社員紹介

山田 裕嗣 代表取締役COO

2006年上智大学文学部心理学科卒業。人事・人材開発領域のコンサルティング会社、大手IT企業のHR部門を経て、2012年11月より株式会社サイカに取締役として参画。2013年6月より代表取締役COOに就任。

インタビュー

多様性のある働き方ができる組織を目指す

サイカのCOOを務める山田裕嗣。2013年5月末日、代表取締役COOに就任し、同日に父親になる。それまでは「自分のできるを増やすために生きてきた」という。
インタビューをして印象に残っているのは、彼の言葉を通して感じる「自身ではない誰か」。いま、彼の頭をいっぱいにしているのは会社のこと、家族のこと、関わってきたすべての人のこと。
転機や変化により、自分を深いところで知り、生きやすくなったという自身の経験があったからこそ、人に与えられる転機、変化の重要性を強く思う。動的な才能開花を目指し、今日も関わるメンバーの思いを見つめる。

色んな変化を提供されて今がある

ちゃんとしている自分を守らなくてもいいんだ

岩崎 裕司

山田さんの人生に大きな影響のあった出来事はなんでしょうか?


山田 裕嗣

5歳の頃からアメリカに4年ほど住んでいた経験があるんですが、帰国した後は「アメリカから来た転校生」というラベリングをされてからかわれていたんです。それが、中学に入って学力テストで1番を取ったことで、「何してもできる子だよね」っていう新しいラベルを貼られたことがきっかけで、「ちゃんとしている自分」でいることが評価を受けると思うようになったんです。そこから、高校・大学、社会人になっていろんな人と出会うなかで、自分が変わっていったんですが、中学のときの考えがとても強くて、それを壊すのに時間がかかりました。

岩崎 裕司

環境が変わって色んな人と話していくなかでそのラベルを壊していったんですね。


山田 裕嗣

高校時代は同級生たちと「人って何を考えるんだろう」と変な問いを立てて議論してたりしていました。そういう友達を周りに持ったときに、人の心理を考えるのが楽しいなと思い、大学は心理学を専攻しました。その延長で、社会人では大企業や組織の人がどう変われるかを考えながらソリューションを提供する仕事をしていていました。過去の自分はどうだったんだと考え始めたのはここ五年とかだと思います。

岩崎 裕司

人の心理を考えることが楽しいと続けてきて、自分のことを改めて考えるという転機みたいなところはあったんでしょうか。


山田 裕嗣

ひとつの大きな転機は、組織とは関係ないところでできた仲間たちと開いている勉強会で合宿を行ったことです。その合宿で、自分たちはどういう人生を歩んできて、自分は何が大事でということをディスカッションし、合宿の最後に“なりたい自分”を発表し合ったんです。合宿の1日目の夜に半日かけてやったことを発表する時間があって、アウトプットするためにもちろん準備していたんですけれど、自分の目の前で発表していた方が自分が超認めたくない嫌なことをしゃべっていて、その場で影響をうけてしまい、準備していたものをまったく使わずその場で思ったことだけを喋るということをしたくなったんですね。半日分の成果を無視して、その瞬間に出てきた想いは「人から必要とされたいんだ」ということでした。裏を返せば、必要とされなくなるのが怖いんです。それを初めて周りに言えたことで、自分を守らなくたっていいんだと思えました。それまでは、「評価される自分はちゃんとしている自分」という想いがあったので。

岩崎 裕司

最初に入った会社からサイカにジョインするまでに一度転職されたと伺ったのですが、どのタイミングがきっかけだったのでしょうか。


山田 裕嗣

もうひとつ転機になったのは、社会人4年目のときに訪れた母の死でした。そのときに自分ってなんだろうとかいろいろ考えたんです。それで、好きなことやろうと思ったときに、会社以外の人たちとの付き合いを始めて、アクティブに動き始めて、仕事も違うことやりたいなと思いがあり、GREEに転職しました。

