いろんな視点で考える

今回のインタビューはカスタマーサクセス(以下:CS)の鈴木。コンサルティング業界にいた経験を活かして社内のさまざまなことを仕組化し、お客様に対しても最大の価値を届けている。業務では非常に頭の回転が速くするどい提案をしているが、普段はとても親しみやすくみんなから好かれる彼を構成する要素と目指すべき姿について聞いた。
いろんな視点で考える-01

いま確実に活きているコンサルティング業界での経験

サイカ編集部

いまの業務内容を教えてください!

interviewee

カスタマーサクセス(以下:CS)部に所属しておりXICA magellan(以下:マゼラン)を通してお客さまの成功実現の支援をしています。

サイカ編集部

具体的にはどんなことをやっているんですか?

interviewee

マゼランをお客さま自身に使っていただくために必要なことをすべてやっています。具体的には、マゼランの導入支援とお客さまにご活用いただくための定着支援ですね。

サイカ編集部

資料づくりもしてますよね?鈴木さんの資料は定評があると聞いてます。

interviewee

資料づくりもしていますね。定評があるのは嬉しいです(笑)CSがお客さまに提出する資料のことだと思いますが、マゼランをいかにスムーズに導入していただくか、活用していただけるかという視点で資料の改善をしています。具体的には、お客さまとのミーティングで使う定型資料の作成とマゼランのヘルプページの構築を行っております。

サイカ編集部

ヘルプページはホームページに実装されているんですか?

interviewee

マゼランの製品ページから飛べるようになっています。私が中心になって作成したのですが、当時は入社したばかりでマゼランをよく理解していなかったので、マゼランの理解にはすごく良い経験になりましたね。

サイカ編集部

お客さまにとっては便利ですよね!

interviewee

そうですね。これにはコンサルティング企業にいたときの経験が活きていますね。コンサル時代にクライアントの業務フロー構築案件がありました。実際に業務を行う人が新しい業務フローマニュアルを見て正しく業務を回せるように誰にでも分かりやすい資料を作成していました。サイカにジョインしてすぐに経験が役立ったので、やっていてよかったなと思いましたね。

サイカ編集部

コンサルティング企業では資料もかなり作ったんじゃないですか?

interviewee

めちゃくちゃ作りましたね。その経験は確実に活きていますね。

いろんな視点で考える-02

広くいろいろなことを経験したい

サイカ編集部

鈴木さんのターニングポイントってなにかありますか?

interviewee

2つありますね。コンサルティング業界への転職と、いまサイカにいることです。それ以上昔のこととなるとあんまり思い出せない(笑)

サイカ編集部

ちょっと遡ってみましょうか(笑)昔はどんな子供だったんですか?

interviewee

幼稚園のときは、ものすごく甘えん坊でした(笑)幼稚園に送ってもらってもお母さんと離れられなくてずっと泣いている子っているじゃないですか? あれでした(笑)また、慎重な性格でしたね。2歳離れた妹がいるのですが、その妹が3歳のときにはジャングルジムとか頂上までスタスタ登っていたのとは反対に、私は5歳で登れなくて(笑)慎重であんまり危険なことをしない子供でしたね。

サイカ編集部

その性格はいまも変わらず?

interviewee

そうですね。慎重ではありますね。ミスがないように事前準備は念入りにしますし、なによりギャンブルしないですからね(笑)逆に大胆になんでもできる人って羨ましいです。

サイカ編集部

でも鈴木さんのキャラクターってなんか良い味出してるんですよね~(笑)昔から好かれるタイプだったんじゃないですか?

interviewee

そうですね~自分で言うのもなんですけど結構可愛がってもらえるキャラでした(笑)

サイカ編集部

兄弟編成は?

interviewee

姉と妹がいます。間に挟まれていたので、こういうキャラになっているんだろうなっていうのはありますね。

サイカ編集部

真ん中っ子って結構気を遣ったり周りをよく見ている印象なんだけどそういった感じだった?

interviewee

そうですね。周りをよく見て空気を読める少年だったと思います。

サイカ編集部

当時は学級委員長とかやったりしていたの?

interviewee

やらないですね。先頭に立ってみんなを引っ張っていくよりかは、サブリーダー的な役割のほうが好きでした。

サイカ編集部

右腕的な感じだね。トップが突っ走ってるなか、それで本当にいいのかなみたいな?

interviewee

そういう感じですね。

サイカ編集部

部活とかはやっていたんですか?

interviewee

小学校は少年野球、中学はバスケ部で、高校はハンドボール部でした。

サイカ編集部

部活が全部バラバラって面白いですね。

interviewee

そうですね。ひとつのことを突き詰めるより広くいろいろなことを経験したい性格なんです。進学するときは新しいことにチャレンジしやすいじゃないですか。

サイカ編集部

何でハンドボール部に入ったの?

interviewee

高校のときにハンドボール部に入った理由は2つあります。ひとつは、過去やっていた野球とバスケを足すとハンドボールになると思ったことと、もうひとつは中学までにハンドボールをやっている人は少ないので、高校から始めても活躍できるのではないかと思って始めました。

サイカ編集部

サッカーとかだと、小さいころからやってる子達いるもんね。その戦略は当たったの?

interviewee

当たりました! 2年の夏には、くじ運も良くて横浜市大会で3位に入って県大会に出たんですよ。ただ、県大会の1回戦で当たったのが当時県1位の高校で、ボッコボコにやられました。62対3くらいだったと思います(笑)

サイカ編集部

それは辛い。。でもそういう経験すると部活内では結束が生まれて逆に仲が良かったり?

interviewee

そうですね。いまでも部活の友人とはたまに飲んだりしていますね。

サイカ編集部

大学は理系だと思うんだけど、そもそも理系に行こうと思ったのはなんで?

interviewee

もともと数学や理科の理系科目が好きだったからですね。大学では応用化学を専攻したのですが、化学を勉強すればすべての物質が記号化して理解できるのでは?と思い応用化学科へ進学しました。

サイカ編集部

就活中は入社した企業以外でいいなと思った企業はありましたか?

interviewee

専門商社系は大小問わず見ていて面白かったです。大きい企業になればなるほどギラギラ感の強い人が多くて。そういう環境は合わないだろうなと思いました。オーダーメイドスーツにパリパリのオールバックみたいなの、私には合わないですよね(笑)

サイカ編集部

たしかに合わない(笑)そこで鉄鋼専門商社の1社目を選んだんですね。ここがターニングポイントですか?

interviewee

ここではなく2社目ですね。1社目の営業から2社目でコンサルタントへ転職したのですが、業務内容が一気に変わりました。営業って数字がすべてじゃないですか。数字が上がっていればプロセスはあまり関係ない世界。でもコンサルになったら、そもそもなんでやるの? みたいな問いをたくさんされて。物事を体系立てて考えるようになっていきましたね。

サイカ編集部

環境がガラッと変わったのが大きかった?

interviewee

大きかったと思います。いま自分ができることの8割くらいってコンサル時代に身についたものだと思うので。もし1社目の営業職の次にサイカに入っていたら間違いなくヘルプページは作れなかったですね。

サイカ編集部

どうして営業からコンサルタントになったの?

interviewee

きっかけは、営業時代の仕入先の社長から「鈴木さん、うちの会社は今後どうしたらいいかな?」と質問されたことです。営業マンだと数字を上げれば良いという現場レベルの目線だけで良かったのですが、会社の社長になるともっと上の目線から、つまり会社全体を見なければいけない。この目線で物事を考えたら面白いだろうなって思って。

サイカ編集部

面白いと感じてそこからコンサルだったのはどうして?たとえば起業するとかいくつか選択肢はあると思うのだけど。

interviewee

リスクを取らない人生だからですね。起業っていうのはリスクが大きいじゃないですか。それに当時はやりたいこともなかったので。起業って熱い想いがないとうまくいかないというイメージがありました。それ以外で若いうちから会社全体を見られる職業ってコンサルくらいしか思いつきませんでした。また、いろんな会社の事例をみることもできて絶対に勉強にもなると思ったので。

サイカ編集部

たしかにそうだよね。コンサルになってからその先もずっとコンサルで行こうとは思わなかったの?

interviewee

思わなかったですね。やっても5年くらいだろうと思っていました。5年くらいやったら自分の中で何かやりたくなるだろうなと思っていましたね。

サイカ編集部

一番ハードだった時期の生活スタイルはどんな感じだったんですか?

interviewee

プロジェクトの前半になかなか資料が来ずに待ちの期間があったんですよ、資料はこないが締め切りは変わらないので後半がきつくなる。そのため、後半2週間で何時間働いたんだろうってぐらい働きました。後半だけで残業と休日出勤時間であわせて150時間超えていた気がします(笑)

サイカ編集部

それは過酷。。とはいえ次もコンサルに行ったのはなぜ?

interviewee

最初のコンサルは財務寄りだったんですよね。事業をがっつりやりたいと思っていたのでそういうことができるコンサルティング企業に入ろうと思って入りました。

いろんな視点で考える-02

本当に人を大切にするいい会社だなと思う

サイカ編集部

その後ターニングポイントにもなったサイカ入社となるんだけど、サイカに決めた理由は?

interviewee

面接で会った人が皆一緒に働きたいなと思えた点と、いまあるのは発展途上の製品だけ、あとどうするかは自分たち次第! みたいな環境でチャレンジできるところに惹かれましたね。

サイカ編集部

すべてが自分たち次第、自分たちにかかってるもんね。

interviewee

そうですね、30人程度の会社なので、自分がやらなきゃっていう気持ちが強くあるし、やっただけ組織が前進していくことを実感できる。そういう環境で働けていることが本当に楽しいですね。いままでのスキルが全部活かせるし、いまのフェーズってある意味ゼロからなので、それはすごく面白いです。

