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搾取のないビジネスが応援される。投資家・シニフィアン村上氏に聞く、伸びるスタートアップの条件

環境変化が目まぐるしく、将来の見通しが困難な時代。投資家は企業の何をみて将来性を判断しているのでしょうか。

2022年9月、サイカは45億円の資金調達を行いました。「サイカの可能性に期待しています」と語るのは、本ラウンドのリード投資家、シニフィアン株式会社共同代表・村上誠典さん

シニフィアンは、サイカにどのような可能性を感じ投資をしたのか。また、投資家が考えるこれから伸びるスタートアップ企業の条件とは。

サイカ代表取締役CEO・平尾喜昭が、村上さんの投資哲学に迫ります。

シニフィアン株式会社
共同代表 村上 誠典(むらかみ・たかふみ)

兵庫県出身。東京大学・宇宙科学研究所(現JAXA)で宇宙開発を志した後、ゴールドマン・サックスを経て、シニフィアン株式会社を創業。一貫してグローバル視点でテクノロジーを活用した産業創出を目指す。専門はサステナブル経営、ESG/SDGs、D&I、ガバナンス、ファイナンス、資本市場、M&Aなど。現在は、上場未上場をクロスオーバーしスタートアップの成長に経営知見と資本というアセットを提供、自ら伴走するエンゲイジメント活動を実施。取締役、経営アドバイザー、エンジェル投資、ファンド投資で関与。国内初独立系グロースキャピタルを含め複数のファンドを創業、現在GPを努める。現在、シニフィアン共同代表他、SHIFT/BitStar/SmartHRの独立社外取締役を兼務しつつ、XICAを含む投資先にも積極的にエンゲイジメントを実施。著書に『サステナブル資本主義 5%の「考える消費」が社会を変える』

株式会社サイカ 代表取締役CEO
平尾 喜昭(ひらお・よしあき)

父親の倒産体験から「世の中にあるどうしようもない悲しみをなくしたい」と強く思うようになる。慶應義塾大学総合政策学部在学中に統計分析と出会い、卒業直前の2012年2月、株式会社サイカを創業。創業前にはバンドマンであったというユニークなキャリアも持つ。

投資の判断基準は「応援されているかどうか」

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平尾 この度はサイカに投資をしてくださってありがとうございます。まずは、サイカのどのような点を評価いただいたのかお伺いできますか。

村上 サイカは、テレビが誕生した高度経済成長期から続いてきたマーケティング業界の非効率な構造を変え、企業や消費者に利益をもたらそうとしています。

スタートアップが取り組む課題には大小いろいろあり、大きな問題を切り分けた一部にフォーカスする企業もあります。でも、サイカの課題設定はすごく大きかった。業界の構造自体を、課題そしてチャンスと捉えているところに魅力を感じました。

私が投資判断の際に重視しているのは、ソーシャル(社会性)とロングターム(長期性)です。社会課題と密接に結び付き、マーケットからインフラとして永続的に求められ、私が死んだ後も素晴らしい会社として存続していることを期待して投資しています。

平尾 そうした企業のひとつとして評価いただけて光栄です。サイカの組織や事業は、村上さんの目にどう映りましたか。

村上 サイカは良くも悪くも、平尾さんの印象が強い会社です。同じようなフェーズのスタートアップと比較して、CxOレイヤーに粒揃いで優秀な方が揃っています。それでもなお平尾さんの印象が強い。

しかし、今後はプロダクトの成長に伴って事業は複雑化し、お客さんの数もステークホルダーも増えていきます。これは、変わるチャンスがあるということだと思います。

事業に関しても、発展性をすごく感じています。プロダクト『MAGELLAN(マゼラン)』は、ある意味市場に受け入れられていますが、サイカの理想はもっと高いところにありますよね。

平尾 おっしゃる通り、マゼランは本来届けたい価値からするとまだまだ発展途上です。

村上 きっと、導入されたお客さんの中にもそう感じている方はいるはずです。それでも、マーケットの課題を強く感じている方が、期待をこめてプロダクトを購入してくれている。今の段階で100点ではないけれど、市場がこのプロダクトの発展に期待している。

つまり、マーケットから応援されているということです。これはスタートアップにとって理想的な状態と言えます。未完成だけれども、面白いしもっと流行ったほうがいい。そういうものはどんどん広がっていくし、プロダクトもよくなっていきます。

