“しがらみ”があることで、大切なものに出会えた。

今回のインタビューは、ビジネスディビジョンの国松。創業メンバーとしてサイカの立ち上げから幅広く業務をこなし、いまは営業行動分析ツールXICA rockhopperのプロダクトオーナーとしてチームを引っ張っている。 父を亡くした経験から生まれた価値観。そして、いま想うことを聞いた。
しがらみがあることで大切なものに出会えた-01

父の死がいまの価値観を築いた。

interviewee

国松さんの人生に影響を与えたできごとをお聞きしたいと思います。

国松 祥治

私が中学2年生の時に父が亡くなったのですが、それに大きく影響を受けて自分の人間性や価値観が形成されたので、そういう意味で人生に影響を与えた出来事と言えると思います。

interviewee

どういう影響を受けたんですか?

国松 祥治

父の死に影響を受けたことはいくつかあるんですけど、そのなかでも特に大きかったのは、「人間いつ死ぬかわからない」という実感を持って生きるようになったことです。 「人はいつか死ぬ」なんて当たり前のことですし、小さな子供だって知っていますよね。 ただ、それを知識として持っていても、実感を伴って理解している人は少数だと思うんです。 とくに若い人は。 父はとても厳格な人で、国松家においては絶対的な存在でした。逆らったら拳が飛んでくる昭和の親父みたいな感じで。 なので、僕にとっては“強い大人の象徴”だったんですよね。 そんな父が突然死んだとき、初めて知識としてあった死を実感したんです。 言葉にすると間抜けな感じがしますけど、「あ、父さんって死ぬんだ」って。悲しみというよりは驚きでした。 絶対的な存在で、強い大人の象徴であった父親がアッサリと死ぬなんて、当時の自分にとっては有り得ないことでした。 ただそのときはまだ13歳だったので、それによって自分の死を意識することはありませんでした。

interviewee

その他のきっかけもあったんですか?

国松 祥治

「人間いつ死ぬかわからない」という実感に至るまでには、もうひとり、自分が大学生の頃に亡くなった方の影響がありました。その方はとても若くして亡くなられたんですけど、葬儀でその方の遺体と対面した時に、「悲しい」よりも先に「怖い」と思いました。 その方が怖かったということではなく、若くして命を失う可能性に直面した気がして怖かった。 その時に「自分だっていつ死んでもおかしくないんだ」って強烈に思ったんです。

interviewee

そういった考え方は、サイカを創業したことに関係していますか?

国松 祥治

強く関係してます。大学卒業が迫ってきて進路をどうするか考え始めた頃、僕には3つの選択肢がありました。 (1)就職活動をして就職する。 (2)平尾と一緒に起業する。 (3)フリーターになる。(当時、時給のいいアルバイトをしていたので) 正直なところ、どれが正しいか分からなかったんです。 ただ、就活でいろいろな方の話を聞くなかで「入社後○○年は下積み」と言う方が多かったんです。もちろん凄く魅力的な方もいたんですけど、当時の自分には「数年頑張ったら好きなことができる」という人生プランを選ぶのが難しかったんですよね。

interviewee

修行の時間がもったいない?

国松 祥治

もったいないとは思わないんですけど、単純に「2年後に生きてるか分からないよね」っていう(笑) それで「いまこの瞬間に一番楽しいことを選ぼう。それはなんだろう?」と考えた結果、サイカにジョインすることにしたんです。 平尾とは学生の頃から学生団体をやったりイベントを主催したり、色々と一緒に活動してきたのですが、それがずっと楽しかったので。 まぁ3つあった選択肢の中で、ダントツで一番収入的に危うかったですけどね(笑) 当然ながら創業期は給料ゼロだったので、日中はサイカ、夜から朝まではバイト、睡眠時間はバイトの仮眠休憩のみ、という生活をしばらく続けていました。

interviewee

そんな経緯で平尾さんと創業したんですね。

国松 祥治

ですです。 あ、ちなみに後日談として話しておくと、「企業に勤めたらすぐに好きなことはできない」「起業の道を選んだらすぐに好きなことができる」という当時の発想は完全に間違いでしたね。(笑) 浅はかです。本当に浅はか。(笑) 企業に勤めて1年目からやりたいことをガシガシやってらっしゃる方はたくさんいますし、起業したからといって四六時中好きなことだけをできるわけではありません。特に創業期は。

interviewee

仕事の選択以外で変わった価値観は?

国松 祥治

結婚に対する…恐怖…とか(笑)

interviewee

え?

国松 祥治

父の死をきっかけに、その後数年間に渡って家族が大変なことになっちゃいまして。 よく父親のことを「一家の大黒柱」と言いますけど、まさに大黒柱を失った家の如く崩壊しました(笑) その時に「父親が家族に対して負う責任ってめちゃめちゃ重いんだな」って思ったんです。 自分が家庭を持って子供ができた時に、もしかしたら自分はすぐに死ぬかもしれない。 そうしたら僕は自分の子供に同じ苦しみを味わわせるのではないかって思って、すごく怖いですね。

interviewee

それは根深いですね。

国松 祥治

あと、周りの人達と距離の取り方も変わりました。 当時、早稲田大学の付属中学校に通っていたんですけど、父親が亡くなって家庭の収入も無くなったので、もう私立の学校には通えないなって思ったんです。学校を辞めることを覚悟してました。 そんな状況だったんで、そのまま高校卒業まで同じ学校に通い続けるであろう同級生たちと距離を取るようになって、そうしているうちに、いつの間にか人と距離を取ってコミュニケーションを取るのが染みついちゃってました。 結果的には中学を辞めずに大学卒業まで早稲田に通い続けることができたんですけどね。 人と距離を取る癖はずっと残りました。今はもうそんなことないですけど。

interviewee

平尾さんとの出会いは?

国松 祥治

出会ったのは中学1年生の時ですけど、ちゃんと話すようになったのは高校3年生の冬からです。もう卒業直前のタイミングでしたね。笑

interviewee

そこから平尾さんとは仲が続いたのは何か理由はあったんでしょうか?

国松 祥治

彼は人に“話させる力”みたいのを持ってるんですよね。あるとき、平尾から「国松は冷静で優秀だよね」と言われたんです。そのときにどうしてか分からないですけど、「いや、そういうキャラを演じてるんだよ。もし平尾がおれのことを冷静で優秀なやつだって思うなら、それはおれじゃないからね」って言えたんですよ。不思議なことに。

しがらみがあることで大切なものに出会えた-03

“演じる”ことで周囲との距離を測った学生時代。

interviewee

そんな大きな経験を、そこまで冷静に自己分析ってできないと思うんですよね。

国松 祥治

もちろん最初の数年間くらいは客観的に見れていなかったです。でも大学生くらいから少しずつ冷静に振り返れるようにはなってきました。年に一回命日は必ず来るので、そういうタイミングで思い返してみて少しずつ整理した感じですね。

interviewee

お父さんの死より前から自分のなかにあった価値観はあります?

国松 祥治

うーん。まわりの期待に応えるというのはありました。

interviewee

きっかけは?

国松 祥治

小さい頃から身体が大きかったんです。小学校6年生の時には身長が170センチ超えてたので。

interviewee

うらやましい(笑)

国松 祥治

しかも中学受験のために塾に通っていたので、小学校のテストはだいたい100点を取っちゃう。身体もでかいし、勉強もできる。そういうキャラ。

interviewee

そうなるとリーダー的な存在になるじゃないですか。

国松 祥治

特にそれを望んだわけではなかったのですが、なんとなくクラスのまとめ役になっていました。なので、周りの友だちが思い描く、まとめ役に相応しい人間になろうとしていました。

interviewee

周りの期待を裏切ったらダメみたいな?

国松 祥治

そんな感じです。小学生の頃に形成されたそんな気質も相まって、中学高校でも周囲に対するイメージ作りを自然とやってました。

interviewee

まわりが何を望んでいるのか考えながら行動してた?

国松 祥治

そうですね。同級生に対しても、教師に対しても。

interviewee

そんななか、平尾さんがきっかけて「演じなきゃいけない」という気持ちは薄れたんですか?

国松 祥治

それが最初のきっかけだったと思います。素の自分を出したら周囲との関係が壊れると思ってたんですけど、平尾はそのあとも定期的に飯に誘ってくれて。 そのときに「素の自分を出しても良いのかも」って思ったんです。むしろ、素の自分を出したことで彼からの信頼感が増した感覚があったんです。いま考えると当たり前なんですけど、自分からさらけ出さないと相手も近づいてこない。人生で一度もそれをしてこなかったので、新鮮な発見だったんです。

interviewee

そこから少しずつ変わっていたんですね。

国松 祥治

それから少しずつ自分の内面を伝えるようになっていきました。「実は僕こんな感じっす」とか「みんなにはどう見えるか分かんないけど、実はこんなこと思ってます」みたいに。

interviewee

周囲の反応はどうでした?

国松 祥治

思いのほか良い関係性が築けるようになったんですよね。本音を出してもまわりは僕のことを嫌いにならないんだって気づいた。一番大きかったのはサークルの先輩との出会いですね。

interviewee

先輩?

国松 祥治

その人は、演じてた僕に踏み込んできてくれたんですよね。僕の化けの皮を全部剥いでくれた。

interviewee

いい出会いですね。

国松 祥治

そうですね。いまでも覚えていることがあって。父の死に関することってあんまり話したくなかったんですよ。話すとだいたい相手が「聞いてごめん」って雰囲気になって気まずくなるから。でも、たまたまその先輩に話したら、笑い出したんですよね。

interviewee

それはどういう笑い?

国松 祥治

詳しく理由は覚えてないんですけど、とにかく笑われたんですよ。なんかそれですごく気が楽になって。

interviewee

それ先輩の計算だったら、すごいですよね。

国松 祥治

ほんとすごいと思います。

しがらみがあることで大切なものに出会えた-02

とにかく手探りだったサイカ創業

interviewee

社会に出てからの話を聞きたいと思います。国松さんの場合、社会人スタートがサイカじゃないですか。しかも創業。そこでの苦労ってありましたか?

国松 祥治

創業期の珍事は色々ありますけど、学生からそのまま起業したために社会人の基本的な作法が分からずに苦労した場面は多々ありましたね。 ビジネスメールの書き方すら知らなかったので、平尾と 「知ってる?社会人のメールって最初に『お世話になっております』から始まるんだぞ」 「え、マジで!?『こんにちは』って書いてたわ!」 みたいなことを本当にやってました(笑)

interviewee

笑。たしかにそういうお作法は分からないかも。

国松 祥治

Google先生には大分お世話になりました(笑) ただ、ビジネスマナーはググれば分かりますけど、実際の仕事ではググっても答えが得られないことだらけですよね。 そういう時に「どうすれば良いでしょう?」と聞ける先輩や上司はいないので、本当にあらゆることを手探りでやっていて、終わってから「もっとこうすれば良かったのに」と悔やむことばかりでした。 そんな中で、CTOの発案で創業期には「KPT」という手法を使って週に1回社内で振り返りを実施していたのですが、今考えるとこれは良い取り組みだったと思います。 忙しい中でも強制的に課題を振り返って学びに変換する場を日々持てた、というのもありますが、課題に対する答えを知っている先輩や上司がいない代わりに、個人の課題に対して社内メンバーの複数の脳みそでもって知恵を出すことで補完できていたかなぁと。 サイカでは開発手法としてスクラムを採用していますが、この「KPT」は今でも振り返りの手法として2週に1回開発チームで実施しています。

interviewee

サイカが学生団体から始まって以来、ずっと続けられたのはどうしてですか?

国松 祥治

そういえば学生団体のときは8人いましたけど、結局残ったのは僕と平尾だけでしたね。。。 なんででしょうね。おそらく、それも「いつ死ぬか分からない」という考え方に行き着くように思います。 あと、平尾との関係性っていうのはあると思います。“彼と共に戦う覚悟”みたいのは学生団体のときの他のメンバーとはちょっと違ったと思います。

interviewee

それは付き合いの長さ?

国松 祥治

長い付き合いによって醸成された愛ですかね(笑)

日本中、世界中に“仲間”を増やしたい

interviewee

いまでも価値基準として「明日なにあるか分からない」というのはありますか?

国松 祥治

ありますが、以前ほどでは強くはありません。 昨年末に一年間を振り返るワークショップに参加したんですけど、そこで大きな気づきがあったんです。

interviewee

どんな気づきですか?

国松 祥治

「明日死ぬかもしれない」という実感は、以前の自分にとってはプラスだったと思っています。 それって強迫観念とか焦燥感みたいなものなんですけど、言い換えるとハングリー精神であり、生きる原動力なんですよね。 ただ、いまも4年前と同じだけの熱量で同じ感覚を持っているかというと、そうではないなと気付きました。

interviewee

徐々に薄まっている?

国松 祥治

そうですね。

interviewee

それはなぜ?

国松 祥治

端的に言うと、愛するものが増えてしまったんです(笑) 中高生時代の人間不信が原因で、僕は意識的に人との深い繋がりをもたないようにしていました。友情とか愛情みたいな。 人との深い繋がりは一般的に良いものと捉えられますが、僕にとっては“しがらみ”のようなもので、必ずしも良いものとは捉えていませんでした。 そういう意味で、僕は世の中に対するしがらみを持っていなかったんです。だから明日死んでも問題無かった。 でも、サイカで4年も頑張ってると、いろんな繋がりができて世の中に対する“しがらみ”がもうあるんですよね。なので、明日死んでも良くなくなってきたんですよ。

interviewee

それは仲間が増えたから?

国松 祥治

そうですね。仕事でもプライベートでも。 そういう人達との繋がりが増えてきたら、明日死んだらダメになったんです。そうすると“明日死ぬかもしれない感”を以前ほど持てなくなってきました。

interviewee

それが薄まることで増える感情ってありますか?

国松 祥治

それは、もう…愛です(笑)

interviewee

愛をもう少し具体的に言うと、どこに向いてる愛ですか?

国松 祥治

人とか、人が集まるコミュニティとか。

interviewee

コミュニティも人の集まりですもんね。

国松 祥治

そうですね。たとえばサイカに関して言うと、サイカのメンバーやパートナー、サイカのツールのユーザーの皆さんなどなど、個々人に対する愛もありますけど、そういった人達の集合体であるコミュニティが持つ空気感みたいなものに対する愛もありますね。

interviewee

人に気持ちが向いているのは、昔の反動?

