“しがらみ”があることで、大切なものに出会えた。

今回のインタビューは、ビジネスディビジョンの国松。創業メンバーとしてサイカの立ち上げから幅広く業務をこなし、いまは営業行動分析ツールXICA rockhopperのプロダクトオーナーとしてチームを引っ張っている。
父を亡くした経験から生まれた価値観。そして、いま想うことを聞いた。

しがらみがあることで大切なものに出会えた-01

父の死がいまの価値観を築いた。

加藤 朝彦

国松さんの人生に影響を与えたできごとをお聞きしたいと思います。


国松 祥治

私が中学2年生の時に父が亡くなったのですが、それに大きく影響を受けて自分の人間性や価値観が形成されたので、そういう意味で人生に影響を与えた出来事と言えると思います。

加藤 朝彦

どういう影響を受けたんですか?


国松 祥治

父の死に影響を受けたことはいくつかあるんですけど、そのなかでも特に大きかったのは、「人間いつ死ぬかわからない」という実感を持って生きるようになったことです。
「人はいつか死ぬ」なんて当たり前のことですし、小さな子供だって知っていますよね。
ただ、それを知識として持っていても、実感を伴って理解している人は少数だと思うんです。
とくに若い人は。
父はとても厳格な人で、国松家においては絶対的な存在でした。逆らったら拳が飛んでくる昭和の親父みたいな感じで。
なので、僕にとっては“強い大人の象徴”だったんですよね。
そんな父が突然死んだとき、初めて知識としてあった死を実感したんです。
言葉にすると間抜けな感じがしますけど、「あ、父さんって死ぬんだ」って。悲しみというよりは驚きでした。
絶対的な存在で、強い大人の象徴であった父親がアッサリと死ぬなんて、当時の自分にとっては有り得ないことでした。
ただそのときはまだ13歳だったので、それによって自分の死を意識することはありませんでした。

加藤 朝彦

その他のきっかけもあったんですか?


国松 祥治

「人間いつ死ぬかわからない」という実感に至るまでには、もうひとり、自分が大学生の頃に亡くなった方の影響がありました。その方はとても若くして亡くなられたんですけど、葬儀でその方の遺体と対面した時に、「悲しい」よりも先に「怖い」と思いました。
その方が怖かったということではなく、若くして命を失う可能性に直面した気がして怖かった。
その時に「自分だっていつ死んでもおかしくないんだ」って強烈に思ったんです。

加藤 朝彦

そういった考え方は、サイカを創業したことに関係していますか?


国松 祥治

強く関係してます。大学卒業が迫ってきて進路をどうするか考え始めた頃、僕には3つの選択肢がありました。
(1)就職活動をして就職する。
(2)平尾と一緒に起業する。
(3)フリーターになる。(当時、時給のいいアルバイトをしていたので)
正直なところ、どれが正しいか分からなかったんです。
ただ、就活でいろいろな方の話を聞くなかで「入社後○○年は下積み」と言う方が多かったんです。もちろん凄く魅力的な方もいたんですけど、当時の自分には「数年頑張ったら好きなことができる」という人生プランを選ぶのが難しかったんですよね。

加藤 朝彦

修行の時間がもったいない?


国松 祥治

もったいないとは思わないんですけど、単純に「2年後に生きてるか分からないよね」っていう(笑)
それで「いまこの瞬間に一番楽しいことを選ぼう。それはなんだろう?」と考えた結果、サイカにジョインすることにしたんです。
平尾とは学生の頃から学生団体をやったりイベントを主催したり、色々と一緒に活動してきたのですが、それがずっと楽しかったので。
まぁ3つあった選択肢の中で、ダントツで一番収入的に危うかったですけどね(笑)
当然ながら創業期は給料ゼロだったので、日中はサイカ、夜から朝まではバイト、睡眠時間はバイトの仮眠休憩のみ、という生活をしばらく続けていました。

加藤 朝彦

そんな経緯で平尾さんと創業したんですね。


国松 祥治

ですです。
あ、ちなみに後日談として話しておくと、「企業に勤めたらすぐに好きなことはできない」「起業の道を選んだらすぐに好きなことができる」という当時の発想は完全に間違いでしたね。(笑)
浅はかです。本当に浅はか。(笑)
企業に勤めて1年目からやりたいことをガシガシやってらっしゃる方はたくさんいますし、起業したからといって四六時中好きなことだけをできるわけではありません。特に創業期は。

加藤 朝彦

仕事の選択以外で変わった価値観は?