色んな変化を提供されて今がある

岩崎 裕司

そうなんですね。転職先としてGREEを選んだ決め手はなんだったのでしょうか。


山田 裕嗣

新卒で入った会社では組織作りを“外から”支援していたんです。でも結局、自分で何もしてないので、自分の専門性とか付かないよなと感じてしまったんです。当時のGREEは採用に力を入れていた時期だったので、内部から組織作りをするにはすごくいい経験ができるんじゃないかと思ったんです。

岩崎 裕司

その後、サイカへはどういうタイミングで参画したんでしょうか。


山田 裕嗣

代表の平尾とはサイカを創業するだいぶ前から、「創業したいんです」と相談を受けていたんです。最初の会社で新規事業に関わっていたので、たまに飲みながらアドバイスをしていました。それから1年ほど“外部の人”として手伝っていたのですが、このタイミングで手伝わなかったらこの会社本当に大丈夫かなと思ったのと、人生のこのタイミングでこういう環境に飛び込まなかったらもうやらないだろうなと思ったんです。10年来の付き合いというのもありましたし、組織内に入って一緒に手伝おうかと、12年11月にサイカに入りました。

父になった日

岩崎 裕司

サイカにジョインしてから4年が経ち、やるべきこと、役割、立場は変わっていると思うのですが、そのなかで自分自身のやりたいことはどう変化していったのでしょうか。


山田 裕嗣

サイカに入るまでの仕事に対するモチベーションって、「自分ができることを増やしたい」とか「自分の好奇心を満たしたい」とか、自分がどう変わるんだろうと仕事をしていました。サイカに入ると決めたときも、このタイミングとこの環境で、業務全般をすべてやらなくてはいけないというところに行ったら「自分のできること」が増えるだろうと。自分のキャリアのなかでそれは良いことだと決められたので飛び込めたのかなと思っています。

岩崎 裕司

サイカに入ってからはどういう風に変化していったのでしょうか。


山田 裕嗣

サイカ入って半年ほど経ってから、自分のキャリアを考えることって意味ないんだなと当たり前のように気づきました。会社の全責任を負っている立場である以上、自分の将来とか考えていてもしょうがないし、そこで自分のできることが増えることを考えていても会社の成長には1ミリもつながらない。そうじゃなくて、一緒に仕事してくれている人たちもいるし、出資をしてくれている人たちもいるなかで、成功させることっていうのが1番重要なんだと。そういった環境にいるうちに自分がどう変わるなんてどうでもいいなって気づいたのは1個目の変化でした。そこから役割として、取締役という人が何をすべきか、会社がどうあるべきなんだろうというものだけを物凄く考えるようになったというのが、入ってから1年後ぐらいでした。

岩崎 裕司

サイカに入って1年後には、「自分のできる」より「会社のできる」にフォーカスを当てたと。


山田 裕嗣

会社の成長のために、自分の果たす役割ってなんだろうっていう逆算からしか考えなくなりました。

岩崎 裕司

自分の好奇心ではなく、ゴールから逆算していく。それはきっかけがあったのでしょうか。


山田 裕嗣

会社の代表になったんですよ。2013年の5月29日なんですけど、実はその日に娘が生まれたんです。父親になったのと、会社の代表になったのが同じ日というのがきっかけで、組織とか家族のために自分が何かをする人間なんだという自覚をするようになっていて、「家族のために何かをする自分と、会社のために何かをする自分って結構一緒じゃん」という思いができました。

色んな変化を提供されて今がある

人が変化できる「組織モデル」を考える

岩崎 裕司

山田さんの今やりたいことってなんでしょうか?


山田 裕嗣

自分のことをより深く知れたことで、フッと楽になったり生きやすくなったというのが体感としてあるので、人が変化できる支援をしたいと思っています。職責として個人の働き方とかをセンシティブに考えているんですけど、問題意識であるのが「企業に所属するとなった瞬間に、何で変化できなくなるんだろう」ということです。

岩崎 裕司

「組織の中だと変わることができない」というのは山田さんの経験から感じてたことなんでしょうか。


山田 裕嗣

自分自身で、そういう組織を体験したことはないですね。少なくとも会社以外の仲間と関わるなかで変われたとか、転職で多少は見る世界が変わったっていうところを受けて僕は変われたと思っているので、同じところに居続けて変化できるってリアリティがないんです。

