データサイエンスは、「経験と勘」を活かす手段

AmazonやWalmart、NETFLIXなど、成功した企業の多くがデータを積極的に活用しており、ビジネスの成果を上げる上でデータが重要であることは、誰もが認識するところだ。それでもなお、データというものに苦手意識があり、自分には縁遠いものだと感じている人は少なくないのではないだろうか。 

本記事では、データサイエンスによって達成できることと、その可能性の大きさをあらためて見つめるとともに、いま企業がデータサイエンスに取り組む意味・意義を、サイカCEO平尾喜昭に聞く。 

株式会社サイカ 代表取締役CEO 平尾 喜昭(ひらお・よしあき) 
父親の倒産体験から「世の中にあるどうしようもない悲しみをなくしたい」と強く思うようになる。慶應義塾大学総合政策学部在学中に統計分析と出会い、卒業直前の2012年2月、株式会社サイカを創業。創業前にはバンドマンであったというユニークなキャリアも持つ。 

「非連続な成長」を実現する、データサイエンスへの期待 

―近年、「データサイエンス」への注目が急速に高まっていますが、その理由をどのようにとらえていますか。 

9年前、サイカを創業した2012年と比べると、データサイエンスを取り巻く状況は大きく様変わりしました。当時から、データサイエンスは「重要視」こそされていたものの、より一般的に注目されるようになったのはここ5年ほどのことです。 

さまざまな事象をデータ化して収集・蓄積することの重要性が「ビッグデータ」というキーワードとともに語られた、データサイエンスの黎明期。その時期を経て、収集したデータを加工・整理することへの関心が高まっていきました。この頃には、BI(ビジネス・インテリジェンス:ビッグデータを整理・可視化し、経営の意志決定を支援する)ツールを提供する企業が次々と上場を果たすなど、市場が大きく伸びていきました。 

そして近年、整理されたデータを分析して“次のアクション”に活かしたいというニーズが高まってきたことで、おのずとデータサイエンスが注目されるようになったのです。 

データは「集める」「溜める」「整理する」だけでは意味がなく、目標達成や課題解決のために「分析する」必要がある──いま振り返ってみると当たり前の帰着のように思えます。しかし、世の中に流通するデータが膨大かつ多様になり、データを管理・活用するためのツールが広く普及してきたことを背景に、「せっかく手元にあるデータを、有効に活用したい」と考える人・企業が少しずつ増えてきたのが、この10年ほどの間に起きた変化だったのだと思います。 

これに加えて、いくつかの事象が、データ活用の気運の高まりに拍車をかけました。 

なかでも潮目を大きく変えたのが2013年に出版された『統計学が最強の学問である』(著:西内啓)です。普段データというものに馴染みがなかった人を含めて、統計学やデータサイエンスの存在が広く一般に知られ、意識されるようになりました。データサイエンティストをはじめとするデータを取り扱う人材が「かっこいい(+稼げる)」存在として認識され始めたのもこの時期だと思います。 

映画『マネーボール』(※1)が公開されたのも、GAFAが加速度的に成長していったのも、おおよそ同時期のこと。データを駆使して成功した人や企業のエピソードが“クール”にパッケージングされて発信されたことで、データサイエンスは人々の中で「注目すべきもの」へと急速に変わっていきました。 

ひとつポイントと言えるのは、どの事象も、データ活用によって「非連続な成長」を果たしたエピソードだということです。 

『マネーボール』のオークランド・アスレチックスは、データを駆使することで2000年から4年連続でプレイオフに出場し、その間に2度、シーズン100勝以上を記録する快挙を成し遂げました。最初は小さなスタートアップだったGAFAは、データを駆使することで非連続的に大手企業へとのし上がっていきました。 

これまで見えていなかったこと、気づいていなかったことがデータによって明らかになり、「データを駆使すれば、潤沢な資源がなくとも勝つことができるのではないか」という期待が、人々をさらにデータサイエンスに引き付けたのだと思います。 

これまでの延長線上では勝つこと・生き残ることが難しくなった時代、多くの人・企業が待望していた「武器」として、データサイエンスは受け入れられたのだと考えています。 

※1:『マネーボール』 
メジャーリーグの貧乏球団を、独自の理論「マネーボール理論」によって常勝球団へと育て上げた、実在する球団ゼネラルマネージャー ビリー・ビーンの半生を描いた映画。マネーボール理論は、各統計から選手を客観的に評価する「セイバーメトリクス」を用いる。

