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ドラえもんに出てくる“空き地”を作りたい

コミュニティリレーションズ本部に所属する加藤朝彦。「サイカのファンを増やす」というミッションを掲げ、XICA-Academyなどコミュニティ作りや本記事が掲載されているオウンドメディアのディレクションを担当している。かくいう私も加藤さんのお誘いでインタビュー記事制作を担当することになる。加藤さんはサイカの窓口的存在なのだろう。デザイナーとしてキャリアをスタートし、現在はその枠を飛び越えサイカファンを増やすためなら何でもするというオールラウンドプレーヤー。

その想いの奥底には彼を育てた人と北海道という土地、上京してからの出会いがあった。彼の話を聞いていると、大切にしている人を思い出す。人と人をつなげたいという滲み出る想いは、彼が受けた愛情への恩返しなのかもしれない。

ドラえもんに出てくる“空き地”を作りたい

人と人とをつなげたい

岩崎 裕司

加藤さんの人生を変えた大きな出来事を教えてください。

加藤 朝彦

幼いころに社宅に住んでいたんですけど、そこでは年齢関係なくみんなで一緒に遊ぶ機会が多かったんです。紙芝居とか人形劇、鬼ごっこ、学校ごっこ。運動できるお兄さんが小さな子に運動を教えたり、音楽ができるお姉さんがみんなと一緒にリコーダー吹いたり、それがすごく楽しくて、そういう場を作りたいなという想いがずっとありました。よく「ドラえもんに出てくる“空き地”を作りたい」と言うんです。のび太とかジャイアンって学校帰りに「じゃあな」って遊ぶ約束もしないで家に帰るのに、あのドカンのある空き地に集まるじゃないですか。そういう“約束もしないで誰でも気軽に来れる場所”っていうのを作りたいんですよね。

加藤 朝彦

もうひとつのエピソードは、大学3年生のときのゼミです。僕の通ってた学部では年間を通して雑誌を作るという課題がありました。企画から原稿作成、デザインや印刷所の選定まで全部学生がやるんです。僕はもともと編集がやりたかったんですが、作業していくうちにデザインが楽しくなってきて。そのゼミの講師がデザイン事務所の社長だったんですが、毎日のようにそこで作業しているうちに「うちでバイトしないか」と声をかけてもらって、大学3年生の終わりごろからバイトし始めたのがデザイナーとしてのキャリアのスタートでした。
卒業後、その会社に就職したのですが、3ヶ月後にその縁を作ってくれた社長が亡くなってしまったんです。そのときに「いつ何が起こるかわからない」と強く感じ、何か変えなきゃと思って会社以外にも仕事を受けたみたり、“空き地”を作りたいという想いに共感してくれた友人たちと小さいコミュニティを作ってみたりしました。受け身じゃなく自分からアクションしようと意識を変えるきっかけでした。そうやっていろんな人と出会ったなかで、今でもすごい可愛がってもらってる尊敬する映像ディレクターの方と知り合ったんです。ほんといろんな人を紹介してくれたり、たくさん学ぶことあったんですが、そのなかでも忘れられないことがあります。僕が当時在籍していたデザイン会社にいることが成長に繋がるのかモヤモヤしていたら、その方に「もっと自分のやっていることに誇りを持ったほうがいいよ」と言われたんです。それからは目の前にある仕事に真剣に向き合うようにしたんです。出会いのなかで圧倒的に勝てないと思う方と出会ったときがターニングポイントになってる気がします。


加藤 朝彦

あともうひとつが、サイカに入るちょっと前の話なんですけど、MeMe Design Schoolというデザイン学校に通ったんです。そこではデザインのテクニックよりも「なぜ僕らはデザインをしなければいけないのか」ということを教えてくれました。第一線で活躍しているデザイナーや編集者、評論家の方が講師できてたんですけど、いろんなアプローチからデザインを学んでいくなかでデザインのあり方を考え直すキッカケになりました。ビジュアルでコミュニケーションするだけじゃなくて、仕組みを作ることに興味が出てきたんです。社会のシステムを変えてみたいなって思ったときに、たまたま平尾からサイカに誘ってもらい、チャレンジできると思って入社しました。

岩崎 裕司

ターニングポイントすべてを通して、人とのご縁が聞こえてきます。人とのご縁で大切にしてる想いとかありますか。


加藤 朝彦

この人に負けたくないっていう感情は昔はありました。何もできないし、勝てないんですけどね(笑)最近はそういう感情ではなく、いかにお互いの良さを組み合わせて良いものできるかなと考えることが多いですね。

岩崎 裕司

負けず嫌いだったんですね。今は圧倒的に勝てないと思う人に会うとどういう感情になるんですか?