国松 祥治

それもあるかなと思います。結局、当時の人間不信も中二病みたいなもんだったなと思うんです(笑) 実は人に愛されたい欲求をすごく強く持っていたと思うんです。でもそれを状況が許してくれなかったのかなと。 「愛されないんだったら、自分が全員きらいになってやる」っていう屈折した感情。

interviewee

なるほど。

国松 祥治

でも幸いにして僕のことを愛してくれる人がいて、当時は願っても手に入らなかったものが、いまはある。

interviewee

その感覚はビジネスをする上でも大切にしていますか?

国松 祥治

大切にしたいと思っています。そういう関係性を築くのは難しいですけど、築けると嬉しいです。

interviewee

それはクライアントに対して。

国松 祥治

クライアントもそうですね。

interviewee

そういう関係を築くのに気をつけていることはありますか?

国松 祥治

ロールモデルは「ドラえもん」のジャイアンとのび太の関係性ですね。(笑) ドラえもんって、日常的には「のび太 VS ジャイアン(&スネ夫)」の構図を基礎としてストーリーが展開していくじゃないですか。 でも、映画版とかで日常の枠組みを超えた強大な敵が現れると、普段は敵対関係にあるジャイアンがのび太の側について、「のび太&ジャイアン VS 強大な敵」という構図になりますよね。 ここから得られる示唆は、同じ敵や困難を共有すると人の関係性は深まりやすい、ということです。 これはプライベートでも仕事でも意識していて、たとえば仕事に関していうと、ただのツール提供者としてクライアントに接していると、クライアントとの関係性はなかなか深まっていかない。 でも、ツール導入の目的となっているクライアントの課題にまで踏み込んで伴走するようにすると、ただのツール提供者ではなく、同じ課題に立ち向かう仲間になるので、関係性が深まってゆく。

interviewee

そういう仲間を増やしてゆきたい?

国松 祥治

そうですね。名古屋のクライアントであれば、名古屋に“仲間”がいる感じですよね。 最近思うのは、それが広がっていって、日本中、世界中に仲間がいるようになったらいいなって思うんです。

interviewee

それは今後のご自身のビジョンにもつながる?

国松 祥治

そうですね。

interviewee

今後どうしていきたい? ずっとサイカにいるんですか?

国松 祥治

今のところ、サイカを離れるイメージはあまり無いです。

interviewee

サイカをこうしていきたい、というのはありますか?

国松 祥治

個人的には最近、組織の内側に目が向いてるんです。サイカのメンバーが増えてきたことで、創業当初からあった“サイカの空気”みたいのが少し変わってきているなと感じています。それは自然な流れですし、悪いことではないと思います。 でも、そういう初期の“サイカの空気”みたいなのもしっかりと残していきたいなという思いもあるんですよ。それを残していけるとしたら、創業からサイカにいる僕の役目なのかなって感じています。“サイカらしさを残す”というのは、僕のテーマのひとつだと思っています。

小さな成功を積み重ねることで生まれる自己肯定感。

interviewee

国松さんは才能開花をどう捉えていますか?

国松 祥治

うーん。自己肯定感でしょうか。

interviewee

自己肯定感?

国松 祥治

誰でも落ち込んだりくすぶったりする時ってありますよね。そして、それが悪化すると精神を病んでしまったりする。 自分の過去の体験から、人がそういう状態に陥ってしまった時の対処法は、小さな成功を重ねることだと思っています。 ホントに小さなことでも、何か一つでもやり遂げることができた時に「自分、意外とやれるじゃん」って自分を認めることができて、そしたらまた次のチャレンジに迎える。 まぁ別に病んでるところ起点じゃなくていいんですけど(笑)、そうやって小さな成功を積み重ねることで、大きな成功も狙えるようになって、大きな成長に繋がっていくものかなと思っています。 結局は世界を定義するのは自分の価値観でしかないので、世の中が天国に見えるか地獄に見えるかは自分次第。自分が変われば世界は変わると考えると、才能開花は自己肯定感じゃないかなと思います。

インタビューを受けてみて

国松 祥治

「愛」って11回言ってますね。あと、「平尾」って9回言ってますね。完全にキモい奴ですね。 ちなみに、この長い長いインタビュー記事をここまで読んでくれる人がいるとしたら、その人のことも愛してます。

CEO平尾が丸の内アナリティクスにモデレーターとして登壇しました。

6月17日に開催された丸の内アナリティクスバンビーノにCEO平尾が丸の内アナリティクスにモデレーターとして登壇しました。丸の内アナリティクスは弊社の顧問でもある原田博植氏が「日本のビジネスにおいて分析が “正しく” “速く” “多く” 行われるようにしたい」という理念のもと開催しているイベントです。
  •  CEO平尾が丸の内アナリティクスにモデレーターとして登壇しました。
    弊社CEO 平尾
  •  CEO平尾が丸の内アナリティクスにモデレーターとして登壇しました。
    弊社顧問 原田氏
今回は原田氏のほかにアビームコンサルティング株式会社の本間充氏、株式会社リノシス/株式会社PKSHA Technologyの神谷勇樹氏がパネラーとして参加し、「どんな業界にも使える分析ってある?」「業界横断分析の本質」というテーマでパネルディスカッションを行いました。
  •  CEO平尾が丸の内アナリティクスにモデレーターとして登壇しました。
    アビームコンサルティング株式会社 本間氏
  •  CEO平尾が丸の内アナリティクスにモデレーターとして登壇しました。
    株式会社リノシス/株式会社PKSHA Technology 神谷氏

分析勉強会 “丸の内アナリティクス” 設立の背景

最近のビッグデータ社会の本格化に伴い、ちまたではデータ分析の勉強会やデータ環境構築のワークショップが増えてきました。しかしながら専門性の高い、技術寄り各論寄りの分析勉強会が多く、分析専門の学生やビジネスマン以外にとっては参加しにくいものになっています。 一方で、数多ある入門講座は厳しいビジネス実務でのコミットメントに乏しく、現場の最前線で急速に進化を続けているデータサイエンスやデータ分析の生々しさを捉えていないものが多くなっています。 これを解決したいという思いから 丸の内アナリティクス は始まりました。

本件に関するお問合せ先

担当:株式会社サイカ 広報担当 e-mail : pr@xica.net

新入社員向け統計勉強会を開催しました。

サイカは全社的に統計学を扱う場面が多く、社員全員が基礎的なレベルの統計学の知識を獲得することが求められます。これまでは、新たに入社した社員は指定された統計学のテキストを各自読むこととなっておりましたが、今年より新入社員向けに、業務に必要な統計学の知識をまとめたものを作成し、勉強会としてスタートさせました。

講義内容

勉強会は2回に分けて開催され、第1回目は、統計学の最も基本的な概念である「平均」から始め、「分散」「標準偏差」「推定」「検定」「相関係数」という概念を見ていき、最後に偏差値の求め方を紹介したのち、演習を行いました。
新入社員向け統計勉強会を開催しました。
講師を務めた二木は大学院で経済学を専攻し、入社以来、サイカの分析基盤を支えています。
第2回目は、サイカのプロダクトでも用いられている「回帰分析」について説明したのち、実際の分析方法を手順を追いながら解説。ビジネスにおける統計分析は、特に意思決定の手段として用いる際は、厳密な分析手法よりも回帰分析のようなシンプルで解釈のし易い分析のほうが向いており、分析結果をどのように解釈し役立てるかということについて解説しました。

受講した社員は…

新入社員向け統計勉強会を開催しました。
5月に入社した営業担当。クライアントと向き合うなかで統計学の知識も必要となってきます。

interviewee

耳にする機会は多いながらも「なんとなく」で認識している統計・分析用語の基本的な考え方について、丁寧に教えていただきました。今回の内容を元に勉強を進められるので、とてもありがたいです。

interviewee

統計の基礎知識だったので理解している内容もありましたが、改めて頭を整理する機会になりました。また、実分析でよく使うようダミー変数の入れ方の解説であったり、実践に落とし込める内容も多かったです。

今後の展開

現在の勉強会という形式だけではなく、今後は新入社員が独習できるように資料をリバイスしていく予定です。

統計分析ツールのサイカ、マーケティングオートメーションのシャノン社と連携〜マーケティングオートメーションデータの「統計解析サービス」にXICA adelie(アデリー)を提供〜

報道関係各位

2016年6月23日
株式会社サイカ

株式会社サイカ(代表取締役:平尾 喜昭、山田 裕嗣/本社:東京都千代田区、以下、サイカ)は、株式会社シャノン(代表取締役:中村健一郎/本社:東京都港区、以下、シャノン)と連携し、シャノンが提供するマーケティングオートメーション「SHANON MARKETING PLATFORM(以下SMP)」のデータ分析サービスにXICA adelie(アデリー)を提供することを発表します。

統計解析サービス提供の背景と概要

顧客の購買行動の変化とマーケティングテクノロジーの進化に伴い、それぞれのマーケティング施策から得られるデータが膨大化している中、マーケティングの施策と成果の関係を判断することが複雑化しており、多くの企業においてマーケティングの費用対効果を測定することは主要な課題となっています。 この統計解析サービスにより、お客様において緻密な分析が可能となり、これまで把握が困難であったマーケティング施策と成果の関係性や、施策同士の影響度などを明らかにすることができます。分析から得られた施策の再現性を高め、仮説からスピーディに精度の高い結論を導き出し、施策改善や課題を解決するためのマーケターのPDCAをサポートします。

株式会社サイカについて

サイカは、「すべてのデータに示唆を届ける」というビジョンのもと、ビジネスシーンに特化した統計分析ツールの企画・開発・提供で急成長を遂げているベンチャー企業です。一貫して「分析のスペシャリスト」ではなく、「ビジネスの現場で自ら実践者となるビジネスパーソン」をユーザー対象としており、その独自戦略で鍛え上げた操作性と直観性が評価されてきました。2016年3月には電通社と業務資本提携を締結。オンライン・オフライン広告の全体最適、およびプロモーションの高速PDCAを支援する「XICA magellan(マゼラン)」という新サービスを発表しました。会社名    株式会社サイカ
所在地    〒101-0051 東京都千代田区神田神保町2-22 神保町カンナビル3F
代表者    代表取締役 平尾 喜昭、山田 裕嗣
設立     2012年2月20日URL     https://xica.net事業内容   プロダクト開発事業、コンサルティング事業

株式会社シャノンについて

シャノンは、クラウドテクノロジーをコアに、企業のマーケティング活動をサポートする製品・ソリューション・サービスを提供しています。イベント・セミナー運営やマーケティング業務の効率化・自動化や、見込み客管理の最適化などを実現する製品・ソリューション・サービスを年間700社以上に提供しています。会社名    株式会社シャノン
所在地    東京都港区三田3-13-16 三田43MTビル4F
代表者    代表取締役 CEO 中村 健一郎
設 立    2000年8月25日
URL     http://www.shanon.co.jp
事業内容   1 クラウド型マーケティングソリューションの企画・開発・販売・サポート
       2 マーケティングに関わるコンサルティングおよびサービスの提供

本件に関するお問合せ先

担当:山田裕嗣 e-mail : pr@xica.net

とにかく“かっこいい男”になりたい。

今回のインタビューは、ビジネスディビジョンの衣川。セールスマネージャーとしてプロモーション分析ルーツXICA magellan(https://xica.net/magellan/)の営業チームを引っ張っている。人とは少し違うキャリアを積んできた彼の言う“かっこいい男”とはなにか? 今回のインタビューでそこにある“想い”を知ることができた。
とにかく“かっこいい男”になりたい。

自分は自分でしか成長できないと自覚した幼少時代。

interviewee

自己紹介をお願いします。

interviewee

衣川です。いまはマゼランのセールスマネージャーとしてお客さまと向き合っています。

interviewee

衣川さんが仕事をするうえで大切にしていることってなんですか?

interviewee

社会人以前からずっと持っている信念に通じていて、“かっこよくなりたい”というのが根本にありますね。

interviewee

かっこよくなりたい?

interviewee

これはサイカアカデミーに参加して言語化できたんですけど、やっぱり「自信を持っていること」だと思うんです。根拠のある自信って何かの実績だから生まれた瞬間にはそんなものなくて、だからこそ根拠のない自信を持っているのが重要で、それを周りの人に与えらえる存在になるっていうのがかっこいいんじゃないかなと思っています。

interviewee

その考えを確立したきっかけとかあったんですか?

interviewee

それは当時所属していた早稲田大学広告研究会のチーム立ち上げのときの合宿ですね。広告研究会は4つの部門に分かれてて、幹事長の下に各部門のリーダーがいたんです。そのリーダーを決めるための選挙をそこでするんです。僕はマーケティングチームのリーダーに立候補したんですけど、満場一致じゃないとチームが立ち上がらないんです。

interviewee

それがきっかけだったんですね。

interviewee

そう。そこで「なんで俺がリーダーをやるんだっけ?」「俺ってどうなりたいんだっけ?」というのをひたすら考えたんです。そんななかで、ある先輩に「お前ってかっこつけだよな」と言われて。そのときに「あぁそうか。俺はかっこよくなりたいんだな」って気づいたんです。

interviewee

先輩の一言ですべてが整理ついたんですね。

interviewee

なので、僕はそこからずっとその信念を変えずに生きてきました。それは今の仕事のスタンスも同じです。結果を出したいって強く思うのは、その想いの根源には“かっこよくなりたい”があるんだと思います。

interviewee

衣川さんの話を聞いてて、想いが自己完結している印象があります。周りの影響を受けて固まっていく人が多いと思うんですけど。

interviewee

なんでそこまでなったのかは分からないんですよね。ただ、幼い頃から人に教わるのがすごく苦手だったんです。教わるっていうのが性格的に合わないんですよね。それで「自分は自分でしか成長できないんだ」って幼い頃から思ってて。自転車とかも勝手に補助輪壊して乗ってましたし。「俺、ひとりでできたんだぜ!」っていうのがかっこよかったんだと思います。

interviewee

普通に考えると最初は誰かに教えてもらったほうが、成長スピードが早いような気がしますけど。

interviewee

たしかに。でも、そんなこと一回も考えなかったですね。昔からやりたくないことは一切やらないんですよね。そこはすごく極端だなと思います。人より時間かかるなら人より長くやればいいだけなので。

interviewee

そのスタンスは本当いまも変わってないですね(笑)

interviewee

変わってないですね(笑)

interviewee

それってご両親の教育方針?

interviewee

どうだろ。でも、うちの家訓が「自力」なんですよ。だから、例えば友達が持っているおもちゃを見て、「これ欲しい」みたいなことってあるじゃないですか。でも、「人は人、うちはうち」が徹底されていて、「欲しかったら自分でなんとかしろ」というような家庭だったんですよ。

