サイボウズ株式会社が運営しているオウンドメディア「サイボウズ式」。2012年にスタートしてから、今年5周年を迎えます。20代・30代のビジネスパーソンを想定読者とし、メディアを通じて早くから「働き方」や「チームワーク」について発信してきました。また、KPIとして数値目標を立てていないことでも特徴的なオウンドメディアです。
サイボウズ式編集長の藤村能光さんと編集部の明石悠佳さんに、オウンドメディアの評価とメディア運営についてお話をうかがいました。

サイボウズ式ができるまで
サイボウズは、「kintone」や「サイボウズLive」などのクラウドベースのグループウェアを開発・運用する企業です。主に企業の情報システム部門向けにソフトウェアを提供するビジネスでしたが、サイボウズの認知度向上という新たなマーケティング課題を持っていました。 そこで、ビジネスユーザー以外にも企業の認知を広げるブランディング施策のひとつとして、オウンドメディア「サイボウズ式」を立ち上げました。新しい価値を生み出すチームをテーマに、サイボウズが伝えたいことではなく、世間や読者が関心のあることを発信し、サイボウズに共感してもらうことを目的としています。オウンドメディアで伝えたいことは何かを考えると、評価軸が定まる
サイカ:
オウンドメディアを運営していく中で、目標としたKPIが達成できない・評価軸がわからない・このまま継続するべきかという悩みがマーケターの中にあります。オウンドメディアに数値目標を持たせることに、どうお考えでしょうか。
藤村:
オウンドメディアの目的が販売促進のように、売り上げ増加を目指している場合は、KPIといった数字を目標に置くことはありだと思います。一方で、企業をとりまくさまざまなステークホルダーとのコミュニケーションを目的とするブランディングのような場合は、単純に自社メディアのPVといった数字だけをKPIにする必要はないと考えています。
サイカ:
サイボウズ式は、ブランディングを目的としています。KPIとしての数値目標は、はじめから設定していなかったのでしょうか。
藤村:
もともとサイボウズ式を立ち上げる段階では、新規セッション数を月に30,000人と設定していました。他の製品プロダクト系のサイトのセッション数と比較しながら決めた数字で、メディア運営をはじめる上で目指す成果の、最初の道しるべという感じでしたね。その目標は立ち上げてから5ヶ月後で達成し、それ以降はKPIとしての数値目標は特に置いていないですね。 PVやUUだけをメディア運営の評価軸にはしていません。記事のPVが多かったからといって、読み手の心に響いたかまではわからないからです。もちろん数字自体は見ているのですが、それは打ち出した企画の結果を確認するといった意味合いです。
サイカ:
数値目標ではなく、定性的な評価を大切にするようになったということですね。
藤村:
僕たちはサイボウズ式というメディアを通じて、読者と信頼関係を築きたいと思っています。 人同士でも、1日や2日といった短い期間で信頼関係が作り上げられるものではなく、お互いのコミュニケーションの中で少しずつ信頼関係が積み重なってくるもの。そうやって信頼関係ができあがっていれば、何かやりたいというときに、手を貸してくれたり、協力してくれたりするパートナーが現れるはずです。 メディアと読者の信頼関係も、日々記事を読んでいただいたりするなど、メディアとの接触頻度に応じて、少しずつ積みあがっていくものじゃないかなと思っています。
サイカ:
マーケのネタ帖の編集部員は、サイボウズ式の一読者です。確かに「働き方」や「チームワーク」の話題について知りたいとき、サイボウズ式を読めば何かヒントがあるかもしれないという信頼があります。
藤村:
メディアは基本的に媒介で、何かと何かをつなぐということに価値を発揮されると思っています。つなぐものは人・もの・情報など、たくさんあります。サイボウズ式は、サイボウズという会社をまだ知らないお客様との媒介です。 情報を媒介するメディアという器が信頼されてこそ読者が増えていくはずです。オウンドメディアを運営することも長期にわたって読者との信頼を作っていくことだと思いますので、売り上げやコンバージョンは短期間で得られるものではないのではないかと思います。
ブランディング目的だからこそ、伝えたい思いを軸にコンテンツを作る
サイカ:
オウンドメディアもメディアであり、短期間で判断は難しい。数値目標だけでなく、ユーザーとの信頼関係作りも必要ですとうかがいました。サイボウズ式では、そのためにどのようなコンテンツ作りをされているのでしょうか。
明石:
サイボウズ式は、企画を立てるときに5つのことを大事にしています。企画を一言で表すためのコンセプト、誰に何を伝えたいか? というターゲットとバリュー、その企画をなぜサイボウズ式でやる必要があるのか、というコンテクスト。そして、企画担当者の企画に対する思いです。この思いの基準をいれたのは藤村なんです。
サイカ:
自分の思いが入っているのが面白いですね。企画を立てるときは、伝えたい相手に何を考えてもらおうかという受け手の視点で考えることも多いと思うのですが。
藤村:
受け手の立場で考えるというのは、マーケティング視点での企画・施策の作り方だなと感じています。マーケティングは市場やターゲットを想定してセグメントしていき、そこへの施策を考えますよね。 一方、ブランディングでは、自分たちの価値観を発信して、共感を増やしていくといったやり方があります。サイボウズ式で企画を立てる場合は、まず企画担当者であるその人が「やりたい」という思いがあり、なぜこれをサイボウズ式で企画するべきかという文脈(コンテクスト)と両立することが大事だと考えています。