加藤 朝彦

参考にしたいっていうのはあるんですけど、それはその人にしかできないし、僕には僕のやり方があるんだなって思ってますね。

岩崎 裕司

「僕には僕のやり方がある」っていい言葉ですね。具体的にどんなところとかあるんでしょうか。


加藤 朝彦

具体的に説明するのは難しいんですが、スキルよりも想いの部分ですね。どれだけ愛情を持てるかという。スキルは全然ないですけど、向き合っているものに対する想いは負けないと思っていて、この想いを具現化できれば自分にとって強みになるし、どこに行っても通用するんじゃないかと。技術じゃなく想いの強さというのが自信につながるところだと思います。

岩崎 裕司

逆に言えば、この人には負けたくないと思っていた時期は想いに関しても自信がなかったと。


加藤 朝彦

そうですね。当時は、自分自身に意識が向いていなかったんだと思います。かっこいいことやってみたいとか広告賞取りたいとか…結果として評価されるものを求めていたのかなと。他者の評価で自分の評価が決まっていると思っていたんです。

岩崎 裕司

今では、その価値判断が芯がご自身の中にあるわけですね。


加藤 朝彦

自分がやりたいことを達成することができたら、あとからきっと評価に繋がるんだろうなと思います。自分が本当にやりたいことを実現させることや意志を持って進むということを大切にしてます。

岩崎 裕司

なるほど。その価値基準について教えていただけますか?


加藤 朝彦

ひとつは手の届く範囲っていうことだと思います。デザイン事務所にいたときもそうだったんですが、不特定多数の人に向けたものではなく顔がわかる人を想像してアプローチするのが好きなんです。手の届く範囲の人たちを楽しませたい、幸せにしたいんだと思います。


岩崎 裕司

社会へのインパクトというより、真っ先に喜ばせたいと思うのは目の前にいる人に対してなんですね。いまの話を聞いていると、手触りだとか温度感が近い人たち同士をつなげたい、そこをコミュニティ化していくというところに想いがあって、それは誰にも負けないというのを感じます。

ドラえもんに出てくる“空き地”を作りたい

幼少のコミュニティ、憧れのコミュニティから生まれた、コミュニティ作りへの想い

岩崎 裕司

デザイナーとしてキャリアがスタートして、普通ならデザインの道を極めると思うんですけど、そうならなかったのには何か転機があったからなんでしょうか。


加藤 朝彦

そのきっかけとなったのは2010年、社会人2年目のときですかね。同世代のクリエイターを集めてモノづくり集団を結成したんです。自分で言うのも変ですけど、僕はどんなモノでもある程度のクオリティまでは作れるんですよ。ただ、圧倒的にすごい人って120%のモノが作れるじゃないですか。そのとき集まったメンバーがみんなそんな感じで、それを目の当たりにしたときに僕には絶対真似できないって感じたんです。それでスペシャリストになるよりジェネラリストになろうと。自分はモノを作るより人を集めたり繋いだりする方が向いてるし、そっちのほうが楽しいなと思ったんです。その集団はみんなあまりにもみんな個性が強くてまとめられなかったんですけどね(笑)

岩崎 裕司

人と人をつなげるというところにずっとアンテナがあったんですね。


加藤 朝彦

高校の頃にtomatoというイギリスのクリエイティブ集団に憧れてたんです。underworldという音楽ユニットが所属してたりアーティストやデザイナーがいるような集団で、underworldが楽曲を作ればデザイナーがCDジャケット、映像クリエイターがMVを作るようなチームなんですけど、そういう集団を作りたかったんです。大学に入った理由もtomatoを作りたかったから。他の美大ではなく日芸(日本大学藝術学部)を選んだのは、学べることの幅が広かったからでした。文章を書く人もいればデザインや写真、映像、演技を学んでいる人たちもいるし、そういうなかでクリエイティブ集団を作りたいなと思って。それも原体験に繋がっていて、幼いころに紙芝居をストーリーから作ったりするなかで、みんなで作ることに楽しさを感じていたんだと思います。そして、そういう場を作りたかったんです。

誰でも気軽に集まれる場所をつくりたい。

岩崎 裕司

話のなかでいくつかコミュニティづくりに失敗したとおっしゃってましたが、それでも人と人をつなげようという想いが強くなるのはなぜでしょうか。普通悔しい思いをしたら匙を投げたくなるじゃないですか。


加藤 朝彦

それは、手段として選んでいないからだと思います。手段としてコミュニティを作ることが大事だとは思ってたら、失敗したときにやめると思うんですよ。そうじゃないから悔しいなって思っていても、次はどうしたらうまくいくんだろうと考えるだと思います。