サイカ編集部

チームメンバーとかどうですか?

interviewee

ユニークな人が多いですね(笑)また、みなさんバックグラウンドが違うので、お互いの強みを補完しあってチームはうまく機能しているように感じます。それぞれの分野の知見があるのでわからないことをチームメンバーに聞けば何かしらの回答が返ってくる点は助かっています。

サイカ編集部

サイカに入ってよかったなと思いますか?

interviewee

思います。周りをどんどん巻き込んで、物事を進めていける点にやりがいを感じています。

サイカ編集部

いまも重要なプロジェクトにアサインされていますよね?

interviewee

そうですね。サイカのすごいところって、過去はあまり関係なくて未来を重視するところです。なりたい自分から逆算してやりたいことをやらせてもらえる。ビジョンと一緒で素晴らしいなと思いましたね。普通は、過去からの延長でその人が何をできるか見定めてから仕事を任せるじゃないですか。そういう発想ではないことがすごいと思いました。やりたいなら全部やらせるよとか、なかなかできないですよね。それを言えてしまうって、本当に人を大切にするいい会社だなと思いました。

サイカ編集部

今後こうなって行きたいというのはありますか?

interviewee

短期的にいうと、CSチームのメンバーとしていかにクライアントのサクセスを達成できるか。とても難しい課題ですがそこにコミットできる人になっていきたいですね。ガッツリチャレンジしたいと思っています。

サイカ編集部

サイカの掲げている才能開花って鈴木さんとしてはどう捉えていますか?

interviewee

才能開花ってどこで終わりにするかっていうのがないので、私のなかではひとつの中長期的な目標と同じくらいのイメージですね。いつまでにこういうことができるようになりたいっていうマイルストーンのようなもの。実際、目標を達成して才能開花したと思っても、また次のなりたい自分を考えて目標を決めると思うんですよ。その繰り返しが人生になっていく。私のなかでは特別なものというよりは、なりたい自分になるための中期的に設定する目標のようなものですね。

サイカ編集部

ではいまの鈴木さんの才能開花とは?

interviewee

名刺の裏にも書いている「いろんな視点で考える」です。

サイカ編集部

なんでそれを選んだの?

interviewee

サイカに入る前にフリーでコンサルをやっていて、そのときのトップの人が30年位コンサルをしている方で。その人の物事の考え方のレベルがすごく高くて。本当にありとあらゆる可能性をいろんな視点で考えていて、このスキルは自分も身につけたいなと思ったんです。お客さまが認識している課題を解決するのは当たり前として、もっと根本の課題を洗い出して提案・解決できたらCSとしての価値もすごく上がると思うのでそういうとこまでやりたいです。そのために必要なのは、「いろんな視点で考える」スキルを身につけることだと思っています。

サイカ編集部

ありがとうございました!!

インタビューを受けてみて

interviewee

今までの自分を振り返るいい機会になりました。 また、改めてこれからは目標に向かって突っ走るしかないと覚悟ができました。

会社の資産すべてを守る

今回のインタビューは主に経理財務を担当している宮原。自らの業務以外にもさまざまなことに積極的に取り組んでいる。いかなることにも真面目に取り組む彼女を構成する要素と今後のイメージについて聞いた。
会社の資産すべてを守る-01

ひたむきに勉強して突き抜けた学生時代

サイカ編集部

サイカでは何をしていますか?

interviewee

経理財務をやっています。経理は会社のお金を守る仕事なので、会社の取引と従業員みなさんの頑張りを金額で目に見える形に落とし込むというのが仕事です。月次決算と税理士さんとのやりとりや、日々の支払い業務などもやっています。

サイカ編集部

サイカで幅広くやってみてどうですか。

interviewee

前職で6年半経理をした経験を活かせる部分もあります。ただ、会社によってやり方が違うということに加えて、総務などはやったことなかったので自分が何にも知らなかったんだなとわかりました。日々勉強中です。

サイカ編集部

仕事は楽しいですか?

interviewee

性に合っていると思います。細かい計算をやり続けたり、合っていないところがあると気持ち悪く感じたり、そういうところを見れる人にしかこの仕事はできないですよね。

サイカ編集部

昔からきっちりしてないと気が済まないほうでしたか?

interviewee

商業高校だったので身についていますね、数字にカンマがついてないとイラっとするとか。

サイカ編集部

宮原さんの人生の転換点はいつですか?

interviewee

上京したとき、前職で働いていたとき、サイカに入ったときです。

サイカ編集部

どのような経緯で上京したのですか?

interviewee

18歳で東京に出てきました。大学に行く気もないがお金はなく、商業高校で資格が取れなかったので就職先もない。そのときにつてで東京の会計系の専門学校を知り、そこに入るため上京しました。

サイカ編集部

商業高校に進んだのはどうしてですか?

interviewee

高校決めるときに、手に職をつけなきゃと思って商業高校を選びました。親自身も簿記の勉強をする普通科の学校だったので、私もやったほうがいいのではと言われて流されてという感じもありました。何かしら武器を持っていないとやっていけない気がしていました。

サイカ編集部

上京はどのような経験でしたか?

interviewee

18歳で、一人暮らしなど何もかもが初めてでした。生活費は送られてきていましたが、それを全部自分でやりくりしないといけないという経験が大変で自分の人生のなかで大きな経験でした。そこで生きて行く基礎ができたと思います。厳しい学校でバイトも禁止だったので、家計簿つけて、自炊で節約してというように2年間やり遂げました。月曜から土曜は学校で朝晩勉強して、唯一休みの日曜も家事や睡眠で終わっていましたね。

サイカ編集部

会計は好きですか?

interviewee

お金が好きで、お金に厳しいですね。もともと両親からは買って欲しいものは買ってもらえて、お小遣いじゃなく必要なときにもらう制だったのでお金は湧き出てて来るものだと思っていました。小学生高学年のときにそれが「お父さんとお母さんが働いているからこそのお金だ」と気づいて、あまり下手なおねだりをしてはいけないなと考えるようになりました。自分もいずれそうやって働く人になるんだなと思ったので。

サイカ編集部

学校で学んだことは?

interviewee

簿記会計の知識はもちろん、会社員の基礎みたいなのを学べました。朝ちゃんと来るとか、やらないといけないことをいかに効率的にやるかとか。でも社会性は身につかなかったですね。隣の席の子も敵と思うような雰囲気だったのでその環境で友達もできませんでした。

サイカ編集部

よりどころはありましたか?

interviewee

何もなかったですね、何かに頼らなくても自分で生きていくという部分が身についたかもしれません。人を頼ることはあっても、人や物に依存することはないです。

サイカ編集部

嫌だなと思いませんでしたか?

interviewee

いま逃げたら逃げグセがついて一生逃げ続けるな、と考えていました。18歳からのほうが長いのに、そこで逃げたらもったいないなと。最終的には首席での卒業でした。入学時には優秀組でなくダメ組のほうに入っていましたが、ひたむきに勉強して突き抜けました。

会社の資産すべてを守る-01

やるだけやってみないとわからない

サイカ編集部

他にもターニングポイントとなるできごとはありますか?

interviewee

東京の専門学校の後に就職した会社が2つめの転換点ですね。学校の推薦で就職しました。6年半いて、いればいるほどやらせてもらえることが増えていろいろ経験できました。仕事内容を一回りした際に、居続けることもできましたが成長できない人生も楽しくないなと思って転職しました。歴史のある老舗の会社だったので、抜けても大丈夫だろうとも思ったので。

サイカ編集部

大規模な会社からどうしてベンチャーに?

interviewee

きっかけは経理部門に加えて他にも経営に近いところで仕事ができるということで紹介してもらったことです。私も経営の近くで仕事をしたいという気持ちがあったので、ご縁かなと思って受けました。

サイカ編集部

経営の近くにいたいのはどうして?

interviewee

前職が大きい会社だったため、経理で交際費使いすぎだよとか違うところに設備投資したらいいのにとか思っても、結局方針を決めるのは上なので経理が言っても聞かないんですよ。経理はあくまで言われた数字を出すのが仕事だったのでもどかしい部分がありました。

サイカ編集部

将来的に経営という責任を負う役になりたいのですか?

interviewee

ご縁があってなれるのならなりたいです。でも、それになるには人からの信用や実力が必要なので、自分には足りていないと思っています。ご縁がなければないで、本当にやりたかったら自分で会社立ち上げればいいなという感じですね。責任の重さも込みでやりたいなと感じています。経験したことがないうちは、偉そうなことは言えないなと思うので。

サイカ編集部

トップか右腕のような感じだったらどちらでやりたいですか?

interviewee

右腕は好きかもしれないですね。参謀みたいな。自分が社長でなくても、もっと話が上手で目立つ人が社長をやって、土台はこっちがやるよというのが良いですね。

サイカ編集部

実際にサイカに入ってみてどうですか?

interviewee

労務など全然わからないことがたくさんあるので、いざ自分が人を雇ったらこんな手続きがあるのか、というように勉強になっています。総務は何でも屋なので、とにかく会社の資産つまり人も何でもすべてを守らないといけなくなりました。

サイカ編集部

どうやって勉強していますか?

interviewee

実戦で学んだり本を読んだりしています。手当たり次第やるよりも社内の人が貸してくれる良い本を読んだり、実戦は前任者に聞いて日々鍛えられています。あとは本当に分からなかったら役所に聞けば答えてくれます。また、コンサルタントの方がいて頼れる人がいるということが有難いなと感じています。

サイカ編集部

業務の幅が広がっても、経理が一番合うと感じる?

interviewee

慣れ親しんできたことなので、もう自分の体の一部になっています。16歳から26歳まで簿記会計に関わり続けているので、そういう業務をやっているときが一番しっくりきていますね。人生って何につけても積み重ねなので。

