テレビの視聴率にも個人情報保護の波がきた

個人情報保護法改正、パーソナルデータ保護強化の影響が、個人情報とは一見関係がなさそうなテレビにも及びつつある。

現在総務省は、「放送分野の視聴データの活用とプライバシー保護の在り方に関する検討会」を設置し、テレビの視聴率を算出するもととなるデータの取得方法を議論している。その背景は次のとおりである。

まず、インターネットに接続されたテレビを起動すると、番組視聴中一定間隔ごとに、視聴時刻、放送局を識別するID、インターネット上のIPアドレス、郵便番号の情報(以下、取得・送信されている情報を総称して「視聴データ」)が、放送局のサーバーへ自動送信されている。この一連のプロセスは、視聴者の事前同意を得ることなく行われる。放送局に集積される視聴率は、こうして取得される視聴データをもとに分析されているのだ。

知らず知らずのうちに収集される視聴データ。視聴者側が送信機能を停止しなければ、これらのデータ取得は停止できない仕組みになっている。視聴データは個人を識別できる情報ではないことから個人情報保護法の対象ではないが、個人から派生する情報ではある。そのため、視聴率に関するパーソナルデータ保護の観点から、その取得方法について議論が巻き起こっている

次に、事業者からは、「顧客情報分析のために視聴データを利用したい」という声が常々上がっている。広告主からすると、どの時間帯にどういう属性の人が見ているかによって広告効果が変わるので当然とも言える。

これまで視聴データは、個人とは紐づけずに利用されてきた。しかし、ターゲティング広告の普及によって、視聴データと、個人に紐づいたデータ(顧客情報、位置情報、購買情報、インターネット上の閲覧情報)を組み合わせて分析し、ターゲティング広告等の精度向上に利用したいというニーズが高まってきたのだ。この点においても、2022年4月1日に施行される改正個人情報保護法の観点から、「個人関連情報に該当し、視聴者の同意取得が必要なのではないか?」といった議論が起きている。

そこで、総務省の上記検討会では、

  1. IPアドレスと照らし合わせることで個人を容易に特定できる情報を、本人の同意なく取得することは果たして適切なのか
  2. 視聴データを特定の個人と紐づけることを前提に取得することは適法なのか

の2点について、議論を進めている。

近く、総務省からその方針が示されることになるが、本稿ではその前に、現在の議論状況をあらためて整理していくこととする。

議論①「オプトアウト方式」による情報取得は妥当なのか

冒頭で述べたとおり、インターネットに接続されたテレビを起動すると、番組視聴中、視聴データが放送局のサーバーへ送信されている。そしてこのデータ送信機能は、視聴者側が、テレビ受信機内で視聴データを発信しない設定にしない限り、自動で送信され続ける仕組みになっている。

このように、データの取得は原則自由で、拒否したい場合は本人が個別に停止の手続きをすることを「オプトアウト方式(*1)」という。

視聴者が知らないうちに視聴データを収集する仕組み自体は、現在の個人情報保護法上問題ない。それ単体で個人情報を特定することができないデータは、本人同意の取得、告知が必要ではないとされているからだ(なお、この点が、2022年4月1日から施行される改正個人情報保護法で大きく変わることは後述する)。

しかし、昨今の技術革新により、それ単体では個人を特定できない情報であっても、IPアドレスを使えば簡単に個人と紐づけることができてしまう。また、そもそも視聴者に、視聴データが送信されていることやその送信を止める権利があることが認知されていない。

このような状況下で、視聴データをオプトアウト方式で取得する仕組みを採用するのは、パーソナルデータの扱い方として不適切なのではないか、というのが1点目の議論である。

現在、総務省の検討会においては、オプトアウト方式による視聴データ取得に対して厳しい意見が続いている。おそらく、オプトアウト方式に代わる適切な代替手段がないのであれば、「視聴率データの取得には、本人の同意を得なければならない」という方向に議論は進んでいくだろう。すべての視聴者からデータ取得の同意を得るのはかなり難易度が高いので、これからどういう制度になるのか議論を追う必要がある。

(*1)オプトアウトとオプトイン:オプトアウトとは、ユーザーが、事業者への情報提供または事業者からの情報の受け取りを拒否すること。また、ユーザーから拒否の意思を受けた事業者が、情報の送受信を停止することをいう。
オプトアウトという仕組み上、事業者がユーザーに情報を送ることやユーザーの情報を得ること自体は原則自由とされている。ただし、ユーザーが拒否の意思を示した場合は、情報の送信・取得を停止しなければならない。
これに対し、オプトインは、事前にユーザーの同意を得た上で情報の送受信を行うことをいう。

議論②:視聴データを個人に紐づけてよいのか

企業は、顧客情報分析のためにさまざまな顧客のデータを、さまざまな方法で取得している。ターゲティング広告は、顧客のパーソナルデータ(顧客情報、位置情報、購買情報、インターネット上の閲覧情報)を組み合わせた分析を行うことで、よりターゲットに合った広告を展開するものだ。こういった事業活動の中で、「視聴データ」も長年、利用したい顧客情報の1つに挙がっていた。

しかし、2022年4月1日から施行される改正個人情報保護法により、視聴データの取得には視聴者本人の事前の同意が必要になる。個人情報保護法改正により、「個人関連情報」という概念が新たに入ってくるからだ。「情報取得時には個人と紐づかない情報(例えば、cookieは主たる例であり、マーケティング業界では昨年からこの話題で持ち切りである)を第三者に提供する場合であっても、”提供先において特定の個人と紐づけることが想定されている情報”であれば、情報取得時に同意を取得しなければならない」という規制が、2022年4月1日から施行される。

視聴データは、データを取得した放送局が調査会社に提供し、調査会社で”個人を特定できる顧客情報と紐づけて”分析し、活用されている。

確かに、2022年3月31日までは、顧客情報分析のために視聴データを顧客個人の情報と紐づけて用いることに法律上の問題はない。しかし、4月1日に日付が変更されると、調査会社において顧客の個人情報と紐づけられることになっている視聴データは、データを取得する時点で視聴者からの同意を得なければならなくなる。

ここで大きな問題なのが、「テレビにおいてどのようにして同意取得をするか」である。インターネットのように、テレビに同意画面が出てくることは考えにくい。さらに、携帯電話端末と異なり、テレビは1人1台というほどではない。となれば、1つの世帯に複数人が同居する場合には、個別に同意を取得しなければならない。どのようにして個別に同意を取得していくのか。世帯内の1人は同意したが別の人は同意していない場合、視聴できるチャンネルは分かれてしまうのか。その解決方法はなかなか想像がつかないところである。このように、視聴データを個々の顧客情報と紐づけるためには、かなり高いハードルが発生する。

確かにデータは、個人に紐づけたほうがより精緻な情報になって使いやすいかもしれない。ただ、ここで少し立ち止まって考える必要がある。そこまで必要なのか?ということである。これが2つ目の議論だ。

テレビ番組の構成を検証するための視聴データという文脈で見たときに、視聴データの精度を確保するため、一定の母数は必要である。しかしながら、その必要数を超えて「すべて」必要であろうか。

インターネット環境を利用できる昨今、データ取得に同意してくれる視聴者だけを母数にしたとしても、視聴者個人にアプローチできるので、相当数を獲得できることは確かであろう。となれば、視聴データの精度を維持するために必要な母数の確保は期待できる。オプトアウト方式を使って視聴データを取得する現行の方法からこの方法に変更する影響は、何らかのやり方で全視聴者に同意を求めるよりも比較的小さいだろう。

最後に

ターゲティング広告に対する利用者の回避傾向は高まっており、個人情報保護法の改正により、個人に紐づけられる情報取得への規制も進んでいる。現に、総務省は、「インターネットサイトの閲覧履歴を第三者に提供するにあたっては、利用者に対する通知が必要である」という規制導入を決めている。

パーソナルデータを利用したターゲティング広告への規制が強まる中、個人と紐づけたターゲティングの方法はどこまで耐えられるのか。今の段階で本当に適法なのか。これらは常に問い続けないといけない。
この検討会の動向は目を離せないところに来ている。

執筆者:株式会社サイカ コーポレート本部法務部部長・福島 健史(ふくしまたけし)

福島 健史(ふくしま・たけし)
株式会社サイカ コーポレート本部法務部部長

2013年、早稲田大学法務研究科修了。2015年に弁護士登録し、現在、Kollectパートナーズ法律事務所所属。弁護士として、これまでにソーシャルビジネスへのサポート、証券コンプライアンス、新規事業構築サポート、企業の危機管理対応などに従事。2021年7月、法務部部長としてサイカ参画。

クッキーレス時代、日本がマーケティングにMMMを取り入れるべき3つの理由

マーケティング先進国アメリカで、約8割のマーケターが認知し、約半数の企業が実践している(*1)マーケティング分析手法「マーケティング・ミックス・モデリング(MMM)」。日本ではまだ1割の企業でしか導入が進んでいない(*2)MMMですが、実はさまざまなポイントで、現代のマーケティング環境に最適な分析手法であるといえます。

この記事では、日本において主流とされているMTAとMMMの違い、そしてMMMが次世代のマーケティングに最適といえる理由をお伝えします。

(*1) ニールセン・メディア、Facebook、Googleによるコンソーシアム最新レポート「マーケティング・ミックス・モデリングを活用して広告のパフォーマンスを向上させる方法」発行のお知らせ(ニールセン・メディア・ジャパン合同会社のプレスリリース)https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000004.000070691.html
(*2)企業の広告宣伝担当者212名に聞いた 広告の効果測定方法に関するアンケート調査 2020年版(株式会社サイカのプレスリリース)https://www.atpress.ne.jp/news/213842