国松 祥治

結婚に対する…恐怖…とか(笑)

加藤 朝彦

え?


国松 祥治

父の死をきっかけに、その後数年間に渡って家族が大変なことになっちゃいまして。
よく父親のことを「一家の大黒柱」と言いますけど、まさに大黒柱を失った家の如く崩壊しました(笑)
その時に「父親が家族に対して負う責任ってめちゃめちゃ重いんだな」って思ったんです。
自分が家庭を持って子供ができた時に、もしかしたら自分はすぐに死ぬかもしれない。
そうしたら僕は自分の子供に同じ苦しみを味わわせるのではないかって思って、すごく怖いですね。

加藤 朝彦

それは根深いですね。


国松 祥治

あと、周りの人達と距離の取り方も変わりました。
当時、早稲田大学の付属中学校に通っていたんですけど、父親が亡くなって家庭の収入も無くなったので、もう私立の学校には通えないなって思ったんです。学校を辞めることを覚悟してました。
そんな状況だったんで、そのまま高校卒業まで同じ学校に通い続けるであろう同級生たちと距離を取るようになって、そうしているうちに、いつの間にか人と距離を取ってコミュニケーションを取るのが染みついちゃってました。
結果的には中学を辞めずに大学卒業まで早稲田に通い続けることができたんですけどね。
人と距離を取る癖はずっと残りました。今はもうそんなことないですけど。

加藤 朝彦

平尾さんとの出会いは?


国松 祥治

出会ったのは中学1年生の時ですけど、ちゃんと話すようになったのは高校3年生の冬からです。もう卒業直前のタイミングでしたね。笑

加藤 朝彦

そこから平尾さんとは仲が続いたのは何か理由はあったんでしょうか?


国松 祥治

彼は人に“話させる力”みたいのを持ってるんですよね。あるとき、平尾から「国松は冷静で優秀だよね」と言われたんです。そのときにどうしてか分からないですけど、「いや、そういうキャラを演じてるんだよ。もし平尾がおれのことを冷静で優秀なやつだって思うなら、それはおれじゃないからね」って言えたんですよ。不思議なことに。

しがらみがあることで大切なものに出会えた-03

“演じる”ことで周囲との距離を測った学生時代。

加藤 朝彦

そんな大きな経験を、そこまで冷静に自己分析ってできないと思うんですよね。


国松 祥治

もちろん最初の数年間くらいは客観的に見れていなかったです。でも大学生くらいから少しずつ冷静に振り返れるようにはなってきました。年に一回命日は必ず来るので、そういうタイミングで思い返してみて少しずつ整理した感じですね。

加藤 朝彦

お父さんの死より前から自分のなかにあった価値観はあります?


国松 祥治

うーん。まわりの期待に応えるというのはありました。

加藤 朝彦

きっかけは?


国松 祥治

小さい頃から身体が大きかったんです。小学校6年生の時には身長が170センチ超えてたので。

加藤 朝彦

うらやましい(笑)


国松 祥治

しかも中学受験のために塾に通っていたので、小学校のテストはだいたい100点を取っちゃう。身体もでかいし、勉強もできる。そういうキャラ。

加藤 朝彦

そうなるとリーダー的な存在になるじゃないですか。


国松 祥治

特にそれを望んだわけではなかったのですが、なんとなくクラスのまとめ役になっていました。なので、周りの友だちが思い描く、まとめ役に相応しい人間になろうとしていました。

加藤 朝彦

周りの期待を裏切ったらダメみたいな?