サイカ編集部

そもそもサイカに入った理由は?

interviewee

経理スキルを活かしながらさらに伸ばせるし、幅広い業務もできるということ。それと何より、知らない人に出会えるところでした。もともとは人見知りでしたが、苦手でもさまざまな人と関わっていくほうがきっと良いんじゃないかとは思っていました。だから転職すれば違う人に出会えるぞと思っていたし、入社する前にサイカの人たちと会って面白い人たちがいるなと思ったんです。

サイカ編集部

どうして苦手な道を取ろうと思ったのですか?

interviewee

昔から、失敗はしても後悔はしたくないと思っていたからです。得意分野でいえば人との関わりをなるべく避けるほうが楽なはずです。でも、辛いほうを選べと自分を押しているところがありました。根底には「やるだけやってみないとわからない」という考えがあるんです。やってみてダメなら仕方ないけど、やってみるまではわからないし、わからないうちはいろいろなことに対して口出しできないのだと思ってきました。

会社の資産すべてを守る-01

変化を自信に変えていきたい

サイカ編集部

今後どうなって行きたいですか?

interviewee

短期的な目線では、目の前の業務をこなしていこうと思っています。今後何か起きて自分がマネージャーになる可能性はゼロではないし、何でも未知数だと思っているので、そのときのためにいまは力を蓄えていたいです。長期的には、あまり見ていません。選択肢をたくさん持っていたいところもあるので、遠い未来は狭めたくないなという気持ちがあります。結局なるようにしかならないし、いまの積み上げが人生なので。

サイカ編集部

才能開花という言葉をどう捉えていますか?

interviewee

「変化を恐れない心の状態」だと思っています。もともと個人的に、この世に変わらないものはないと考えています。上京しているときにメールで親がいきなり蕎麦屋になったと報告してきたりしたので(笑)。変わることを受け入れる心の状態であることが良いことだと思っています。もちろん何かできるようになるのも才能開花と思っていますが、何があっても受け止めて昇華させることができる心を持っている人は、本当に才能開花していると感じています。

サイカ編集部

宮原さんの才能開花は何ですか?

interviewee

「日々の経験を自信に変化することを恐れない」ことです。これは、さっき言った才能開花の意味もあるし、自分への戒めでもある。私はどちらかというと保守的なんです。怖いし嫌だし。でも変化することで得られるものを、得られなくなってしまうので、自分自身や周りの変化を受け入れられるような経験が足りないですね。多くのことを経験して吸収して、何があっても対処できる人間にならなきゃいけないかなと。変わらないことは悪いことだとは思っていませんが、私は変わるほうがいいので。変わるっていうのは大事だと思っています。

サイカ編集部

ありがとうございました!!

インタビューを受けてみて

interviewee

自分の人生をふりかえることは、恥ずかしい気持ちにもなりますが、今ここにいる自分を誇らしく思えることでもありますね。インタビューしてくださった下城さん、そして、ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。これからも精進してまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

クライアントサポート体制強化のため、カスタマーサクセスディビジョンを新設。マネージャーとして高橋 歩氏がジョイン

平尾と高橋氏
株式会社サイカは、クライアントサポート体制を強化するため、本日組織変更を実施しカスタマーサクセスディビジョンを新設しました。同ディビジョンマネージャーには、Kaizen PlatformにてCustomer Success Managerとして活躍された高橋 歩氏を迎え、拡大するサポートサービスへのニーズにお応えしてまいります。 高橋 歩氏は入社にあたり、以下のようにコメントしています。

interviewee

クライアントさまそれぞれの事業環境でサイカの統計分析ツールをより効果的にご活用いただくためには、ツールを日々のオペレーション業務へとつないでゆく橋渡し役が必要だと考えています。カスタマーサクセスディビジョンがこの役割を担うことにより、みなさまのデータドリブンな事業成長をご支援できるよう尽力してまいります

代表の平尾は、以下のようにコメントしています。

平尾 喜昭

高橋さんが熱を込めて語ってくれた「Customer Successと検索した時、代表例としてHITする日本発の企業になりたい」という言葉は本当に鮮烈でした。まさにそのような未来を実現すべく、クライアント様一社一社の成長に向けて、徹底的に考え抜き、寄り添っていきたいと決意を新たにしております。高橋マネジメント体制のもと、サイカのカスタマーサクセスディビジョンがマゼランユーザーをより一層才能開花させていきます!

今後は高橋氏と共に、社員一同、一層のサービスの充実に尽力してまいります。 引き続き、変わらぬ厚誼を賜りますよう、お願い申し上げます。

高橋 歩氏について

ソフトバンク・テクノロジーでWeb解析サービスを立ち上げ、コンサルティングサービスの責任者を歴任後、楽天においてWebアクセス解析・最適化推進リーダーとして、分析データを使った意思決定やWebサイト最適化のための環境構築と改善活動支援を実施。Kaizen Platformではこれまでのベンダーと事業会社双方でのデジタルマーケティング分野の経験を生かし、大手顧客向けのWebサイト改善を推進するカスタマーサクセスマネジャーとして活躍。講演活動やワークショップ開催などでも高い実績を誇る。 2016年12月1日より株式会社サイカのカスタマーサクセスディビジョン ディビジョンマネージャーに就任。

“しがらみ”があることで、大切なものに出会えた。

今回のインタビューは、ビジネスディビジョンの国松。創業メンバーとしてサイカの立ち上げから幅広く業務をこなし、いまは営業行動分析ツールXICA rockhopperのプロダクトオーナーとしてチームを引っ張っている。 父を亡くした経験から生まれた価値観。そして、いま想うことを聞いた。
しがらみがあることで大切なものに出会えた-01

父の死がいまの価値観を築いた。

interviewee

国松さんの人生に影響を与えたできごとをお聞きしたいと思います。

国松 祥治

私が中学2年生の時に父が亡くなったのですが、それに大きく影響を受けて自分の人間性や価値観が形成されたので、そういう意味で人生に影響を与えた出来事と言えると思います。

interviewee

どういう影響を受けたんですか?

国松 祥治

父の死に影響を受けたことはいくつかあるんですけど、そのなかでも特に大きかったのは、「人間いつ死ぬかわからない」という実感を持って生きるようになったことです。 「人はいつか死ぬ」なんて当たり前のことですし、小さな子供だって知っていますよね。 ただ、それを知識として持っていても、実感を伴って理解している人は少数だと思うんです。 とくに若い人は。 父はとても厳格な人で、国松家においては絶対的な存在でした。逆らったら拳が飛んでくる昭和の親父みたいな感じで。 なので、僕にとっては“強い大人の象徴”だったんですよね。 そんな父が突然死んだとき、初めて知識としてあった死を実感したんです。 言葉にすると間抜けな感じがしますけど、「あ、父さんって死ぬんだ」って。悲しみというよりは驚きでした。 絶対的な存在で、強い大人の象徴であった父親がアッサリと死ぬなんて、当時の自分にとっては有り得ないことでした。 ただそのときはまだ13歳だったので、それによって自分の死を意識することはありませんでした。

interviewee

その他のきっかけもあったんですか?

国松 祥治

「人間いつ死ぬかわからない」という実感に至るまでには、もうひとり、自分が大学生の頃に亡くなった方の影響がありました。その方はとても若くして亡くなられたんですけど、葬儀でその方の遺体と対面した時に、「悲しい」よりも先に「怖い」と思いました。 その方が怖かったということではなく、若くして命を失う可能性に直面した気がして怖かった。 その時に「自分だっていつ死んでもおかしくないんだ」って強烈に思ったんです。

interviewee

そういった考え方は、サイカを創業したことに関係していますか?

国松 祥治

強く関係してます。大学卒業が迫ってきて進路をどうするか考え始めた頃、僕には3つの選択肢がありました。 (1)就職活動をして就職する。 (2)平尾と一緒に起業する。 (3)フリーターになる。(当時、時給のいいアルバイトをしていたので) 正直なところ、どれが正しいか分からなかったんです。 ただ、就活でいろいろな方の話を聞くなかで「入社後○○年は下積み」と言う方が多かったんです。もちろん凄く魅力的な方もいたんですけど、当時の自分には「数年頑張ったら好きなことができる」という人生プランを選ぶのが難しかったんですよね。

interviewee

修行の時間がもったいない?

国松 祥治

もったいないとは思わないんですけど、単純に「2年後に生きてるか分からないよね」っていう(笑) それで「いまこの瞬間に一番楽しいことを選ぼう。それはなんだろう?」と考えた結果、サイカにジョインすることにしたんです。 平尾とは学生の頃から学生団体をやったりイベントを主催したり、色々と一緒に活動してきたのですが、それがずっと楽しかったので。 まぁ3つあった選択肢の中で、ダントツで一番収入的に危うかったですけどね(笑) 当然ながら創業期は給料ゼロだったので、日中はサイカ、夜から朝まではバイト、睡眠時間はバイトの仮眠休憩のみ、という生活をしばらく続けていました。

interviewee

そんな経緯で平尾さんと創業したんですね。

国松 祥治

ですです。 あ、ちなみに後日談として話しておくと、「企業に勤めたらすぐに好きなことはできない」「起業の道を選んだらすぐに好きなことができる」という当時の発想は完全に間違いでしたね。(笑) 浅はかです。本当に浅はか。(笑) 企業に勤めて1年目からやりたいことをガシガシやってらっしゃる方はたくさんいますし、起業したからといって四六時中好きなことだけをできるわけではありません。特に創業期は。

interviewee

仕事の選択以外で変わった価値観は?

国松 祥治

結婚に対する…恐怖…とか(笑)

interviewee

え?