MMMは、現代のマーケティング環境に合った効果測定手法

現代のマーケターは、数多くのメディアやチャネルを組み合わせたマーケティングコミュニケーションの展開を求められています。このように複雑化した環境下で成果を最大化するためには、各施策の効果を正しく把握するだけでなく、施策間の相乗効果を最大化する必要があります

「マーケティング・ミックス・モデリング(MMM)」は、さかのぼること70年以上前、1950年代のアメリカで誕生しました。テレビCM・ラジオ広告・交通広告・新聞広告といったオフラインのマーケティング施策が売上に与える影響の可視化を目的に開発されたものです。

そこから進化を遂げた現代のMMMは、オンライン・オフラインを問わず、さまざまなマーケティング施策が成果に与える影響を定量化できる効果測定手法となりました。あらゆるマーケティング施策を統合的に分析することから、「統合アトリビューション分析(*3)」とも呼ばれます。

(*3)アトリビューション分析:各マーケティング施策の成果(売上)への貢献度を定量的に測定する分析のこと。

このMMMが現代のマーケティング環境に合っているといえる理由が3つあります。

1つ目は、各マーケティング施策の「成果への影響(直接効果)」と「ほかのマーケティング施策への影響(間接効果)」の両方を数値化できること。

2つ目は、自社でコントロールできない外部要因についても分析できることです。

外部要因とは、市場環境(競合他社の広告や販売施策など)、季節性、天候など、マーケティング施策の効果や業績に影響を及ぼす可能性のあるあらゆる要因を指します。

たとえマーケティング施策が完璧だったとしても、競合他社が大幅な値下げを実施すれば販売数は減少するでしょうし、台風が来れば来客数は減少します。近年で言えば、COVID-19の影響は、マーケティング施策の成否にかかわらず、売上に大きなインパクトを与えました。

逆に、自社のマーケティング施策が成功したわけでなくとも、外部的な要因により売上が向上するケースもあります。

3つ目は、ブランド・エクイティ(ブランドが持つ価値のことで、製品やサービスの価値を増大させるもの)など、数ヶ月から数年単位に及ぶ中長期的な施策の成果と、短期的なマーケティング施策の成果とを分解してとらえられることです。

応用的なアプローチではありますが、ブランド力は、マーケティング成果のベースとなるものです。自社やサービスがどのくらい知られているのか。良い印象を持ってもらえているのか。そしてそれらがどのくらい成果に影響しているのか。これらを可視化することで、必要な施策も変わってくるはずです。

このように、MMMはこれまで効果の可視化が難しいとされてきた施策同士の相乗効果や外部要因の影響、ブランド価値といったあらゆる要因を包括的に把握し、「マーケティング施策の真の効果」を数値化します。

マーケティング施策の種類が多様化し複雑になった現代においても、個別最適ではなく全体最適で広告予算を最適化し、マーケティング成果を最大化するためのヒントを得られるのがMMMなのです。

日本企業のMMM活用率は約1割

MMMは、発祥の地でありマーケティング先進国である米国では、企業の規模や業種業態を問わず広く活用されています。一方、日本ではMMMのような高度な分析はまだあまり行われていないのが現状です。

サイカが2020年4月に実施した調査「企業の広告宣伝担当者212名に聞いた、広告の効果測定方法に関するアンケート調査 2020年版」でも、それが明らかになりました。

広告宣伝担当者を対象に、「現在用いている分析手法と今後用いたい分析手法」を尋ねたところ、「統計モデル・AI・機械学習などの技術を用いた広告効果の数値化、および最適な予算配分のシミュレーション」を現在活用していると回答した企業はわずか11.2%と、約1割にとどまりました。過去の調査と比較しても、2018年は4.9%、2019年は10.7%となっており、増加傾向にはあるものの、国内全体でみると導入企業はいまだ多いとはいえない状況です。

一方、「統計モデル・AI・機械学習などの技術を用いた広告効果の数値化、および最適な予算配分のシミュレーション」を今後活用したいと回答した企業は49.7%と約半数にのぼりました。2018年の調査時から3年連続で増加しており、高度な分析手法へのニーズは拡大傾向にあります。

広告宣伝担当者をに聞いた、現在用いている分析手法
広告宣伝担当者をに聞いた、今後用いたい分析手法

また、同調査では、オンライン施策・オフライン施策・外部要因などを統合した、領域横断的な分析がどの程度実践されているかも調査しました。

現在取り組んでいる分析として「インターネット広告・オフライン広告を領域ごとで分けて分析」が44.3%と最多だったのに対し、今後取り組みたい分析としては「インターネット広告・オフライン広告に加えて外部的な影響要因も含めた統合的な分析」が36.8%と最多です。

この結果を見ても、日本企業においては、MMMのような高度かつ領域横断的な分析手法へのニーズは高いものの、実践できていないのが現状のようです。

広告宣伝担当者をに聞いた、現在取り組んでいる分析と今後取り組みたい分析

日本ではMTA、世界ではMMMが高評価

MMMを活用している企業が約1割にとどまる日本で、現在主流となっている分析手法が「マルチ・タッチ・アトリビューション(MTA)」です。

MTAは、クッキーなど個人の行動ログデータをもとに、デジタル広告が売上などの事業成果に与える影響を測定します。

MTAとMMMは、過去のデータを分析して施策の売上貢献度やROIを算出し、広告予算の最適化を検討する手法である点では同じですが、分析のベースとなるデータが違います。MTAは各タッチポイントの接触データをベースにしますが、MMMは売上に影響していると考えられる要因の、時系列ごとの連動性をベースにします。

MTAは、マーケティングも販売もオンラインで完結しているEC事業者などの場合、非常に精度の高い分析が可能です。一方、オンラインとオフラインを組み合わせて施策を展開している企業の場合、オフライン施策における個人の行動データを取得することが難しく、MTAのみでの詳細な分析は難しくなります。

では、MTAとMMM、どちらが現代のマーケティングに適した分析手法なのでしょうか。

サイカが実施した、米国におけるマーケティング効果測定の歴史と最新動向調査によると、2016年以降、MTAとMMMを組み合わせた統合分析でマーケティングを測定・最適化することが企業の差別化のポイントとなっていることが分かりました(*4)

また、米国でMMMとMTAを融合したマーケティングの効果測定・最適化サービス、コンサルティングを提供するAnalytic Partnersは、2019年11月、「クライアントに提供する最適化のヒントのうち、増加価値の80%がMMMによるインサイトから得られ、MTAは残り20%にしか貢献していない」との調査結果を発表(*5)しました。
施策同士の関わりや時系列ごとの施策の連動性を明らかにしてくれるMMMは、タッチポイントごとの効果測定を得意とするMTAよりも、マーケティング全体の最適化につながるヒントを得やすいということでしょう。

米国では、社内にMMMを実践する専門チームが設置されている企業や、MMMツールを提供している事業者も増えてきました。このことからも、MMMが有効な分析手法として認められ、急速に浸透してきたことがうかがえます。

(*4)以下URL参照
・Market Guide for Attribution and Marketing Mix Modeling (Gartner, Inc. )https://www.gartner.com/en/documents/3463318/market-guide-for-attribution-and-marketing-mix-modeling
・The Forrester Wave™: Marketing Measurement And Optimization Solutions, Q1 2020(Forrester)https://www.forrester.com/report/The-Forrester-Wave-Marketing-Measurement-And-Optimization-Solutions-Q1-2020/RES145975
・The Forrester Wave: Marketing Measurement and Optimization Solutions, 2016 (Forrester)https://www.forrester.com/blogs/16-10-12-the_forrester_wave_marketing_measurement_and_optimization_solutions_2016/
 ​​(*5)Disrupting MTA: Introducing Commercial Mix Modeling(Analytic Partners)https://analyticpartners.com/news-blog/2019/11/disrupt-mta-commercial-mix/

「クッキーレス時代」到来で、日本でもMMMの導入が加速

日本では導入が遅れているMMMですが、いくつかの理由から、今後は日本でも導入が進んでいくと考えられます。なかでも最も大きな理由は、データ規制・プライバシー保護強化の流れがグローバルで加速していることにあります。

欧州連合の「EU一般データ保護規則(General Data Protection Regulation:GDPR)」(2018年施行)、米・カリフォルニア州の「カリフォルニア州消費者プライバシー法(California Consumer Privacy Act:CCPA)」(2020年施行)をはじめ、各国・各地域がデータプライバシーに関する取り組みを進めているほか、Appleが2021年春のiOS 14.5ベータ版リリースに合わせて発表した「広告識別子(IDFA)の取得制限」、Google Chromeをはじめとする各Webブラウザにおける「サードパーティークッキーの廃止」など、近年、データプライバシー保護に関する動きが活発化しています。

これは、オンライン上で取得できる顧客に関するデータの量、種類、粒度、そして活用目的が大きく制限されることを意味します。つまり、個人の行動データにもとづいて分析を行うMTAの精度を担保することが、技術的に難しくなっていく可能性が高いのです。