国松 祥治

そんな感じです。小学生の頃に形成されたそんな気質も相まって、中学高校でも周囲に対するイメージ作りを自然とやってました。

加藤 朝彦

まわりが何を望んでいるのか考えながら行動してた?


国松 祥治

そうですね。同級生に対しても、教師に対しても。

加藤 朝彦

そんななか、平尾さんがきっかけて「演じなきゃいけない」という気持ちは薄れたんですか?


国松 祥治

それが最初のきっかけだったと思います。素の自分を出したら周囲との関係が壊れると思ってたんですけど、平尾はそのあとも定期的に飯に誘ってくれて。
そのときに「素の自分を出しても良いのかも」って思ったんです。むしろ、素の自分を出したことで彼からの信頼感が増した感覚があったんです。いま考えると当たり前なんですけど、自分からさらけ出さないと相手も近づいてこない。人生で一度もそれをしてこなかったので、新鮮な発見だったんです。

加藤 朝彦

そこから少しずつ変わっていたんですね。


国松 祥治

それから少しずつ自分の内面を伝えるようになっていきました。「実は僕こんな感じっす」とか「みんなにはどう見えるか分かんないけど、実はこんなこと思ってます」みたいに。

加藤 朝彦

周囲の反応はどうでした?


国松 祥治

思いのほか良い関係性が築けるようになったんですよね。本音を出してもまわりは僕のことを嫌いにならないんだって気づいた。一番大きかったのはサークルの先輩との出会いですね。

加藤 朝彦

先輩?


国松 祥治

その人は、演じてた僕に踏み込んできてくれたんですよね。僕の化けの皮を全部剥いでくれた。

加藤 朝彦

いい出会いですね。


国松 祥治

そうですね。いまでも覚えていることがあって。父の死に関することってあんまり話したくなかったんですよ。話すとだいたい相手が「聞いてごめん」って雰囲気になって気まずくなるから。でも、たまたまその先輩に話したら、笑い出したんですよね。

加藤 朝彦

それはどういう笑い?


国松 祥治

詳しく理由は覚えてないんですけど、とにかく笑われたんですよ。なんかそれですごく気が楽になって。

加藤 朝彦

それ先輩の計算だったら、すごいですよね。


国松 祥治

ほんとすごいと思います。

しがらみがあることで大切なものに出会えた-02

とにかく手探りだったサイカ創業

加藤 朝彦

社会に出てからの話を聞きたいと思います。国松さんの場合、社会人スタートがサイカじゃないですか。しかも創業。そこでの苦労ってありましたか?


国松 祥治

創業期の珍事は色々ありますけど、学生からそのまま起業したために社会人の基本的な作法が分からずに苦労した場面は多々ありましたね。
ビジネスメールの書き方すら知らなかったので、平尾と
「知ってる?社会人のメールって最初に『お世話になっております』から始まるんだぞ」
「え、マジで!?『こんにちは』って書いてたわ!」
みたいなことを本当にやってました(笑)

加藤 朝彦

笑。たしかにそういうお作法は分からないかも。


国松 祥治

Google先生には大分お世話になりました(笑)
ただ、ビジネスマナーはググれば分かりますけど、実際の仕事ではググっても答えが得られないことだらけですよね。
そういう時に「どうすれば良いでしょう?」と聞ける先輩や上司はいないので、本当にあらゆることを手探りでやっていて、終わってから「もっとこうすれば良かったのに」と悔やむことばかりでした。
そんな中で、CTOの発案で創業期には「KPT」という手法を使って週に1回社内で振り返りを実施していたのですが、今考えるとこれは良い取り組みだったと思います。
忙しい中でも強制的に課題を振り返って学びに変換する場を日々持てた、というのもありますが、課題に対する答えを知っている先輩や上司がいない代わりに、個人の課題に対して社内メンバーの複数の脳みそでもって知恵を出すことで補完できていたかなぁと。
サイカでは開発手法としてスクラムを採用していますが、この「KPT」は今でも振り返りの手法として2週に1回開発チームで実施しています。

加藤 朝彦

サイカが学生団体から始まって以来、ずっと続けられたのはどうしてですか?