まだ見ぬ子と先祖、育った土地に還元したい

岩崎 裕司

これから誰のためにどんなことのために人生を使っていこうと思いますか。


加藤 朝彦

僕は北海道出身なんですけど、育ててくれた土地に自分自身を還元したいという想いはあります。上京してくるときにある友だちと約束したことがあって…その子は地元に残って「わたしはみんなが帰ってくるときのために受け皿を作っておく」と、僕は「東京で得たものを北海道に還元する」という話をしたんです。それを実現させたい。あとは、それらを将来生まれてくるだろう自分の子どもに還元したいかなと思います。

岩崎 裕司

何のため誰のためでいうと、地元であり、仲間であり、そして自分の子ども。


加藤 朝彦

自分を形作ったものへの想いが強いんです。仲間だとか家族、先祖に支えられて生きているという感覚があるので、それらに対して自分自身を還元できたらいいなとは思ってます。次の世代への還元っていうのは、僕自身が両親にしてもらったことなので、それを自分の子どもにもしてあげたいですね。

岩崎 裕司

土地、先祖までというのは加藤さん独特の感覚だと思います。自分が育ててもらった故郷という想いを強く感じます。


加藤 朝彦

そうですね。祖父母はすごく意識してます。好きだったんですよね。父方の祖父母も、母方の祖父母も。頑張っている姿を見せたいのかなっていう。もうすでに祖父母は亡くなってしまっているんですけど、今でも命日には両親に連絡をいれますね。「今日はおじいちゃんの命日だね」って。割と古い感覚を持っているのかもしれません。長男っていうのもあり、「墓守もしなきゃいけないし、彼らをその土地にいさせてあげたい」っていうのは心にあるのかもしれないですね。

サイカをコミュニティのハブにしたい。

岩崎 裕司

いま加藤さんはサイカでどんなことをされているんですか?


加藤 朝彦

ざっくりというと、「サイカのファンを増やす」ことです。そのためにできることはなんでもやっています。サイカの社名の由来は「才能開花」なのですが、「自分自身が才能開花し続けて、周りの人の才能開花を支援する」というのがサイカが目指したい世の中なんです。そのためのWHYや原体験、自分の奥底にあるエネルギーの源泉や可能性に気付くきっかけを提供したいと思っています。WHYを起点にアクションし続ける人が、自分がプロフェッショナルだと思える分野で才能を発揮できる世界を作りたいし、その人たちがお互いに助け合って世の中を動かしていく…そのハブにサイカがなれればいいなと思っています。才能開花ってひとりではできないと思うんですよね。なので、そこをサポートし合える環境を作りたい。それがコミュニティリレーションズ本部のミッションであり、僕がサイカで実現したいことです。

岩崎 裕司

具体的にはどのようなことをやられるのですか?


加藤 朝彦

入口にあるのは、このオウンドメディアだと思っています。ここでは「自分の才能や可能性にどう向き合い、どんな想いでアクションし続けているか」という内面のことと、実際に取り組んでいるアクションを紹介するメディアを作りたいと思っています。そして、それを面白いと思ってくれた人たちがリアルに集まれるコミュニティを作りたいと思っていて、それがXICA-Academyだったり現在構想しているXICA-Loungeです。


加藤 朝彦

共通の想いや関心で集まった小さいコミュニティをたくさん作り、それをつなげることをコミュニティリレーションズ本部でできたらと思っています。XICA-Academyで学び合いながら、小さいコミュニティのコアになる人物を見つけ、共に成長していきたいですね。そのコアな人物を中心にすれば、すごく熱量が高いコミュニティができると思っていて、ひとつひとつは小さいかもしれないけど、それらがまとまれば大きなコミュニティになっていくと思います。サイカの才能開花という想いが中心にあって、その周りでコミュニティの活動が広がっていくイメージです。

誰でも気軽に集まれる場所をつくりたい。

才能開花とは

岩崎 裕司

加藤さんにとって才能開花っていうのはどういう状態ですか?


加藤 朝彦

“なりたい自分”と“実際の自分”が合致した状態、その一致感が才能開花した状態だと思っています。ただそれがもし合致したとしても、きっと新たな“なりたい自分”が見つかると思っていて、それを探求し続けるということなんだと思います。WHYを持ちながらアクションし続ける状態が大切なんだと思います。

岩崎 裕司

そこを明確にし、アクションし続ける状態が才能開花と。


加藤 朝彦

つい最近までWHYを見つけられていなかったんです。それまではとにかくがむしゃらにアクションしていたんですけど、そのアクションがあったからこそ自分の想いに気付けたのだと思ってます。


岩崎 裕司

すべてのアクションは無駄にならないということですね。本日はありがとうございました!

取材を受けてみて

加藤 朝彦

いままでいろいろ考えや想いが変わっているからこそ今の自分があると思ってましたが、根底には幼いことからずっと一貫した想いがあることを再確認できました。そして、改めて僕はまわりの人や環境に恵まれてるんだなと思います。