MMMは、クッキーなどを用いた個人の行動データにもとづくリアルタイムの分析は行いません。分析で利用するデータは、広告出稿量(テレビCMのGRP、デジタル広告のインプレッション数やクリック数など)、コスト、成果(来店客数、売上、申込数・契約数などのコンバージョン数)、および市場環境・季節性・天候といった外部要因に関するデータです。

このように、クッキーレス時代にも、マーケティング活動を正確かつ持続的に測定できる手法がMMMなのです。

日本でMMMを実践する3つの方法

日本企業においてもすでに潜在的ニーズは非常に高く、今後さらに需要が高まっていくとみられるMMM。実践する方法は主に3つあります。以下では、それぞれのメリット/デメリットとともにご紹介します。

1. 調査会社・コンサルティング会社に分析を依頼する

  • メリット:プロのデータサイエンティストによってデータ分析の調整が丁寧に行える/提供企業が比較的多く、サービスの選択肢が多い
  • デメリット:費用が高額/分析結果が出るまでに3~6カ月とやや時間がかかる

2. データサイエンティストを自社で雇用する

  • メリット:自社の課題を理解した上で分析するので、分析結果を次のアクションにつなげやすい
  • デメリット:データサイエンティストの採用は非常に難易度が高いため、採用までに多くのコストを必要とする場合が多い/採用市場にいるデータサイエンティストの数が少ない

3. MMM分析ができるツールを活用する

  • メリット: 専門知識がなくても短時間で分析できる/調査会社・コンサルティング会社に依頼するよりも安価
  • デメリット:日本ではMMM分析ツールがほとんど提供されておらず、ツールの選択肢が少ない

これらの方法について、「次のアクションへのつなげやすさ(問題意識・仮説の精度)」「分析にかかる時間」「分析にかかる費用」「選択肢の多さ」という4つのポイントで比較したのが下表です。

現代、そして次世代のマーケティングにおいて、各施策の売上への貢献や、施策間の相乗効果を正しく評価するためのデータ分析は、もはや必要不可欠です。

限りあるリソースを無駄遣いせず、適切な投資で最大限の成果を得るために、自社の事業の特徴やマーケティング戦略に合った効果測定手法を選択して、あるいは組み合わせて活用することが重要です。

データ保護・プライバシー規制強化などの社会動向もにらみながら、自社のマーケティング効果測定の今後のあり方について、改めて検討・議論してみてはいかがでしょうか。

【後編】データ利活用第三の道「情報銀行」がもたらす、哲学とアイデア勝負の社会

2021年9月にデジタル庁が発足。2022年4月には改正個人情報保護法の施行を控える。日本のデータ利活用が大きく動き始めた。

GAFAやBAT(Baidu:バイドゥ、Alibaba:アリババ、Tencent:テンセント)が世界経済を席巻する中、これまで「データ後進国」と言われ続けてきた日本。そんな日本がパーソナルデータの保護と利活用を両立させる方策として打ち出したのが「情報銀行」だ。個人情報を特定の企業が独占するのでも、個人が自己責任で管理するのでもない“第三の道”として、世界から注目を集めている。情報銀行の普及によって、企業や個人が得られるメリットとは。その先に導かれる新しい社会像とは。

情報銀行のすべて』(ダイヤモンド社、2019年)の著者であり、株式会社NTTデータにてパーソナルデータ利活用分野を牽引する花谷昌弘氏に話を聞いた。


本記事は、前編・後編の二本立ててお届けします。(前編の記事はこちら

株式会社NTTデータ 金融事業推進部 デジタル戦略推進部部長・花谷昌弘氏

株式会社NTTデータ 金融事業推進部 デジタル戦略推進部部長
花谷昌弘(はなたに・まさひろ)氏

1996年NTTデータ通信株式会社(当時)入社。2004年まで、主にシンガポール、マレーシアでの海外事業に携わる。09年より、マイナンバーに関する社内での新規ビジネス創発を主導。16年より、パーソナルデータビジネス、ブロックチェーンビジネスなどの新規ビジネス創発を主導し現在に至る。18年内閣府総合科学技術・イノベーション会議データ連携基盤サブワーキンググループ委員。My Data Global会員。

企業へのデータ提供は、回り回って消費者の利益になる

株式会社NTTデータ 金融事業推進部 デジタル戦略推進部部長・花谷昌弘氏

―情報銀行が普及・浸透すると、企業と個人はそれぞれどんな恩恵を享受することができるでしょうか。

まず、個人にとって最も大きなメリットは、企業とのコミュニケーションが効率化することではないでしょうか。

これまで、私たちはさまざまな商品・サービスについて、宣伝・広告を通じて知ることが多かったと思います。それゆえ、企業はできるだけ多くの人に知ってもらおうと、さまざまなメールや広告をこちらに投げかけてきます。

例えば、私の娘は来年成人式を迎えるので、振袖レンタルの広告が山のように届きます。すでに予約を済ませているにも関わらず、です。こうした企業の広告を煩わしく思う人も多いでしょうが、広告が届き続けるのは、私たちが私たちの情報を提供していないことが原因ともいえます。「すでに振袖レンタルの予約を済ませた」という情報さえ共有されていれば、無駄な広告は届かなくなるはずなのです。

無駄な広告にかかる印刷代や郵送代は、商品の価格に反映され、私たち消費者が負担することになります。つまり、「情報が流通しないと、消費者は損をする」といっても過言ではありません。

パーソナルデータが流通すれば、企業とのコミュニケーションはもっと効率的になるはずです。そうすれば、企業は商品やサービスなど、もっと本質的なものに投資できるようになり、私たち消費者はより良い商品・サービスを手にできるようになるかもしれません。直接的な効果ではないのでなかなか気づいてもらえないのですが、自分のデータを提供することは、回り回って消費者自身のためにもなるのだと、知っていただきたいですね。

企業にとっての最大のメリットは、アイデアで勝負できるようになることです。

これまでは、規模が大きく資本力がある企業ほどより多くのデータを持っているという状況がありました。データをベースにした宣伝・広告活動、データをベースにした商品・サービス開発は、より多くのデータを持つ企業、つまり大手企業が“勝ち組”になるケースが多かったのです。

一方で私は、ベンチャービジネスコンテストの審査員をさせていただく中で、素晴らしい事業アイデアを持つ地方の小さなベンチャー企業をいくつも見てきました。ところが、彼らはデータを持っていないために、仮説の検証ができなかったり開発に時間を要したりして、事業を断念せざるを得ない状況に陥ってしまうケースも少なくなかったのです。

もし、あらゆるデータがすべて情報銀行に集約され、企業規模にかかわらずあらゆる企業で活用できるようになったら。過去の実績は関係なく、「私(消費者)にとって魅力的な商品・サービスを考えてくれる企業」にデータが集まるようになったら。小さくとも優れたアイデアを持つ企業が、一気にトップランナーに躍り出ることができるようになるかもしれません。

情報銀行によって導かれるのは、都心にいなくても、巨大資本がなくても、歴史がなくても、アイデア一つでビジネスを成功させることができる世界。経済運営の中心が大企業から中小企業・ベンチャーへ、競争力の源泉が資本力からアイデア力へとシフトする、大きな変革が期待できます。

データ利活用を前進させるカギは、リテラシー向上よりも仕組みの整備にある

株式会社NTTデータ 金融事業推進部 デジタル戦略推進部部長・花谷昌弘氏

―パーソナルデータの流通・利活用を促進するには、消費者の中に「積極的に利活用しよう」という意識を醸成していくこと、また、データ利活用に関するリテラシーを高めることが求められそうです。情報銀行が社会実装されるにあたり、消費者にはどのようなリテラシーが求められるでしょうか。

個人のITリテラシーがより必要とされることは間違いありません。パーソナルデータを積極的に流通・利活用する世の中で、データを悪用しようとする者が出てくることは想像に難くないからです。こうした中、「自分のデータが、いま、どこで使われているのか」を把握し、データ提供の許諾にあたって「データを提供しても問題ない企業なのか」を見極める目を養わなければ、自らのデータが悪用され損害を被るリスクにさらされ続けることになります。

これについては個人の心がけに依存するのは難しく、消費者をサポートする仕組みづくりが必要でしょう。具体的には、データ提供を許諾した履歴や提供先企業の情報を蓄積し、必要に応じて閲覧できる場を用意することが考えられます。これも、情報銀行が担うべき機能かもしれません。

消費者をサポートする機能の一つとして、2020年にNTTデータが、企業のWebサイトのキャンペーンなどにおける「個人情報取扱規約」の安全度を点数で評価する実証実験を行いました。実験の結果、ユーザーの約9割が「表示が同意にあたっての判断材料として役立った」と回答し、一定の手応えを感じたところです。

副次的な効果として、実験参加企業の前向きな取り組みを促せたということが挙げられます。低い点数のままではユーザーから許諾が得られないため、より高い点数になるよう、企業が自主的に内容を改善するのです。結果的にほとんどの企業が80~90点と高得点をマークするようになり、ユーザーにとって安心・安全な状況が自然とつくられていきました。

消費者一人ひとりのITリテラシー向上が不可欠なのは言うまでもありませんが、それは一朝一夕に達成できることではありません。究極的には、学校教育に組み込んでいく必要があるでしょう。すでに民間企業の中には、小学生を対象に独自のリテラシー教育プログラムを提供しているところもありますし、今後は国を挙げての取り組みも必要だと思います。