データサイエンスの2つの効果「確実性を高める」「意外な発見をもたらす」 

―データサイエンスで実現できることとは、ずばり何でしょうか。 

一言で言えば、「確実性を高める」ことです。政治にしろ、ビジネスにしろ、スポーツにしろ、「勝つべくして勝つ」「勝つ確率を上げる」ことができるようになるのが、データサイエンスの力です。 

ですから、データサイエンスは「勝つための法則性を導き出す作業」と言い換えることもできますね。 

データを使って「確実性を高める」方法には、大きく2つのパターンがあります。「仮説を実証すること」と「仮説を立てるためのヒントを得ること」です。 

企業の広告活動を例にとってみると、データを使うことで「売上を高めるためには、広告Aより広告Bを強化すべきなのではないか?」という仮説を検証することもできますし、仮説に反する場合は、これまで想定していなかった広告媒体やクリエイティブの可能性を探ることもできます。 

データサイエンスが活きる領域は、もちろん広告だけではありません。「勝つための法則性を導き出す」ことで達成できることの幅は広く、次のようなこともデータサイエンスで実現されてきたことの一例です。 

事象をデータ化することさえできれば、データサイエンスを行うことができます。 

技術の進歩により、世の中のほとんどすべての事象は何らかの形でデータ化することができますし、どんなデータでも何らかの方法で分析することができます。データサイエンスに達成できない目的・解決できない課題はないといっても過言ではありません。 

あらゆる目標達成・課題解決に使えるからこそ、企業規模や業種業態を問わず、「データ活用によって成功した企業」の事例も枚挙にいとまがありません。 

NETFLIXは、1998年、わずか30名の社員とともにDVDソフトの郵送レンタル・販売事業を開始しました。同社はプログラミングに精通したデータサイエンティストを雇い、データ分析を駆使したレコメンド機能やパーソナライゼーション、オリジナル作品の企画制作を推進しました。これによって指数関数的な成長を遂げたNETFLIXは、2020年に売上高250億ドル(約2兆5915億円)を達成しています(※2)。 

Walmartは、データ分析力を武器に世界最大の小売チェーンへとのし上がりました。同社は定量的な販売・在庫データだけでなく、地域固有のニーズや気象によるニーズの変化など、定性的なデータの分析にも長けていました。また、得られたデータや分析結果をサプライヤーにも提供することで業界全体の成長を後押ししていることでも知られています(※3)。  

あえてこうした例を挙げるまでもないほど、データを駆使してビジネスの成果を上げることは、もはや息をするのと同じように、ごく当たり前のことになりつつあります。 

※2 
出典:『分析力を武器にする企業(トーマス・H・ダベンポート、ジェーン・G・ハリス著、日経BP、2008年) 』、『Harvard Business Review(https://hbr.org/2018/01/data-can-enhance-creative-projects-just-look-at-netflix)』、『Netflix, Inc.決算資料(https://s22.q4cdn.com/959853165/files/doc_financials/2020/q2/FINAL-Q2-20-Shareholder-Letter-V3-with-Tables.pdf)』)  

※3 
出典:『分析力を武器とする企業(トーマス・H・ダベンポート、ジェーン・G・ハリス著、日経BP、2008年) 

データサイエンスにおいて最も重要なのは「経験と勘」 

―データサイエンスは、具体的にどのように進めていくのでしょうか。 

データサイエンスは、❶~❽の8つのプロセスから構成されます。 

❶目的:達成したいことは何か 
❷課題:何から解決するべきか 
❸仮説:何が要因なのか 
❹データ:どんなデータが必要か 
❺分析:どんな分析を行うべきか
❻解釈:どのような判断を行うべきか
❼巻き込み:どのように組織で動いていくか
❽実行

❶~❽を概観すると、「データ」という言葉が登場するのは、プロセス全体におけるちょうど真ん中あたり。いきなりデータを触り始めるわけではないのです。また、統計やデータ分析の専門性が求められるのは❹・❺だけです。 

データサイエンスは、実は「データ」「分析」以外の要素が占める割合のほうが高い。ですから、データサイエンスを「理系の人がやること」「統計の専門知識がないとできないもの」と考え、自分には縁遠いものと感じている人が少なくないと思いますが、それは大きな誤解なのです。 

むしろ、データサイエンスにおいて最も重要なのは、「目的」「課題」「仮説」で、データ分析の方針を設定すること。そして「解釈」で、目の前に差し出されたデータに関係性を見出し、ストーリー化することです。 