とにかく“かっこいい男”になりたい。

高校の担任の一言で広告業界を目指すようになった。

interviewee

中高のときもずっと同じような感じだったんですか?

interviewee

そうですね。なので勉強に興味持てなかったから部活ばっかだったし、それも捨ててヤンキーやったりとか(笑)

interviewee

進学の選択も自分ですべて?

interviewee

うーん。でも早稲田の付属中学に入ったので、そこはあんまり考えていなかったですね。ただ大学に進学するかはすごく悩んで。高3のときに成績も素行も悪くて「絶対に大学には行けない」って言われたんですけど、そのときの担任が「お前、電通行けば?」と言ってきて。電通のことなんて全然知らなかったんですけど、調べるうちに興味湧いてきて、それだったら広告の勉強できる専門学校に行こうと思ったんです。

interviewee

いまのキャリアにも大きな影響与える一言ですね。

interviewee

親を説得させるためにも何か実績残さないとと思って「電通論文」という学生向けの論文大会に応募したんです。当時はすごく単純だったから「それ獲ったら電通行けんじゃん!」って考えてて(笑)なんとか出したんですけど、箸にも棒にもかからない。

interviewee

甘くはなかったんですね。

interviewee

でも、僕に触発されたのか真面目な同級生数名がチームで論文書いてて、そいつら入賞したんです。それがすごく悔しくて。そいつらに負けたくなくてから早稲田の広告研究会に入りたいって思ったんです。

interviewee

高校の時から広告業界行こうって決めてたんですね。

interviewee

うん。単純に「電通かっけぇじゃん」って思ったからですけどね。お金持ってそうだし、モテそうだし…くらいの感じ(笑)

interviewee

広告研究会ではどんなことをやっていたんですか?

interviewee

企業から依頼を受けて学生の視点から提案するというようなことをしていました。そのなかでも一番は早稲田祭の実行に関わることが大きかったですね。ひとつの大きなコンテンツを主催して、企業から協賛金もらって、有名人をゲストに呼んだりして。そのなかで僕はマーケティングチームのトップをやっていました。

interviewee

そのころからマーケティングだったんですね。

interviewee

そうですね。電通論文でもマーケティングについて書きましたし、そのころから広告業界に行くならそっちだと思ってました。

interviewee

大学在学中は広告研究会ばっかり?

interviewee

ちょうどチームリーダーになったころに知り合いが働いていたキャバクラでボーイとしてバイトを始めたんです。なので、そのころは昼間は広告研究会、夜はキャバクラでバイトという生活でした。

とにかく“かっこいい男”になりたい。

人が人を使って人を呼ぶ商売で見えたもの。

interviewee

両方とも続けるのって体力的にもきつくないですか?

interviewee

キツイっす。でもどっちも楽しかったんですよね。実はそのころ、化粧品メーカーに就職したかったんです。それもキャバクラで働きながら「かっこよくなりたいとは?」を考え抜いた結果だったんです。

interviewee

そこはどういう理由だったんですか?

interviewee

結局、“かっこいい人”って自信を持っているんだと思うんです。その自信は「根拠がある自信」と「根拠がない自信」に分かれてるんですよね。

interviewee

根拠のあるなしですか?

interviewee

根拠って実績なんです。だから「根拠がある自信」って、それがあって初めて得られる結果論で、そんなの最初は誰もないじゃないですか。だから重要なのは根拠がないけど一歩踏み出せる自信なんだろうなって思うんです。

interviewee

なるほど。

interviewee

キャバクラで働いてて感じたんですけど、メイクの乗りとか肌のコンディションでキャストの接客って変わるんですよ。キャストは見られる商売なので。そこで実績とかではなく「自分自身の内面からくる根拠のない自信」ってすごく重要なんだなって気づいたんです。それによって売上が変わる。それを作れる化粧品ってすごいなって思って。だから僕は、より多くの人に化粧品できれいになってもらいたかった。「一歩を踏み出して、好きなことをやろうよ」という世界を作りたかったんです。

interviewee

そこまでなかなか観察できないですよね。

interviewee

そうですね。でも人を見ないといけない商売だったので。水商売ってすごく難しくて、“人が人を使って人を呼ぶ商売”なんです。だから目に見えないモノが正しい解答だったりして、そんなかで学ぶものは多かったです。

interviewee

いまやっている営業やコンサルも、もっと言えば広告もモノでは計れない定性的なものが多いですよね。そういうのにも影響ありますよね。

interviewee

その経験が活きてることはたくさんあるんですけど、そのなかでも特にお客さまとの距離の取り方は活きてます。クライアントの状況を察したうえで提案したりアプローチの仕方を変えたりするバランス感覚はそこで学びました。

interviewee

それってたくさん人と接する経験がないと身につかないじゃないですか。

interviewee

そうかもしれないですね。

interviewee

その鍛え方ってあるんですか?

interviewee

イメージできるかだと思います。その人のことをどれだけ考えたかによると思うんですよね。もちろん1万人のことを浅く考えて得られるものはありますけど、100人のことを深く考えていったほうが得られるものが多いと思うんです。なので人を好きになる力や人に興味を持つ力っていうのは大切かもしれないですね。

interviewee

それは昔から気をつけていたんですか?

interviewee

人の顔色を伺うことはしないような立ち振る舞いをするのが好きだから、周囲との距離感を把握するようにはしてたと思います。

ガチンコでクライアントと向き合う。

interviewee

マネージャーまで行ったお店を辞めるきっかけってなんだったんですか?

interviewee

辞めたきかっけは、僕が広告研究会のチームリーダーやっていたときの後輩です。すごく優秀なやつだったんだけど、入社した会社でベストルーキー賞を獲ったんです。それでセミナーで登壇したりもしていて、それを知ったときに単純に嫉妬したんです。こっちは高田馬場のお店で頑張ってるけど、彼はパブリックにもっと有名になってきてて。イラっとしちゃって(笑)

interviewee

負けず嫌いですね。

interviewee

その瞬間に気持ちが揺らいじゃったんです。ちょうど「店長ならないか?」と誘われてたんですけど、気持ち揺らいじゃったまま仕事できなくて…。人が人を使って人を呼ぶっていうバランスの商売で、それをまとめないといけない自分の判断基準がなくなっちゃったら絶対だめだって思ったんです。だったら辞めようって思って。頭下げてすべて断って、すぐに髪も黒く戻して就活始めました。

interviewee

そのときも就活はすべて広告業界を狙ってたんですか?

interviewee

全然。就活始めたのが遅かったので選択肢がほとんどなかったってのもあるんですけどね。 「ビッグになりたい」と思ったので、これから成長が期待できそうなベンチャーをいろいろ受けました。あとは超優秀な人しか雇いませんみたいなとこ。

interviewee

あ、新卒として就活だったんですね(笑)

interviewee

一応、新卒枠だったっぽいです(笑)キャバクラで働いてたことも全部言いました。7年も大学いたし、なにも隠す必要ないかなって。

interviewee

そこで前職の広告代理店だったんですね。

interviewee

そうですね。

interviewee

どのような業務を担当してたんですか?

interviewee

最初の2年間は新規営業をずっとやってました。そのあとは既存クライアントとの向き合いに変わりました。

interviewee

そこの仕事の仕方って全然違うんですか?

interviewee

違いますね。どういうクライアントと向き合うかにもよるんですけど、僕の担当していたクライアントは並走してサポートするんじゃなく、先導することを求められたんです。よく担当者と山に例えて話してたんですけど、「一歩一歩一緒に登ろうよ」じゃなくて、お互いにどんなルートで山頂まで登るのが良いのかを正面からぶつかり合ってたんです。だから「満足させるためにフォローします」みたいなことは絶対に許されなかった。

interviewee

すごく良い方と向き合えたんですね。

interviewee

ほんとそうですね。彼のおかげで統計を覚えたんで、そういう意味でも感謝してますね。

interviewee

そこからサイカに入社したきっかけは?

interviewee

単純に次のステージに行きたくなったっていうのもあるんだけど、お客さんの課題をより解決して「かっこよく」させることができる立場になりたかったんです。それを広告の、しかもウェブに限定した世界だと影響範囲が少ないので、よりクライアントにハッピーと届けられる環境に行きたかった。だから目的から寄り添って解決できるサイカを選んだんです。

interviewee

それはサイカではなく、他のコンサルティング会社でもできたんじゃないですか?

interviewee

うん。でも、それは自己完結で「無い」ってなってました。結局なにをしても正解を出すことはできなくて、でも成功させることはできるんです。

interviewee

なるほど!

interviewee

成功させるにはずっとそばで寄り添える立場じゃないといけない。そこは客観的な分析だけしてもだめで、コンサルタントという立場だと無理だと思ったんです。サイカはそれをツールとして提供することで内部でしっかりとPDCAを回すことができる。そこにパートナーシップを組んで改善の並走ができるのが魅力でした。

interviewee

それは前職のときの問題意識から生まれたことですね。

interviewee

そうですね。たくさん失敗したけど、並走してたからこそ少しづつ前進している感覚も共有できてたんです。それをもっと広い範囲で解決したかったんです。

とにかく“かっこいい男”になりたい。

夢を持つ大切さを伝えたい。

interviewee

じゃあ、今後、何か実現させたいことはありますか?

interviewee

個人的なものとしては、ふたつ道があって、起業するか学校を作りたい。

interviewee

学校?

interviewee

僕がまっすぐ生きてきたわけではないので、ドロップアウトした人をいろいろ見てきたんです。それは自分のせいもあれば家庭環境もあります。でも夢を持つことは誰でも平等にあるじゃないですか。それに対して一歩踏み出せないって思ってる子がたくさんいて、でもそれをサポートしてあげる環境が無いんですよね。そういう人たちに対してサポートしてあげる環境を作ってあげたい。夢へのモチベーションを保つことのできる場所を作りたい。

interviewee

その学校はおもしろいですね。ぜひサイカをうまく利用しながら実現させたい。

interviewee

やりましょう!

interviewee

結局、ドロップアウトした人もそうですけど、そうじゃなく、ただなんとなく生きてる人がほとんどじゃないですか。なんとなくいるけど、そこに居場所があるようでない人たち。そういう人たちにも夢を持ってもらえるようなサポートできるのはいいですね。

interviewee

そう。子どもにやるべきですよね。アメリカの中学生って夢をしっかりと語れるらしいんですよ。最終的にそうなれるかどうかは別で、しっかりと将来を考えながら生きるってモチベーションが全然違うと思うんですよね。日本ってそんなのあんまりないですよね。

interviewee

そこは自分のお子さんにもそう教育してるんですか?

interviewee

いやぁ。そこまでは考えてないです。でも武道はやらせたいですね。なにをするにも心を鍛えなければならないと思うんで。「やりたいことなに?」というのはずっと問い続けたいかなとは思いますね。

interviewee

起業という選択肢でも同じようなことをしたい?

interviewee

いや、それはただビッグになりたいだけなんで、どんな形かは分かんない(笑)

自信を持っている人を増やしたい。

interviewee

では、最後に衣川さんは“才能開花”をどう捉えていますか?

interviewee

才能開花している状態って、自分の根本で好きなことをやり続けられることだと思っています。それに対してまっすぐ進められているのがベストだと思うんです。なので例えば、『サイカはポジティブに3年でみんな辞める』みたいなことは面白いと思う。もちろん軸となる人はいると思うけど、サイカの業務をやりながら他のことをやったとしても、本業に支障がなければ文句も言われないし、働き方も自由だし。自分がやりたかったことと真剣に向き合って、結果的に3年くらいで円満に独立できるってすごくいいなって思ってて。

interviewee

入社のときに自分のキャリアプラン伝えて、それを実現させるためにサイカでこんなこと学びたいみたいなこと言える組織とかいいですね。

interviewee

うんうん、それもいいですね。もちろんサイカをデカくするのが夢だっていうのであればそれは素敵な夢ですし。

interviewee

それはそれで必要ですけどね(笑)

interviewee

まぁね。そういう働き方があるんだ、夢をいつまでも追ってても良いんだっていうのを示していけるような存在にサイカがなれればいいなと思います。スポーツ選手とかは夢を追い続けてかっこいいってなるけど、ビジネスマンってあんまならないじゃないですか。そういう夢を掴むのがかっこいいって思える人をどんどん作っていきたいですね。

interviewee

ありがとうございました。

インタビューを終えて

interviewee

読み返してみてぶっちゃけすぎたかなと不安ですが、ちゃんと人の意見は聞ける人間です!(笑) “関わる人に自信を与えられる”人間になるべく今後も頑張ります!

誰からも「変わったね」と言われるくらいの新しい側面を見つけた。

今回のインタビューは、ビジネスディビジョンの岩澤。プロモーション分析ルーツXICA magellan(https://xica.net/magellan/)のプロダクトオーナーとしてチームを引っ張っている。もともと引っ込み思案だったという彼が主体的に課題解決に向き合うまでの変化がとても興味深い。自ら行動することで周囲を巻き込んできた彼の大切にしている“想い”を知ることができた。
誰からも「変わったね」と言われるくらいの新しい側面を見つけた。

間接キスが人生の転機に

interviewee

岩澤さんの人生に影響を与えたと出来事をお聞きしたいと思います。 小さい頃はどんな子だったんですか?

岩澤 利貢

小さいころは人見知りでした。小さいころというか…中学、高校ぐらいまでは人見知りでした。人と話すのが苦手で、表に立ってなにかをするようなキャラではなかったですね。

interviewee

いまの岩澤さんからあまり想像つかないですね(笑)

岩澤 利貢

自分でもキャラが変わったなと思いますね。

interviewee

変わったきっかけはあったんですか?

岩澤 利貢

ひとつは、高校3年生のときかな。受験勉強しているときに、たまたま中学生のころの友だちと会ったんです。そのときにその友だちの女友だちもいたんですけど、人見知りだから友だちとしか話せなくて…。でも、その子が結構ざっくばらんに話しかけてくるんですよ。で、俺が飲んでたジュースを抵抗感なく飲んだんです。「それ間接キスじゃん」って(笑)そのときに「間接キスとか別に何とも思わないような人が世の中にいるんだ」というのが衝撃だったのは覚えています。

interviewee

めちゃめちゃ純粋、ウブだったんですね(笑)

岩澤 利貢

かもしれないですね(笑) それまでは引っ込み思案だったんですけど、それがきっかけに人との付き合い方に対する考えが変わった気がします。

interviewee

引っ込み思案で自分から前に出られないころは、どういう子だったんですか?

