している。UQ mobileはより手頃な価格帯のイメージを持たれていることから、格安スマホを志向する顧客層に対して、クラスター分析に基づいたクリエイティブメッセージを展開。また、検討段階に入った顧客に対しては、各フェーズに応じた異なるコミュニケーションの展開を、データに基づいて実施している。そしてこのようなコミュニケーション戦略・施策のデータドリブン化を、広告効果検証やアクション示唆、広告予算プランニングの面から支援しているのがサイカだ。
馬場氏が率いるコミュニケーションデザイン部は大きく戦略立案と施策実行の役割に分かれており、2023年4月、戦略立案の組織内にデータコンサルグループが新設された。戦略策定前のリサーチから施策実行後の分析まで、部内におけるデータ利活用をリードする専門組織だ。このグループが中心となってサイカとのプロジェクトを推進しているという構図となっている。

KDDIにおけるデータドリブンなコミュニケーション最適化事例
平尾は、UQ mobileの取り組みの特徴として「リアリティを追求した分析モデル」と「スピーディーな分析サイクル」の2点を挙げている。
まず、リアリティを追求した分析モデルとはどういうことか。UQ mobileのモデルでは、オンラインとオフラインの両チャネルにおける新規契約に至るまでのプロセスが示されている。具体的には、TVCMやWeb動画広告などの認知施策から始まり、それらに対する反応やショップ来店などまでを含む包括的な内容だ。認知施策においては、インフルエンサーの活用やPR、キャンペーンなども含まれているほか、自社の売上説明の文脈を補強するために、競合動向やトレンドも組み込まれている。(下図参照)

これだけでもかなり複雑なモデルとなっているが、このモデルの特徴的な点は、消費者の意識指標が組み込まれていることである。認知度の向上から始まり、認知施策への反応、そしてブランドへの好意的な態度の形成、さらには自発的な情報探索行動の増加といった、消費者行動の自然な流れがモデルに反映されているのだ。
平尾:「施策から成果に至るまでの構造を明確にすることは、従来のMMMでも目指されてきましたが、KDDI様の分析モデルでは特に『意識の変化』というプロセスを組み込んでいます。すなわち、施策実施が直接的に売上に結びつくのではなく、まず消費者の意識が変化し、それによって検討レベルが向上し、最終的に売上に繋がるというプロセスを、より現実に即した形でモデル化しているのです」
そしてこのようにマーケティング活動の実際の効果に対して深いリアリティを追求したモデルでありながら、月次での運用を実現していることもKDDIの大きな特徴だ。
この分析モデルを用いた印象的な分析結果の例として、2022年の事例が紹介された。当時、ショップ来店数が減少傾向にある中でも、特にMNP(Mobile Number Portability/携帯電話番号を変更することなく他のキャリアの通信サービスに乗り換えることができる制度)による契約数が増加しており、CVRが前年同月比で向上している現象が起きていたという。
MMM(マーケティング・ミックス・モデリング)ソリューション「MAGELLAN(マゼラン)」による分析の結果、この現象の背景には、ブランドへの好意度が大きく影響していることが判明した。CVRと各意識指標との相関を分析したところ、CVRと好意度が強い相関関係を示していたのである。さらに深堀りして確認したところ、春商戦期における好意度の上昇に連動する形で貢献値(好意度上昇による契約数の増加)が大きくなっており、以降も継続して大きな影響力を持っていることがわかった。
次に、この好意度向上に対する施策の効果の解明を行った(施策が意識指標に与える影響の解明)。その結果、好意度の上昇に施策が寄与していることが判明した。特に動画広告による寄与が大きく、効率も良好であることが明らかになった。この結果は施策の短期的な効果のみを分析したものだが、これまでの継続的なTVCMや動画広告などの出稿が、好意度のベース形成に寄与していることも示唆として出された。施策から好意度の向上、そして最終的な契約数の増加まで、「施策-意識指標-成果」の構造がデータによって明確に示された、注目すべき事例だ。
このように各施策の効果を可視化しながら、KDDIは予算配分の最適化を月次で継続的に実施している。これまでは、キャンペーンを一度走らせると終わるまで振り返ることはなく、同じ施策をやり続けるケースが多かったが、この分析を始めてからは、キャンペーン期間内でも結果をもとにメディアやクリエイティブの使い方を改善することができるようになったという。その結果、最適化前と比較して、新規契約に対する効率を18%改善することに成功。これは、詳細なデータ分析に基づく予算配分の最適化が、実際の事業効率の改善に繋がっていることを示しているだろう。

KDDIから学ぶ、成果に繋げるための具体的な取り組み
UQ mobileの事例のように、調査や分析の結果を成果に繋げるには、具体的にどのようなことに取り組めばよいのだろうか。従来型の組織では、戦略部門が方針を立て、その後工程を他部門が実行するという流れであったが、これでは効果的なチーム運営が困難だったと馬場氏は振り返る。
この課題に対し、UQ mobileはグループ横断で、互いの組織を理解しながら広告運用の全体最適化を図るプロジェクト体制に移行。これにより、戦略立案の段階からデータコンサル、メディア企画、Web企画、クリエイティブ企画の各メンバーが参画し、共通理解のもとで施策を展開できるようになったのである。
現在は、分析結果をダッシュボードで管理しており、分析担当・施策担当の双方で効果を確認し、次の施策プランを議論しながら、PDCAを回しているという。また、これまで部門ごとに分散していたデータを一元化する取り組みを進めているほか、クリエイティブの最適化の一環として、AI技術の活用も開始。データドリブンかつブランドコンセプトの担保が可能な生成AIモデルの開発に挑戦している。
馬場氏:「過去データの分析だけでは限界があるため、新しい取り組みへの継続的なチャレンジは不可欠です。むしろ、データ分析の精度が高まることで、より創造的な発想が生まれやすくなるという逆説的な効果もあるのではないでしょうか」
平尾も、「データに基づく振り返りができる環境があることで、より積極的なチャレンジが可能となる。失敗しても分析して戻れる環境があることが、新しい取り組みへの挑戦を促進している」と語った。
勝ち続けるために押さえておくべきポイントまとめ
最後に、平尾は本日の議論から得られた3つの示唆をあらためて紹介した。
- 競合がひしめく市場における勝ち筋は、データドリブンかつスピーディーなコミュニケーションの最適化
- 調査や分析の結果を成果に繋げるには、まずアクションすること
- 「量」だけでなく「質」の最適化もデータドリブンに
平尾:「事業成果の数値だけでなく、消費者に対するインパクトを明らかにすることも重要です。つまり、単なる量的な分析にとどまらず、質的な影響も含めた分析により、事業KPIの達成だけでなく、消費者インサイトや態度変容までを包含した、より深い理解を目指す時代に突入していると言えるでしょう」