そうしたリテラシー教育を着実に進めつつ、企業や国が消費者をサポートする仕組みをスピーディに整えていくことが、現実的な道だと考えています。

株式会社NTTデータ 金融事業推進部 デジタル戦略推進部部長・花谷昌弘氏

―消費者が自らのデータを提供しようという意欲を高めていくためには、「情報を提供することで便益を得られた」という実感を積み重ねていくことも重要だと思います。その実感は、誰がどのように与えることができそうでしょうか。

2018年に情報銀行認定制度が開始され、すでに7社が情報銀行関連事業に取り組んでいます。今は、実績をつくっていく段階にきていると思います。

パーソナルデータ利活用による成果、特に消費者にとっての便益をいち早く提供することができそうな分野として有力視されているのは「ヘルスケア」と「ファイナンス」です。この2分野で、何か一つでもキラーアプリケーションが生まれれば、それが起爆剤となってパーソナルデータ利活用の気運が一気に高まるのではないかと期待しています。

情報銀行認定事業者一覧

一般社団法人日本IT団体連盟 情報銀行推進委員会 情報銀行認定事業者一覧(2021年10月現在)

出典:一般社団法人日本IT団体連盟 情報銀行推進委員会
情報銀行認定事業者一覧(2021年10月現在)https://www.tpdms.jp/certified/

企業は、哲学とアイデアで勝負する時代へ

株式会社NTTデータ 金融事業推進部 デジタル戦略推進部部長・花谷昌弘氏

―著書『情報銀行のすべて』で、個人がビジネスや社会の中心になる時代が来ると指摘されています。“情報銀行時代”において、個人⇔企業間の関係では、個人が主導権を握ることになるのでしょうか。

そのように考え、これからの時代における情報銀行の必要性を再認識しています。

コロナ禍によって、期せずしてリモートワークが浸透し、「通勤しなくてもいい」「都会にいなくてもいい」という社会の新常識が急速に広まることになりました。これまで通勤に使っていた時間を別のことに充てられるようになったことで、自分のスキルを活かして副業・兼業する人が増え、働き方はこれまで以上に自由になっていくと予想しています。

そうすると、個人と企業の関係性は必ずしも「企業に所属する」のではなく、「自分のノウハウを必要としている複数の企業で働く」スタイルがより一般的になっていくと思います。

個人のスキルやノウハウが、情報銀行を通じて流通する社会では、そうした働き方をより実現しやすくなるでしょう。

もちろん、全国民がそのような働き方にシフトするとは思いません。しかし、希望する人が、より自由な働き方を選択するためにも、情報銀行を通じたパーソナルデータの流通は有効だと考えています。

―個が強くなる時代、顧客や従業員から選ばれるために、企業はどうするべきでしょうか。

「コストパフォーマンスが良い」「品質が良い」「利便性が高い」「給与・待遇が良い」「〇〇社でしかできない仕事がある」といった要素も、もちろんこれまでどおり重要です。

しかし、今後はそうした要素以上に、その企業が「どのような哲学を持っているか」が重視されるようになると考えています。

なぜなら、個人がパーソナルデータを提供するかどうかを判断するときに、「社会に役立つかどうか」を重要な基準として考えるようになると思うからです。「新薬やワクチンを開発するためなら、私の健康データを提供します」「CO2排出量削減につながるのなら、私の購買データを提出します」といった具合に、共感できる哲学を持っている企業を応援したいという価値観は、今後より強まっていくはずです。

“情報銀行時代”の企業には、社会をより良くするために自社ができること・すべきことを改めて見つめ直した上で、明確な哲学を持ち、それを発信していくことが求められるといえるでしょう。

株式会社NTTデータ 金融事業推進部 デジタル戦略推進部部長・花谷昌弘氏

―情報銀行が実装された社会では、企業が取得できるデータの量や種類にはほとんど差がなくなると思います。これからの時代、企業が「データで差別化する」のは難しいのでしょうか。

「データ利活用が、企業の競争力の源泉になる」こと自体は変わらないと思います。なぜなら、取得できる情報の量や種類は同じでも、それをどう分析・解釈するか、また解釈したことをどうアウトプット(商品・サービスやコミュニケーション)に落とし込むかは、依然として企業のアイデアにかかっているからです。

誰もが平等にデータにアクセスできるようになる“情報銀行時代”においては、データを「いかに使うか」がより一層重要になります。言い換えれば、いかに優れたアイデアを持っているかがカギになるということです。

大企業も中小企業も、歴史のある企業もそうでない企業も、都心にある企業も地域にある企業も、同じ土俵に立って闘えるフェアな社会。アイデアを武器に勝負できる社会。情報銀行の浸透とともに、そうした社会が実現されることを願っています。

株式会社NTTデータ 金融事業推進部 デジタル戦略推進部部長・花谷昌弘氏

[インタビュー・文]齋藤千明
[撮影]小池大介
[企画・編集]川畑夕子(XICA)


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【前編】データ利活用第三の道「情報銀行」がもたらす、哲学とアイデア勝負の社会

日本のデータ利活用が大きく動き始めた。2021年9月にデジタル庁が発足。2022年4月には改正個人情報保護法の施行を控える。

GAFAやBAT(Baidu:バイドゥ、Alibaba:アリババ、Tencent:テンセント)が世界経済を席巻する中、これまで「データ後進国」と言われ続けてきた日本。そんな日本がパーソナルデータの保護と利活用を両立させる方策として打ち出したのが「情報銀行」だ。個人情報を特定の企業が独占するのでも、個人が自己責任で管理するのでもない“第三の道”として、世界から注目を集めている。情報銀行の普及によって、企業や個人が得られるメリットとは。その先に導かれる新しい社会像とは。

情報銀行のすべて』(ダイヤモンド社、2019年)の著者であり、株式会社NTTデータにてパーソナルデータ利活用分野を牽引する花谷昌弘氏に話を聞いた。


本記事は、前編・後編の二本立ててお届けします。(後編の記事はこちら

株式会社NTTデータ 金融事業推進部 デジタル戦略推進部部長・花谷昌弘氏

株式会社NTTデータ 金融事業推進部 デジタル戦略推進部部長
花谷昌弘(はなたに・まさひろ)氏

1996年NTTデータ通信株式会社(当時)入社。2004年まで、主にシンガポール、マレーシアでの海外事業に携わる。09年より、マイナンバーに関する社内での新規ビジネス創発を主導。16年より、パーソナルデータビジネス、ブロックチェーンビジネスなどの新規ビジネス創発を主導し現在に至る。18年内閣府総合科学技術・イノベーション会議データ連携基盤サブワーキンググループ委員。My Data Global会員。

情報銀行は、“データ後進国・日本”の革新的な一手

パーソナルデータ利活用の話題になると、“データ後進国・日本”という言葉が枕詞のようについて回ります。やはり日本はパーソナルデータ利活用の分野において「遅れている」のでしょうか。

遅れている点が多々あるのは事実ですが、実は遅れていない点もあります。2つの側面からそれぞれお話ししましょう。

株式会社NTTデータ 金融事業推進部 デジタル戦略推進部部長・花谷昌弘氏

まず、「遅れている」面について。

2011年1月に、世界経済フォーラムが「パーソナルデータは第二の石油である」と発表する(*1)と、多くの国や企業がパーソナルデータを活用したビジネスへと動き始めました。最初に動いたのがGAFAであり、その後に続いたのがBATです。私たちは、彼らが構築した「特定の企業がパーソナルデータを大量に収集・活用する」エコシステムに知らず知らずのうちに組み込まれ、その結果、生活は格段に便利になりました。

その流れに対し、米国の巨大プラットフォーマーたちに自分たちのデータが吸い上げられる状況に異議を唱えたのが欧州。個人情報は個人のものであり、特定の企業ではなく個人が管理すべきだと主張しました。

特定の企業が大量のパーソナルデータを保有する米国・中国と、個人が自分のパーソナルデータを管理する欧州。近年、パーソナルデータを取り巻く議論には、この2つの大きな潮流が存在しています。日本は、こうした個人情報の取り扱いに関する流れにおいて、完全に遅れをとっていると言わざるを得ません。

パーソナルデータの「保護」のみならず「利活用」の面でも日本企業は遅れています。「データを利活用するのは重要なことである」という考え方がようやく浸透してきたところです。重要とわかっていても、自社にどんなデータがどれだけ存在するのかわからない。データを使って何ができるかわからない。多くの日本企業が、そうした状態から前に進めていないのが現状です。

一方で「遅れていない」面とは何か。

それが今回のメインテーマである「情報銀行」です。
情報銀行とは、パーソナルデータをお金のように「預託」して運用を任せ、その代わりに「便益」を得る、日本発の個人情報預託の仕組みです。

情報銀行は、一般社団法人 日本IT団体連盟が、総務省が策定したガイドラインにもとづいて認定を行い、国が定めた方針にもとづいて、民間企業が運営します。データを一社で独占するのではなく、「個人からパーソナルデータを預かり、必要に応じて企業に提供する」という、仲介役を担う点が特徴です。

一つの企業が大量のパーソナルデータを保有する米国・中国と、個人が自分のパーソナルデータを管理する欧州。情報銀行は、その“いいとこ取り”をしたものといえます。世界的にも、パーソナルデータ利活用の「第三の道」として非常に関心が高く、各国からさまざまな問い合わせを受けたり、同様の業態が米国・英国でも構想されつつあったりします。情報銀行の構想、そして実装に向けた動きについては、日本が先陣を切っているといえるでしょう。