サイカが「みんなに応援される会社」で、ユーザーが育ててくれるプラットフォームになっているからこそ、投資したいと思いました。

「機械の設計」と「会社の経営」は似ている

白いシャツを着ている男は座っている
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平尾 応援されているかどうかが、村上さんの判断基準のひとつなんですね。

村上 そうですね。昔、戦後から行動成長期のような時代においては、良いプロダクトやサービスを作れば企業は成長できました。しかし、今や、類似する商品が溢れている時代。一過性のブームを掴める企業もありますが、それが続くことはまれです。

長い目で見ると、プロダクトやブランド、カルチャー、社長の風格などを含め、会社全体が応援される企業こそ成長すると考えています。

スタートアップにおいては、なおさらです。そもそも成功の確約がないビジネスに挑んでいるので、足を引っ張る人は少ない方がいいに決まっています。このフェーズは、企業同士にそれほど力の差はないので、応援されているかどうかで成否がわかれるんです。

平尾 確かにそうですね。

村上 少し違った観点からも「応援」の価値は説明できます。

私は理系出身なのでこういう例え方をするのですが、「機械の設計」と「会社の経営」は似ているんです。壊れにくい機械には、必ず「バッファ(余裕)」があります。ロバスト(堅牢性)と言われたりもします。そのおかげで、辛い環境に置かれたり、細かな部品にトラブルがあったりしても正常に動作し続けることができます。

経営も同じです。特にスタートアップの経営は、大小さまざまなトラブルがつきもの。長く生き残るにはバッファが必要です。資金が豊富で組織が健全ならば、それらがバッファになります。しかし、スタートアップはそれだけではトラブルを乗り越えられないほど小さい。そこで必要になるのが「応援」という見えない資産です。

サイカは、今、ステークホルダーが少しずつ搾取されアンハッピーな状態を、サービス・プロダクトを磨くことによって、より良い状態にアップデートしていく。その中で、業界になくてはならない存在になる。それを目指しているんだと理解しています。

「ステークホルダーを搾取しない経営」が持続性の鍵

ベッドの上に座っている男性
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平尾 サイカでは、市場に破壊的イノベーションを起こす「ディスラプター」に対する存在として、市場と手を組みイノベーションを起こす企業を「次世代のイノベーティブ企業」とよび、次世代のイノベーティブ企業10社を紹介する特集記事を公開しました。こちらの記事では村上さんにもいくつかの企業を紹介いただきましたね。

先ほどお話いただいた「応援され長く生き残る企業」と、この企画で紹介したような「次世代のイノベーティブ企業」には、共通する点も多いように思います。どのような特徴を持った企業だと思われますか?

村上 一言で言えば、「搾取構造のないビジネスをする企業」です。

世の中には、一部のステークホルダーを搾取することで成り立つビジネスがあります。直接的に環境破壊や労働搾取をしているわけじゃないけれど、サプライチェーンの中にアンフェアな付加価値の交換があるビジネスです。

そうした搾取構造は、簡単には見抜けません。なぜなら、一つひとつの搾取は小さなものだからです。また、短期的な数字だけで企業のリターンを判断するならば、搾取=コストカットとして、ポジティブな要素にも見えてしまう。

しかし、そうしたビジネスモデルはサステナブルではないんです。いつか誰かにメスを入れられ、将来的に破綻するリスクがつきもの。

企業は永続的に残るほうが価値が高いと考えた時、長く生き残る企業に必要なのは、ステークホルダーを搾取しない「ステークホルダー経営」です。ステークホルダー経営とは、ステークホルダーを広く捉え、多くのステークホルダーから「応援」される状況を作っていく経営であり、今後大きな社会課題に持続的に挑戦し続けるために、益々重要になっていくと考えています。

平尾 搾取構造を排除してステークホルダー経営に近づけるためは、何が必要でしょうか。

村上 ステークホルダー経営は、的確にステークホルダーを把握することから始まります。搾取構造はわざと作り出されるというより、ステークホルダーと認識できていない相手に対して、無意識的に生まれるもの。環境破壊をしてでも企業を成長させることを善としていた時代は、環境をステークホルダーとして捉えていなかったんです。昨今、人的資本が注目されていますが、これも従業員をステークホルダーとして十分に認識できていなかった反省から生まれています。

身近なビジネスシーンでも同様。従業員やお客さんに対する搾取構造に気づけない企業は、競争激化、ルール変更、組織崩壊や既存顧客のチャーンなどのトラブルに見舞われやすくなります。