国松 祥治

父の死をきっかけに、その後数年間に渡って家族が大変なことになっちゃいまして。 よく父親のことを「一家の大黒柱」と言いますけど、まさに大黒柱を失った家の如く崩壊しました(笑) その時に「父親が家族に対して負う責任ってめちゃめちゃ重いんだな」って思ったんです。 自分が家庭を持って子供ができた時に、もしかしたら自分はすぐに死ぬかもしれない。 そうしたら僕は自分の子供に同じ苦しみを味わわせるのではないかって思って、すごく怖いですね。

interviewee

それは根深いですね。

国松 祥治

あと、周りの人達と距離の取り方も変わりました。 当時、早稲田大学の付属中学校に通っていたんですけど、父親が亡くなって家庭の収入も無くなったので、もう私立の学校には通えないなって思ったんです。学校を辞めることを覚悟してました。 そんな状況だったんで、そのまま高校卒業まで同じ学校に通い続けるであろう同級生たちと距離を取るようになって、そうしているうちに、いつの間にか人と距離を取ってコミュニケーションを取るのが染みついちゃってました。 結果的には中学を辞めずに大学卒業まで早稲田に通い続けることができたんですけどね。 人と距離を取る癖はずっと残りました。今はもうそんなことないですけど。

interviewee

平尾さんとの出会いは?

国松 祥治

出会ったのは中学1年生の時ですけど、ちゃんと話すようになったのは高校3年生の冬からです。もう卒業直前のタイミングでしたね。笑

interviewee

そこから平尾さんとは仲が続いたのは何か理由はあったんでしょうか?

国松 祥治

彼は人に“話させる力”みたいのを持ってるんですよね。あるとき、平尾から「国松は冷静で優秀だよね」と言われたんです。そのときにどうしてか分からないですけど、「いや、そういうキャラを演じてるんだよ。もし平尾がおれのことを冷静で優秀なやつだって思うなら、それはおれじゃないからね」って言えたんですよ。不思議なことに。

しがらみがあることで大切なものに出会えた-03

“演じる”ことで周囲との距離を測った学生時代。

interviewee

そんな大きな経験を、そこまで冷静に自己分析ってできないと思うんですよね。

国松 祥治

もちろん最初の数年間くらいは客観的に見れていなかったです。でも大学生くらいから少しずつ冷静に振り返れるようにはなってきました。年に一回命日は必ず来るので、そういうタイミングで思い返してみて少しずつ整理した感じですね。

interviewee

お父さんの死より前から自分のなかにあった価値観はあります?

国松 祥治

うーん。まわりの期待に応えるというのはありました。

interviewee

きっかけは?

国松 祥治

小さい頃から身体が大きかったんです。小学校6年生の時には身長が170センチ超えてたので。

interviewee

うらやましい(笑)

国松 祥治

しかも中学受験のために塾に通っていたので、小学校のテストはだいたい100点を取っちゃう。身体もでかいし、勉強もできる。そういうキャラ。

interviewee

そうなるとリーダー的な存在になるじゃないですか。

国松 祥治

特にそれを望んだわけではなかったのですが、なんとなくクラスのまとめ役になっていました。なので、周りの友だちが思い描く、まとめ役に相応しい人間になろうとしていました。

interviewee

周りの期待を裏切ったらダメみたいな?

国松 祥治

そんな感じです。小学生の頃に形成されたそんな気質も相まって、中学高校でも周囲に対するイメージ作りを自然とやってました。

interviewee

まわりが何を望んでいるのか考えながら行動してた?

国松 祥治

そうですね。同級生に対しても、教師に対しても。

interviewee

そんななか、平尾さんがきっかけて「演じなきゃいけない」という気持ちは薄れたんですか?

国松 祥治

それが最初のきっかけだったと思います。素の自分を出したら周囲との関係が壊れると思ってたんですけど、平尾はそのあとも定期的に飯に誘ってくれて。 そのときに「素の自分を出しても良いのかも」って思ったんです。むしろ、素の自分を出したことで彼からの信頼感が増した感覚があったんです。いま考えると当たり前なんですけど、自分からさらけ出さないと相手も近づいてこない。人生で一度もそれをしてこなかったので、新鮮な発見だったんです。

interviewee

そこから少しずつ変わっていたんですね。

国松 祥治

それから少しずつ自分の内面を伝えるようになっていきました。「実は僕こんな感じっす」とか「みんなにはどう見えるか分かんないけど、実はこんなこと思ってます」みたいに。

interviewee

周囲の反応はどうでした?

国松 祥治

思いのほか良い関係性が築けるようになったんですよね。本音を出してもまわりは僕のことを嫌いにならないんだって気づいた。一番大きかったのはサークルの先輩との出会いですね。

interviewee

先輩?

国松 祥治

その人は、演じてた僕に踏み込んできてくれたんですよね。僕の化けの皮を全部剥いでくれた。

interviewee

いい出会いですね。

国松 祥治

そうですね。いまでも覚えていることがあって。父の死に関することってあんまり話したくなかったんですよ。話すとだいたい相手が「聞いてごめん」って雰囲気になって気まずくなるから。でも、たまたまその先輩に話したら、笑い出したんですよね。

interviewee

それはどういう笑い?

国松 祥治

詳しく理由は覚えてないんですけど、とにかく笑われたんですよ。なんかそれですごく気が楽になって。

interviewee

それ先輩の計算だったら、すごいですよね。

国松 祥治

ほんとすごいと思います。

しがらみがあることで大切なものに出会えた-02

とにかく手探りだったサイカ創業

interviewee

社会に出てからの話を聞きたいと思います。国松さんの場合、社会人スタートがサイカじゃないですか。しかも創業。そこでの苦労ってありましたか?

国松 祥治

創業期の珍事は色々ありますけど、学生からそのまま起業したために社会人の基本的な作法が分からずに苦労した場面は多々ありましたね。 ビジネスメールの書き方すら知らなかったので、平尾と 「知ってる?社会人のメールって最初に『お世話になっております』から始まるんだぞ」 「え、マジで!?『こんにちは』って書いてたわ!」 みたいなことを本当にやってました(笑)

interviewee

笑。たしかにそういうお作法は分からないかも。

国松 祥治

Google先生には大分お世話になりました(笑) ただ、ビジネスマナーはググれば分かりますけど、実際の仕事ではググっても答えが得られないことだらけですよね。 そういう時に「どうすれば良いでしょう?」と聞ける先輩や上司はいないので、本当にあらゆることを手探りでやっていて、終わってから「もっとこうすれば良かったのに」と悔やむことばかりでした。 そんな中で、CTOの発案で創業期には「KPT」という手法を使って週に1回社内で振り返りを実施していたのですが、今考えるとこれは良い取り組みだったと思います。 忙しい中でも強制的に課題を振り返って学びに変換する場を日々持てた、というのもありますが、課題に対する答えを知っている先輩や上司がいない代わりに、個人の課題に対して社内メンバーの複数の脳みそでもって知恵を出すことで補完できていたかなぁと。 サイカでは開発手法としてスクラムを採用していますが、この「KPT」は今でも振り返りの手法として2週に1回開発チームで実施しています。

interviewee

サイカが学生団体から始まって以来、ずっと続けられたのはどうしてですか?

国松 祥治

そういえば学生団体のときは8人いましたけど、結局残ったのは僕と平尾だけでしたね。。。 なんででしょうね。おそらく、それも「いつ死ぬか分からない」という考え方に行き着くように思います。 あと、平尾との関係性っていうのはあると思います。“彼と共に戦う覚悟”みたいのは学生団体のときの他のメンバーとはちょっと違ったと思います。

interviewee

それは付き合いの長さ?

国松 祥治

長い付き合いによって醸成された愛ですかね(笑)

日本中、世界中に“仲間”を増やしたい

interviewee

いまでも価値基準として「明日なにあるか分からない」というのはありますか?

国松 祥治

ありますが、以前ほどでは強くはありません。 昨年末に一年間を振り返るワークショップに参加したんですけど、そこで大きな気づきがあったんです。

interviewee

どんな気づきですか?

国松 祥治

「明日死ぬかもしれない」という実感は、以前の自分にとってはプラスだったと思っています。 それって強迫観念とか焦燥感みたいなものなんですけど、言い換えるとハングリー精神であり、生きる原動力なんですよね。 ただ、いまも4年前と同じだけの熱量で同じ感覚を持っているかというと、そうではないなと気付きました。

interviewee

徐々に薄まっている?

国松 祥治

そうですね。

interviewee

それはなぜ?

国松 祥治

端的に言うと、愛するものが増えてしまったんです(笑) 中高生時代の人間不信が原因で、僕は意識的に人との深い繋がりをもたないようにしていました。友情とか愛情みたいな。 人との深い繋がりは一般的に良いものと捉えられますが、僕にとっては“しがらみ”のようなもので、必ずしも良いものとは捉えていませんでした。 そういう意味で、僕は世の中に対するしがらみを持っていなかったんです。だから明日死んでも問題無かった。 でも、サイカで4年も頑張ってると、いろんな繋がりができて世の中に対する“しがらみ”がもうあるんですよね。なので、明日死んでも良くなくなってきたんですよ。

interviewee

それは仲間が増えたから?

国松 祥治

そうですね。仕事でもプライベートでも。 そういう人達との繋がりが増えてきたら、明日死んだらダメになったんです。そうすると“明日死ぬかもしれない感”を以前ほど持てなくなってきました。

interviewee

それが薄まることで増える感情ってありますか?

国松 祥治

それは、もう…愛です(笑)

interviewee

愛をもう少し具体的に言うと、どこに向いてる愛ですか?

国松 祥治

人とか、人が集まるコミュニティとか。

interviewee

コミュニティも人の集まりですもんね。

国松 祥治

そうですね。たとえばサイカに関して言うと、サイカのメンバーやパートナー、サイカのツールのユーザーの皆さんなどなど、個々人に対する愛もありますけど、そういった人達の集合体であるコミュニティが持つ空気感みたいなものに対する愛もありますね。

interviewee

人に気持ちが向いているのは、昔の反動?

