連載「デジタルマーケティングのその先へ」第2回

デジタル時代だからこそ見つめなおす、マーケティング活動の原点

デジタルマーケティングの時代になり、多くの企業にとって昨今のマーケティング活動は、マスメディア、デジタルメディア、アドテクノロジー、リアル店舗、ソーシャルメディアなど、消費者の様々な接触チャネルが混然一体となって進められています。こうした混然一体が様々な効果を生み出している一方で、今後企業のマーケティング活動の効果を最大化させるためにはどのような課題があるのでしょうか。第1回に続き、中央大学 大学院戦略経営研究科(ビジネススクール)の教授で経済学博士の田中 洋先生にお話を伺いました。

デジタル時代だからこそ見つめなおす、マーケティング活動の原点

デジタルマーケティングが企業にもたらしたもの

――改めて、デジタルマーケティングの登場は、企業のマーケティング活動にどのようなメリットをもたらしたのでしょうか。デジタルマーケティングによってマーケティング活動はどのように変わったのでしょうか。

デジタルマーケティングが可能にしたことは、「セグメンテーション」と「ターゲティング」ではないかと思います。もちろん、この2つは(デジタル以外の)従来型のマーケティングでも行われていたものであり、マーケティング活動の“コア”となるものですが、当時の「セグメンテーション」と「ターゲティング」は仮説に基づいた“絵空事”でしかなかった。消費者をセグメンテーションしても、その消費者にリーチできる手段がなかったわけです。しかしデジタルマーケティングの登場によって、テクノロジーとデータを活用してその可能性が拡がりました。

実は私は、デジタルマーケティングはマーケティングを“変えた”のではなく、従来型のマーケティングで培われた考え方を活かすために“進化”したのだと考えています。従来型のマーケティングは古い考えなのではなく、デジタルマーケティングの中でこそ、従来型のマーケティングにある様々な考え方が活きてくる。これはこれからも変わらないものだと思いますが、その実現方法はどんどん変化していくのではないでしょうか。

――デジタルマーケティングの中でも最近は特にマーケティングオートメーションに注目が集まっています。マーケティングオートメーションの恩恵についてもお聞かせください。

従来型のマーケティングは、企業側がターゲットとなる消費者を決めてメッセージを投げかけていくものであり、その意味においては能動的なものでありますが、マーケティングオートメーションなどのアドテクノロジーは、消費者の行動に施策を最適化していくという意味において受動的なものであります。この違いに大きな特徴があるのではないかと思います。

FMCG(ファスト・ムーヴィング・コンシューマ・グッズ:食品や日用品、薬品など安価で消費者の購入サイクルが短い商品)のように、セグメンテーションがはっきりしていて膨大な数の消費者をターゲットにできる場合には、従来型のマーケティングでも効果が上がるのかもしれません。しかし、例えば新しいビジネス・サービスのように消費者の中に潜在顧客がどこにいるのか明確ではない場合には、マーケティングオートメーションのように、消費者の側から生まれる反応をきっかけにして、どのような施策を行っていくのが有効なのかを考えるというアプローチが可能になりました。従来のマーケティングが“魚をモリで突く”方法であれば、アドテクノロジーは“広く網を仕掛ける”方法と言えると思います。

この手法は、仕掛けた網に反応してくれた消費者にどのようにアクションを起こすかを考えるものなので、企業側が考えていたターゲットの想定を外してしまうことで消費者からの反響が得られずにマーケティングが失敗するというリスクは軽減されます。これは従来のマーケティングではなかったことではないかと思います。

デジタルマーケティングは“将来の顧客”を育てられているか

――アドテクノロジーの登場は、マーケティング活動の失敗リスクを軽減し、効率化を実現するというメリットがある一方で、施策の評価が“どれだけ効率的に結果(コンバージョン)を生むか”に集中し、マーケティングプロセス全体の検証や改善といったディープシンキングが軽視されるようなったのではないかとも思います。アドテクノロジーはマーケティング活動の在り方にどのような課題を生み出しているのでしょうか。

ある意味、デジタルマーケティングに勝っているものはブランドマーケティングのような考え方なのではないかと思います。効率的にコンバージョンを追求しようとすれば、極端な話をすれば300人の潜在顧客に対して集中的にマーケティングを行なえばいいわけですが、実際にはそうはいきませんよね。ブランドや商品・サービスの認知を消費者に浸透させることで、消費者の中にニーズが生まれた時に自社の商品やサービスを想起してもらわなければ、そこでコンバージョンは生まれません。

もちろん、効率よくピンポイントでターゲットとなる消費者に深く入り込んでいくマーケティングも有効な手法です。しかし、消費者の中にいつニーズが生まれるかということは、企業側は想像できるものではない。だからこそ将来生まれるニーズに備える必要があると思うのですが、デジタルマーケティングがもたらす効率化(ターゲットの絞り込みによるコンバージョンの追求)に企業が偏重してしまうと、こうした消費者の将来のニーズ変化に対してブランドや商品・サービスの認知によってコンバージョンを獲得するという動きは起きにくくなってしまうのではないかと思います。