国松 祥治

そういえば学生団体のときは8人いましたけど、結局残ったのは僕と平尾だけでしたね。。。
なんででしょうね。おそらく、それも「いつ死ぬか分からない」という考え方に行き着くように思います。
あと、平尾との関係性っていうのはあると思います。“彼と共に戦う覚悟”みたいのは学生団体のときの他のメンバーとはちょっと違ったと思います。

加藤 朝彦

それは付き合いの長さ?


国松 祥治

長い付き合いによって醸成された愛ですかね(笑)

日本中、世界中に“仲間”を増やしたい

加藤 朝彦

いまでも価値基準として「明日なにあるか分からない」というのはありますか?


国松 祥治

ありますが、以前ほどでは強くはありません。
昨年末に一年間を振り返るワークショップに参加したんですけど、そこで大きな気づきがあったんです。

加藤 朝彦

どんな気づきですか?


国松 祥治

「明日死ぬかもしれない」という実感は、以前の自分にとってはプラスだったと思っています。
それって強迫観念とか焦燥感みたいなものなんですけど、言い換えるとハングリー精神であり、生きる原動力なんですよね。
ただ、いまも4年前と同じだけの熱量で同じ感覚を持っているかというと、そうではないなと気付きました。

加藤 朝彦

徐々に薄まっている?


国松 祥治

そうですね。

加藤 朝彦

それはなぜ?


国松 祥治

端的に言うと、愛するものが増えてしまったんです(笑)
中高生時代の人間不信が原因で、僕は意識的に人との深い繋がりをもたないようにしていました。友情とか愛情みたいな。
人との深い繋がりは一般的に良いものと捉えられますが、僕にとっては“しがらみ”のようなもので、必ずしも良いものとは捉えていませんでした。
そういう意味で、僕は世の中に対するしがらみを持っていなかったんです。だから明日死んでも問題無かった。
でも、サイカで4年も頑張ってると、いろんな繋がりができて世の中に対する“しがらみ”がもうあるんですよね。なので、明日死んでも良くなくなってきたんですよ。

加藤 朝彦

それは仲間が増えたから?


国松 祥治

そうですね。仕事でもプライベートでも。
そういう人達との繋がりが増えてきたら、明日死んだらダメになったんです。そうすると“明日死ぬかもしれない感”を以前ほど持てなくなってきました。

加藤 朝彦

それが薄まることで増える感情ってありますか?


国松 祥治

それは、もう…愛です(笑)

加藤 朝彦

愛をもう少し具体的に言うと、どこに向いてる愛ですか?


国松 祥治

人とか、人が集まるコミュニティとか。

加藤 朝彦

コミュニティも人の集まりですもんね。


国松 祥治

そうですね。たとえばサイカに関して言うと、サイカのメンバーやパートナー、サイカのツールのユーザーの皆さんなどなど、個々人に対する愛もありますけど、そういった人達の集合体であるコミュニティが持つ空気感みたいなものに対する愛もありますね。

加藤 朝彦

人に気持ちが向いているのは、昔の反動?


国松 祥治

それもあるかなと思います。結局、当時の人間不信も中二病みたいなもんだったなと思うんです(笑)
実は人に愛されたい欲求をすごく強く持っていたと思うんです。でもそれを状況が許してくれなかったのかなと。
「愛されないんだったら、自分が全員きらいになってやる」っていう屈折した感情。

加藤 朝彦

なるほど。


国松 祥治

でも幸いにして僕のことを愛してくれる人がいて、当時は願っても手に入らなかったものが、いまはある。

加藤 朝彦

その感覚はビジネスをする上でも大切にしていますか?