国松 祥治

それもあるかなと思います。結局、当時の人間不信も中二病みたいなもんだったなと思うんです(笑) 実は人に愛されたい欲求をすごく強く持っていたと思うんです。でもそれを状況が許してくれなかったのかなと。 「愛されないんだったら、自分が全員きらいになってやる」っていう屈折した感情。

interviewee

なるほど。

国松 祥治

でも幸いにして僕のことを愛してくれる人がいて、当時は願っても手に入らなかったものが、いまはある。

interviewee

その感覚はビジネスをする上でも大切にしていますか?

国松 祥治

大切にしたいと思っています。そういう関係性を築くのは難しいですけど、築けると嬉しいです。

interviewee

それはクライアントに対して。

国松 祥治

クライアントもそうですね。

interviewee

そういう関係を築くのに気をつけていることはありますか?

国松 祥治

ロールモデルは「ドラえもん」のジャイアンとのび太の関係性ですね。(笑) ドラえもんって、日常的には「のび太 VS ジャイアン(&スネ夫)」の構図を基礎としてストーリーが展開していくじゃないですか。 でも、映画版とかで日常の枠組みを超えた強大な敵が現れると、普段は敵対関係にあるジャイアンがのび太の側について、「のび太&ジャイアン VS 強大な敵」という構図になりますよね。 ここから得られる示唆は、同じ敵や困難を共有すると人の関係性は深まりやすい、ということです。 これはプライベートでも仕事でも意識していて、たとえば仕事に関していうと、ただのツール提供者としてクライアントに接していると、クライアントとの関係性はなかなか深まっていかない。 でも、ツール導入の目的となっているクライアントの課題にまで踏み込んで伴走するようにすると、ただのツール提供者ではなく、同じ課題に立ち向かう仲間になるので、関係性が深まってゆく。

interviewee

そういう仲間を増やしてゆきたい?

国松 祥治

そうですね。名古屋のクライアントであれば、名古屋に“仲間”がいる感じですよね。 最近思うのは、それが広がっていって、日本中、世界中に仲間がいるようになったらいいなって思うんです。

interviewee

それは今後のご自身のビジョンにもつながる?

国松 祥治

そうですね。

interviewee

今後どうしていきたい? ずっとサイカにいるんですか?

国松 祥治

今のところ、サイカを離れるイメージはあまり無いです。

interviewee

サイカをこうしていきたい、というのはありますか?

国松 祥治

個人的には最近、組織の内側に目が向いてるんです。サイカのメンバーが増えてきたことで、創業当初からあった“サイカの空気”みたいのが少し変わってきているなと感じています。それは自然な流れですし、悪いことではないと思います。 でも、そういう初期の“サイカの空気”みたいなのもしっかりと残していきたいなという思いもあるんですよ。それを残していけるとしたら、創業からサイカにいる僕の役目なのかなって感じています。“サイカらしさを残す”というのは、僕のテーマのひとつだと思っています。

小さな成功を積み重ねることで生まれる自己肯定感。

interviewee

国松さんは才能開花をどう捉えていますか?

国松 祥治

うーん。自己肯定感でしょうか。

interviewee

自己肯定感?

国松 祥治

誰でも落ち込んだりくすぶったりする時ってありますよね。そして、それが悪化すると精神を病んでしまったりする。 自分の過去の体験から、人がそういう状態に陥ってしまった時の対処法は、小さな成功を重ねることだと思っています。 ホントに小さなことでも、何か一つでもやり遂げることができた時に「自分、意外とやれるじゃん」って自分を認めることができて、そしたらまた次のチャレンジに迎える。 まぁ別に病んでるところ起点じゃなくていいんですけど(笑)、そうやって小さな成功を積み重ねることで、大きな成功も狙えるようになって、大きな成長に繋がっていくものかなと思っています。 結局は世界を定義するのは自分の価値観でしかないので、世の中が天国に見えるか地獄に見えるかは自分次第。自分が変われば世界は変わると考えると、才能開花は自己肯定感じゃないかなと思います。

インタビューを受けてみて

国松 祥治

「愛」って11回言ってますね。あと、「平尾」って9回言ってますね。完全にキモい奴ですね。 ちなみに、この長い長いインタビュー記事をここまで読んでくれる人がいるとしたら、その人のことも愛してます。

とにかく“かっこいい男”になりたい。

今回のインタビューは、ビジネスディビジョンの衣川。セールスマネージャーとしてプロモーション分析ルーツXICA magellan(http://corporatet.temp513.kinsta.cloud/magellan/)の営業チームを引っ張っている。人とは少し違うキャリアを積んできた彼の言う“かっこいい男”とはなにか? 今回のインタビューでそこにある“想い”を知ることができた。
とにかく“かっこいい男”になりたい。

自分は自分でしか成長できないと自覚した幼少時代。

interviewee

自己紹介をお願いします。

interviewee

衣川です。いまはマゼランのセールスマネージャーとしてお客さまと向き合っています。

interviewee

衣川さんが仕事をするうえで大切にしていることってなんですか?

interviewee

社会人以前からずっと持っている信念に通じていて、“かっこよくなりたい”というのが根本にありますね。

interviewee

かっこよくなりたい?

interviewee

これはサイカアカデミーに参加して言語化できたんですけど、やっぱり「自信を持っていること」だと思うんです。根拠のある自信って何かの実績だから生まれた瞬間にはそんなものなくて、だからこそ根拠のない自信を持っているのが重要で、それを周りの人に与えらえる存在になるっていうのがかっこいいんじゃないかなと思っています。

interviewee

その考えを確立したきっかけとかあったんですか?

interviewee

それは当時所属していた早稲田大学広告研究会のチーム立ち上げのときの合宿ですね。広告研究会は4つの部門に分かれてて、幹事長の下に各部門のリーダーがいたんです。そのリーダーを決めるための選挙をそこでするんです。僕はマーケティングチームのリーダーに立候補したんですけど、満場一致じゃないとチームが立ち上がらないんです。

interviewee

それがきっかけだったんですね。

interviewee

そう。そこで「なんで俺がリーダーをやるんだっけ?」「俺ってどうなりたいんだっけ?」というのをひたすら考えたんです。そんななかで、ある先輩に「お前ってかっこつけだよな」と言われて。そのときに「あぁそうか。俺はかっこよくなりたいんだな」って気づいたんです。

interviewee

先輩の一言ですべてが整理ついたんですね。

interviewee

なので、僕はそこからずっとその信念を変えずに生きてきました。それは今の仕事のスタンスも同じです。結果を出したいって強く思うのは、その想いの根源には“かっこよくなりたい”があるんだと思います。

interviewee

衣川さんの話を聞いてて、想いが自己完結している印象があります。周りの影響を受けて固まっていく人が多いと思うんですけど。

interviewee

なんでそこまでなったのかは分からないんですよね。ただ、幼い頃から人に教わるのがすごく苦手だったんです。教わるっていうのが性格的に合わないんですよね。それで「自分は自分でしか成長できないんだ」って幼い頃から思ってて。自転車とかも勝手に補助輪壊して乗ってましたし。「俺、ひとりでできたんだぜ!」っていうのがかっこよかったんだと思います。

interviewee

普通に考えると最初は誰かに教えてもらったほうが、成長スピードが早いような気がしますけど。

interviewee

たしかに。でも、そんなこと一回も考えなかったですね。昔からやりたくないことは一切やらないんですよね。そこはすごく極端だなと思います。人より時間かかるなら人より長くやればいいだけなので。

interviewee

そのスタンスは本当いまも変わってないですね(笑)

interviewee

変わってないですね(笑)

interviewee

それってご両親の教育方針?

interviewee

どうだろ。でも、うちの家訓が「自力」なんですよ。だから、例えば友達が持っているおもちゃを見て、「これ欲しい」みたいなことってあるじゃないですか。でも、「人は人、うちはうち」が徹底されていて、「欲しかったら自分でなんとかしろ」というような家庭だったんですよ。

とにかく“かっこいい男”になりたい。

高校の担任の一言で広告業界を目指すようになった。

interviewee

中高のときもずっと同じような感じだったんですか?

interviewee

そうですね。なので勉強に興味持てなかったから部活ばっかだったし、それも捨ててヤンキーやったりとか(笑)

interviewee

進学の選択も自分ですべて?

interviewee

うーん。でも早稲田の付属中学に入ったので、そこはあんまり考えていなかったですね。ただ大学に進学するかはすごく悩んで。高3のときに成績も素行も悪くて「絶対に大学には行けない」って言われたんですけど、そのときの担任が「お前、電通行けば?」と言ってきて。電通のことなんて全然知らなかったんですけど、調べるうちに興味湧いてきて、それだったら広告の勉強できる専門学校に行こうと思ったんです。

interviewee

いまのキャリアにも大きな影響与える一言ですね。

interviewee

親を説得させるためにも何か実績残さないとと思って「電通論文」という学生向けの論文大会に応募したんです。当時はすごく単純だったから「それ獲ったら電通行けんじゃん!」って考えてて(笑)なんとか出したんですけど、箸にも棒にもかからない。

interviewee

甘くはなかったんですね。

interviewee

でも、僕に触発されたのか真面目な同級生数名がチームで論文書いてて、そいつら入賞したんです。それがすごく悔しくて。そいつらに負けたくなくてから早稲田の広告研究会に入りたいって思ったんです。

interviewee

高校の時から広告業界行こうって決めてたんですね。

interviewee

うん。単純に「電通かっけぇじゃん」って思ったからですけどね。お金持ってそうだし、モテそうだし…くらいの感じ(笑)

interviewee

広告研究会ではどんなことをやっていたんですか?