かつては、こうしたブランド認知の拡大をテレビなどのマスメディアやリアル店舗が担ってきました。しかし、デジタルマーケティングだけでどこまでブランド認知が形成されるかというのは未知数だと思います。もちろん、GoogleやYahoo!といったデジタルメディアで出来る部分はあります。ただ、それを広く消費者に浸透させることができるかどうかという点は、これからの研究課題なのではないかと思います。

デジタル時代だからこそ見つめなおす、マーケティング活動の原点

メディア接点によって異なる、“情報の質”

――確かに、デジタルを使ったブランド認知施策にもコンバージョンの獲得効率を求めてしまったり、他のインターネット広告によるコンバージョンにデジタルによるブランド認知施策が貢献しているという因果関係が理解できなかったり、デジタルマーケティングの現場ではこうした課題が多いように感じます。

ブランド認知によって商品が売れる場合と消費者が能動的に調べて熟考して購入する場合とでは、消費者のアプローチが異なるということを理解しておく必要があると思います。つまり(テレビなどを通じて行われる)ブランド認知は受動的に行われるものであり、(ネット検索などを行う)購買行動は能動的に行われるものだということ。加えて、受動的に人間が受け取る情報と、能動的に人が取りに行く情報では“情報の意味”が大きく異なると言えるのです。情報の意味とは、消費者がどのように情報を活用して購買に至るかというそのプロセスのことです。

例えば、テレビ広告を使ったブランディングでは、ブランドを想起させる手掛かり(ビジュアル、サウンドロゴ、BGM、キャラクター、広告のムード・雰囲気など)を消費者の記憶の中に浸透させ、その認知と全国規模の商品展開によって、消費者がお店で商品を選ぶ際にブランド想起と購買行動を生み出します。FMCGが商品を拡販する手法であり、これをデジタルマーケティングで実現することは困難が伴います。オンライン動画やAbemaTVのように、オンラインでテレビ広告のような発信が可能という考え方もあるかも知れませんが、テレビ広告の役割がデジタルで代替できるのかはまだ疑問です。一方、ネットで消費者が買おうとしているのはFMCGというよりも、より深い検討を必要とする商品やサービス。そこでは商品の機能や性能、価格、評判などを細かく検索して購入の判断をします。

ただ最近では、FMCGのメーカーがネットを使ったダイレクト販売を強化したり、ネット企業がテレビ広告による認知拡大を目指したりといった動きも生まれています。そういう意味では、消費者が購買までに接触するメディアはひとつではなく、また受動的なブランド接触をきっかけに能動的なネット検索をして商品購入が生まれるケースもある。企業にとっては、自社の顧客になりうる消費者がどのようなメディアに接触して商品を購入するに至るのかという全体像(カスタマージャーニー)を知ることがこれまで以上に大事になり、またそのメディア接点に応じてどのような質の情報を提供するのか(情報の最適化)を考えることが重要になってくるのではないかと思います。

マーケティング活動の中で忘れられている“原点”とは

――最後に、今後企業が様々な課題を解決してマーケティング施策による効果を最大化させるために、何が求められるか教えてください。

私自身、「何をもってマーケティングと言えるのか」を常々考えているのですが、実は今回のお話でも挙げた「セグメンテーション」と「ターゲティング」をする以前の課題として、「市場を構造として捉える」ということが出来ているかというのが非常に重要なのではないかと感じています。つまり、自分たちがビジネスを展開している市場の規模と特徴をデータで捉えているか。そして、その中におけるポジション、競合企業の状況、市場変化の傾向、自社に対する評価、こうしたものを常に把握しているかどうかということです。

実は、この発想でマーケティング活動を行っている日本の企業はまだ少なく、また「自分たちのビジネス環境は今こうなっている」と明確に答えることができるマーケターは少ないのではないかと思います。海外の企業では市場の状況や自社に対する評判をリアルタイムに把握して、マーケティング施策に反映させる仕組みが出てきています。日本企業ではそうした活動をマーケティングに採り入れることができている企業は多くありません。

デジタルの時代になり数々のデータがリアルタイムに生まれ、実は企業にとって市場の把握は今まで以上に精緻にできるようになっているはずです。そして、市場の精緻な状況把握ができれば、消費者のニーズ変化、消費者行動の変化もより正確に捉えることができるはず。デジタルの発展によって、企業が本当の意味でのマーケティング活動を高い精度で行うことができるようになることを期待したいと思います。

デジタル時代だからこそ見つめなおす、マーケティング活動の原点

第3回に続く>