社会的インパクトの大きいビジネスをやろうとすると、ステークホルダーの範囲は広がっていきます。だから、サッカー元日本代表の中田英寿さんのように、観客が何をしているかまで見ているくらいの視野の広さが、経営の素養として求められますね。

平尾 組織規模や課題設定が大きくなると、ステークホルダーも複雑になり、把握するのが難しくなりそうですね。

村上 そうですね。ですから、大切なことは「完璧にステークホルダーを把握できているとは限らない」という健全な「恐れ」を持って経営をすること。そういったカルチャーを持った会社であることです。

たとえば、私は宇宙ビジネスの会社に投資しています。その企業はもちろん、僕が見える限りのステークホルダーには応援されていますが、それは今の自分たちからみえる範囲でしかない。もっと遠い未来の人や地球への影響は想像できていない部分があるかもしれません。

だからこそ、健全な恐れを持ち、注意深くビジネスを観察しないといけません。新たなステークホルダーの存在や既存のステークホルダーに対する搾取構造に気づければ、大きなトラブルが起きる前に対応できるはずです。まずは、経営陣がステークホルダーに対する感度を高めることが大切だと思います。

「見えないもの」の価値が高まる時代に

平尾 永続的に成長し続ける企業の条件を教えてください。

村上 長期的には「社会に応援される会社」です。ただ、短期的かつ日本に限っていえば、「この会社で働きたい」と思われる会社がこれから成長していくと思います。日本、そしてスタートアップの最大の課題が人材不足だからです。

そのためには「社員を大切なステークホルダーとして捉え直す」ことをおすすめします。長らく、終身雇用・新卒一括採用の仕組みを採用してきた日本企業は、社員を一つの集団と考える傾向があります。ですが今こそ、その関係性を再定義するときです。

社外のステークホルダーとの信頼関係は、従業員一人ひとりが担います。社外との接点に感度の高い人がいる会社とそうではない会社は、ステークホルダーからの印象が大きく変わってきます。結局、ブランドの根本には人がいるということです。

もちろん、人は辞めていきますが、退職した方がそこにいたことを誇れる会社は成長していくと思いますね。

さらに、もうひとつ重要なのは多様性を活かす「対話のカルチャーを育てること」です。社会に大きな価値を提供するなら、多様なステークホルダーから応援される必要があります。いろんなタイプの社員がいる方が有利なのは明らかです。

たとえば、ジャニーズのメンバーが全員キムタクだったら、今ほど多くのジャニーズファンはいないはず。多様なメンバーがいたからこそ、ファンの層が広がっているんです。

会社も同じで、規律や品格、カルチャーなどの一定の均質性は残しつつ、多様性を高める必要があります。そのためには、違いを受け入れ、活かし合う対話のカルチャーが不可欠です。対話のカルチャーは外部のステークホルダーにも広がっていきますし、それが「応援」を生み、企業の成長の力となっていくのです。

平尾 先日、あるクライアントさんから「サイカを導入した理由は、プロダクトと関わる人が素敵だったからです」と言われ、非常に誇らしく感じました。引き続き、良いカルチャーを育てていきたいと思います。

村上 素晴らしいことですね。危機的状況を乗り越えられるか否かは、タッチポイントにいる人の魅力や信用といったところで決まります。これは、僕自身の経験上感じていることです。

これからは、ステークホルダーとの関係性やカルチャー、ブランドなど、「見えないもの」を貯めていける企業の価値が高まります

世の中の潮流として、投資家が「非財務情報」に注目しているのは、見えているものだけ見ていても本当の価値はわからないことを認めたからだと思うんです。いま投資家たちは、見えない価値をどう測るかにチャレンジしています。

少しでも多くの投資先企業が、永続的に素晴らしい会社で居続けられるよう、私自身も努力していきたいと思います。

平尾 とても本質的で学びの多いお話をありがとうございました。改めて、シニフィアンさんがリード投資家を引き受けてくださったのを、心から感謝しています。一緒にマーケティング業界の変革を実現していきましょう。引き続き、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。

参考文献

村上 誠典(2021)『サステナブル資本主義 5%の「考える消費」が社会を変える』祥伝社

※インタビュイーの所属・役職は取材当時のものです。

[文] 佐藤史紹 
[撮影]小池大介
[企画・取材・編集] 川畑夕子(XICA)