これを疎かにすると、いくら大量のデータを手に入れて高精度の分析手法を用いても、データから有効な示唆を得ることも、分析結果を成果につなげることもできません。 

逆に、「目的」「課題」「仮説」「解釈」さえできれば、「データ」「分析」については専門人材に任せてもよいのです。 

―データサイエンスは、いわゆる“文系”の人でも実践できるのですね。 

むしろ、データサイエンスに漠然と苦手意識を持っている“文系”の人のほうが、データサイエンスに向いているケースが多いかもしれません。 

世の中のさまざまな事象の間にある因果関係を想像し、仮説を立てること。この「仮説力」こそが、データサイエンスの実践に欠かせないスキルだからです。 

昔、とあるコンビニチェーンがデータサイエンティストを大勢雇って「売上に起因する要素」を探るべくデータ分析を行ったところ、導き出された答えは「雨が降ったら売上が下がる」という至極当たり前のことだったという話があります。もちろんこの結果自体が間違っているわけではありませんが、仮説なしに分析しても、データから有効な示唆を得ることはできないということがよくわかる逸話です。 

仮説がなければ、データ化されず、分析もされない事象がある。つまり、仮説力がないと気づけないこと・得られないことがあるということです。今後、分析技術がコモディティ化していく中、「仮説力」がデータ分析における優位性はもちろん、ビジネスそのものにおける優位性をも生むといえます。 

そして、この「仮説力」の基盤となるのは、一人ひとりが持っている「経験や勘」だと考えています。 

たとえば、一般的に、店舗の売上にはネガティブな影響を与えると言われる「雨」。この事象をデータ化して分析する際に、「雨が降ったら売上が下がる」といった仮説を下記のように深掘りしていくと、有効な示唆を得られる可能性が高まります。 

■雨は降れば降るほど売上が下がるという仮説の下、降水量を調べる
■雨の量が一定量を超えると売上が下がるという仮説の下、降水量と売上の関係を調べる
■単純に多いか少ないではなく、降水量によって売上に違いがあるという仮説の下、○mm~○mm/△mm~△mm/□mm~□mmのように降水量をカテゴライズし、それぞれについて売上への影響を調べる
■降水量と気温の組み合わせが売上に影響するという仮説の下、降水量だけでなく気温と売上の関係も調べる

小売りの経験があることは、こうした仮説と分析プランを立てる上で非常に有利に働くと言えます。「雨の日でも、来店するお客さまは一定数いる」という経験や、「雨が降っていて、かつ気温が高い日に売上が下がる気がする」といった勘があるからこそ、筋の良い仮説を立て、適切なデータ化の方法を考えることができるのです。 

データサイエンスは、経営者やマーケターなど一人ひとりの人が持つ「経験や勘」を、目標達成や課題解決に最大限に活かすためのツールと言えます。 

データサイエンスによって、“人間力”で勝負できる時代へ 

―データサイエンスに「経験と勘」が活きるというのは、意外な感じがしますね。 

一時、マーケティング業界を中心に「データサイエンスは、人の経験や勘に頼らず、データに基づいて法則性を発見し、再現性を高める手法である」という言い方をされていた時期がありましたが、大きな間違いです。 

この誤った認識が、データサイエンティスト以外の、いわゆる一般ビジネスパーソンの中にデータサイエンスに対する抵抗感を生み、データサイエンスの普及を阻害する一因にもなってきたように思います。 

データサイエンスは、人の経験や勘を最大限に活かすための手段。この正しい認識を広めることで、より多くの人・企業にデータサイエンスを実践してほしいですね。 

―より多くの人・企業がデータサイエンスを実践するようになると、社会はどのように変わっていくでしょうか。 

「準備は十分整った、あとは自らの才能で勝負するだけ」と言える社会になるのではないでしょうか。実際、そういう社会をつくりたいと考えたのが、サイカ創業のきっかけでした。 

現状、データサイエンスは“持つ者と持たざる者”がいる状況。つまり、実践できている企業と実践できていない企業で二極化していて、前者が勝ち続ける状況が出来上がってしまっています。 

データサイエンスをより多くの人・企業に行き渡らせることができれば、最後は“人間力”で勝負ができるようになります。ビジネスでいえば、お客さまと向き合い続けることで培われた顧客視点、社会や市場の動向を見極める観察眼、その人独自の感性や感覚、物事にじっくり向き合う胆力や情熱といった、人間ならではの能力をもっと活かせる時代がやってくると思います。 