国松 祥治

大切にしたいと思っています。そういう関係性を築くのは難しいですけど、築けると嬉しいです。

加藤 朝彦

それはクライアントに対して。


国松 祥治

クライアントもそうですね。

加藤 朝彦

そういう関係を築くのに気をつけていることはありますか?


国松 祥治

ロールモデルは「ドラえもん」のジャイアンとのび太の関係性ですね。(笑)
ドラえもんって、日常的には「のび太 VS ジャイアン(&スネ夫)」の構図を基礎としてストーリーが展開していくじゃないですか。
でも、映画版とかで日常の枠組みを超えた強大な敵が現れると、普段は敵対関係にあるジャイアンがのび太の側について、「のび太&ジャイアン VS 強大な敵」という構図になりますよね。
ここから得られる示唆は、同じ敵や困難を共有すると人の関係性は深まりやすい、ということです。
これはプライベートでも仕事でも意識していて、たとえば仕事に関していうと、ただのツール提供者としてクライアントに接していると、クライアントとの関係性はなかなか深まっていかない。
でも、ツール導入の目的となっているクライアントの課題にまで踏み込んで伴走するようにすると、ただのツール提供者ではなく、同じ課題に立ち向かう仲間になるので、関係性が深まってゆく。

加藤 朝彦

そういう仲間を増やしてゆきたい?


国松 祥治

そうですね。名古屋のクライアントであれば、名古屋に“仲間”がいる感じですよね。
最近思うのは、それが広がっていって、日本中、世界中に仲間がいるようになったらいいなって思うんです。

加藤 朝彦

それは今後のご自身のビジョンにもつながる?


国松 祥治

そうですね。

加藤 朝彦

今後どうしていきたい? ずっとサイカにいるんですか?


国松 祥治

今のところ、サイカを離れるイメージはあまり無いです。

加藤 朝彦

サイカをこうしていきたい、というのはありますか?


国松 祥治

個人的には最近、組織の内側に目が向いてるんです。サイカのメンバーが増えてきたことで、創業当初からあった“サイカの空気”みたいのが少し変わってきているなと感じています。それは自然な流れですし、悪いことではないと思います。
でも、そういう初期の“サイカの空気”みたいなのもしっかりと残していきたいなという思いもあるんですよ。それを残していけるとしたら、創業からサイカにいる僕の役目なのかなって感じています。“サイカらしさを残す”というのは、僕のテーマのひとつだと思っています。

小さな成功を積み重ねることで生まれる自己肯定感。

加藤 朝彦

国松さんは才能開花をどう捉えていますか?


国松 祥治

うーん。自己肯定感でしょうか。

加藤 朝彦

自己肯定感?


国松 祥治

誰でも落ち込んだりくすぶったりする時ってありますよね。そして、それが悪化すると精神を病んでしまったりする。
自分の過去の体験から、人がそういう状態に陥ってしまった時の対処法は、小さな成功を重ねることだと思っています。
ホントに小さなことでも、何か一つでもやり遂げることができた時に「自分、意外とやれるじゃん」って自分を認めることができて、そしたらまた次のチャレンジに迎える。
まぁ別に病んでるところ起点じゃなくていいんですけど(笑)、そうやって小さな成功を積み重ねることで、大きな成功も狙えるようになって、大きな成長に繋がっていくものかなと思っています。
結局は世界を定義するのは自分の価値観でしかないので、世の中が天国に見えるか地獄に見えるかは自分次第。自分が変われば世界は変わると考えると、才能開花は自己肯定感じゃないかなと思います。

インタビューを受けてみて

国松 祥治

「愛」って11回言ってますね。あと、「平尾」って9回言ってますね。完全にキモい奴ですね。
ちなみに、この長い長いインタビュー記事をここまで読んでくれる人がいるとしたら、その人のことも愛してます。

インタビューされた人


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