岩澤 利貢

例えば小学校の授業で手を上げたりすることはなかったですね。もう恥ずかしくて。でも、小学校3年生で一度、大阪に引っ越してるんです。環境ががらりと変わったことで、どうやったら周りから浮かないか、というのは常に考えてた気がします。

interviewee

なるほど。

岩澤 利貢

ただ、高校の部活は変化するきっかけだったのかもしれないです。高3の時にキャプテンになったんです。その時に初めて前に立って引っ張っていけなければならなくて…。

interviewee

そこまで引っ込み思案だったらキャプテンにも立候補しなそうですけど。

岩澤 利貢

同世代が2人しかいなかったんですよ(笑)2人しかいなかったんだけど、一学年下の後輩は15~16人くらいました。そうなると、最初は言うこと聞くんですけど、だんだん生意気になってきてクーデターとか起こすんですよね。

interviewee

クーデター?

岩澤 利貢

何人かに「もうやってられません」って途中で練習をボイコットされたんです。でも帰るわけじゃなくて、体育館の隅で集まってるんですよ。それを見ながら、他の部員は練習を続けてて…。俺はボイコットした部員たちにどう接すればいいのか葛藤しながら、結局別に何も言わずに練習終わっちゃったんですよ。そしたら、次の日は何事もなかったかのように普通に練習に来てた。

interviewee

そういうのってどう接したらいいか分からないですよね。

岩澤 利貢

いま考えると、変に振る舞わなかったのがよかったのかなと思います。ボイコットした連中に対して、「ちょっと待てよ」とかも言わなかったんです。一切無視。内心はおどおどしてましたけどね。

interviewee

自分でどういうキャプテンだったなって思いますか?

岩澤 利貢

駄目なキャプテンだったと思いますよ。ある試合に負けたとき、誰のせいでもないんだけど、その時うまくできなかった奴のせいにしたことがあったんです。ミスしちゃうのは仕方ないのに「お前のせいで負けた」みたいなことを言っちゃったんですよね。それはよくなかったなと、今でもはっきり覚えてて。ちょっと人間としてあり得ないですよね。

誰からも「変わったね」と言われるくらいの新しい側面を見つけた。

interviewee

僕のなかでは、どちらかというと岩澤さんはリーダー気質があると思ってるんですけど、人見知りで引っ込み思案の性格だったというころと比べて、本来の自分はどっちだと思いますか?

岩澤 利貢

どっちが自分なんだろうっていうのは俺も分からないんですよね。両方いるなという感じです。人と話すのが好きな反面、ボーッとしていたいのもあるので…。でも、親は俺の引っ込み思案の姿をずっと見てきているので、今の感じを見るとすごい驚いていますよ。「え、こんな子だった?」みたいな(笑)。

interviewee

小さい頃に何かきっかけがあって引っ込み思案になったとか?

岩澤 利貢

そういうわけではないですね。もともと大勢の前では母親の後ろに隠れるようなタイプでした。父親は恐いというか短気だったので、「自分はキレないようにはしたい」みたいなのは子どもながらありましたね。

interviewee

反面教師にした感じですかね?

岩澤 利貢

そこは完全に反面教師にしていますね。でも、血は争えない部分はありますけどね。ムカッてくるのは早いほうだと思います。

ものづくりに目覚め、大学のカリキュラムにも関わる。

interviewee

そこから性格が変わっていくターニングポイントは? 間接キスは“ひとつのきっかけ”とおっしゃってましたが。

岩澤 利貢

そうですね。大学に入る時は中学とか高校の時とは考えられないくらい性格が変わってました。友だちになれそうな人には自分から声をかけたりとかしてましたから。積極的に飲み会の仕切りとかもやっていたし。大学に入ってからいきなり変わったわけではないので、高校卒業から浪人時代くらいには徐々に変わっていったんだと思います。

interviewee

じゃあジワジワとした変化・・・サナギの中ではいっぱい変化が起こっているけど、見た目は変わらないみたいな感じですかね。

岩澤 利貢

そんな感じかもしれないですね。そういうのって周りから見ててもわからないですよね。

interviewee

わかんないですね。

岩澤 利貢

さっきの話でいうと、うちの父親を見ていても、「すぐキレる」みたいな感じだったから、「いないいないバア」をやっている姿は想像つかなかったんですけど、孫に対してやっているんですよね。

interviewee

知らなかった父親の一面ですね。

岩澤 利貢

そう。あと、「親父は人間関係とか上手くねえんだろうな」と勝手に思っていたんですけど、定年退職後に自分で仕切って友人たちとよく会っていたりするの見てると「なんか似てるな」っていうのがあるので…元々持っていた気質が徐々に芽生えていったのかもしれないですね。遺伝子には逆らえない(笑)

interviewee

(笑)大学に入ってからは?

岩澤 利貢

大学はとにかく自分自身で楽しもうと思ってました。「積極的にやらないと損でしょ」みたいな感じでしたね。そのあたりは、いまと変わらないかなと思います。

interviewee

積極的に何かに関わったエピソードとかあります?

岩澤 利貢

入学したのが情報科学部という新設の学部だったんです。カリキュラムも一応作りましたという感じ。担当教授もそのカリキュラムに納得いっていないみたいで。すごく適当に授業をしているような気がして、ムカついたんです。だから「教授が考える良いカリキュラムにしてください」ということを率先して訴えたんです。「1年目だからお試しみたいなのは納得いかないんです。教授がやりたいカリキュラムがあるなら、それをやってください」と。実際にそれでカリキュラムが変わったものもありました。新しいカリキュラムを作っていくなかで、一緒に考えていくのは良い経験でしたね。

interviewee

自分が動くことで、大きな変化を経験したんですね。

岩澤 利貢

自分でやらないと変わらないですからね。流されたら損するという感覚はそのときに感じたことかもしれないです。大学生活はずっとそんな感じでした。

歴史に残るものを作りたい ── ものづくりへの芽生え

誰からも「変わったね」と言われるくらいの新しい側面を見つけた。

interviewee

社会人としてのファーストキャリアは?

岩澤 利貢

初めて就職したのは6,000人規模のSIerでした。情報系の学部ということでIT系の企業しか受けていなくて。いまでも視野が狭かったなと思っています。新卒って最大の権利じゃないですか。いろいろな業界に行ける可能性があったのに…。そこで、もし違う業界に入っていたら、いまとはまったく違うキャリアを歩んでいただろうし、別業界を見ていなかったのはもったいなかったと思います。

interviewee

そこでの経験はいまに活きていますか?

岩澤 利貢

エンジニアリングの経験は自分の根底にあります。そこから飛び出すと自分の強みがなくなってしまうと思っています。飛び越えたいと思ったこともありましたけれど、たぶん飛び越えられないし…。モノを作るっていうのはもともと好きだったんですよね。

interviewee

なるほど。モノづくりに興味を持ち始めたきっかけってなんですか?

岩澤 利貢

大学も本当は情報科学部じゃなく建築学科に行きたかったんです。高校生のころに家族で行った海外旅行で日本には無いような古くて大きい橋を見たときに感動したんです。そこで「こういう歴史に残るものを作りたい」って思ったんです。それが職業に対して初めて意識した瞬間ですね。

interviewee

へぇ。エンジニアからディレクターに変わっていったのはどのような経緯だったんでしょうか?

岩澤 利貢

2社目はWEB制作会社だったんですけど、最初はエンジニアとして入社したつもりでした。でも配属されたのはディレクションする部隊だったんですよね。そこでエンジニアの部隊に配属されていたら、多分そのままエンジニアになっていたと思います。ただ結果としてエンジニアリングも分かるディレクターという立場でいろいろな案件はできましたね。

interviewee

両方できるのは強みですね。

岩澤 利貢

そうですね。なかなかいなかったので。そのあと、いろいろな案件をやってみて「受託よりも自分自身でビジネスを考えて作っていきたい」と思うようになり事業会社に転職することにしました。 そこで、次に行った会社で忍者になったんです(笑)

芽が出なくてもやり続ける

interviewee

噂の!(笑)前職はどんな会社なんですか?

岩澤 利貢

「忍者ツールズ」という個人向けのアクセス解析のサービスなどを展開している企業です。アクセス解析のツールではかなり老舗です。そこでアクセス解析の新規プロジェクトやアドサービスを作ったりしました。在籍していた間にローンチしたサービス数は一番多かったんじゃないかな。

interviewee

在籍している間にどれぐらい立ち上げをされたんですか?

岩澤 利貢

5年で8プロジェクトですね。

interviewee

半年に1回ペースぐらいで出している…新規事業立ち上げ屋さんですね。その時はどういうモチベーションで新しいものを立ち上げていかれたのですか?

岩澤 利貢

自分で考えたのもあるし、同僚が作りたいと言ったものを一緒に作ったのもあります。事業会社は自分たちで考えたものをアウトプットできるので、すごく楽しかったですね。

interviewee

そんななか、どのタイミングで忍者になるんですか?

岩澤 利貢

忍者になったのは確か入社2年ぐらい。そのとき担当していた新しいアクセス解析のサービスをどうPRするかということを社内で話し合っていたときに「せっかくなら注目されるようなことやろうぜ。せっかく“忍者”と名乗ってるツール出してるんだから忍者の服着て、背中にQRコード背負って歩くと、ちょっとバズるんじゃねえの?」と同僚たちで盛り上がって、街中を歩き回ったんです。

interviewee

すごい気合い入ってますね。結構それは話題になったんですか?

岩澤 利貢

全然話題にならなかったんです。バレンタインデー企画で「忍者にチョコをくれる人、大募集! 会社で待ってるよ!」みたいな…でも誰も来ない(笑)そのあとのホワイトデー企画で、「1個も貰ってないけどお返しあげます! マシュマロ欲しい人、ハチ公前に集合!」って。でも、待っていても誰も来ないっていう…(笑)

interviewee

(笑)。でも、それをどんどんやれるっていうのはすごいですね。

岩澤 利貢

いろいろやりましたけど、「合ってないな」と思うんですよね。そういうのをできる方って面白いことをやることが生活の一部になっているんですよね。頑張ってやるもんじゃないと肌身で感じました(笑)

interviewee

私生活までできるかって言ったら…みたいな。

岩澤 利貢

家から忍者服を着て通勤とかはしてましたけど、もっと突き抜けないとニュースにはならないなと思いましたね。「継続は力なり」だと思うんです。芽が出なくてもやり続けないと話題にもならないし、それが肌に合っている人がやり続けないと面白いものにはならないんだってことは痛感しました。忍者姿でLIGさんへも行きましたけど、彼らは完全に楽しんでるんですよね。そのときに「何が当たるか分かんないし、やり続けないと結果は出ないから、心を折らずとにかくやり続けることが大事」とおっしゃってて…気持ちが違いましたね。

interviewee

それは名言ですね。

誰からも「変わったね」と言われるくらいの新しい側面を見つけた。

課題感があれば、仕事に向き合える

interviewee

その後にサイカを選んだ理由やきっかけは?

岩澤 利貢

前々職のときから統計分析に興味があったんです。自腹で授業を受けたりしていました。そのときは、提案書を差別化するための手段として学んでました。やはりデータで説明できると説得力が違いますし。

interviewee

根拠を持たせられるのは統計とかデータの強みですもんね。

岩澤 利貢

その後、アクセス解析や広告サービスを作っていくなかで、膨大な数字に溺れちゃうことがたくさんあったんです。ユーザーの方もそうでしす、自分自身も「いったいどの数字を見りゃあいいの?」と分からなくなってくるんですよね。

interviewee

それは、あるあるですね。

岩澤 利貢

アクセス解析サービスの提供を通じて感じたことは「ユーザーは数字を見たいわけではなく、数字の裏のアクションを知りたいんだ」ということです。ターゲットとなるユーザー像を知りたいんだけど、単純に数字を出しているだけでは分からない。でも、例えばそこに統計的な技術があると、いままで提供できていなかった価値を出せるんじゃないかと考えていたんです。

interviewee

なるほど。

岩澤 利貢

でも、なかなか統計に詳しいメンバーがいなくてサービスに反映することができませんでした。そんななかでサイカのことを知り「これだ!」と思ったんです。だからマゼランは実体験から出てきた問題意識そのものなんです。

interviewee

岩澤さんが働くうえで大切にしているものって何ですか?

岩澤 利貢

とにかく良いプロダクトを作りたいですね。過去の経験から、どこかで妥協しちゃう部分ってあるんですよね。妥協しちゃうとプロダクトはへにゃっちゃうので、そこは信念を持って言うべきことは言ったほうがいいと思う。ただ、その信念が自分よがりになってはいけないんですよね。本当にクライアントのニーズなのかを常に振り返りながらプロダクトを作っていかないといけないと考えてます。

interviewee

良いプロダクトの価値基準というものは、自分自身がやりたいのではなく、お客さんのニーズに合っているかどうかということ。

岩澤 利貢

そうですね。そこはずらしちゃいけないなというのはあります。あと、いろいろなサービスを作ってきたなかで分かったことは“作れるプロダクトと作れないプロダクトがある”ということ。担当者が本当に課題感を持っているものかどうかで、プロダクトが成功するか否かっていうのはあるかなと思います。

interviewee

課題感があるからこそ、そこに向き合えますしね。

岩澤 利貢

そうですね。自分が体験したことのなかで解決したいと思えないとプロダクトとして深くなっていかないと思うんです。広告に課題感があったからマゼランには向き合えています。これが例えばロックホッパーだと無理だと思うんです。自分には営業をするなかで出てきた課題を解決したいというものがないので。

interviewee

岩澤さんが今後のキャリアを考えたとき、自分はこうなっていたいと思い描いているものってありますか?

岩澤 利貢

とにかくビジネスとして成功させたいというのはすごくあるんですよね。唯一、ビジネスとして成功させた事例があるんですけど、やってみたらたまたま爆発したみたいな感じだったんです。全然狙ってなかったので満足感があまりなくて…。だからマゼランは狙って成功させたいなっていうのはあるんですよね。

interviewee

成功体験できるかどうかはたしかに重要ですよね。

岩澤 利貢

失敗ももちろん大事だと思うんですけど、ひとつの成功体験を語れるか否かというのは、今後のキャリアパスにすごく影響があると思うんですよね。結局みんな似たような発言をするのなかで、大切なのは発言した方のバックボーンだと思うんですよね。苦労して成功させているサービスの話は重みが全然違うし、それによって周囲がどう動くかが変わってくるので、確固たる成功体験を自分自身で築きたいです。

受け身では絶対に才能は開花しない

interviewee

最後の質問をしたいと思います。岩澤さんは「才能開花」という言葉をどう捉えていますか?