「もっとリソース(ヒト・モノ・カネ・情報)があったら勝てたかもしれないのに」という悔しい思いをせず、自分の才能で勝負できる、納得感のある世界をつくること。それが私の目標であり、データサイエンスが持っている可能性でもあります。 

インタビュー・文:齋藤千明 
撮影:小池大介 
企画・編集:川畑夕子(XICA) 

【竹中平蔵氏 社外取締役就任インタビュー】 サイカと竹中平蔵氏の「新結合」が広告業界にもたらす変革とは

2021年2月、元総務大臣で経済学者の竹中平蔵氏が、データサイエンスの技術を駆使してマーケティングの適正評価に取り組む株式会社サイカの社外取締役に就任したことが発表された。サイカのCEO・平尾喜昭氏は、学生時代に竹中氏から受けた教えに着想を得てサイカの創業に至ったという。平尾氏は、これまで竹中氏から何を学んできたのか、これから何を期待するのか。また、竹中氏は社外取締役としてどのような役割を果たしていくのか。二人が忌憚なく語り合った。

慶應義塾大学名誉教授
株式会社サイカ 社外取締役
竹中平蔵 氏

株式会社サイカ 代表取締役CEO
平尾喜昭 氏

より深くテレビCMを理解し、活気づけるために

株式会社サイカ 代表取締役CEO 平尾喜昭(以下、平尾):竹中先生に当社サイカの社外取締役に就任いただいたことを3月2日に発表します。ようやくこの日を迎えられて、私自身、とても嬉しく思っています。

竹中先生に就任を依頼したのは、2020年夏頃です。ちょうど、『XICA ADVA』発表の準備が佳境を迎えていた時期でした。私たちは以前から、マゼラン(※ 2020年9月に「ADVA MAGELLAN」に改称)というサービスでマーケティングの適正評価に取り組んできましたが、ADVAの発表とともにサービスラインナップを広げ、業界初の”成果報酬型”テレビCM出稿代理サービス「ADVA BUYER 」の提供を開始するなど、広告の効果分析だけでなく、広告の出稿も含めて企業のマーケティング活動のPDCA全体を適正評価できる体制を築きました。2020年9月にリリースして以降、すでに実績も上がっています。このADVAの推進のためにも、私たちにはこれまで以上にダイナミックに市場を捉えて働きかける力、業界を理解する力が必要になると考え、先生のお力を借りられればと、声をかけさせていただきました。

竹中平蔵氏(以下、竹中):社外取締役の役割は、社内にダイバーシティをもたらすことです。言うなれば、KY、空気を読まないことです。毎日、同じメンバーで仕事をしていると、気になっているけれど言い出せないということも出てきます。そこで空気を読まずに「これはどうなっているの」「これは面白いね」と客観的な意見を言うのが私に課せられた役割だと思っています。

言い換えれば、バルコニーに駆け上がるのが私の役目ということでしょう。「バルコニーへ駆け上がれ」というのは、リーダーシップ論で知られるロナルド・A・ハイフェッツによる、私の大好きな言葉ですが、要するに、高い視座からものごとを俯瞰して見よということです。

平尾:先生はこれまで経済学者として、国内外の動向を捉えて未来への提言をしてこられました。その一方で、総務大臣として放送・通信という広告を運ぶメディアと向き合ってもこられました。そこで積み重ねられた知見は、他に類を見ないものと思っていますが、先生は今、テレビ業界全体をどのようにご覧になっていますか。

竹中:よく「たかがテレビ、されどテレビ」と言われます。メディアとして、テレビがかつてほどの評価を得られなくなってきたのは事実でしょう。しかし、ネットで流れているニュース、ネットでの話題の多くは、テレビに回帰しているんですよね。中心にあるテレビからにじみ出る影響力というのは依然として強いのです。

ただ、直接は見られることが減ったために番組の質が落ちてますます見られなくなり、テレビ業界の方が悩んでいるというのも事実だと思います。アメリカではAT&Tがタイムワーナーを買収し、ディズニーがCNNを買収し、大変動も起きています。

日本でも、地殻変動に向けて大きな地鳴りが響いている今、そこへ杭を打ち込むのは非常に重要なことだと思います。

平尾:ちょうど2021年はテレビ放送が始まって80年という節目の年ですが、ADVAにより、ここからテレビCMが大きく変わるのではないかと期待しています。

竹中:その80年の間、企業も変わってきましたよね。企業の役割はいくつかありますが、コーポレートガバナンスが強化されたことによって、収益を最大化し、しっかりと投資家へ還元する責任は大きくなっています。こうした時代に「あの面白いCM、どこの会社のだっけ」と言われるCMは、はたしてどのように評価されるでしょうか。