岩崎 裕司

会社に居ながらにして、山田さんが経験したような仲間とのかかわりで今まで苦しかった部分がフッと軽くなるとか、そういうことができる組織を実現したいと。


山田 裕嗣

そもそも企業がそんなことを扱えると思っていなかった、というのが正直なところです。もちろん、「仲の良い同僚」とか「同期」とか、組織を離れた個人対個人の関係で色んな話がしやすい、というのはありました。ただ、それが組織の文化だったり、日常の仕事だったり、というレベルで実現している、というのはリアリティが持てていないですね。

岩崎 裕司

平尾さんのインタビューでも「人」というフレーズが多く出てきて、サイカという組織のメンバーは人に対する思いって強いのかなと感じます。山田さんの考える「サイカっぽさ」ってどういうことでしょうかね。


山田 裕嗣

人に期待できることじゃないですかね。「もっと良くなるよ」と人に対して言えるし頼れること。こういう部分ってロジカルに整理しきれないんですよね。でもそれを過剰なまでに真面目に扱えるっていうのがサイカっぽいなと思います。

色んな変化を提供されて今がある

個人の思いと多様な働き方

岩崎 裕司

サイカで今後チャレンジしたいことはなんでしょうか?


山田 裕嗣

人の意志ありきで仕事ができる組織になりたいなというのがあります。株式会社なので成長はしなくちゃいけないんですけど、「組織の成長」と「人の意志を大切にする」というのは対立概念じゃないと思っていて、そこが両立できる組織を目指したいです。

岩崎 裕司

それを実行するにあったての仕掛け、仕組みとかっていうのはありますか。そこがどの企業も悩んでる部分だと思うんですけど。


山田 裕嗣

彼は何したいんだろう、どういう仕事をすれば彼の将来にとって意義があるんだろう、と思い描く努力はしています。例えば、あるメンバーが何かやりたいことがあって、今やっている仕事を3ヶ月離れたいとします。そのときに3ヶ月穴を埋めてくれる他のメンバーや外部のパートナーがいればいい。それくらい働き方が多様になっている環境だと、個人の想いに向き合えるのかなと。長い目で見たとき幸せになると考えています。そういう意味でも、働き方の多様性は、いわゆる「正社員」という無期限の雇用契約にこだわらなくて良いようにしていきたいですね。


岩崎 裕司

今後は個人の思いをベースにメンバーのやりたいことができる、雇用のあり方や働き方の多様性を整える環境を作っていきたいということですね。

才能開花とは

岩崎 裕司

山田さんにとって才能開花とはどういう状態で、才能開花ってどのようなものかとういうのをお聞きしたいなと思います。


山田 裕嗣

ひとつは、自分自身の生き方の納得感が必要だなと思っています。僕のなかでもまだまとまりきれてはいないんですけど…。個人の想いを大切にすることは重要なんですが、それだけではダメだなと感じています。結局は社会につながらないと、自己満足で終わってしまう。自分の想いによって世の中にプラスになることができるようになって初めて意味があるのかなと考えています。だからといって、社会的に評価されなければならないというわけではないんです。自分のWHYと組織のWHYが繋がって動いていけることかなと。

岩崎 裕司

その人の個人の自覚や納得感といった内面の部分でもあり、社会への影響といった対外な面もあると。


山田 裕嗣

開花って瞬間的なものではなくて、その過程全体だなと思います。僕のイメージでは動的なんですよね。スナップショットではない。例えば、イチローの才能開花って200何本安打を達成した瞬間ではないですよね。続けることで結果は出るかもしれないし、出ないかもしれないけれど、そこに自分なりに意味を持って向かっていることがすごく重要なのかなと思っています。


岩崎 裕司

山田さんにとって才能開花は「動的なもの」で、向かっている自分自身への納得感が重要あると。そして、社会へのインパクトにつながるということですね。本日はありがとうございました。

取材を受けてみて

山田 裕嗣

サイカっぽさって何?と突然聞かれたときに、「人に期待できること」というのが咄嗟に口から出てきた、というのが自分自身では印象に残りました。その言葉はきっと温かくもあり、厳しくもあります。それを自分自身が誰よりも体現できるようになりたいなと改めて思います。