株式会社NTTデータ 金融事業推進部 デジタル戦略推進部部長・花谷昌弘氏

日本が、情報銀行という「第三の道」をとるに至った理由をどのように考えますか。

「諸外国に負けないよう、自国のデータは自国で管理・利活用すべきだ」という意見の方も多いのですが、私の考えは少し異なります。私が情報銀行を考えるときの起点となっているのは、「少子高齢化が進む中、地域の元気がどんどん失われてきている」という現状です。

例えば、私が中学生時代を過ごした岐阜県岐阜市では、毎日の通学に使っていた市営バスが最近になって廃業してしまいました。幸い、民間企業が路線を買い取り運行は続けられていますが、もし買い取ってもらえなければ、その地域は交通手段を完全に失っていました。

この状況を見て、私は「こういうことが起こるのは、今ある資源が効率的に使われていないからではないか?」と問題意識を持ちました。街がさまざまな変化を遂げても、バスの運行ルートや停留所の数・場所といったものはなかなか改定されません。「新しくショッピングセンターができたから、利用者を増やすためにバスのルートを見直そう」といった改善を、データにもとづいてスピーディに行うことができれば、バス路線という今ある資源を最大限に有効に活用して、住みよい暮らしを継続できるのではないかと思ったのです。

もう一つ例を挙げてみましょう。山間部に住んでいて、街中の病院に通院しているAさんがいるとします。もし、「Aさんは毎週木曜日の午前中に通院している」という情報が何らかの形で共有されていれば、山間部に荷物を届けに来た宅配便のトラックが、Aさんをピックアップして病院に連れて行くことができるかもしれません。

こういうことが実現できたら、非常に効率的だと思いませんか? 荷物を届け終わった宅配便のトラックの空きスペースが、Aさんを病院に送り届ける運賃に変わる。Aさんと運送会社、どちらにとってもメリットがあります。

少子高齢社会において、今ある幸福度や経済レベルを維持するには、このようにデータをうまく活用していく必要があります。諸外国と闘うためではなく、生活をより豊かにするためにパーソナルデータ利活用を促進するのが、情報銀行だと考えています。

(*1)総務省「平成26年版 情報通信白書」(2014年)
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h26/html/nc133000.html

株式会社NTTデータ 金融事業推進部 デジタル戦略推進部部長・花谷昌弘氏

情報銀行の要諦は、個人情報の「預託」ではなく「運用」

パーソナルデータを有効に利活用することで、社会を全体最適化し、企業と個人がWIN-WINになる世界。それは欧州で運用されているパーソナルデータストア(*2)でも実現できるように思えますが、パーソナルデータストアと情報銀行は何が違うのでしょうか。

パーソナルデータストアと情報銀行の違いは、預かったデータを提供する相手を審査する機能の有無です。

これはまさに、金融の世界で銀行が行っているのと同じことで、銀行が融資する際には、融資先企業について「反社会的勢力とのつながりがないか」「倒産のリスクがないか」など、さまざまな観点からチェックを行います。「データ提供先の企業は問題のない相手なのだろうか? 紛失・悪用の恐れはないだろうか?」─パーソナルデータの流通・利活用における私たちの心配事の一つを解消するのが、情報銀行の審査機能です。

この機能が、パーソナルデータストアには実装されていません。パーソナルデータストアは、銀行に例えると「貸金庫」。データを預かるための安全な場所を提供するという極めてシンプルなものです。データを貯めるのも、引き出すのも、運用するのも、本人の自己責任。「個人中心」の価値観を背景とした、欧州らしい仕組みと言えます。

これによって欧州が現在直面しているのが、データの利活用が思うように進まないという問題です。「せっかく安全なところに預けているので、わざわざ外に出すのは避けたい」という意識が働いているのです。パーソナルデータの流通・利活用に対する日本人の心理的ハードルは非常に高いものの、仕組み・制度は欧州よりもはるかに安心・安全なものを用意できており、データが流れやすい環境が構築されつつあると思います。

(*2)パーソナルデータストア : これまで企業等に管理されていた自分の情報(名前、住所などの属性情報から、いつ何を買ったかという購買情報などの企業側で管理していた情報まですべて)を企業等から取り戻し、自らが蓄積・管理するために必要となるパーソナルデータの保管場所。

株式会社NTTデータ 金融事業推進部 デジタル戦略推進部部長・花谷昌弘氏

情報銀行は、パーソナルデータを預かるだけでなく「運用」も担う構想があるようですね。

お金に関しては、「私たちから預かったお金を、銀行がプロフェッショナルの目線で融資・運用して増やし、私たちに還元する」ということが、当たり前のように行われています。現在認定されている情報銀行で、「運用」に着手している企業はまだありませんが、同様のサポートを情報銀行が行うことは十分に考えられますし、実際に認定事業者の中には、運用を含めたビジネスプランを策定しているところもあると思います。

お金の場合と異なるのは、情報は運用(企業への提供)の際に必ず本人の許諾が必要という点だけです。

極めて個人的な例なのですが、私はここ10年ほど尿酸値が非常に高く、いつ痛風を発症してもおかしくない状況なのですが、幸いにして健康そのものの生活を送っています。例えば、私のような人のデータが情報銀行に預けられていた場合、情報銀行は私に「あなたのデータはとても希少ですので、製薬会社Aに提供してはいかがですか? あなたのデータをもとに、より優れた痛風の薬を開発できるかもしれません」というオファーを出します。私が許諾すれば、製薬会社Aが希少なデータに対価を支払い、その一部が私に還元されます。これが、情報銀行が行うデータの「運用」の一例です。

株式会社NTTデータ 金融事業推進部 デジタル戦略推進部部長・花谷昌弘氏

データの提供先を審査したり、データの運用をサポートしたり、情報銀行は、リテラシーがあまり高くない人でもパーソナルデータを利活用しやすい仕組みのように感じます。

総務省・経済産業省がこのコンセプトを打ち出すにあたっては、まさにそのような配慮もあったと思います。個人が多くのリスクを背負わなければならない欧州型のパーソナルデータストアは、日本の消費者にとってはかなりシビアな仕組みです。

日本の金融市場を見ても、投資信託や貯金など、多くの人が資産運用を第三者に委託している状況です。そうした背景も踏まえて、仲介役のプレイヤーがサポートする仕組み、つまり情報銀行という情報信託の仕組みが考えられたのではないかと想像します。(後編に続く

[インタビュー・文]齋藤千明
[撮影]小池大介
[企画・編集]川畑夕子(XICA)


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※株式会社NTTデータが運営する、金融×デジタルを通して金融と世の中の未来をつくるメディア「オクトノット」の記事に遷移します。

愛される企業の条件は「言行一致」と「本音」。企業と消費者の垣根がなくなる時代に求められるブランディングのあり方とは。

個人情報保護強化の潮流が高まりをみせている。
「このテーマは“サードパーティークッキーの廃止”など、情報取得の手法論的な側面から語られることが多いが、企業と消費者のコミュニケーションの変容という側面にも目を向ける必要がある」と語るのは、クリエイティブ・ディレクターの川村真司氏。

世界的な変化の潮流の中で、企業は市場に対して自分たちをどんな存在として見せ、どのようなコミュニケーションをとっていくべきなのか。

クリエイティブ・スタジオ、Whateverでブランドコミュニケーションに携わる川村真司さん、藤原愼哉さんを招いて、今後企業に求められるブランディングのあり方を聞く。

Creative Director / CCO
川村 真司(かわむら・まさし)


Whateverのチーフクリエイティブオフィサー。180 Amsterdam、BBH New York、Wieden & Kennedy New Yorkといった世界各国のクリエイティブエージェンシーでクリエイティブディレクターを歴任。2011年PARTYを設立し、New York及びTaipeiの代表を務めた後、2018年新たにWhateverをスタート。数々のブランドキャンペーンを始め、テレビ番組開発、ミュージックビデオの演出など活動は多岐に渡る。カンヌをはじめ世界で100以上の賞を受賞し、Creativity「世界のクリエイター50人」、Fast Company「ビジネス界で最もクリエイティブな100人」、AERA「日本を突破する100人」に選出。

Planner / Creative Director
藤原 愼哉(ふじわら・しんや)


1979 年京都生まれ。2014 年 dot by dot inc. 設立に参加。クライアントパートナーとして、課題抽出から戦略立案、企画プランニングからクリエイティブディレクションまで、深く広い範囲に携わる。また領域は広告マーケティングに限らず、ブランディング、サービス・プロダクト開発など、組織コミュニケーションの環境変化を捉えながら、手法やメディアにとらわれず、課題に対して効果が見込める企画提案を信条としている。永く引き継がれてきたものから、新しく面白いものまで、創作活動で生みだされる幅広いモノコトへの興味が深く、情報を早くたくさん集めることが趣味。

求められる、脱「ビッグ・ブラザー感」

ー個人情報保護の潮流について、どのように捉えていますか。

川村 真司(以下、川村)さん : 個人情報保護に関しては、日本よりも先に欧米で多くの議論がなされてきました。マーケティングやブランドコミュニケーションにおいて、ターゲティングアドといったメディアの話もあれば、Facebook Connectなどを通して情報を提供してもらい、一人ひとりにカスタマイズされたコンテンツを体験できるようなプロモーションなどが、昔は普通に行われていました。それがすべて悪いわけではなく、実際に情報を受け取りたい人に情報を届けたり、よりブランドを好きになってくれるような体験を作れていたとも思います。

しかし個人情報の扱いについて議論が始まると、欧米ではそのようなコンテンツを「ビッグ・ブラザー感が匂うコンテンツ」と表現して、避けるようになっていきました。ビッグ・ブラザーとは、ジョージ・オーウェルの小説『1984年』に登場する架空の人物の名前で、常に人々を常に監視する巨大企業や国の比喩として用いられる表現です。個人情報保護の問題提起が大々的にされる前から、GAFAなど欧米の企業は、その匂いを感じないコンテンツやコミュニケーションプランを求めていました。

個人情報保護の潮流は、企業が個人情報を取得しやすくなったことで生じてきた問題意識ですが、一方で、SNSなどの普及によって消費者側も企業の情報を取得しやすくなっています。そうした背景のなかで、情報の扱い方を含めた企業の姿勢や、ブランドコミュニケーションに求められることも変わってきていると感じています。

Whatever川村真司氏

愛される企業の必要条件は「言行一致」

ーどのような変化を感じられているんですか?