interviewee

企業から依頼を受けて学生の視点から提案するというようなことをしていました。そのなかでも一番は早稲田祭の実行に関わることが大きかったですね。ひとつの大きなコンテンツを主催して、企業から協賛金もらって、有名人をゲストに呼んだりして。そのなかで僕はマーケティングチームのトップをやっていました。

interviewee

そのころからマーケティングだったんですね。

interviewee

そうですね。電通論文でもマーケティングについて書きましたし、そのころから広告業界に行くならそっちだと思ってました。

interviewee

大学在学中は広告研究会ばっかり?

interviewee

ちょうどチームリーダーになったころに知り合いが働いていたキャバクラでボーイとしてバイトを始めたんです。なので、そのころは昼間は広告研究会、夜はキャバクラでバイトという生活でした。

とにかく“かっこいい男”になりたい。

人が人を使って人を呼ぶ商売で見えたもの。

interviewee

両方とも続けるのって体力的にもきつくないですか?

interviewee

キツイっす。でもどっちも楽しかったんですよね。実はそのころ、化粧品メーカーに就職したかったんです。それもキャバクラで働きながら「かっこよくなりたいとは?」を考え抜いた結果だったんです。

interviewee

そこはどういう理由だったんですか?

interviewee

結局、“かっこいい人”って自信を持っているんだと思うんです。その自信は「根拠がある自信」と「根拠がない自信」に分かれてるんですよね。

interviewee

根拠のあるなしですか?

interviewee

根拠って実績なんです。だから「根拠がある自信」って、それがあって初めて得られる結果論で、そんなの最初は誰もないじゃないですか。だから重要なのは根拠がないけど一歩踏み出せる自信なんだろうなって思うんです。

interviewee

なるほど。

interviewee

キャバクラで働いてて感じたんですけど、メイクの乗りとか肌のコンディションでキャストの接客って変わるんですよ。キャストは見られる商売なので。そこで実績とかではなく「自分自身の内面からくる根拠のない自信」ってすごく重要なんだなって気づいたんです。それによって売上が変わる。それを作れる化粧品ってすごいなって思って。だから僕は、より多くの人に化粧品できれいになってもらいたかった。「一歩を踏み出して、好きなことをやろうよ」という世界を作りたかったんです。

interviewee

そこまでなかなか観察できないですよね。

interviewee

そうですね。でも人を見ないといけない商売だったので。水商売ってすごく難しくて、“人が人を使って人を呼ぶ商売”なんです。だから目に見えないモノが正しい解答だったりして、そんなかで学ぶものは多かったです。

interviewee

いまやっている営業やコンサルも、もっと言えば広告もモノでは計れない定性的なものが多いですよね。そういうのにも影響ありますよね。

interviewee

その経験が活きてることはたくさんあるんですけど、そのなかでも特にお客さまとの距離の取り方は活きてます。クライアントの状況を察したうえで提案したりアプローチの仕方を変えたりするバランス感覚はそこで学びました。

interviewee

それってたくさん人と接する経験がないと身につかないじゃないですか。

interviewee

そうかもしれないですね。

interviewee

その鍛え方ってあるんですか?

interviewee

イメージできるかだと思います。その人のことをどれだけ考えたかによると思うんですよね。もちろん1万人のことを浅く考えて得られるものはありますけど、100人のことを深く考えていったほうが得られるものが多いと思うんです。なので人を好きになる力や人に興味を持つ力っていうのは大切かもしれないですね。

interviewee

それは昔から気をつけていたんですか?

interviewee

人の顔色を伺うことはしないような立ち振る舞いをするのが好きだから、周囲との距離感を把握するようにはしてたと思います。

ガチンコでクライアントと向き合う。

interviewee

マネージャーまで行ったお店を辞めるきっかけってなんだったんですか?

interviewee

辞めたきかっけは、僕が広告研究会のチームリーダーやっていたときの後輩です。すごく優秀なやつだったんだけど、入社した会社でベストルーキー賞を獲ったんです。それでセミナーで登壇したりもしていて、それを知ったときに単純に嫉妬したんです。こっちは高田馬場のお店で頑張ってるけど、彼はパブリックにもっと有名になってきてて。イラっとしちゃって(笑)

interviewee

負けず嫌いですね。

interviewee

その瞬間に気持ちが揺らいじゃったんです。ちょうど「店長ならないか?」と誘われてたんですけど、気持ち揺らいじゃったまま仕事できなくて…。人が人を使って人を呼ぶっていうバランスの商売で、それをまとめないといけない自分の判断基準がなくなっちゃったら絶対だめだって思ったんです。だったら辞めようって思って。頭下げてすべて断って、すぐに髪も黒く戻して就活始めました。

interviewee

そのときも就活はすべて広告業界を狙ってたんですか?

interviewee

全然。就活始めたのが遅かったので選択肢がほとんどなかったってのもあるんですけどね。 「ビッグになりたい」と思ったので、これから成長が期待できそうなベンチャーをいろいろ受けました。あとは超優秀な人しか雇いませんみたいなとこ。

interviewee

あ、新卒として就活だったんですね(笑)

interviewee

一応、新卒枠だったっぽいです(笑)キャバクラで働いてたことも全部言いました。7年も大学いたし、なにも隠す必要ないかなって。

interviewee

そこで前職の広告代理店だったんですね。

interviewee

そうですね。

interviewee

どのような業務を担当してたんですか?

interviewee

最初の2年間は新規営業をずっとやってました。そのあとは既存クライアントとの向き合いに変わりました。

interviewee

そこの仕事の仕方って全然違うんですか?

interviewee

違いますね。どういうクライアントと向き合うかにもよるんですけど、僕の担当していたクライアントは並走してサポートするんじゃなく、先導することを求められたんです。よく担当者と山に例えて話してたんですけど、「一歩一歩一緒に登ろうよ」じゃなくて、お互いにどんなルートで山頂まで登るのが良いのかを正面からぶつかり合ってたんです。だから「満足させるためにフォローします」みたいなことは絶対に許されなかった。

interviewee

すごく良い方と向き合えたんですね。

interviewee

ほんとそうですね。彼のおかげで統計を覚えたんで、そういう意味でも感謝してますね。

interviewee

そこからサイカに入社したきっかけは?

interviewee

単純に次のステージに行きたくなったっていうのもあるんだけど、お客さんの課題をより解決して「かっこよく」させることができる立場になりたかったんです。それを広告の、しかもウェブに限定した世界だと影響範囲が少ないので、よりクライアントにハッピーと届けられる環境に行きたかった。だから目的から寄り添って解決できるサイカを選んだんです。

interviewee

それはサイカではなく、他のコンサルティング会社でもできたんじゃないですか?

interviewee

うん。でも、それは自己完結で「無い」ってなってました。結局なにをしても正解を出すことはできなくて、でも成功させることはできるんです。

interviewee

なるほど!

interviewee

成功させるにはずっとそばで寄り添える立場じゃないといけない。そこは客観的な分析だけしてもだめで、コンサルタントという立場だと無理だと思ったんです。サイカはそれをツールとして提供することで内部でしっかりとPDCAを回すことができる。そこにパートナーシップを組んで改善の並走ができるのが魅力でした。

interviewee

それは前職のときの問題意識から生まれたことですね。

interviewee

そうですね。たくさん失敗したけど、並走してたからこそ少しづつ前進している感覚も共有できてたんです。それをもっと広い範囲で解決したかったんです。

とにかく“かっこいい男”になりたい。

夢を持つ大切さを伝えたい。

interviewee

じゃあ、今後、何か実現させたいことはありますか?

interviewee

個人的なものとしては、ふたつ道があって、起業するか学校を作りたい。

interviewee

学校?

interviewee

僕がまっすぐ生きてきたわけではないので、ドロップアウトした人をいろいろ見てきたんです。それは自分のせいもあれば家庭環境もあります。でも夢を持つことは誰でも平等にあるじゃないですか。それに対して一歩踏み出せないって思ってる子がたくさんいて、でもそれをサポートしてあげる環境が無いんですよね。そういう人たちに対してサポートしてあげる環境を作ってあげたい。夢へのモチベーションを保つことのできる場所を作りたい。

interviewee

その学校はおもしろいですね。ぜひサイカをうまく利用しながら実現させたい。

interviewee

やりましょう!

interviewee

結局、ドロップアウトした人もそうですけど、そうじゃなく、ただなんとなく生きてる人がほとんどじゃないですか。なんとなくいるけど、そこに居場所があるようでない人たち。そういう人たちにも夢を持ってもらえるようなサポートできるのはいいですね。

interviewee

そう。子どもにやるべきですよね。アメリカの中学生って夢をしっかりと語れるらしいんですよ。最終的にそうなれるかどうかは別で、しっかりと将来を考えながら生きるってモチベーションが全然違うと思うんですよね。日本ってそんなのあんまりないですよね。

interviewee

そこは自分のお子さんにもそう教育してるんですか?

interviewee

いやぁ。そこまでは考えてないです。でも武道はやらせたいですね。なにをするにも心を鍛えなければならないと思うんで。「やりたいことなに?」というのはずっと問い続けたいかなとは思いますね。

interviewee

起業という選択肢でも同じようなことをしたい?

interviewee

いや、それはただビッグになりたいだけなんで、どんな形かは分かんない(笑)

自信を持っている人を増やしたい。

interviewee

では、最後に衣川さんは“才能開花”をどう捉えていますか?

interviewee

才能開花している状態って、自分の根本で好きなことをやり続けられることだと思っています。それに対してまっすぐ進められているのがベストだと思うんです。なので例えば、『サイカはポジティブに3年でみんな辞める』みたいなことは面白いと思う。もちろん軸となる人はいると思うけど、サイカの業務をやりながら他のことをやったとしても、本業に支障がなければ文句も言われないし、働き方も自由だし。自分がやりたかったことと真剣に向き合って、結果的に3年くらいで円満に独立できるってすごくいいなって思ってて。

interviewee

入社のときに自分のキャリアプラン伝えて、それを実現させるためにサイカでこんなこと学びたいみたいなこと言える組織とかいいですね。

interviewee

うんうん、それもいいですね。もちろんサイカをデカくするのが夢だっていうのであればそれは素敵な夢ですし。

interviewee

それはそれで必要ですけどね(笑)

interviewee

まぁね。そういう働き方があるんだ、夢をいつまでも追ってても良いんだっていうのを示していけるような存在にサイカがなれればいいなと思います。スポーツ選手とかは夢を追い続けてかっこいいってなるけど、ビジネスマンってあんまならないじゃないですか。そういう夢を掴むのがかっこいいって思える人をどんどん作っていきたいですね。

interviewee

ありがとうございました。

インタビューを終えて

interviewee

読み返してみてぶっちゃけすぎたかなと不安ですが、ちゃんと人の意見は聞ける人間です!(笑) “関わる人に自信を与えられる”人間になるべく今後も頑張ります!

