マーケティング成功のカギは右脳的な思考で顧客視点を捉えること

「マーケティングにおける失敗」をテーマに第一線で活躍するマーケターに話を伺う、インタビューシリーズ。今回は、P&Gやライフネット生命でマーケティング・事業開発を担当し、現在はインクルージョン・ジャパン株式会社でベンチャー支援を行っている吉沢康弘氏に「失敗から学ぶマーケティングの本質」についてお話しを伺いました。

サイカ:

はじめに、吉沢さんのこれまでのキャリアをお聞かせください。

吉沢:

大学院までは機械工学専攻だったのですが、その後は一貫して事業の立ち上げ、マーケティング、事業開発に携わってきました。経歴としては、P&G、コンサルティング会社勤務、ベンチャー運営を経て、ライフネット生命の前身であるネットライフ企画に参画。立ち上げ当時から、マーケティング、そして事業開発を担当しました。 現在は、2011年にインクルージョン・ジャパン株式会社という会社を立ち上げ、ベンチャーキャピタルとしてスタートアップ企業の立ち上げ、成長支援を行っています。もともと事業そのものが好きなこともあって、Coconala、Moffなどを始め、初期のサービス開発やマーケティングをゼロベースからお手伝いしています。商品がゼロからスタートするときに、どうやったらお客さまに購入していただけるか、そこに創意工夫をするのが大好きですね。

マーケティング成功のカギは右脳的な思考で顧客視点を捉えること-01

絶対に成功するはずだったのに…。プロの誤算とは

サイカ:

本インタビューは、「マーケティングにおける失敗」がテーマです。吉沢さんのキャリアの中で、印象に残っている失敗談を教えてください。

吉沢:

ライフネットに参画する前に関わった、生命保険に関するWebベンチャーでの経験です。さまざまな生命保険会社の商品をサイトで比較して、オンラインで契約してもらうことを考えていました。 毎月の保険料が比較表になっているので、口頭で説明されるより明らかにわかりやすくなっている。業界の方に説明しても「絶対に成功する」と口を揃えて評価してくれました。しかし、実際には計画値の50分の1ぐらいしか売上が上がらなかったのです。私のマーケティング経験の中で、最もきれいに失敗した案件ですね。

マーケティング成功のカギは右脳的な思考で顧客視点を捉えること-02

作り手目線でサービスを作ってしまったことが失敗だった

サイカ:

その失敗の理由は、どこにあったのでしょう。

吉沢:

ひとことで言うと、完全に作り手目線になっていましたね。ユーザテストを実施してみると、どの商品がいいかお客さまは判断できなかったのです。わからないから「とりあえず資料請求しようか」となります。見積もり依頼は、「買わないといけない」という意識が強くなってしまって行動に落ちてこない。そこで、ユーザー導線を見積もり依頼から資料請求に変えてみたんですよ。その結果、資料請求は爆発的に増えました。 しかし、今度は資料請求のあとに、コンバージョンへ繋がらないという問題が起きました。資料請求をしたお客さまに電話で追跡調査をしたところ、「資料請求したけど、どれにしたらいいかわからなくて。一度説明しに来てくれませんか」という話になりまして。そこから、やっとコンバージョンに繋がるようになったのです。つまり生命保険は、お客さまにとっては難解なんですよね。有名な会社の保険商品が表で安い高いと比較されていると、騙されているんじゃないかという混乱が起きた。結果、契約まで至らないということがわかったのです。

購買の本質は右脳、本能にある

サイカ:

ユーザ視点は、なぜ抜けてしまったのでしょうか。

吉沢:

サービス設計のとき、保険やマーケティングのプロと過ごす時間が多かったからです。「業界の当たり前」に陥って、お客さま目線とはまったく違う世界でモノを見ていました。さらに、これは非常に大事なことだと思うのですが、物を買うときって必ずしも左脳的に考えているわけではないのですよ。

サイカ:

論理的に判断するのが左脳と言われていますね。

吉沢:

保険を買うときもそうだと思いますが、右脳的・感情が動いて買うと考えています。でも、分析する側は視点が違う。AよりBのほうが合理的だから、Bを買うよねみたいに。

サイカ:

消費者は本能で買いものをしているかもしれない。それでも、マーケティング調査は重要だと思いますか。

吉沢:

大事です。ただし、本能的な部分を捉えられるアプローチでマーケティング調査をしないと意味がありません。私がユーザーインタビューのときに徹底的にこだわるのが、「対象者が論理的にならないようにしながら、質問をする」ということ。多くの調査者は、しっかりと質問項目を用意して臨んでくるのですが、それだとユーザー側からは教科書的な答えしか返ってきません。