川村さん : 当たり前のことにも聞こえますが、外に発しているメッセージと企業の中身の「言行一致」が、これまで以上に求められるようになってきていると思います。例えば、D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)を掲げている企業の経営陣が全員壮年以上の男性であったりすると、すぐにSNSで批判の的になる。背伸びしてコミュニケーションしているのがバレてしまい、結果マイナスの印象を持たれるような事例が、色々なところで生じています。

本来は中身となる事実があって初めて、外に向けて発信していくというのが自然な順番のはず。外側を整えることに注力するのではなく、内側も含め、会社自体を見直すという当たり前のことに向きあうことが、これまで以上に重要になっています。

藤原 愼哉(以下、藤原)さん : デジタルやソーシャルメディアの普及とともに、「企業の言うこと自体、あまり信頼性がない」と思われている時期があったと思います。きれいな言葉で語ったコピー、タレントさんを使った一方的な発信だけでは、消費者に深く刺さらなくなってきた。その経験を経てコミュニケーションに携わる方々は「自分たちも消費者の一人だ」という振り返りをして、人対人の、本音のコミュニケーションを取るようになってきました。企業のYouTubeチャンネルや公式Twitterの「中の人」なんかが増えてきたのも、自分たちの生の声を伝えて、消費者と本来的な深いコミュニケーションを取ろうとした結果だと思います。

消費者も、企業の言行一致と本音をよく見ています。消費者に愛され成長を続けている企業は、広告で発しているメッセージと事業に一貫性があり、嘘のないコミュニケーションを取っていると思います。

Whatever藤原愼哉氏

川村さん : ​そうした企業の例として最初に思いつくのは「NIKE」です。「JUST DO IT」というタグラインを掲げ、アスリートに寄り添い続ける企業の姿勢は、みなさんもご存知のはず。ブラック・ライブズ・マター(*1)の際もそうでしたが、炎上のリスクが伴うとしても、「自分たちの原点の思いに立ち返れば、やるべきだ」と判断する強さが、NIKEにはあります。その結果、一部からは批判されたとしても、全世界でファンを増やす結果になりました。

(*1) ブラック・ライブズ・マター:アフリカ系アメリカ人のコミュニティに端を発した、黒人に対する人種差別の撤廃を訴える運動。ナイキは「Don’t do it」で始まる、黒人差別撤廃を訴えるCMを公開した。

同じくスニーカーを扱う「Allbirds」も素晴らしい企業事例の一つです。エコフレンドリーな経営を掲げ、スニーカーはオーガニック素材のみから作っている。さらに、毎年のように改善を加え、履き心地もよく、地球にとっても優しい素材を追求し続けています。また、製造工程で出る温室効果ガスの排出量も公開し、「10年後に排出量ゼロ」を宣言する徹底ぶり。

両社とも、発するメッセージと行動が一貫し続けていることで、多くの人が信頼しやすく、安心して愛せるブランドとなっています

藤原さん : もう一つの大きな変化は、ブランディングの範囲が広がったということでしょうか。社内におけるガバナンスや会社規定など企業の根幹になる部分もブランディングの一部として捉え、見直そうとする企業が増えていると感じます。

川村さん : Whateverで一番多くご相談いただくのは、広告など具体的なコンテンツのご依頼です。しかし、深く話を聞いていくうちに、より根本的な課題に辿り着くことがあるんです。企業の土台となるメッセージの策定やチーム編成、社内ブランディング、カルチャー醸成など、企業の根幹にある活動に対して、コミュニケーションという観点からアイディアを求められることが増えました。

Whatever川村真司氏

企業の存在価値を見直し「Fun or Useful」に伝える

ーブランディングのあり方の変化に企業が対応するためには、どんなことが必要でしょうか。

川村さん : まずは、消費者とのすべての接点が、ブランドのイメージにつながっているという認識を持つことが大切だと思います。いまや「カスタマーセンターの電話対応が良かった」という投稿がSNSでシェアされ、ブランドイメージが上がったりするような時代です。失敗するリスクが高まったと捉えるのではなく、ポテンシャルが広がったと捉えて、できるところから改善していくのが良いと思います。

藤原さん : そういう意味で、まずはいちばん身近な社員との接点を見直してみるのがおすすめです。消費者と企業の垣根がなくなりつつあるなか、会社の一番の顧客は社員のはず。社員が自社や自社商品に対して、どんな印象を持っているかが重要になってきます。

良品計画の社員の方々と話したことがあるのですが、みなさん「無印良品」の商品が大好きで、新商品の販売を誰よりも楽しみにされているんです。自社や自社製品を愛する社員のみなさんは、間違いなく気持ちの良い接客をするでしょうし、SNSで自社について発信する際も、自然と想いが乗った投稿になるでしょう。そういう嘘のないコミュニケーションこそ、自然と広がっていくものです。

ブランディングを考える際に、ターゲットにペルソナを設定するのも大事ですが、その前に、社員が自社や自社製品をポジティブに捉えられているかに目を向けてみる。そこに課題や懸念があるようなら、そこから解決していくのが大切だと考えています。

Whatever藤原愼哉氏

ー内部から信頼される企業に変えていく大切さが、よく理解できました。その一方で、外部にメッセージを発信する際には、どのようなことを意識すればよいでしょうか。

川村さん : 外部へのコミュニケーションでは、「Fun or Useful」なメッセージを意識することが大切だと思います。

一方通行になってしまいがちな広告においても、受け取り手が「楽しい」という感情が生じるようなクリエイティブ表現をしたり、「役に立つ」情報とともに届けたりする工夫が必要。役に立つというのは、利便性だけでなく「世の中を違う視点で見れるような発見」でもいいと思います。

「Fun」も「Useful」も無理に捻出するものではありません。「誰をどう楽しませたいか」「誰にどう役に立ちたいか」という、自社の存在価値を見直すことで自然と見えてくるものだと思っています。

ー現在働いている会社の外と内に差異を感じている方が、言行一致のブランディングを目指すためには、どのような取り組みができるでしょうか。

川村さん : ブランディングのメッセージがブレてしまったり、中身が伴わないメッセージングがされてしまっているのは、おそらく社内政治や古い慣習が原因だと思います。これらを、短期間で抜本的に変えるのは難しいです。まずは、一つの部署や小さなプロジェクトでコミュニケーションを変えてみるチャレンジをしてみてください。そこで成果を出し、取り組みを拡げていくことが、組織全体を変えるきっかけになるはずです。

もし社内の人だけでやるのが難しい場合は、社外を巻き込むと良いでしょう。外部要因が入ることで、社内事情に影響を受けない客観的な目線を入れられるし、普段とは違う取り組みをする言い訳もできます。外部の視点を入れて化学反応を起こしながら、本質的なブランディングを目指していくというのも、一つの手だと思っています。

[インタビュー・文] 佐藤史紹 
[企画・編集] 川畑夕子(XICA)

データの一生を守るには─リテラシーを高める個人、基盤を作る企業

「個人情報」が世界的な重要テーマになっている。プライバシー保護を目的とした法規制の整備が世界的に進み、グーグルやアップルは、パーソナルデータを使うサードパーティークッキーの廃止に向けて動いている。 

この潮流のなか、個人情報を守るために、私たち一人ひとりにできることは何か。また、企業はどのようにユーザーの情報を守るのか。 

Kindle人気ランキング1位を獲得した『データマネジメントが30分でわかる本』の著者、横山翔(@yuzutas0)氏と、 『AI・データ分析プロジェクトのすべて』の著者の一人で教育系SaaS企業でデータチームを率いる伊藤徹郎(@tetsuroito)氏に、個人と企業それぞれがいま取り組むべきことを聞く。 

(左)横山翔(@yuzutas0) 氏

合同会社風音屋(かざねや)を運営。リクルートやメルカリ、ランサーズなど多くの企業でデータ活用やDXを推進してきた。DevelopersSummitコンテンツ委員やDataEngineeringStudyモデレーターなどコミュニティ活動を通して、データ基盤について積極的に情報発信している。著書『データマネジメントが30分でわかる本』がKindle人気ランキング1位を獲得(2020年3月)。著書・寄稿に『個人開発をはじめよう!』『Software Design 2020年7月号 特集 一から学ぶログ分析』ほか。 