岩澤 利貢

自分が大学と高校の間で人格が変わったように、いい意味で「変わったね」という新しい側面を見つけられるのが才能が開花している感じなのかもしれないですね。

interviewee

つまり今までの延長線ではないものに…。

岩澤 利貢

そうそう。「飛び越えたね」みたいな。「想像つかないんだけど、何があったの?」というのが訪れると、それは何かしら開花してますよね。

interviewee

じゃあ、例えば「成長したいんです。才能開花するために必要なことはなんですか?」みたいな質問をされた時にどうアドバイスします?

岩澤 利貢

難しいですね。仕事の面で言えば「頑張るしかないよね」としか言いようがなくて、とにかくアクションするしかないかな。

interviewee

「やり続けるから見えるよ」という感じ?

岩澤 利貢

受け身では絶対に開花しないので、積極的に動いていかないと。誰かから与えられるものではないですからね。ただ、それを得ようしたときに助けてくれる人がたくさんいるような会社にサイカはなっていたいなというのはありますね。

interviewee

なるほど。今日はありがとうございました。

インタビューを終えて

岩澤 利貢

改めて自分自身の人生を振り返った時に高校までの自分とそれ以降の自分の違いには驚く部分があります。自分自身何がきっかけで今の自分があるのかを振り返ったり、今の自分の行動の土台には何があるのかを定期的に考えるのはいいことだと改めて思ったインタビューでした。受け身ではなく自ら行動する!さらに人の才能開花も自ら積極的に動くことで支援する、そのためには自分はどうなったほうがいいかをサイカで突き詰めていけたら素晴らしいなと思える貴重な時間になりました。

まわりの影響を受けながら自分が変化し続ける

3月からサイカに顧問としてジョインすることになった原田博植(はらだひろうえ)氏。彼のキャリアはアナリスト一筋。そして昨年、日経情報ストラテジーが選出するデータサイエンティスト・オブ・ザ・イヤー2015を受賞した。このキャリアを見ると、分析という専門性を駆使し、データにのみに解を求めるような人物像をイメージするだろう。しかし、過去に何度かお話させていただくなかで、彼の考えや感覚は僕のイメージしているデータサイエンティストとは少し違う気がしていた。それは今回改めてお話を伺うなかで彼の根底にある“想い”を知ることで納得ができた。
まわりの影響を受けながら自分が変化し続ける

やると決めたら主体的に打ち込んだ学生時代

interviewee

今日はよろしくお願いします。まず自己紹介をお願いします。

interviewee

原田博植です。社会人のキャリアはシンクタンクに8年、外資ITベンチャー1年半で、いまは大手情報サービス企業に在籍しています。一貫してアナリストという専門性を磨いてきました。アナリストという専門性をを究めることのできる環境であること、それと同時にジェネラルな能力も研鑽できる環境という掛け算を求めて、総研系のシンクタンクを最初の職場に選びました。いつも根底には「最初から最後まで自分でやりたい」という気持ちがあり、事業全体の一部の業務だけではなく、マーケティングや経営の勉強をして独立したいと思っていました。昔から「自分が自分のオーナーでいたい」という想いがありました。

interviewee

専門業務だけに注力するのではなく、包括的にビジネスに関わりたいと思うようになったきっかけはなんだったんですか?

interviewee

大学生時代に研究の傍ら、吉本興業の企画代行をやっていました。吉本が持っていた2,000人規模のホールでさまざまな企画を担当しました。そのときに「仕事って主体的にやると楽しいんだな」という経験ができたことがきっかけです。みんなで分配すると手元には10万くらいしか残らないのですが、社会のニーズを分析して、企画して、実行することによって、お金という評価がつくということが新鮮でした。

interviewee

その企画に携わるきっかけは?

interviewee

高校のときからずっとやっていた音楽です。高校に入学してかなり真面目にバンドで音楽をやっていました。男子校だったので「モテたい」というのは本当になくて「どのバンドよりも上手くなること」が目的でした。もともと中学でサッカーをやっていて、毎日倒れこむくらい練習をするような環境にいました。そのときのスポ根が染み付いていて、当時はコンテストでも常勝でした。そんななかで、よく通っていたリハーサルスタジオの方に「自分で企画してみたら?」と誘われて、今まで対バンしたなかで上手かったバンドを集めて企画したのが始まりでした。ファッションショーをアレンジしたり、マーケットプレイスを主催したり、そんな経験を重ねながら「面白いことしたいなら自分でやればいいんだ」という思いを強くしていきました。

interviewee

とはいえ自分のことはまだまだ未熟だと思っていたので、大学卒業してすぐに起業するというモチベーションにはならなくて、勉強するためにシンクタンクへ入りました。「我以外皆我師(われいがいみなし)」という言葉を大事にしており、勉強したいという気持ちが強かったです。

interviewee

就職先が音楽と関係なかったのはなぜですか?

interviewee

歌や演奏がうまくてコピーバンドでは強かったのですが、作曲の才能がなかったからです(笑)。かといって目的をずらして音楽業界と関わりたい気持ちはありませんでした。ずっとやっていたことなので音楽はすごく大切だったのですが、それ以上に「主体的にやる」ということが大切でした。これは昔から変わらなくて、怪我をしてサッカーを続けられなくなったときにも「次は何やるか」を考えました。中学校卒業前には高校で一緒にバンドをやるメンバーを集めきりました。

interviewee

そのころから主体的に行動されていたんですね。幼い頃からそうだったんですか?

interviewee

小学生のころはボーッとしていました。ただ、いつも観察していました。国立の小学校だったので電車通学だったのですが、そのころ通勤途中の大人たちを毎日のように観察していました。通勤電車を楽しそうに乗っている大人はあまりいなくて、満員電車で身動きとれない状態で幼心に「この先に楽しいことはあるのかな? 憂鬱になるために生きていくのかな?」と考えました。今になるとそのときの大人たちが憂鬱だったわけじゃないと思っているのですが、当時は無気力にならないために、主体的に生きないといけないという感覚はありました。

interviewee

あと幼いころ身体が小さかったんです。大きい子は余裕があるんですよね。そこまで必死に考えなくても何かで勝てるから。でも小さいと打開するために絶えず考える。それは大人になってからも、弱者の戦略などの形で同じ構造があると思います。

interviewee

いままで主体的に動いてこられるなかで大切にしている想いはありますか?

interviewee

座右の銘が「変化」です。変化を大切にしていて、「変化に遅れると死ぬ」と思っています。

interviewee

どうして変化に対してそこまで思うようになったんですか?

interviewee

外部環境はいつも変わります。それに対して人間ひとりでできることは少ない。サイカのクレドでもある「才能開花し続けて、才能開花を支援する」にも通じますが、外からの影響を受けながら自分が変化し続けることでまわりへの影響も変わってくると思っています。それのよって関わる方たちも変わってくる。すべての起点で自分が変化しないと始まらない。必要だと思う変化を求めて、いままで会社を変わってきたというのもあります。

interviewee

それに主体的でないと変化はないと思っています。大学生のころ、バックパッカーが流行ったのですが、友人たちが海外でさまざまな経験をしていて、すごいなーと思っていました。僕は吉本興業の企画をやっていたこともあり旅行をまったくしていなくて、海外経験の少なさに劣等感持っていました。卒業間近にその友人たちへの素直な憧れを話していたら「やることなくて、なにやっていいかわからなかっただけなんだよ。お前はいつも形にしているじゃないか」と言われ驚きました。いわゆる自分探しと言われるものでも、場所や時間、振る舞いを変えても、主体性がないと本質的には変わらないのだと学びました。だからこそ、ずっと主体性を失ってはいけないんだという想いがあります。

まわりの影響を受けながら自分が変化し続ける

事業のあらゆるフェーズ、組織のあらゆるファンクションの数字と向き合ってきたからこそわかることがある。

interviewee

そこからなぜアナリストになろうと思ったのですか?

interviewee

アナリストになろうと決めたのは、世界の構造計算が好きだからです。外から影響を受けることを重要だと思っているので、会社組織や多くの人と働くということを選びました。そのなかで分析という職能を究めることに魅力を感じた。それは思し召しです。アナリストの適正はあったと思います。バイオメトリクスや非接触ICチップ、電子ペーパーなど、今後の社会インフラの行方と市場規模を見立てる業務は刺激的でした。分析的な性格が花開いたのだと思います。

interviewee

その後WEBサービスの業界に移られたのはなぜですか?

interviewee

変化したかったからです。当時IT業界がものすごい早さで変化していたので、飛び込みたいという想いがありました。IT業界で最初の役職はディレクター兼リサーチャーというものでした。実際の業務は、ユーザビリティテストの観測結果を数量化したうえで、反面調査のヒアリングを行い、言語領域と非言語領域を分析し、定性情報と定量情報の根拠を駆使して、WEB画面の改善を提案するというものです。最終的には自社サービスの開発をしたいという想いがあったので、その後グルーポンで情報系データベースの環境構築と業務設計に尽力しました。ここでスタートアップの苛烈な立ち上げ業務の洗礼を受けました。私は常に全体把握しながら柔軟に何かを吸収しようとしているのですが、そこから大手情報サービス企業に転職した理由は、事業主側の実務とデータベースを骨の髄まで知ることができると思ったからです。パートナー側と事業主側の両方を経験しているのは、自分のキャリアの希少性だと思っています。

interviewee

ご自身が主宰されている丸の内アナリティクスはどのような意図で始められたんですか?

interviewee

変化と好奇心です。丸の内アナリティクスは「日本のビジネスにおいて分析が “正しく” “速く” “多く” 行われるようにしたい」という理念のもと始めました。数字や分析・データを活用することが、もっと日本でもインフラが整ってルーチン化されるべきだと考えています。しかし、なによりも私個人の知識欲求として、さまざまな業種でビジネスを展開している企業の方から学びたいという意欲がありました。丸の内アナリティクスの参加企業は一業種一社に限定しているのですが、その理由は、競合関係のない異業種同士だからこそできる深い意見交換をしていきたかったからです。

interviewee

そんななか、なぜサイカにジョインしたのですか?

interviewee

自分はドメスティック企業や外資系企業、スタートアップから大企業、コンサルタントから事業会社とさまざまな越境を繰り返してきて、職能はずっとデータ分析に軸足を置いてきて、キャリア形成が希少な部類だと思います。さらにそれぞれの場所で、データベース設計・運用設計・施策・成果とあらゆるフェーズの数字と向き合ってきたのですが、経験的に、一部だけ最適化してもうまくいかない場面をたくさん見てきました。横断的にやりきるのは組織全体の思考体力が不可欠だと思っていて、粘り強さが必要です。サイカにはその粘り強さがあると思います。まずトップの平尾さんが粘り強い。だからサイカのツールは本質的に使えるツールになると思った。そして、しっかりと使えるものするためにサイカにコミットしたいと思いました。

まわりの影響を受けながら自分が変化し続ける

データ環境がコモディティ化したときに一番価値が出てくる。

interviewee

データ分析を成果に結びつけることは学術的な理論や分析ツールを磨き上げることですか?

interviewee

成果を出すポイントがいろいろあると思いますが、マーケットインとプロダクトアウトの折衷が必要です。論語に「中庸」という言葉があります。中庸とは「普通」ということではなくて、壮絶な状況だと考えています。真ん中の状態を保つのが一番難しいし大変です。いろいろな角度から見ても、事象に対して平静や公正を保つのはすごく難しい。いまのデータサイエンティストという言葉もそうです。理論か応用かどちらかに寄ると安定するのは当然ですが、極端に寄ることは本質的でないと思います。越境すること、一番の緩衝地帯で、摩擦の大きいところで踏ん張るのが一番しんどいし、だからこそ価値があると思います。そこを真剣にできれば、やれる人が少ない事ができるようになって、コモディティ化したときに一番価値が出てくる。マゼランにはそういうツールになって欲しいと思っています。

interviewee

最後に、才能開花をどのように捉えていらっしゃいますか?

interviewee

僕はもう才能開花というには気恥ずかしい年齢になっています(笑)。でも、一番いい化学反応が起こる状態を模索したいです。自分と他者が関わって一番大きな掛け算になる。年齢を重ねて本質的な問いが解けてくるところはあると思います。若いときには無かった驚きはあります。成果の総量を大きくすることができた時には驚きます。直線的な計算スキルアップに限っていえば、頭の回転とか集中力の持続とかの観点から、絶対に若いほうがいいんです。でも、曖昧な特徴量を組成することや全体設計をすることは若いうちの経験では足りないので、それを模索しています。もはや才能という言葉じゃないフェーズに自分がいることを喜んで、まわりが才能開花をしてもらうための道をつくりたいです。

interviewee

ありがとうございました。

取材を受けてみて

interviewee

こんなに自分のことをお話ししたのは初めてで、率直に恥ずかしく思います。すこしでも、どなたかの今後の参考にして頂ければ、こんなに嬉しいことはありません。ありがとうございました。

XICA academyをなぜ立ち上げようとしたのか?