定性的な反応に、納得できる意味を見出して評価する
サイカ:
思いが込められたコンテンツに対し、どのような視点で評価をするのでしょうか。
藤村:
読者からのSNSへのコメントやシェア、反応を中心に見ています。コンテンツを出した後のSNSなどの反応や、そのコンテンツを基に起こるコミュニケーションによって、サイボウズに対する認知が深まっていくと考えているからです。とくに、コンテンツを出した反応である「コミュニケーション」という繋がりの部分を見るようにしています。
サイカ:
定性的な評価は、KPIや目的が違う他のチームからはわかりづらいかと思うのですが、どんな反応がありましたか。
藤村:
サイボウズ式には、Facebookで1000いいね!がついたり、Twitterで数100リツイートされたりといった記事もあります。このように記事の反響がソーシャルメディアで大きくなると、自分たちのタイムラインに、サイボウズ式の記事や話題が出て来ることがあるんですね。 そういった反響を直接見た社内の人から、「サイボウズ式って、いい感じだね」と声をかけていただくことが増えました。これは、はじめに決めたサイボウズ式の月間セッションという数値目標を達成したときには、あまり見られなかったなかった反応です。 サイボウズ式は、社外に対する認知度向上はもちろん、社内に向けたインナーブランディングにもつながってくると感じています。
サイカ:
外から自分の会社を知るというのは面白いです。
藤村:
おっしゃる通りです。実は、自分たちがやっていることの正当な価値を、ぼくたち自身で主観的に判断するのは難しいと感じています。でも、ぼくたち以外の第三者の方に「素晴らしいね」と言っていただけると、「あ、自社でやっていることに価値はあるんだ」と素直に受け取れるようになります。その点でも、読者からの定性的な反響をしっかり確認して、社内にも共有していくようにしています。
サイカ:
定性的な反応に、きちんと意味を見出して評価へ繋げているということですよね。他に、オウンドメディアを通して得た評価はありますか。

明石:
とくに去年はサイボウズが「働き方改革」という文脈で取り上げられることが多く、働きやすい会社という認知が広がったようです。そこから、中途採用や29歳以下の第二新卒対象のU-29(ユニーク)採用を通し、応募数が結構増えています。新卒採用でも、サイボウズ式がサイボウズを知るきっかけになったと答える学生がいます。
サイカ:
採用がしやすくなったのでしょうか?
藤村:
中途採用で入社いただく方も、サイボウズ式を読んでいただいていることが多いそうです。確実に中途採用の裾野が広がっているなと思いますね。
サイカ:
サイボウズ式を読んでいれば、会社としての文化や大事にしていることを分かった状態で入社できますね。わかりやすい数値だけでオウンドメディアを評価するのはもったいない気がしてきます。
藤村:
もちろん売り上げが目標であるならば、KPIを定めたほうがいいと思います。目標を達成するまでの見える化が進み、対策も打ちやすいですから。 サイボウズ式は直接的な売り上げやコンバージョンというよりは、様々な価値をつなぎ合わせたり、作り出したりすることを目指しています。例えばソフトウェアを販売していただくパートナーや株主、サイボウズで働きたいと思ってくれる方といったたくさんのステークホルダーに対して、コミュニケーションのきっかけを生み出したいんです。そういう思いで、メディアを運営しています。
- オウンドメディアとは何か。設定された目標を達成するためのマーケティング手法でありながら、社内外に波及する力を秘めたものという印象を持ちました。数値目標・KPIとして見える評価に加えて、定性的な反響の評価も考えてみること。そこに、オウンドメディアとしての次の課題やサービス改善のヒントが見えてきそうです。