(右)伊藤徹郎(@tetsuroito 

大学卒業後、大手金融関連企業にて営業、データベースマーケティングに従事。その後、コンサル・事業会社の双方の立場から、さまざまなデータ分析やサービスグロースに携わる。データ分析が注目され始めた頃から受託分析会社や事業会社でデータ分析を活用したプロジェクトを多数経験。現在は教育系SaaS企業でデータチームを率いる。その経験からWebでの連載、著書執筆、イベント主催など幅広く精力的に活動。著書・共著に『AI・データ分析プロジェクトのすべて』『データサイエンティスト養成読本 ビジネス活用編』ほか。 

個人が持つべきリテラシー──「放置アカウント」をどうすべきか 

―コロナ禍でECが拡大したこともあり、企業が個人の情報を得る機会が増えています。 

横山氏 : その結果、データマネジメントが必要な企業が増えました。たとえば、過去の購買データから「この季節にはこの商品が売れるはずだ」と予測して顧客に適切なレコメンドを提示することも、データマネジメントの一環です。 

伊藤氏 : そうした使い方が攻めのデータマネジメントだとすると、守りのデータマネジメントもありますね。預かっている個人情報をいかに流出させることなく守り続けるか、必要に応じて削除するかも考える必要があります。現在は、何年も前に一度だけ買い物した個人のデータも、保管し続けている企業が大半だと思います。取得から保管、削除まで、データの一生を管理する活動は、データマネジメントの領域でデータライフサイクルマネジメント」と呼びます。 

―どのサイトに情報を預けているのかを忘れている個人も多そうです。たとえばそうした“放置アカウント”はどのように管理されているのでしょうか。 

横山氏 : データベースでは、アクティブなアカウントと同じ扱いで管理されているケースが多いです。その場合、もしも流出事故などが起きた場合には、どちらも同じように被害に遭ってしまいます。 

伊藤氏 : どんな情報が流出するかによって受ける被害は変わります。たとえば、メールマガジンへの登録のように、メールアドレスしか預けていないなら、流出したとしても迷惑メールが届くくらいですみます。でも、クレジットカード番号を預けていたら、勝手に買い物をされてしまう危険がありますし、SNSならスパムの踏み台になって知人に迷惑をかけてしまう可能性もあります。 

横山氏 : ですから、まずは自分がどこにどんな情報を預けているかを一度洗い直すとよいと思います。もちろん、パスワードを使い回さないというのは当然のことです。覚えやすさと安全性が相容れないのはパスワードの長年の課題ですが、最近はワンタイムパスワードを使えるサービスも増えていますし、パスワード管理のツールも多くあります。 

―各サービスに預けている情報を洗い出して、使っていないサービスからは退会すれば安心ですか。 

横山氏 : それがそうとも言いきれません。企業にとっても個人にとっても、残しておいた方がいいケースが少なからずあるからです。家電製品がリコールされた場合や、ユーザーの健康に影響を与える問題が発生した場合などは、情報が残っていることで、販売した企業が購入した個人に知らせることができます。メッセージアプリの履歴などもそうです。 

伊藤氏 : 企業側は、警察から捜査のために個人情報を提供するよう協力を求められた場合、開示しなくてはならないこともあります。こうなってから「消してしまったのでわからない」というのは困りますよね。治療記録のようなものも、消してしまって参照できないとなると命に関わる可能性が出てきます。その一方で、一定期間以上ログインされていないアカウントは削除するといったルールを設けている企業もあります。 

―では、個人はどのようなことに気をつけたらいいでしょうか。 

伊藤氏 : リテラシーを上げましょう、ということになります。リテラシーとは、そのデータがどんな目的で使われるのか、そして、そのサービスが不要になったときに、いったん預けた個人情報をどうすれば削除できるのかを知っていることです。 

横山氏 : 最近、サイトやアプリを使うときに許諾を求められることが増えたなと感じている方は多いと思います。そうしたときに、いま伊藤さんが言われた2点を確認するといいですね。 

伊藤氏 : そうですね。自分の個人情報を意識するシーンは今後さらに増えていくはずなので、面倒がらずに確認して欲しいです。

企業に求められること──データライフサイクルマネジメントの強化へ 

横山氏 : ただ、法改正により、企業側は、何を目的にそのデータが欲しいのかをその都度丁寧に説明することになりました。利用規約が長くなり、ユーザーへ提示する回数も増えることで、許諾を得るやり取り自体が形骸化し、かえって読まれなくなってしまう恐れはあります。一度取得した個人情報を本来とは別の用途で使う場合には、その都度、ユーザーから許諾を得る必要があります。それを受け手の個人が面倒だと感じるのは当然のことなので、ここはデザイナーやエンジニアがUXで解決しなくてはならないポイントです。 

伊藤氏 : 個人が企業のリテラシーを高めることもできます。消してしまっても構わないアカウントがあるなら、その企業に「削除したいです」とか「削除できますか」と問い合わせるだけでも、「いま、ユーザーはこうしたことを気にしているんだな」と気づかせるきっかけになるからです。 

―個人の意識が変化すると、企業は新たにどのような対策を取る必要がありますか。 

伊藤氏 : 前提として、3年に一度改正される個人情報保護法に反さないように、取り組みをアップデートしていく必要があります。でも、法律に反していなければいいというわけではありません。法改正よりも個人情報の扱いに対するユーザー意識の変化の方が早いので、たとえ合法であっても、倫理に反する使い方をすれば、結果としてブランドイメージを毀損してしまうこともあります。 

横山氏 : そのデータは何のために集めるのですかと聞かれたら、しっかり説明して納得してもらえるような準備をしておかないといけないですね。 

伊藤氏 : 欧州で確立された“個人情報は人権”という考え方は、日本でも間違いなく広まっていきます。あと、“忘れられる権利”についても意識しておいた方がいいと思います。デジタル化が進んだことで、人なら忘れてしまうようなことも半永久的にデータとして残るようになりました。これについても、当事者が望めば削除するという方向に進んでいます。 

横山氏 : そもそも、自社はユーザーのどんなデータを持っているんだっけという棚卸しも必要ですね。その際には、どのデータは残しておくべきで、どのデータは削除するべきで、どのデータは持ち主の申し出に応じて削除するのかなども整理しておくといいですね。 

伊藤氏 : ユーザーから削除の要請があったらどうするのか、業務フローの整備は必須ですね。加えて、これからはどのような個人情報を取得“しない”のかというルール作りもしておくとよいです。それほど必要ではないのに、得られるものは得ておこうと集めて溜めておいた結果、それが流出してしまったら、相応の補償をしなければならないし、訴訟に発展する可能性もあります。そうしたリスクを考えたら、必要以上の情報は取得しないという選択もあるはずです。データを持ち続けるなら、個人情報を「東京都の20代男性」というように粒度を粗くして匿名加工情報にしたり、暗号化などで、他の情報と突き合わせない限り個人を特定できない仮名加工情報にしたりすることもできます。 

横山氏 : だからこそ、データマネジメントの中でもデータライフサイクルマネジメントは注目されています。どのようなデータを取得して、どのような形で保持して、何を残して何を削除するのか、データの一生についての管理が必要なのです。 

伊藤氏 : ISO (国際標準化機構)など外部機関の審査を活用して、自社の取り組みを適正に行うことも大事ですね。自社がデータライフサイクルを適切に管理できていることを第三者にチェックしてもらうわけです。ユーザーは利用しやすさや使い勝手に加えてそうしたものも手がかりに、使うサービスを選ぶからです。 

横山氏 : そしてもちろん、データライフサイクルマネジメントができるような基盤を整えることも大事です。方針が決まっても、それを運用する体制やシステムが整っていないと、実行には移せませんから。実はいま、まさにこのテーマの書籍『データ基盤の処方箋』(仮)を伊藤さんと共同執筆しています。2021年冬に技術評論社から出版の予定です。データ整備に関心のある方に役立つ1冊にするので、ぜひ読んでいただきたいです。 

伊藤氏 : 企業の担当者だけでなく個人の方でも、自分の個人情報がどう扱われるのかに関心がある方には、面白く読んでもらえると思います。

企業の課題と必要な対応 

―今日お話しいただいたように、個人情報への個人の意識、企業への視線が変化しているなかで、企業が向き合うべき今後の課題を教えてください。 

伊藤氏 : データの利活用とセキュリティはトレードオフの関係になってしまうことがあると思います。「データをみんなでどんどん使うぞ、売上を上げるぞ」という攻めの姿勢と「データは大事に守るぞ、安心と信頼を獲得するぞ」という守りの姿勢を、必ずしも100%/100%で両立できるとは限りません。だからこそ、自社ではどのようなデータをどのように使うのかというポリシーを設定することが重要です。 

横山氏 : データライフサイクルマネジメントは、今後データを預かるすべての企業が取り組まなくてはならないものになっていきます。できるだけ早く、データを扱う社内の人が安心して使える仕組みを整えて、ユーザーに信頼されるサービスを提供できると素敵ですね。私たちも日々そのために試行錯誤しています。 

個人情報保護規制の今後の見通しと、企業が取るべきアクション

企業が広告を通じて本当に伝えたいメッセージは何かを起点に、その企業の存在意義を考え直すタイミングが来た。インターネットの普及以降、拡大を続けてきたデジタルマーケティングは、いま分岐点に立っている。クッキーに代表される、個人に紐づくデータ(以下、パーソナルデータという)の取得や利用に、技術上及び法規制上の制限が生じるためだ。この変化は、デジタルマーケティングを手がけるすべての企業に大きな判断を迫っている。