誰からも「変わったね」と言われるくらいの新しい側面を見つけた。

今回のインタビューは、ビジネスディビジョンの岩澤。プロモーション分析ルーツXICA magellan(http://corporatet.temp513.kinsta.cloud/magellan/)のプロダクトオーナーとしてチームを引っ張っている。もともと引っ込み思案だったという彼が主体的に課題解決に向き合うまでの変化がとても興味深い。自ら行動することで周囲を巻き込んできた彼の大切にしている“想い”を知ることができた。
誰からも「変わったね」と言われるくらいの新しい側面を見つけた。

間接キスが人生の転機に

interviewee

岩澤さんの人生に影響を与えたと出来事をお聞きしたいと思います。 小さい頃はどんな子だったんですか?

岩澤 利貢

小さいころは人見知りでした。小さいころというか…中学、高校ぐらいまでは人見知りでした。人と話すのが苦手で、表に立ってなにかをするようなキャラではなかったですね。

interviewee

いまの岩澤さんからあまり想像つかないですね(笑)

岩澤 利貢

自分でもキャラが変わったなと思いますね。

interviewee

変わったきっかけはあったんですか?

岩澤 利貢

ひとつは、高校3年生のときかな。受験勉強しているときに、たまたま中学生のころの友だちと会ったんです。そのときにその友だちの女友だちもいたんですけど、人見知りだから友だちとしか話せなくて…。でも、その子が結構ざっくばらんに話しかけてくるんですよ。で、俺が飲んでたジュースを抵抗感なく飲んだんです。「それ間接キスじゃん」って(笑)そのときに「間接キスとか別に何とも思わないような人が世の中にいるんだ」というのが衝撃だったのは覚えています。

interviewee

めちゃめちゃ純粋、ウブだったんですね(笑)

岩澤 利貢

かもしれないですね(笑) それまでは引っ込み思案だったんですけど、それがきっかけに人との付き合い方に対する考えが変わった気がします。

interviewee

引っ込み思案で自分から前に出られないころは、どういう子だったんですか?

岩澤 利貢

例えば小学校の授業で手を上げたりすることはなかったですね。もう恥ずかしくて。でも、小学校3年生で一度、大阪に引っ越してるんです。環境ががらりと変わったことで、どうやったら周りから浮かないか、というのは常に考えてた気がします。

interviewee

なるほど。

岩澤 利貢

ただ、高校の部活は変化するきっかけだったのかもしれないです。高3の時にキャプテンになったんです。その時に初めて前に立って引っ張っていけなければならなくて…。

interviewee

そこまで引っ込み思案だったらキャプテンにも立候補しなそうですけど。

岩澤 利貢

同世代が2人しかいなかったんですよ(笑)2人しかいなかったんだけど、一学年下の後輩は15~16人くらいました。そうなると、最初は言うこと聞くんですけど、だんだん生意気になってきてクーデターとか起こすんですよね。

interviewee

クーデター?

岩澤 利貢

何人かに「もうやってられません」って途中で練習をボイコットされたんです。でも帰るわけじゃなくて、体育館の隅で集まってるんですよ。それを見ながら、他の部員は練習を続けてて…。俺はボイコットした部員たちにどう接すればいいのか葛藤しながら、結局別に何も言わずに練習終わっちゃったんですよ。そしたら、次の日は何事もなかったかのように普通に練習に来てた。

interviewee

そういうのってどう接したらいいか分からないですよね。

岩澤 利貢

いま考えると、変に振る舞わなかったのがよかったのかなと思います。ボイコットした連中に対して、「ちょっと待てよ」とかも言わなかったんです。一切無視。内心はおどおどしてましたけどね。

interviewee

自分でどういうキャプテンだったなって思いますか?

岩澤 利貢

駄目なキャプテンだったと思いますよ。ある試合に負けたとき、誰のせいでもないんだけど、その時うまくできなかった奴のせいにしたことがあったんです。ミスしちゃうのは仕方ないのに「お前のせいで負けた」みたいなことを言っちゃったんですよね。それはよくなかったなと、今でもはっきり覚えてて。ちょっと人間としてあり得ないですよね。

誰からも「変わったね」と言われるくらいの新しい側面を見つけた。

interviewee

僕のなかでは、どちらかというと岩澤さんはリーダー気質があると思ってるんですけど、人見知りで引っ込み思案の性格だったというころと比べて、本来の自分はどっちだと思いますか?

岩澤 利貢

どっちが自分なんだろうっていうのは俺も分からないんですよね。両方いるなという感じです。人と話すのが好きな反面、ボーッとしていたいのもあるので…。でも、親は俺の引っ込み思案の姿をずっと見てきているので、今の感じを見るとすごい驚いていますよ。「え、こんな子だった?」みたいな(笑)。

interviewee

小さい頃に何かきっかけがあって引っ込み思案になったとか?

岩澤 利貢

そういうわけではないですね。もともと大勢の前では母親の後ろに隠れるようなタイプでした。父親は恐いというか短気だったので、「自分はキレないようにはしたい」みたいなのは子どもながらありましたね。

interviewee

反面教師にした感じですかね?

岩澤 利貢

そこは完全に反面教師にしていますね。でも、血は争えない部分はありますけどね。ムカッてくるのは早いほうだと思います。

ものづくりに目覚め、大学のカリキュラムにも関わる。

interviewee

そこから性格が変わっていくターニングポイントは? 間接キスは“ひとつのきっかけ”とおっしゃってましたが。

岩澤 利貢

そうですね。大学に入る時は中学とか高校の時とは考えられないくらい性格が変わってました。友だちになれそうな人には自分から声をかけたりとかしてましたから。積極的に飲み会の仕切りとかもやっていたし。大学に入ってからいきなり変わったわけではないので、高校卒業から浪人時代くらいには徐々に変わっていったんだと思います。

interviewee

じゃあジワジワとした変化・・・サナギの中ではいっぱい変化が起こっているけど、見た目は変わらないみたいな感じですかね。

岩澤 利貢

そんな感じかもしれないですね。そういうのって周りから見ててもわからないですよね。

interviewee

わかんないですね。

岩澤 利貢

さっきの話でいうと、うちの父親を見ていても、「すぐキレる」みたいな感じだったから、「いないいないバア」をやっている姿は想像つかなかったんですけど、孫に対してやっているんですよね。

interviewee

知らなかった父親の一面ですね。

岩澤 利貢

そう。あと、「親父は人間関係とか上手くねえんだろうな」と勝手に思っていたんですけど、定年退職後に自分で仕切って友人たちとよく会っていたりするの見てると「なんか似てるな」っていうのがあるので…元々持っていた気質が徐々に芽生えていったのかもしれないですね。遺伝子には逆らえない(笑)

interviewee

(笑)大学に入ってからは?

岩澤 利貢

大学はとにかく自分自身で楽しもうと思ってました。「積極的にやらないと損でしょ」みたいな感じでしたね。そのあたりは、いまと変わらないかなと思います。

interviewee

積極的に何かに関わったエピソードとかあります?

岩澤 利貢

入学したのが情報科学部という新設の学部だったんです。カリキュラムも一応作りましたという感じ。担当教授もそのカリキュラムに納得いっていないみたいで。すごく適当に授業をしているような気がして、ムカついたんです。だから「教授が考える良いカリキュラムにしてください」ということを率先して訴えたんです。「1年目だからお試しみたいなのは納得いかないんです。教授がやりたいカリキュラムがあるなら、それをやってください」と。実際にそれでカリキュラムが変わったものもありました。新しいカリキュラムを作っていくなかで、一緒に考えていくのは良い経験でしたね。

interviewee

自分が動くことで、大きな変化を経験したんですね。

岩澤 利貢

自分でやらないと変わらないですからね。流されたら損するという感覚はそのときに感じたことかもしれないです。大学生活はずっとそんな感じでした。

歴史に残るものを作りたい ── ものづくりへの芽生え

誰からも「変わったね」と言われるくらいの新しい側面を見つけた。

interviewee

社会人としてのファーストキャリアは?

岩澤 利貢

初めて就職したのは6,000人規模のSIerでした。情報系の学部ということでIT系の企業しか受けていなくて。いまでも視野が狭かったなと思っています。新卒って最大の権利じゃないですか。いろいろな業界に行ける可能性があったのに…。そこで、もし違う業界に入っていたら、いまとはまったく違うキャリアを歩んでいただろうし、別業界を見ていなかったのはもったいなかったと思います。

interviewee

そこでの経験はいまに活きていますか?