アートとして素晴らしいという評価はあるでしょう。しかし、それが企業の収益につながっているのかどうかについて、企業は今まで以上にセンシティブにならなくてはなりません。また、視聴者も変化しています。単に安くて便利なものではなく、どんな思いでつくられたものなのかなど、マイストーリーも求めてくるのです。これは、ジャパネットたかたの創業者・高田明さんが言われていたことですが、マイストーリーがないと、ものが売れないんですね。ですから、企業はテレビCMを通じてマイストーリーを提供しながら、同時にその費用対効果を見極め、コーポレートガバナンスを強化する必要があります。それを前提に、多様化する人々の価値観に合わせて、テレビCMの内容そのものを高めていくことになるでしょう。

平尾:内容の向上を支援するサービス『ADVA CREATOR』も、2020年12月にリリースしています。これは、テレビCMのクリエイティブを脳波解析とデータサイエンスで科学し、効果を定量化するものです。明確な指標があることで、クリエイターは慣習や思い込みにとらわれることなく、むしろ自由に、クリエイティビティを発揮できます。ありがたいことに、多くのクリエイターがこのサービスを歓迎してくれています。

竹中ゼミでの学びがチャレンジにつながった

竹中:新しいことをやろうとすると批判もされますよ。私も、いろいろなことを言って批判されています。でも、何かを成そうと行動を起こせば必ず批判を受けます。大事なのは、たとえ批判されても、それに打ち勝って挑戦し続けることです。若い人にはそれを期待しています。ですから私は、2001年から2006年まで政府の一員として仕事をし、それを終えて大学に教員として戻ったときには、また若い人に自分の経験を役立ててもらえるなと嬉しく感じたものです。慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスに再び研究室を構えたとき、そこへやってきた学生の一人が平尾さんでした。いつも真っ先に手を上げて、「ちょっとしゃべりすぎやろう」と思うくらいに発言する、議論を盛り上げる学生でした。

Provoke(プロボーク、挑発する)という言葉があります。“Provoke Your Thoughts”、平尾さんはその挑発役を努めてくれて、議論を深めてくれました。「それは違うんじゃないか」と指摘されると、次はもっと勉強してきていましたね。

平尾:お恥ずかしい話です。しかしおっしゃるとおりで、まさに竹中先生が大学に戻られた際の1期生として研究室に加わり、経済政策全般、なかでも特に興味を持っていた統計分析を勉強させていただきました。ほかにも先生の下で学んだことは数多いのですが、今の自分自身、そしてサイカの事業につながっている特に重要な学びが3つあったと感じています。

1つめは、“What’s the problem?”。竹中先生が初回の授業からずっとおっしゃっていたことです。どのような施策をとるべきかを考える時、まず何が本質的な問題なのか見極めてから考え、考える過程で迷ったらまた本質に戻る。先生からこの問いを何度も投げかけられ、そのたびに、考えながらなんとか答えていた記憶があります。

竹中:私は、自分をそんなに立派な教育者とは思っていませんが、学生に対して真剣勝負であろうとはしてきました。だから自分の疑問もそのままぶつけたし、学生の発言にも本気で反応していました。

平尾:その真剣な“What’s the problem?”、これはずっと私の中に残っている教えです。2つめは、“自分ごと化する”。どんな問題に対しても、当事者としての視座を持つことを学びました。

3つめは、“エンカレッジ型であること”。「自分たちにはできない」と思うのではなく「できるんだ」と周囲を鼓舞し奨励し、前に進むこと。エンカレッジの対象は、ときに自分自身にも及びます。だからこそ、まだ統計分析が注目されていなかった時期に、勇気をもってサイカを創業できたのだと思っています。先生は、統計分析のテクニックを教えてくださったという意味でも、精神性を深めてくださったという意味でも、まさに恩師です。実は私は、先生と初対面のときにかけられた言葉が忘れられずにいます。確か、初回の授業の夜に開かれた懇親会でのことです。

竹中:私はなんと言っていました?