パーソナルデータに対する人権意識の高まり

ユーザーが自社のサイトでチェックしていた商品を、他社のサイトでも広告として掲示し購入を促す。また、ユーザーの検索履歴や位置情報を元に自社のサービスを提案する。デジタルマーケティングでは当たり前に使われているこれらの手法が、今までのようには使えなくなる日が迫っている。アップルはすでに2020年3月に、同社のブラウザ『Safari』でサードパーティクッキーの利用を禁止しており、グーグルも2023年に同社のブラウザ『Chrome』でこれに追随する見込みになっているからだ。

そもそも、クッキーとは、自社のサイトを閲覧しているブラウザを特定する技術であり、このうち、サードパーティークッキーは、そのサイトの運営者以外の第三者が発行したクッキーを指す。

デジタルマーケティングを手がける企業は、ファーストパーティクッキーと呼ばれる自社で発行したクッキーと、複数のサードパーティクッキーを組み合わせることで、ユーザー一人ひとりをより深く理解しようとしてきた。しかし、その手法が使えなくなるのだ。

ファーストパーティークッキーとサードパーティークッキー

アップルやグーグルが、自社の自由度を下げるかのような変更を決断した背景には、特に欧州で、米国籍プラットフォーマーへの不信感が高まっていることがある。GAFAのような巨大プラットフォーマーは確かに生活を便利にしてくれたが、ユーザーは、プラットフォーマーがパーソナルデータを寡占的に取得、利用して収益を上げていることを快く思っていない。以前から欧州は人権意識の高い地域だったが、プラットフォーマーの台頭は「私のデータは私のもの」「デジタル化された個人情報は人権の一部」という考え方を広く深く定着させた。

企業に求められる「倫理的な姿勢」

こうしたユーザーの意識の変化に合わせて、各国の法規制も変化してきた。個人情報の取り扱いに関するルールは、年々厳格化の一途をたどっている。

顕著なのは欧州でのケースだ。2018年、EUでは一般データ保護規則(GDPR)が施行された。これは、1995年に施行されたEUデータ保護指令(クッキー指令)の特別法として制定され、パーソナルデータやプライバシーの保護をより厳格にするものだ。同様の動きはアメリカでも起きている。シリコンバレーのあるカリフォルニア州では、2020年にカリフォルニア州消費者プライバシー法(CCPA)が施行された。

GDPR、CCPA、個人情報保護法

日本でも、改正個人情報保護法が22年4月に施行される。施行後は、氏名や住所といった個人情報に加え、クッキーや検索履歴、位置情報など、それ単体では個人と紐づかない情報を個人と紐づけて利用する場合に規制の対象となる

個人の権利保護が強化されるのはGDPRやCCPAと同様だが、日本では法改正の発端となる事件があった。2019年に、個人ユーザーと企業のマッチングを行う事業者が、ユーザーの許諾を得ることなく、自社で取得したクッキーや閲覧履歴などから独自に算出したスコアを企業側に提供していたのだ。提供した事業者側ではそのスコアから個人を特定できない仕様になっていたが、提供を受けた事業者側では、技術的に容易に個人を特定できる仕組みになっていた。このため、違法ではないものの、法の趣意から逸脱した不適切なサービスと見なされ、提供した事業者側は内閣府の個人情報保護委員会から勧告を受けた。

欧米ほど人権への意識が高いわけではないとされる日本でも、このようなデータの利用は、多くのユーザーに、自分のデータや履歴が思わぬ形で使われかねないという“気持ち悪さ”を抱かせた。個人情報保護法は、こうしたユーザーの心境に鑑みて、企業の行き過ぎを規制することを大きな目的として改正された。

どのような利用の仕方ならユーザーは許容し、どこからを許容しないかは明確ではない。物差しはあるが目盛りがないようなものだ。炎上は、企業が考えているよりも手前の段階で、そして思わぬ形で発生する。

ポストクッキーには、
抜け道探しより「パーソナルデータを使わない」選択肢

法規制やプラットフォーマー、ユーザーの変化を受け、これまでビジネスにパーソナルデータを利用してきた企業は、その扱い方を考え直す必要がある。

まず、第三者から譲り受けたクッキーは、グーグル、アップルの動向により有用性が落ちると見られている。クッキーを使ったマーケティングを続けるのであれば、ルール上、取得と利用の許可をユーザーから得る必要がある。また、許諾を得るにあたっても注意が必要だ。ユーザーにわかりにくい方法で許諾を得た場合、法律違反でなくても、その姿勢が批難されることもあるからだ。さらに、欧米に追随する形で、今後日本でも、クッキーなど個人にまつわるデータ利用への規制が強まっていく可能性がある。

クッキーを使う代わりに、グーグルが新たに開発したFLoCを採用するという選択肢もある。この場合、ターゲティングの対象は、ユーザー個人ではなく、オンライン上でよく似た行動をとっているユーザー群となる。しかし、個人を特定しない技術なので、これまでのような精度ではターゲティングができなくなることが予想される。さらに、いずれはこのFLoCも、法規制やグーグルによる自主規制の対象となる可能性が高い。巨大プラットフォーマーがパーソナルデータを囲い込んでいるという構図は変わらず、「特定のユーザー群に所属することを示すデータも人権の一部だ」と解釈が拡大する可能性があるからだ。企業側は、パーソナルデータを利用し続ける限り、常に法規制やプラットフォーマー、ユーザーの変化に追随し続けるという構図から抜け出せない

このいたちごっこに終止符を打つには、パーソナルデータを使わないという決断を下すことだ。たとえば、マーケティング・ミックス・モデリング(MMM)と呼ばれる統計学的分析を採用するという選択がある。MMMは、パーソナルデータも大量のサンプルデータも必要とせず、テレビCMや交通広告など、複数のメディアやチャネルを横断して分析できる手法だ。70年代から海外の企業が導入しており、実績も十分にある。このMMMにシフトすれば、プラットフォーマーやルールの変更に過敏になる必要がないし、対応し損ねた場合のペナルティや対応に苦心する必要もないし、そもそも、ユーザーからも不信感を抱かれる心配がない。プラットフォーマーの手のひらの上からも脱出をはかれる。多少難解でも、長い目で見れば堅実でかつクリーンなのだ。パーソナルデータ頼みのデジタルマーケティングからの離脱は、着手が早ければ早いほど、スムーズかつ低コストに進められる

Cookie代替案のメリット・デメリット

クッキー問題は、マーケティングの課題ではなく経営課題

これまでのデジタルマーケティングは、パーソナルデータを入手し、それをよりどころとしてオンラインでユーザーを追いかけ回してきた。オフラインマーケティングでは難しかったワン・トゥ・ワン・マーケティングを可能にする場が、オンラインだったのだ。

目の前の一人のユーザーの動きが数値化され手に取るようにわかってしまうが故に、対処的なテクニックが磨かれてきた側面がある。実際にそれが功を奏し、購買に結びついたこともあるだろう。しかし、その成功は極めて局所的なものだ。そのユーザーはもしかするとそこまでしつこく追いかけ回さなくても購入していたかもしれないし、ほかのユーザーは追いかけ回されることに辟易し、追いかけまわす企業に対してネガティブなイメージを抱き、離れていったかもしれない。ワン・トゥ・ワンのデジタルマーケティングが、大局的に見たときにも最適なマーケティング手法なのかは、改めて評価し直す必要がある

そもそもマーケティングとは、何かを買ってもらうためのものではない。それに触れた人の心を動かし、新しいものの発見を促すものだ。その発見が、すぐに購買に結びつくこともあれば、結びつかないこともある。しかし、そうした揺らぎを包含し、人の心を動かそうとする試みを積み重ねることが本来のマーケティングではないだろうか。広告は、ただの押し売りではないはずだ。

個人情報保護規制強化の潮流の中、企業に求められるアクション

アップルやグーグルの方針転換や相次ぐ法改正は、一見すれば、デジタルマーケティングの自由度を著しく下げるものだ。しかし、見方を変えれば行き過ぎたターゲティングからの脱却を図り、企業が広告を通じて本当に伝えたいメッセージは何かを起点に、その企業の存在意義を考え直すきっかけにもなる。

したがって、この問題は、マーケティング部門の課題ではなく経営課題だ。真摯に向き合う企業だけがユーザーに“気持ち悪さ”を抱かせず、長く支持され、生き残っていける。裏を返せば、そうした視点を持てない企業は市場からの退場を余儀なくされるだろう。

杉山 賢(すぎやま・まさる)
株式会社サイカ 取締役CFO 兼 コーポレート本部長

2010年に早稲田大学を卒業後、ゴールドマン・サックス証券に入社。以降10年間、投資調査部門にてインターネット、ゲーム、放送/広告、民生電機セクターの主担当アナリスト業務に従事。2016年より同社の投資調査部ヴァイス・プレジデント。2020年6月、サイカ参画。取締役CFO/コーポレート本部長を務める。

福島 健史(ふくしま・たけし)
株式会社サイカ コーポレート本部法務部部長

2013年、早稲田大学法務研究科修了。2015年に弁護士登録し、現在、Kollectパートナーズ法律事務所所属。弁護士として、これまでにソーシャルビジネスへのサポート、証券コンプライアンス、新規事業構築サポート、企業の危機管理対応などに従事。2021年7月、法務部部長としてサイカ参画。

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