マーケティング成功のカギは右脳的な思考で顧客視点を捉えること-03

ヤフートピックスに掲載されたプレスリリース

サイカ:

ご自身のキャリアの中で「最もきれいな失敗」となった経験。ライフネット生命ではどのように成功へつなげたのでしょうか。

吉沢:

開業前に、結構なパワーをかけてユーザビリティのテストを実施しました。もちろん、一般の方をお招きして。これが衝撃の結果で、大半の方が保険の購入のところまで至らず、離脱してしまった。ウェブで保険を購入するという習慣が、当時のお客さまにはなかったのが一番の原因ですけどね。 ただ、「まだまだネットで生命保険を購入するというのは難しい。ほとんどのお客さまには不自然で、慣れない行動だな…」という事実を把握できたのは、良かったですね。 ライフネット企画を開業して暫くは、想定をはるかに下回る水準で毎日の販売が推移しました。コンタクトセンターのメンバーは、時間を持て余していたくらい。でも、お互いにロールプレイングで練習をして、日中を過ごしていましたね。「最初は、お客さまの感覚ともフィットしないよね、時間はかかるよね」という腹がくくれていたのがよかった。だからこそ、試行錯誤、粘り強く様々な施策・打ち手が続いたのだと思います。 好転のきっかけとなったのは、「保険料の手数料開示」というプレスリリースでした。まさかのヤフートピックスに取り上げられて。それだけで、集客量が一気に伸びました。多くの試行錯誤の中から、勝ちパターンと呼べるようなことが起きたのです。 そこから、メディア露出を徹底的に狙うという仕掛けが続きました。なかやまきんにくんの企画や、鳩に保険を選んでもらうという企画などが大当たりしたのも、この頃です。保険内容が良くて買うというのではなく、「この会社がなんとなくいいな、流れに乗っているな、応援してみたいな」という捉え方で、多くの方が契約してくださるようになりました。

サイカ:

ライフネット生命は、「オンラインで保険を買う」という新しい世界観を作りましたね。

吉沢:

自分が業界を変えることで、世の中がどう変わっていくのかという世界観、全体像を持っていることがマーケターにも大事だと思います。それがあれば、スタートダッシュが効かなくても「いずれは目指す世界に近づくはず」という、ある種の根拠は無いけど自信があふれる。継続的に努力することができるのです。

マーケティング成功のカギは右脳的な思考で顧客視点を捉えること-04

マーケティングは、ゼロから売る経験が一番大切

サイカ:

大企業からコンサル、ベンチャー支援と幅広く活躍する吉沢さん。失敗と成功があった中で学んだ、マーケティングにおける大切なことは何だと考えますか?

吉沢:

自分の手で、売れていない商材をゼロから売る経験が一番大切だと思います。ごまかしがきかないですし、自分のダメなところを気持ちとともに体験できるところが大事ですね。そのくり返しが、ブランディングにもなる。例えば、お蕎麦が食べたいと思ったとき、数ある選択肢の中からセブンイレブンのお蕎麦を選んだとしましょう。その意思決定には、過去に積み上げたブランディングというものが大きな要素になっています。現在進行系で行われているマーケティング施策だけで、選ばれているわけではないということですね。 マーケティングって、こちらの売りたいものを、より多くのお客さんに知ってもらうための知恵の使い方。ビラ配りのように、無関心な人へ一方的にメッセージを送りつけるのではなく、いかに意味あるプロセスを作り、認知にたどりついてもらうかが重要だと考えています。

サイカ:

最後に、マーケティングが成功したと感じるのは、どのようなときだと思いますか。

吉沢:

どんな人がどういった感情で自社の製品を購入してくれているのかが、きれいに自分の説明と一致するときですね。自分の家族にもそれが起きたら完璧です。

まとめ

身近な選択肢のひとつとなっている、オンラインで保険を買うということ。そこには、既存の保険市場に新たな切り口を持って参入、失敗した経験がいかされていた。「ゼロから売る経験」とは商品やサービス設計から入り込み、顧客の手に渡るまでを見届ける。マーケターとして視野を広く持とうということだろう。
顧客の視点を把握するために、脳の使い方の違いまで考えている吉沢さん。ひとつの失敗から、どれだけ成功へと繋げるかの熱意も必要であると感じた。

次回のマーケター・インタビューは、イセオサムさん

このインタビューは、リレー式でお届けします。吉沢さんからご紹介いただいたのは、イセオサムさん。スマホアプリやウェブサービスのプロデューサーとして活躍中のイセさんから、マーケティングの考え方を伺います。ご期待ください!
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