平尾「経済って切ないよね」と。

竹中:ああ、言いましたね。覚えています。

平尾:私が13歳の時、国内の流通大手企業が倒産し、世間に衝撃を与えました。その企業は、私の父が勤めている会社でした。当時、自分の人生を預けた会社の倒産に打ちひしがれる父の姿を見て、世の中には抗うことができない「どうしようもない悲しみ」があることを実感し、幼いながらに、それをなんとかするのが私の生涯のテーマだと感じました。奇しくも、先生の初回の講義は「不良債権をデータで分析する」という内容でした。その講義を聞きながら、データに基づき正しい評価と判断をしていれば父の勤務先は倒産しなくて済んだかもしれないと思い、それと同時に、データの背景には語られないエピソードがたくさんあるという思いが募りました。それで、先生に父が勤めた会社の話をしたのです。そうしたら、思いがけず「経済って切ないよね」と、血の通った言葉が返ってきて驚きました。

竹中:本当に、経済というのは切ないのです。ただ、だからといって何の手も打たなければもっともっと切ないことになってしまいます。一度起きた切ないことは、二度と起こらないようにする。経済政策はそのために存在します。

今こそ「バルコニーへ駆け上がれ!」

竹中:経済を学んでいると、ケンブリッジ学派とウィーン学派という言葉が出てきますね。ケンブリッジ学派というのは超エリート主義で、合理的に考えればどんな問題でも解けるという立場です。一方でウィーン学派というのは、懐疑主義と言って、本当にそうなのかと自分に問いかけるようなところがあります。これはどちらも必要です。特に、新型コロナウイルスの感染が終息していない今の時代、人間は合理主義であると同時に懐疑主義でもなくてはならないと思います。

平尾:新型コロナウイルスの感染拡大は、広告の業界にも大きな影響を与えています。さきほど先生が言われた、マイストーリーを提示するような、ブランド型の広告を意識する企業が増えているのです。

しかし、ブランド広告、特にテレビでのブランド広告は、売上などの事業成果への効果が見えにくいという課題がありました。そうした課題があり、また、先行きが不透明な今、まさに企業は、これまでの慣習に捉われずに広告を見直す時期を迎えているのです。

また、コロナ禍によってDXが加速したことで、時代が変化する速度が上がっています。消費者の意識も急速に変化している中、企業はPDCAをより高速に回す必要が出てきました。冒頭で、先生に社外取締役就任を打診したのはADVAを準備中のことだったとお話ししましたが、結果的に、今申し上げたような課題の解決を、まさにバルコニーに駆け上がるところから、ご一緒いただくことになりました。

竹中:現場主義という言葉がありますね。日本はこの言葉が大好きですが、現場主義であるためには、現場に居続けていてはなりません。一度、バルコニーに駆け上がって俯瞰的に現場を見渡さなければ、どこを立て直すべきかがわからないからです。

バルコニーに上がらない現場主義を私は“現場主義という名の非知性”と呼んできました。俯瞰することで見えてくるものはたくさんあるのです。

平尾:改めて、今回、社外取締役を引き受けていただいて本当に嬉しく思っています。率直に言って、多忙を理由に断られることも覚悟していました。

竹中:2008年にノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマンに、何年か前にこう聞いたことがあります。「たくさんのカンファレンスに招待されるだろうけれど、出席するものとそうでないものはどうやって決めているの」と。彼はその質問を面白がってから、「良い議論ができそうなカンファレンスには出席する」と答えました。出席し、議論することで、社会が良くなると同時に、自分を高めることができると判断すれば出席するということでしょう。それと同じだと思っています。サイカの社外取締役を引き受けることで、社会が良くなり、自分も高められる。そう思うからお引き受けしたので、いい仕事をしなくてはなりませんね。

平尾:ありがとうございます。私はこれから、先生と一緒に政策をつくっていくようなイメージを持っています。ゼミ生だった頃のように、目的を据え、その問題を見極め、解決のための仮説をつくり、それをデータで分析して政策とし、実証実験を繰り返す。そうすることで、広告主である企業だけでなく、メディア、クリエイター、もちろん、CMを見る消費者、あらゆる人が幸せになる未来をつくっていきたいです。

竹中社会を変えるのはいつの時代も企業です。企業には、政府にはないお金と人と技術があるからです。その企業が活動しやすいように手助けするのが政府です。五代友厚という人物がいます。明治維新の折り、一時期は政府の中に入りながら、しかし、産業を強化する必要性を強く感じて、産業界に戻って新しいことに挑戦し続けた人物です。私も彼のように、新しい国づくりにサイカでの活動を通じて参画していきたいです。イノベーションは、元々の意味が「新結合」、つまり、新しい組み合わせによって生まれるものです。経営者は、その新結合を起こすような変化を社内に持ち込まなくてはなりません。平尾さんの決断によって私が経営に関わることで、新しいイノベーションが生まれればと思っています。