XICA-Academyをなぜ立ち上げようとしたのか?
2016年1月よりサイカでは新しい取り組みを始めました。それは新しい変革のためのプロジェクトを推進する人材を育成することを目的としサイカアカデミー( https://xica.net/academy/ )。昨年にパイロット版(僕たちは“0期”と呼んでいます)を始動させ、僕自身もその0期生のひとり。所属部署の異動によりこのプロジェクトに関わるようになって湧いてきた「そもそもなぜサイカがこの取り組みを始めようと思ったのか?」という疑問を、サイカアカデミーの立ち上げに関わった事務局3名に伺ってみました。そこには3名だけではなく、立ち上げに関わったすべての方の共通の想いがありました。

きっかけは「夢を追う人がめげないようにしてあげたい」という想い。

interviewee

今日はよろしくお願いします。

interviewee

よろしくお願いします。

interviewee

よろしくお願いします。

interviewee

よろしくお願いします。

interviewee

サイカアカデミーを立ち上げるきっかけはなんだったんですか?

interviewee

プロジェクトチームを立ち上げたのはちょうど1年前です。でも、実はその半年くらい前から「こんなのできたらいいよね」という話はありました。そもそもはサイカが提供している統計分析ツールを活用していただくために「データを活用できる方とできない方の差はどこにあるのか」を掘り下げて議論していたところがスタートなんです。その結果、考えついたところがサイカアカデミーのベースの考え方にもなっている目的から実行までの分析フロー。

XICA-Academyをなぜ立ち上げようとしたのか?

interviewee

ビジネスでデータを活用するためには、この工程を何回も繰り返すことが必要なんですよね。でも、アデリーは分析工程の手段として提供されているツールなので、その前後をしっかりと整理することが求められるです。クライアントと向き合っていくなかで、データを活用できる方とできない方の差は分析工程のスキルではなく、そもそもの「目的や仮説設定ができている」ことや「周囲を巻き込んでアクションできる」という部分にあることが分かってきました。そこで、分析以外のフローの支援ができる枠組みを作りたいなと思ったのが立ち上げのきっかけです。目的の設定や仮説設計、周囲の巻き込みは“人”が介在するところなので、「データと人のちょうどいい距離感」を探しにいきたいと個人的に思いました。そして、それがサイカにも必要なことだと思ったんです。

XICA academyをなぜ立ち上げようとしたのか?
株式会社サイカCOO 山田

interviewee

もともとは山田さんの研究してみたいテーマのひとつでもあったんですね。

interviewee

そうですね。それを体系立てて伝えられることができればサイカの事業も広がると思いました。いろいろ調べてたんですが、人とデータの実用的な距離感のようなことを纏めている資料は見つかりませんでした。「どうすればデータ分析がうまくいくか」というスキルに注目しているところはたくさんあるんですけど…。

interviewee

このあたりを突き詰めていくうちに「サイカはどんな組織でありたいか?」ということを考えるようになり、「夢を追う人がめげないようにしてあげたい」という想いに至りました。そこで、データはその手段だという認識になったんです。データを手段として捉えたときに「どんな人であるべきか」に意識が向くようになりました。これ以上自分だけで考えても考えが広がらないなと思い、講師をやってくださっているICJの吉沢さんを中心に周囲の方々を巻き込んで議論進めていくうちに「結局WHYって大事だよね」というところに行き着いたんです。

interviewee

「夢を追う人がめげないようにしてあげたい」っていいですね。

interviewee

それを考えれば考えるほどいまのサイカアカデミーのプログラムになってきた感じです。そうやって更に深ぼっていくと、これらの考え方は対外的なものだけじゃなくて才能開花も同じことだよなということになり、サイカのコンセプトも明確になってきたんです。

interviewee

そのプロセスで松浦さんや(木下)紫乃さんが関わるようになったんですよね。きっかけはなんだったんですか?

interviewee

タイミングでいうと吉沢さんたちと議論を始めたあたりですね。そのときから「夢を追い続ける」や「組織から飛び出すのではなく、組織を変革していく」というキーワードがでてきましたね。そのブレストから現在のプログラムの大枠は変わってないんですよ、実は。そのときからみんなで「やっぱWHYだよね」って。

interviewee

もともと松浦さんもWHYの重要性を感じていたってことですよね?

interviewee

そう。それは、あの議論に参加した方はみんな一致してましたよね。

interviewee

してましたね。そして、サイカアカデミーをいよいよちゃんとプログラムにしようとしたときに運営メンバーも必要だったので、もともとの問題意識や経験から松浦さんと紫乃さんにお願いしました。

interviewee

山田さんとは元同僚だったんですけど、最初は「このプログラムを運営できる人を紹介してほしい」と言われたんです。いろいろ聞いるうちに、おもろしろそうだったんで私が関わるようになったんです。そのとき関わっているメンバーに女性がひとりもいなくて…多様性を考えたときにも関わりたいと思ったんです。松浦さんや吉沢さんももともと知り合いだったのもありますし。「データを扱っている会社がなんで教育とか扱うの?」という知的好奇心も湧いたんですよね。

interviewee

そんななかでも一番興味を持ったところはどこでした?

interviewee

そういう意味では、このメンバーかな。内容ももちろんなんだけど、このメンバーなんだからきっとおもしろいんだろうなっていう直感。

interviewee

サイカに関わる方の価値基準に“人”っていうのはよく出てきますよね。人を巻き込んでいくという話では、先ほど松浦さんが「組織から飛び出すのではなく、組織を変革していく」とおっしゃっていましたが、組織のなかにいなくても変革は推進できるんじゃないかなと思うのですが…。

interviewee

組織のなかで新しいことを始めようとすると、抵抗勢力も出やすいですから心折れている方はたくさんいるんですよね。出る杭は打たれますし。だからといって、組織から出たからできるものでもないと思うんです。「ダメだったから、組織から出る」と考えるのも落とし穴だと思うんですよね。自分が与えられた環境のなかで才能開花をしていくことや新しい変化を起こしていくことが大事なのかなと思いますね。そのために必要なことを利害関係のないサイカアカデミーというプログラムを通じて、同じような想いをもった仲間とつながってお互い勇気付けて学び合いながら、自分の現場に戻っていくというようにしたいんですよね。

interviewee

ほんと最初の立ち上げから目指しているものは変わらないんですね。

interviewee

そうそう、大きく方向転換はしてないですね。

interviewee

それでいうと僕らがサイカアカデミーを作るWHYはブレていないですね。みんな一致してましたから。それこそHOWの部分ではいろいろ考えの違いとかはありますけど。

がむしゃらにやり続けたからこそ、WHYの必要性を感じることができる。

interviewee

どうしたらWHYは必要だと感じれるようになるんでしょう? 必要じゃないと思っている人を変えるためにはどんなアプローチができるのかなという疑問があります。

interviewee

逆にそれはパイロット版を受けた加藤さんに聞きたいです。それがヒントかも。

interviewee

加藤さんはWHYがあったときとなかったときの違いって覚えてます?。

interviewee

僕は「目の前にあるものに真剣に向き合っていればなにか見えるんじゃないか」ということは漠然と考えていたんです。だから、がむしゃらにやってみて答えを見つけてみようという感じだったんですよね。だからサイカアカデミーでWHYのことを知ったときに今までのものがすごく整理できたんだと思います。

interviewee

なるほど。行動が想いと結びついて体系化された感じだったんですね。

interviewee

そうですね。WHYの必要性は感じていなかったというより、整理する方法を知らなかっただけなんですよね。

interviewee

0期生にも同じようなことをおっしゃってた方がいましたね。「僕はこれのためにいろんなことをやってたんだなって気づいた」と。

interviewee

やはりそこは過去の自分の経験から感じられるものがあるんですよね。今まで言語化・体系化ができていなかったことが整理されたという感じですよね。

interviewee

このプログラムは「これまでがむしゃらに仕事に向き合ってきたけど、これから自分はどこに向かうんだろう」と感じている人が一番変われるんじゃないかな?と他の0期生の方も言ってました。

interviewee

0期のDay5で講師の村中さんがおっしゃってましたけど、ある程度までキャリアを積めばスキルの部分はやり尽くしちゃんですよね。そこから先の頭打ち感。それを突き抜けるために必要なことを考えなきゃいけなくなるんですよね。

なぜWHYが大事なのか? それは世の中が変化してきたから。

XICA academyをなぜ立ち上げようとしたのか?
事務局・木下紫乃さん

interviewee

いまの世の中、周囲が見えすぎちゃうという問題はあると思うんですよね。仕事や働き方の選択肢が増えましたし、それが可視化されてる。昔よりもアイデンティティを考える機会が多くなってきてるからこそ、WHYを探らざるを得ないのかなとも思うんです。

interviewee

先日、東洋経済の記事で「愛社精神」に関する記事を読んだんですけど、結構考えさせられました。昔は当たり前だった「愛社精神」ということが、いまではそうじゃない。同じ会社に居続けて墓場まで保証してくれるなんてことはないので、僕らはいろいろと選択しないといけないんです。それを選ぶために「自分はどうしたいか?」ということを問われ続けるのは苦しいですよね。でも、それを習慣付けられたら「自分が考えて決めない限りは結果も出ないし評価もされない」と思えるんです。価値基準が自分にないと生きていくのは大変になってくる。そういうことをリアリティを持って感じられたときに危機感が持てるのかなと思います。

interviewee

山田さんはWHYの大切さにいつ気付いたんですか?

interviewee

サイカに入ってからですかね。サイカ入っても最初は全然思ってなかったです。

interviewee

私、久しぶりに山田さんに会ってびっくりしましたもん。いかに物事を効率的に進めるかを考える人だと思ってた。

interviewee

一緒に働いてた時と全然違いますよね?(笑)

interviewee

だから私は山田さんのビフォーアフターを知って…当時はWHYとか言うような雰囲気はなかったよね。そこの対極にいる人だと思ってました。

interviewee

でも大学では心理学を専攻されてましたよね? 心の動きとか興味がありそうですけど。

interviewee

仕事柄「人が変わるためには?」という切り口で心の変化を考えたりはしますが、以前はそこにWHYは挟んでなかったですね。役割認識・当事者意識をどう変えていくのか?ということばかりに注意が向いてた。職業役割としての内面理解みたいな感じ。

interviewee

WHYを見つけた前後の変化は自分では説明しにくいですよね。そこは紫乃さんから客観的に見て山田さんはどう変わってましたか?

interviewee

いや、もう別人(笑)変容の過程を知らないんですけど、会ったら変わってましたね。年齢や経験で重ねる変化だけじゃないパラダイムシフトがあったんだろうなって感じかな。

interviewee

山田さんは僕を見て変わったと思います?

interviewee

それは超思います。加藤さんがサイカアカデミー受け始めたときは「なんかモヤモヤしてるなぁ」という感じでした。以前は、任されたことにがむしゃらに向き合ってるんですけど、あまり一貫性みたいなことはなかったような気がします。拾えるボールはすべて拾う感じは、いまも変わらないんですけど…。WHYの話を組織内でするようになったのが一番大きいな変化かな。そのおかげで当たり前のようにそれを起点に議論ができるようになった気がする。

interviewee

たしかに最近は“自分の想い”を起点に議論が始まることが多いですね。

interviewee

サイカアカデミーを始めたことで、社内でも「個人のWHYが大事だ」という認識が深まってきてると思います。そういう意味では加藤さん個人が変わったというより加藤さんとか平尾がそれを伝え続けることで組織が少しずつ変わっていってる気はします。その組織の変化のど真ん中に加藤さんがいる感じ。

学び合えるコミュニティへ。

XICA academyをなぜ立ち上げようとしたのか?
事務局・松浦貴昌さん

interviewee

今後サイカアカデミーを通して変えていきたいことはありますか?

interviewee

僕自身の問題意識は「働き方の多様化」にあります。サイカアカデミーを通して伝えたい根底には「自分がどう生きるか?」ということがあるんです。なので、そこがより深く伝たえていきたいですね。どんな職業の方でもいい。「なにをしたいの?」と「現場でなにをやるの?」を繋いで、「あなただからこそのスペシャリティ」を提供できるようにしていきたいですね。

interviewee

なるほど、自分自身の想いをベースに組織でどう行動していくかということですね。そこは第1期でもかなり苦戦している方がいますが、“個人のWHY”と“組織のWHY”を結びつけるのはすごく難しいですよね。組織を変革するためには「個人が組織にどう向き合うか」と「組織が個人にどう向き合うか」という両方の側面があるのかなと思うんです。

interviewee

“個人のWHY”と“組織のWHY”を結びつけようとしたときに、そもそも会社のWHYが明確じゃないとか、形骸化されてしまっていて、そこにコミットしている人が全然いないとかもありますよね。そういった場合、自分のWHYを重ねようがないですよね。そうなったら自分で組織のWHYを作りに行くか、出るかのどちらかしかないんですよ。どちらにしろそうやって自ら進んで変革できる人を増やしたいと思っています。

interviewee

松浦さんと紫乃さんは学生を対象とした教育プログラムを実施したりもしていますが、若い方たちに対するアプローチも可能性としてありますか?

interviewee

XICA-Academy Jr. みたいな?(笑)できるならやってみたいですね。

interviewee

WHYを考えるのに年齢的に早すぎるみたいなことは?

interviewee

それこそWHYは幼いころから考えるべきだと思います。WHYは経験によってどんどんブラッシュアップされていくものだから、早い段階から考えるクセはつけたほうがいい。それを考えさせない教育がずっと続いていたと思うんです。いままではそんなこと考えなくて済んでたのかもしれないけど、そうもいかなくなってきます。若い世代から学校の勉強のほかに自分を考える時間は作ったほうがいいと思いますね。そういうのを考えるための場所を作ることも必要かもしれませんね。

interviewee

それは松浦さんも同じ意見でしょうか?

interviewee

学びあえるコミュニティは大事だと思いますね。炭素って繋ぎ方によって炭にもなるしダイヤモンドにもなるじゃないですか。しかもダイヤモンドはダイヤモンドでしか磨けない。そういう人たちが集まる場で学び合えたらいいと思います。

interviewee

みなさんありがとうございました。

対談を終えて

この対談を終えて感じたことは「何事も起点となっているのは“人”だ」ということ。みなさんの話を聞いたり近くで仕事を見ていて感じていたことを改めて感じました。僕自身も「人と人をつなげたい」という想いを起点に、このアカデミーを通じて継続的に学びあえるコミュニティを作っていてたらと思います。

この記事を書いた人

周囲を巻き組むために必要な“本当の想い”に気づく 〜 XICA academy Day5 〜

サイカアカデミー事務局の加藤です。1月16日に開講したXICA academy第1期。そのDay5が2月20日に開催されました。講師に村中剛志氏をお迎えし、プロジェクトを進めるために周囲に協力を得るための“巻き込み力”についての講義を行いました。周囲を巻き込みための“スキル”に関するインプットを行ったのちに、講義の多くの時間で「周囲を巻き組むために必要な“本当の想い”に気づく」ためのワークを行いました。
周囲を巻き組むために必要な“本当の想い”に気づく
講師の村中剛志氏

Doingは成長を促進するもの、Beingはありのままを受け入れること

村中氏の講義では、プロジェクトを推進するために必要なスキルを“Doing”、それを支える想いを“Being”とし、それらを統合させ上手に選択することが大切だとご説明いただきました。そのなかで“Doing”として周囲を巻き込みために必要な考え方や関係性の重要性を解説していただいたのちに、グループワークを行い、「いま自分の心に起こっている変化に気付くこと」と「本当に大切にしている想い」として“Being”と向き合いました。
周囲を巻き組むために必要な“本当の想い”に気づく
ペアになり、自分の心に起こっている変化を共有し合いました。
周囲を巻き組むために必要な“本当の想い
ニーズカードを用いて、大切にしている想いを深堀りました。
周囲を巻き組むために必要な“本当の想い
大切にしている想いを他者からのフィードバックから探ります