岩澤 利貢

エンジニアリングの経験は自分の根底にあります。そこから飛び出すと自分の強みがなくなってしまうと思っています。飛び越えたいと思ったこともありましたけれど、たぶん飛び越えられないし…。モノを作るっていうのはもともと好きだったんですよね。

interviewee

なるほど。モノづくりに興味を持ち始めたきっかけってなんですか?

岩澤 利貢

大学も本当は情報科学部じゃなく建築学科に行きたかったんです。高校生のころに家族で行った海外旅行で日本には無いような古くて大きい橋を見たときに感動したんです。そこで「こういう歴史に残るものを作りたい」って思ったんです。それが職業に対して初めて意識した瞬間ですね。

interviewee

へぇ。エンジニアからディレクターに変わっていったのはどのような経緯だったんでしょうか?

岩澤 利貢

2社目はWEB制作会社だったんですけど、最初はエンジニアとして入社したつもりでした。でも配属されたのはディレクションする部隊だったんですよね。そこでエンジニアの部隊に配属されていたら、多分そのままエンジニアになっていたと思います。ただ結果としてエンジニアリングも分かるディレクターという立場でいろいろな案件はできましたね。

interviewee

両方できるのは強みですね。

岩澤 利貢

そうですね。なかなかいなかったので。そのあと、いろいろな案件をやってみて「受託よりも自分自身でビジネスを考えて作っていきたい」と思うようになり事業会社に転職することにしました。 そこで、次に行った会社で忍者になったんです(笑)

芽が出なくてもやり続ける

interviewee

噂の!(笑)前職はどんな会社なんですか?

岩澤 利貢

「忍者ツールズ」という個人向けのアクセス解析のサービスなどを展開している企業です。アクセス解析のツールではかなり老舗です。そこでアクセス解析の新規プロジェクトやアドサービスを作ったりしました。在籍していた間にローンチしたサービス数は一番多かったんじゃないかな。

interviewee

在籍している間にどれぐらい立ち上げをされたんですか?

岩澤 利貢

5年で8プロジェクトですね。

interviewee

半年に1回ペースぐらいで出している…新規事業立ち上げ屋さんですね。その時はどういうモチベーションで新しいものを立ち上げていかれたのですか?

岩澤 利貢

自分で考えたのもあるし、同僚が作りたいと言ったものを一緒に作ったのもあります。事業会社は自分たちで考えたものをアウトプットできるので、すごく楽しかったですね。

interviewee

そんななか、どのタイミングで忍者になるんですか?

岩澤 利貢

忍者になったのは確か入社2年ぐらい。そのとき担当していた新しいアクセス解析のサービスをどうPRするかということを社内で話し合っていたときに「せっかくなら注目されるようなことやろうぜ。せっかく“忍者”と名乗ってるツール出してるんだから忍者の服着て、背中にQRコード背負って歩くと、ちょっとバズるんじゃねえの?」と同僚たちで盛り上がって、街中を歩き回ったんです。

interviewee

すごい気合い入ってますね。結構それは話題になったんですか?

岩澤 利貢

全然話題にならなかったんです。バレンタインデー企画で「忍者にチョコをくれる人、大募集! 会社で待ってるよ!」みたいな…でも誰も来ない(笑)そのあとのホワイトデー企画で、「1個も貰ってないけどお返しあげます! マシュマロ欲しい人、ハチ公前に集合!」って。でも、待っていても誰も来ないっていう…(笑)

interviewee

(笑)。でも、それをどんどんやれるっていうのはすごいですね。

岩澤 利貢

いろいろやりましたけど、「合ってないな」と思うんですよね。そういうのをできる方って面白いことをやることが生活の一部になっているんですよね。頑張ってやるもんじゃないと肌身で感じました(笑)

interviewee

私生活までできるかって言ったら…みたいな。

岩澤 利貢

家から忍者服を着て通勤とかはしてましたけど、もっと突き抜けないとニュースにはならないなと思いましたね。「継続は力なり」だと思うんです。芽が出なくてもやり続けないと話題にもならないし、それが肌に合っている人がやり続けないと面白いものにはならないんだってことは痛感しました。忍者姿でLIGさんへも行きましたけど、彼らは完全に楽しんでるんですよね。そのときに「何が当たるか分かんないし、やり続けないと結果は出ないから、心を折らずとにかくやり続けることが大事」とおっしゃってて…気持ちが違いましたね。

interviewee

それは名言ですね。

誰からも「変わったね」と言われるくらいの新しい側面を見つけた。

課題感があれば、仕事に向き合える

interviewee

その後にサイカを選んだ理由やきっかけは?

岩澤 利貢

前々職のときから統計分析に興味があったんです。自腹で授業を受けたりしていました。そのときは、提案書を差別化するための手段として学んでました。やはりデータで説明できると説得力が違いますし。

interviewee

根拠を持たせられるのは統計とかデータの強みですもんね。

岩澤 利貢

その後、アクセス解析や広告サービスを作っていくなかで、膨大な数字に溺れちゃうことがたくさんあったんです。ユーザーの方もそうでしす、自分自身も「いったいどの数字を見りゃあいいの?」と分からなくなってくるんですよね。

interviewee

それは、あるあるですね。

岩澤 利貢

アクセス解析サービスの提供を通じて感じたことは「ユーザーは数字を見たいわけではなく、数字の裏のアクションを知りたいんだ」ということです。ターゲットとなるユーザー像を知りたいんだけど、単純に数字を出しているだけでは分からない。でも、例えばそこに統計的な技術があると、いままで提供できていなかった価値を出せるんじゃないかと考えていたんです。

interviewee

なるほど。

岩澤 利貢

でも、なかなか統計に詳しいメンバーがいなくてサービスに反映することができませんでした。そんななかでサイカのことを知り「これだ!」と思ったんです。だからマゼランは実体験から出てきた問題意識そのものなんです。

interviewee

岩澤さんが働くうえで大切にしているものって何ですか?

岩澤 利貢

とにかく良いプロダクトを作りたいですね。過去の経験から、どこかで妥協しちゃう部分ってあるんですよね。妥協しちゃうとプロダクトはへにゃっちゃうので、そこは信念を持って言うべきことは言ったほうがいいと思う。ただ、その信念が自分よがりになってはいけないんですよね。本当にクライアントのニーズなのかを常に振り返りながらプロダクトを作っていかないといけないと考えてます。

interviewee

良いプロダクトの価値基準というものは、自分自身がやりたいのではなく、お客さんのニーズに合っているかどうかということ。

岩澤 利貢

そうですね。そこはずらしちゃいけないなというのはあります。あと、いろいろなサービスを作ってきたなかで分かったことは“作れるプロダクトと作れないプロダクトがある”ということ。担当者が本当に課題感を持っているものかどうかで、プロダクトが成功するか否かっていうのはあるかなと思います。

interviewee

課題感があるからこそ、そこに向き合えますしね。

岩澤 利貢

そうですね。自分が体験したことのなかで解決したいと思えないとプロダクトとして深くなっていかないと思うんです。広告に課題感があったからマゼランには向き合えています。これが例えばロックホッパーだと無理だと思うんです。自分には営業をするなかで出てきた課題を解決したいというものがないので。

interviewee

岩澤さんが今後のキャリアを考えたとき、自分はこうなっていたいと思い描いているものってありますか?

岩澤 利貢

とにかくビジネスとして成功させたいというのはすごくあるんですよね。唯一、ビジネスとして成功させた事例があるんですけど、やってみたらたまたま爆発したみたいな感じだったんです。全然狙ってなかったので満足感があまりなくて…。だからマゼランは狙って成功させたいなっていうのはあるんですよね。

interviewee

成功体験できるかどうかはたしかに重要ですよね。

岩澤 利貢

失敗ももちろん大事だと思うんですけど、ひとつの成功体験を語れるか否かというのは、今後のキャリアパスにすごく影響があると思うんですよね。結局みんな似たような発言をするのなかで、大切なのは発言した方のバックボーンだと思うんですよね。苦労して成功させているサービスの話は重みが全然違うし、それによって周囲がどう動くかが変わってくるので、確固たる成功体験を自分自身で築きたいです。

受け身では絶対に才能は開花しない

interviewee

最後の質問をしたいと思います。岩澤さんは「才能開花」という言葉をどう捉えていますか?

岩澤 利貢

自分が大学と高校の間で人格が変わったように、いい意味で「変わったね」という新しい側面を見つけられるのが才能が開花している感じなのかもしれないですね。

interviewee

つまり今までの延長線ではないものに…。

岩澤 利貢

そうそう。「飛び越えたね」みたいな。「想像つかないんだけど、何があったの?」というのが訪れると、それは何かしら開花してますよね。

interviewee

じゃあ、例えば「成長したいんです。才能開花するために必要なことはなんですか?」みたいな質問をされた時にどうアドバイスします?

岩澤 利貢

難しいですね。仕事の面で言えば「頑張るしかないよね」としか言いようがなくて、とにかくアクションするしかないかな。

interviewee

「やり続けるから見えるよ」という感じ?

岩澤 利貢

受け身では絶対に開花しないので、積極的に動いていかないと。誰かから与えられるものではないですからね。ただ、それを得ようしたときに助けてくれる人がたくさんいるような会社にサイカはなっていたいなというのはありますね。

interviewee

なるほど。今日はありがとうございました。

インタビューを終えて

岩澤 利貢

改めて自分自身の人生を振り返った時に高校までの自分とそれ以降の自分の違いには驚く部分があります。自分自身何がきっかけで今の自分があるのかを振り返ったり、今の自分の行動の土台には何があるのかを定期的に考えるのはいいことだと改めて思ったインタビューでした。受け身ではなく自ら行動する!さらに人の才能開花も自ら積極的に動くことで支援する、そのためには自分はどうなったほうがいいかをサイカで突き詰めていけたら素晴らしいなと思える貴重な時間になりました。

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