受講者からはさまざまな視点での振り返りがありました。

講義終了後、以下のような受講者の振り返りがありました。

interviewee

巻き込みについて、これまでの私は互いの利害が一致し、目指す方向が同じ場合にうまくいくと考えていた。いまは、巻き込んでいきたい相手の内面の特徴を知ることが大切と考えている。そこで私は、仲間のBeingを普段から気にかけたコミニュケーションに取り組む。

interviewee

ニーズについて、これまでの私は自分のニーズは自分に主に向いており、他人はあまり関係ないと考えていた。いまは、他人が自分のニーズに大きく関わっていると考えている。そこで私は、他人とのコミュニケーション、関係の質を大事にすることに取り組む。

interviewee

自身のニーズとWHYについて、これまでの私はニーズは自身に欠けている物と考えていた。自身のニーズに起因するWHYとそのコンテキストについて、それらは欠けているから補いたいと物である認識しており、その状態に説明がつくため変化させたいと考えていた。いまは、ニーズは自身に既にある物と考えている。ワークショップを通して、自身のニーズは既に満たされているという客観的な示唆が与えられたことで、実感は十分でないながらも自身に備わっており、衝動的に追求するものではないと考えている。そこで私は、ニーズを受け入れWHYを明確にする事に取り組む。自身のニーズは「自身の成長と自身の居場所」だったことを認識し、公私を問わず周囲を巻き込むためのWHYにするため、言語化と明確化に取り組む。

interviewee

巻き込みについて、これまでの私は相手の利害にあわせ、自分から発信するこ力が重要だと考えていた。と考えていた。いまは、自身のニーズが何であり、それが満たされたらどう考えるのかの視点から捉え、アクションすることが大事だと考えている。そこで私は、自身のニーズの把握をして、アクションをする前にチェックすることに取り組む。

たとえ同じモノと向き合っていても、向き合い方によって考え方は多様になります。そのときに「自分はどのようなフレームを通じて物事と向き合っているのか」をしっかりと把握する必要があると感じました。そのためにも「自分はどんなことに心が動き、どんな想いを大切にしているのか」を知ることが大切だと改めて学ぶことができました。

この記事を書いた人

サイカは5年目に突入しました

おかげさまをもちまして、株式会社サイカは2月20日に4周年を迎えることができました。これもひとえに皆様のご愛顧のおかげと、メンバー一同感謝の気持ちでいっぱいです。 そこで、前日の2月19日に日頃お世話になっているクライアントさまやパートナーのみなさまをご招待し、4周年記念パーティを行いました。
サイカは5年目に突入しました。
今年は、昨年末にリリースした営業行動分析に特化したRockhopper( http://xica-inc.com/service/rockhopper/ )や現在開発中のプロモーションに特化したマーケティング分析ツールなど、業界に特化した統計分析ツールを提供することに集中いたします。また同時に、データを活用するために必要な“考え方”を学ぶことができるXICA-Academy( http://academy.xica-inc.com/ )も開講いたしました。「すべてのデータに示唆を届ける」ためにさまざまなアプローチから価値を提供できるよう頑張りたいと思います。

コーポレートサイトを刷新いたしました。

また、5年目に突入したタイミングでコーポレートサイトをリニューアルいたしました。今後はサイカに関わる“人”を起点とし、取り組んでいる“こと”を紹介できるサイトとしてみなさまに情報を発信いたします。サイカのミッションでもある「才能開花を支援する」ことにも積極的に取り組んでいこうと思っております。 5年目も何卒よろしくお願いいたします。

データで“客観力”を身につける 〜 XICA academy Day4 〜

サイカアカデミー事務局の加藤です。1月16日に開講したXICA academy第1期。そのDay4が2月13日に開催されました。今回は弊社代表取締役CEOの平尾が登壇し、データ分析に必要な考え方について講義しました。昨年schooで開講した「実践的データ活用」をベースとし、具体的な事例を交えながらデータを分析するときに気をつけるべきポイントを解説しました。その後、講義の大半を使いDay3で考えた課題・仮説をデータに変換し分析、検証をするためのワークを行いました。
WHYを持って戦略に落とし込もう
講師の平尾喜昭

“あるべき姿”とのギャップから課題を特定する。

今回の講義のテーマは「WHYを実現・実行に近づける」ことでした。そのためにそれぞれが抱えている課題を特定し、仮説を立てることをメインのワークとし、講義が進められました。課題の特定を仕方などの講義を行ったのち、受講生それぞれが自身のプロジェクトの“あるべき姿”と“現状”を認識し、そのギャップを埋めるためにどうすべきかを考えるワークを行いました。 まずはテーマを設定し、それに影響を与えている要因の洗い出しを体験してもらいました。
WHYを持って戦略に落とし込もう
テーマは「2020年東京オリンピックの外国人動員数を最大化させる」
WHYを持って戦略に落とし込もう

受講者からはさまざまな視点での振り返りがありました。

講義終了後、以下のような受講者の振り返りがありました。

interviewee

データ分析について、これまでの私は分析知識を持ち自らデータを分析をガッツリできる人しかできないものだと考えていた。いまは、Data executorとして、全体コーディネートができる大局観が必要なのだと考えている。そこで私は、「DataExecutorとしてデータで分析すべきこと」と「データではわからないことについて概念として整理し、ケースバイケースで使い分けができるよう思考を整理すること」に取り組む。

interviewee

データ解析について、これまでの私は専門家の間で広く深く議論を重ねることがブレイクスルーにつながると考えていた。いまは、全く関係ないグループも巻き込んでいくことも戦略の一つと考えている。そこで私は、専門性の全く異なるチームとの連携に取り組む。

interviewee

データ分析の分類について、これまでの私はどんなときに何を利用すれば良いか分からないと考えていた。いまは、注目データ×明らかにしたい事のマトリクス表で、整理可能と考えている。そこで私は、このマトリクス表をもとにお客様課題解決の提案に取り組む。

interviewee

データ分析というものについてこれまでの私は、数字やエクセルと向き合うものだと考えていた。いまは、「目的」から実現するために何をすべきかを考え、実行し、実現させる流れの中で必要となるものと考えている。サイカアカデミーでは繰り返しそのメッセージを受けているように感じるが、今回で以前よりも肌触り感をもてるようになってきた気がする。そこで私は、そこで私は、肌触り感を高め自身のスキルとして取り込むために、今回学んだ一連の流れを日ごろの業務で取り入れて実行することに取り組む。

サイカでは、お客様に分析のフローを説明する際に以下の説明をしています。
分析のフロー
今回の講義で一番感じたメッセージは、「どのフェーズでもメンバー同士で議論することが重要だ」ということでした。どうしても分析は個人作業になりがちですが、メンバーと議論することでひとりでは考えれらなかったようなアイデアが生まれてきます。今回は「2020年東京オリンピックの外国人動員するを最大化する」ことをチームで議論し、その要因を洗い出すことで体験できたのではないかと思っています。

この記事を書いた人

“どうしようもない悲しみ”をこの世からなくしたい

私事ではあるが、昨年の半年間、新規事業の立ち上げに参画した。やるべきことを決め、実行出来るチームを組み、「さあ」という所で頓挫した。スキルは揃っていたはずなのに、だ。だから私はサイカのチームはどのようにして動いているのか非常に興味があった。何がメンバーをチームを動かすのか。 まずは、サイカのCEOである平尾さんに話を伺った。印象に残っているのは、平尾さんを突き動かす原動力の強さ。経歴だけを見ると異色と感じるが、根底には1つの想いがあった。そして、バンドのような多様性あるメンバーがそろったチームは彼を中心に動いている。統計分析ツールを作っているのではなく、「どうしようもない悲しみ」を無くすため、全ての人が才能開花をした幸せな状態でいるために。何が足りなかったか。1年前の自分は気づかなかったことを聞かせてもらった気がした。

「父の会社が倒産した」から始まった人生のスタートライン

サイカ編集部

今日はその立ち上げた思いの部分を聞きたいなと思っております。まずは、どういう経緯でサイカを起業されたのでしょうか。

平尾 喜昭

そもそもの想いでいうと13歳、中学1年生までさかのぼります。僕の父が務めていた会社が倒産たんですね。一介の課長だったんですけど、会社の倒産をコントロールできるわけもなくて、倒産することを知ったのが12時間前という、まさにどうしようもできない不幸でした。そして倒産後は本当に悲惨でした。ここでは語り切れない不幸が起きて、そのなかで疲れ果てていく父を見たときに、「この世には”どうしようもない悲しみ”というものがあるんだな」と感じたんです。それで、その”どうしようもない悲しみ”をどうにかしたいという漠然とした思いが中学の時に芽生えて、それが僕の人生の目標になったんです。

サイカ編集部

父親のどうしようもない悲しみを肌で感じ、それを解決しようと。

平尾 喜昭

この会社を経営するまではずっとバンドをやってました。”どうしようもない悲しみ”をなくすためにできることを考えたときに、僕自身が音楽に悲しみを救われたりとか前向きになれたり、助けてもらった経験があったので、音楽で人の”どうしようもない悲しみ”をなくすことができるんじゃないかと思い、バンドマンを志すようになりました。 高校卒業してからプロを目指すようになり、音楽で食べていこうとするわけなんですけど、そこからサイカを創業するまでにさまざまなきっかけがありました。 まず、22歳のときに大学のゼミに入るんですけど、きっかけは音楽だったんです。音楽周りのマネジメントを学ぶためでした。当時ひょんなきっかけから韓国でライブができるようになったんです。そこで、韓国人と日本人のオーディエンスの違いを強烈に感じました。 たとえば韓国のオーディエンスって、知らないバンドが出てくると、「なんだなんだ」と前に来てワーワー騒ぐんですね。逆に日本のオーディエンスは、一回目のライブでは後ろの方で腕を組んで、まずは盛り上がらずに観察をする。だからと言って二回目以降のライブに来ないかと言うとそうではなくて、意外に二回目以降のライブも来てくれて成長の過程自体を楽しんでくれたりする。逆に、韓国のオーディエンスは一回目のライブ勝負で、初見がつまらないと二度とライブに来てくれない。こんなに違うと、目の前にいる韓国のオーディエンスについて、背景の違いをしっかり理解しないと、彼らが感動する音楽は作れないなと強く感じました。何が違うんだろうと考えた結果、一番の違いは政治経済だと気付きました。 そこで経済学を学ぶゼミに入りました。僕の所属していたゼミではストイックに経済政策を作らせるんですね。机上の政策ではなく、自分の考えた政策が経済に及ぼす影響を検証するところまで求められました。つまり、定量的な証明ができないとダメだったんですね。それがまさに統計分析との出会いでした。

サイカ編集部

大学時代にサイカの武器である統計分析を学ぶんですね。

平尾 喜昭

ちゃんと数字で明らかにしなくてはいけない世界に触れて思い起こしたのは、父の会社が倒産するという原体験でした。父の倒産した会社は、昭和を代表する名経営者が作った会社だったんですね。彼の経験や勘にみんなが従って成功したわけです。逆に、彼の経験や勘に従い過ぎて総崩れした、そういった会社だった。もし彼の手元に”超定量的な世界”があったら、彼の経験や勘は正しく生かされて、会社もつぶれずに済んだのではないか、とゼミで学んだ時に思ったんです。

サイカ編集部

“どうしようもない悲しみ”が統計分析によって解決出来たかもしれないと感じたわけですね。

平尾 喜昭

0.01%の可能性かもしれませんが、防ぐことができたかもしれない、少なくとも父の会社はそれにあたるんじゃないかと思いました。そこで点と点がつながり、統計分析をビジネス業界一般に浸透させることを自分の道にしようと「サイカ」を起業しました。もちろん、10年以上音楽で生きていこうと思っていた自分としては、本当に悩みぬいたうえでの決断でしたが、その分、強い決意を持った意思決定でした。

父の会社を救うことが、すべてのビジネスパーソンを救うことにつながっているんじゃないか

サイカ編集部

統計の世界といっても、起業以外にも道はありますよね?

平尾 喜昭

それは、めちゃめちゃシンプルです。父親の会社が倒産したときに「この世に安定なんかない」と心から感じたので、勤めるという選択はありませんでした。本当の安定を手にするためには、自分の腕を磨くしかないと思ったんです。音楽を本気で志していた理由も同じです。また、データ分析や統計分析の活用されてる世界が金融や政治というハイエンドな業界に偏っていたということも、起業を選んだきっかけです。でも、そもそも僕の目的は「どうしようもない悲しみ」をなくす、父のような会社を救うというのがスタートなので、一般の企業、ビジネスパーソンが触れられる状態じゃなきゃダメだし、そういう会社はほぼなかったので、作るしかないと思いました。

サイカ編集部

悲しみっていうのがハイエンドの世界のものだけじゃない、みんなにあるっていうところですよね。その「どうしようもない悲しみ」というのは統計で解決できるんじゃないかと大学で学んだわけですね。

平尾 喜昭

はい。大学で学んで、その提供する先としては、ひろくあまねくにしたかったから、どこかに属して一部のために貢献するのではなく、みんなのために貢献したいという場を作りたいと思い起業したっていうのがあります。

すべてのデバイスに”データ分析”という部品を提供をすること

サイカ編集部

そのような想いがあって起業されたのですね。初めからプロダクトの提供を考えたのでしょうか?

平尾 喜昭

そのサイカも最初はコンサルティングで立ち上がったんです。僕たちがプロ向けの統計分析ツールを使えたので、クライアントから分析ニーズをヒアリングしてデータを頂戴して分析結果をレポートするという、分析コンサルをしていました。ただ1年弱走ってみて気づいたのが、外部者からのレポートだと、クライアントの意思決定に繋がらないんですよね。当たり前ですが、統計分析には「仮説」と、それを下支えする「問題意識」が必要不可欠です。だけど、僕たちがクライアント以上にクライアント企業の仮説や問題意識を持つことは難しくて、結局僕たちからのレポートは社内報告用の“一つの見方”程度にとどまってしまう。要は、アクションにまで繋がる納得感を提供し切れなかったんです。そんな状況を目の当たりにしてきたなかで、このまま外部者として分析レポーティングを繰り返すよりも、仮説や問題意識を持っているビジネスパーソン自身が扱える分析ツールを開発して提供した方が本質的に価値のあるサービスなんじゃないか、と思うようになりました。そのような経緯があり、2013年の10月、「アデリー」という「誰でも簡単に統計分析ができる」というコンセプトのWEBアプリケーションをリリースしました。それが統計分析のコンサルからプロダクトを作る会社になった、いわゆるサイカの第二創業でした。

サイカ編集部

ステージがコンサル業からITになる。プロダクトを作って使ってもらうスタイルに移行したんですね。

平尾 喜昭

そして実は今、プロダクト提供企業としてさらに進化しようとしています。先ほど話した誰でも簡単に統計分析ができる「アデリー」というサービスですが、リリースから2年弱提供していたなか で、さらに見えてくる課題がありました。結局、アデリーを活用できていたのって、問題意識が強くて仮説がある方々だけなんですね。さらに言うと、仮説設計に向き合うことが業務である、という人でないと使いこなせていませんでした。ただ、そういう仕事にアサインされている人って、大きな企業でもほんの一部でしかない。結局、ほとんどの方々は企画職ではなくて、より顧客や消費者に近い視点で営業したり、マーケティングを実行しなくてはいけない。つまり、彼らをサポート出来ないと、本当の意味ではビジネスの業界をデータ分析でハッピーにできない、“どうしようもない悲しみ”は解決できないと考えるようになったんです。 そんな問題意識のもと、今のサイカは、営業やマーケティングというような“実業務に寄り添ったサービス”を開発する「業務ニーズ特化型」の分析アプリベンダーとして生まれ変わろうとしています。具体的には、営業マンの営業行動を分析できるアプリと、オンライン・オフラインプロモーションの効果をリアルタイムで分析できるアプリを開発しています。 ビジネス現場にデータ分析の価値を届けてこそ、“すべてのデータに示唆を届ける”という僕たちのビジョンは達成されると信じています。

サイカ編集部

IT化が進み、センサーが増えているというところでしょうか。

平尾 喜昭

その通りで、センサー分データがある中で、そのすべてのデータに示唆を届けるということは、そのデバイスを提供している会社のネジとして、サイカの分析ツールがデバイスの部品として使われる世界を目指せたらいいなというのが、最終的な夢です。「全てのデータに示唆を届ける」というのが可能になるのではないか。「どうしようもない悲しみ」を統計分析によって減らせるのではないかと思っています。

誰よりもサイカを語る

サイカ編集部

サイカの成功に向けて、CEOとしてのミッションは何なのでしょうか。

平尾 喜昭

社内に対してと、社外に対してがあると思います。社外に対しては、サイカの独自の魅力を誰よりも深く伝えることができる“語り部”になることが僕の仕事です。社内に対しては、迷ったときに戻ってこれる“軸”でありたいなと思っています。双方共に言えるのは、代表として、誰よりもサイカの夢を言葉にして、そこに向かって引っ張っていく役割を担っているんだと思っています。

才能開花とは

サイカ編集部

サイカという社名は、「才能開花」からきているということですが、平尾さんにとって才能開花とはどういう状態なんでしょうか。

平尾 喜昭

才能開花って、だれかに勝つとか負かすとか、そういう話じゃないと思っていて、“もうやることは全部やり切った、あとは自分の才能で勝負するだけだ”と思い切れる状態なんじゃないかな、と思っています。さらに言えば、あとは才能だけだと言い切れるほどに情報を集め切って、自分を磨きぬいていくプロセス自体が、才能開花だと思っています。そして、その先には納得感や誇りに満ちた本当の意味での幸せが待っていると信じています。 今思うと、そもそも僕の原体験である「どうしようもない悲しみを無くしたい」という願いが強く反映された「才能開花」の捉え方なのかもしれません。

サイカ編集部

もうこれ以上ないという納得感のあるプロセスが重要だと。それが才能開花している状況ということですね。本日はありがとうございました。

取材を受けてみて

平尾 喜昭

今回の取材を経て、僕自身の“どうしようもない悲しみをなくしたい”という「原体験」から、才能開花というXICAの「ミッション」、そして、現行の「事業(ニーズ特化型の分析サービス開発)」に至るまで、真っすぐ芯が通っているのだと強く再実感しました。取材時にも答えましたが、少しずつサイカという組織が大きくなってきている今、誰よりもこの芯をブレないものにして、かつ、より先の未来に繋げていくべく、しっかりと自分の言葉で社内外に発信し続けなければならないと覚悟を新たにしました。

WHYを持って戦略に落とし込もう 〜 XICA academy Day3 〜

サイカアカデミー事務局の加藤です。1月16日に開講したXICA academy第1期。そのDay3が2月6日に開催されました。今回は「「それ、根拠あるの?」と言わせない データ・統計分析ができる本 」や「日産で学んだ 世界で活躍するためのデータ分析の教科書」の著者・柏木吉基氏を講師にお迎えし、Day2で考えたWHYを基に戦略に落とし込むために必要なことを学びました。
WHYを持って戦略に落とし込もう
講師の柏木吉基氏

“あるべき姿”とのギャップから課題を特定する。

今回の講義のテーマは「WHYを実現・実行に近づける」ことでした。そのためにそれぞれが抱えている課題を特定し、仮説を立てることをメインのワークとし、講義が進められました。課題の特定を仕方などの講義を行ったのち、受講生それぞれが自身のプロジェクトの“あるべき姿”と“現状”を認識し、そのギャップを埋めるためにどうすべきかを考えるワークを行いました。
WHYを持って戦略に落とし込もう
WHYを持って戦略に落とし込もう

受講者からはさまざまな視点での振り返りがありました。

講義終了後、以下のような受講者の振り返りがありました。

interviewee

「あるべき姿」を考えることについて、これまでの私は、現時点で自分なりに「あるべき姿を」考えて、理解していると考えていた。いまは、自分が考える「あるべき姿」について人に理解されておらず、自分自身あるべき姿が本当に理解できていないと考えている。そこで私は、「あるべき姿」が人に理解されるよう自分自身納得できるようあるべき姿、現状、課題を考え続け、学び続けることに取り組む。

interviewee

仮説を立てることについて、これまでの私は、Howを細分化するものと考えていた。いまは、Whyを具体化していくものと考えている。そこで私は、仮説を考えたり、ロジカルシンキングをする前に、Whyをきちんと考え、Howにこだわってないか注意することに取り組む。

interviewee

戦略・仮説について、これまでの私は、WHYを突き詰めなくても立案できるものと考えていた。いまは、戦略・仮説はWHY=あるべき姿と現実のGAPを明確な課題と定義し、その課題の設定次第で効果がものすごく変わってしまうものと考えている。そこで私は、自身と組織のWHYについて深掘りし、課題をより明確化させることに取り組む。

interviewee

あるべき状態の定義について、これまでの私は、(割と)日常の業務の中で実施できていると考えていた。しかし、いまは出来ていないことが多くあると考えている。なぜならば、「あるべき状態」の定義をする際に「How」「What」が混ざってしまったまま定義していたからだ。そこで私は、「あるべき状態」「GAP」「現状」の整理を日々の業務や生活の中で出来る限り多く実施し、他人に確認をしてもらうの2つの行動を繰り返し実施することに取り組む。

今回のパートはパイロット版ではなかったため、事務局として参加する私も学びが多い講義でした。特に印象深かったことは「WHYを考えることはスタートラインを引く作業」だということです。WHYには“目標設定”の側面もあるのかなと私は考えているのですが、まずはゴールを設定し、いまいるところをスタートとする。ゴールに向かうためにどのようなルートでどのような手段を使って向かうのか…それを考えるのが“戦略”なのだと改めて整理することができました。 また、それを納得感を持ちながら実現させるためには「個人のWHY」と「組織のWHY」の結びつきも大切です。「組織のWHY」を自分事化できることが課題解決の第一歩なのかなと感じました。

この記事を書いた人

データを活用するために自分のWhyについて考える。 〜 XICA academy Day2 〜

サイカアカデミー事務局の加藤です。1月16日に開講したXICA academy第1期。そのDay2 が先週土曜日に開催されました。Day1ではXICA-Academyの講座全体の説明を行ったのち、それぞれがどのような人生を歩んできたのか、ストーリーテリングを実施。
XICA-Academy Day1
参加者全員が自分の人生を語りました。

WHYを考える

そして、Day2では、インクルージョン・ジャパン株式会社の吉沢康弘氏をお迎えし、「WHYを考える」をテーマに講義とワークショップを行いました。
XICA-Academy Day2
講師の吉沢康弘氏
  • 事業の成功にWHYが不可欠であることを理解する
  • WHYがどのように仮説構築/事業の仕掛け/検証につながるかのイメージがついている
  • 自分自身のWHYの現状を知り、それをどうすべきか試行錯誤が始まる
ことがゴールのDay2は、前半の講義では、
  • ビジネス上でWHYが果たす役割
  • 個人に対してWHYが果たす役割
  • WHYを取り巻く状況の変化
  • 会社員とWHYとの関係
  • WHYは社会的なものでなければならないか?
  • WHYへの自分の関わり方
  • WHYの深め方
について、ご自身の経験を交えながらレクチャーしていただきました。そして後半には、参加者それぞれのWHYについて発表。そのWHYが“どのくらい心に響いたのか”を匿名で点数をつけてもらう…というワークショップを実施。
XICA-Academy Day2
それぞれのWHYを語る。

参加者からはさまざまな視点での振り返りがありました。

講義終了後のリフレクションシートでは、

interviewee

whyについて、これまでの私は、自分とはあまり関係ないものと考えていた。いまは、深めること、真剣に向き合うことで自分だけでなく周りにも変革をもたらすものと考えている。そこで私は、他人にもwhyを促すことで、自分のwhyを深めることに取り組む。

interviewee

自分の持っているWhyについて、これまでの私は、絶対的な何か1つの行動指針と考えていた。いまは、多くのコンテクストを含み、時期とともに変化するものと考えている。そこで私は、自分のWhyを見つけた時、そこにはどのような文脈があるのかということを考え、またWhyの変化を受け入れるように取り組む。

interviewee

自分のWHYについて、これまでの私は、とても難しいものと考えていた。いまは、人のWHYを聞くことやアウトプットすることにより、より磨かれていくものと考えている。そこで私は、人のWHYを聞くこと、自分のWHYをアウトプットすることに取り組む。

という声を聞くことができました。 事務局として参加している私は、起業している方や自分で組織を引っ張っている方は自分自身のWhyと事業のwhyが一致しているけど、会社員は一概にそうは言えない。そんななかで会社員は、自分自身のWhyを事業とどれだけ結びつけることができるかが大きな課題になってくると思う。参加者のみなさんの議論を聞きながら、これからは“Whyを起点に物事を考えて事業にコミットすること”が求められるのかなと印象を受けたし、逆に言えば、組織は個人のWhyを尊重できるようになるべきだなとも感じた。改めて、組織やチームでお互いのWhyを共有することの大切さを感じることができたので、それをどうチームに浸透させていくかを考えてききたいと思いました。 今後も自分自身のWHYに向き合う機会を設け、参加者のみなさんと成長できればと思っています。

次回は「戦略・仮説」

Day3は「日産で学んだ世界で活躍するためのデータ分析の教科書」の著者・柏木吉基さまをお迎えし、「whyからつながる戦略の立て方」「課題の特定の仕方と仮説の立て方」を学んでいきます。

参考資料

サイモンシネック:優れたリーダーはどうやって行動を促すか柏木さまインタビュー:データを”立体的”に見る 〜組織におけるデータ活用〜

この記事を書いた人

データをさらに価値あるものに変える

糸島求一氏
ビジネスシーンにおいてデータはどのように活用すべきなのか。業界を問わず、データを活かして活躍している方々にお話を伺うインタビューシリーズ。今回は、技術者、コンサルタント、マーケッターとさまざまな立場でデータと向き合ってきた株式会社ココチエの糸島求一氏にデータとの向き合い方についてお話を伺いました。

転職を経験し、マーケティングの世界で生きていくという軸は固まった。

─── まずは、ご自身の経歴を教えてください。もともと私は就職活動をしておらず、パイロットになろうと思って試験を受けていました。知り合いの広告代理店で働きながら、試験を受け続け、最終審査までいったのですが、結局落ちてしまいました。そこで、キャリアを考え直さなければならないと感じ、ベンチャー企業への転職を考えました。そのときが25-6歳くらいでした。このとき初めて自分の道が見えてきたと思います。 その後、小売業に転職をしました。そこはコンサルティングファーム出身の方が多く、まさにベンチャー企業でした。そこで初めてサイト構築からマーケティングまでを経験したんです。 この頃からマーケティングの世界で生きていくという軸は固まってきていました。 はじめの頃はナレッジがたまっていなかったので、とにかくトライアンドエラーを繰り返しながら基礎的な分析や戦略作成を経験しました。その会社で7年ほど働いた後、ザッパラスに転職し、マーケティングのリーダーとして知見を活かしながら様々な施策を仕掛けていきました。 その会社では3年間ほど働いたのですが、他にもCRM構築などに関わったり、最終的には経営周りの仕事をプロジェクトベースで担当させていただいたりしました。 その後独立をして、マーケティング、分析に関してお客様にソリューションを提供する事をしています。特にデータから見た施策に関して提供させていただいています。今後はマーケティング × ITで新しい価値を創造しながらマーケットを作っていきたいですね。

データとは、意思決定をサポートするための欠かせない素材。

─── データを利用するうえで気をつけていることはありますか?まずは、データを疑うことです。切り分けの仕方でデータが良いものに見えることがあります。しかし深掘りすると正しくないデータだったりすることがあるんですよね。ですので、その切り分けの仕方は重要です。 そこを正しく判断するために、必ず一度ローデータ(Rawdata:加工前の生データ)を見るようにしています。そこから仮説を立てて分析に取り組むことが多いですね。時には、クライアントと一緒に仮説を立てるということもあります。どちらのやり方も正解だと思うのですが、それはクライアントによって使い分けています。客観性と主観性を交互に行き来しているイメージです。 データは過去のものですので、それぞれの意志によって活用の仕方はいろいろあると思っています。─── では、逆に失敗するのはどのような場合でしょうか?そもそもデータが集まっていないことが原因でうまくいかないことはありますが、データが揃っているのに失敗したということあまりないと思います。仮説に沿って、変化に気付けていればうまくいくのではないでしょうか。それができなかった場合でも、失敗と捉えるより“気づけていなかった”ことを知ることができると捉えるようにしています。 例えば、データを信用しすぎることで、うまくいかないことはあると思います。人間の動きは実際にはあまり合理的ではないことも多く、その点はデータを活用する上で懸念材料になってくることもあるでしょう。データはあくまで意思決定の素材ということを意識すべきだと思います。─── 今後データの取り巻く環境はどうなっていくと思いますか?IoTの時代が来ていますし、 あらゆるものがデータ化されていくと思います。しかし、使い手がそれを活用できていないのも事実です。データを“活用できる人”と“活用できない人”の二極化が進んでいく気がします。

データ分析は意思決定の素材。最終的に「人」や「組織」に行き着く

現在は自社サービスを開発しつつ、大手企業を中心にマーケティングのコンサルティングや実行支援をしている糸島氏。マーケティング出身者は社長には向かない?という言葉も出た糸島氏のインタビューは、ビジネスノマドジャーナルから読めます。

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