社員紹介

林 努加 Engineer

2010年北京大学心理学部を卒業し来日。2013年東京大学学際情報学府修士課程修了。システム開発会社でシステムエンジニアとして従事後、サイカの価値観を尊敬し2016年11月よりサイカへジョイン。

インタビュー

目指すべきは「人に希望を与えられる存在」

今回のインタビューはサイカ唯一の女性エンジニアの林。今までやったことのない技術にも自ら精力的に取り組み楽しんでいる。彼女は中国で生まれ、ニュージーランド、日本と様々な国で生活をしている。感性が非常に豊かで人としての魅力にあふれた彼女のターニングポイントに触れつつ、今後目指すべき姿を聞いた。

目指すべきは「人に希望を与えられる存在」-01

いま仕事していてすっごく楽しい!

下城 可奈

現在の業務内容を教えてください!


林努加

いまはエンジニアをしています。XICA magellan(以下:マゼラン)の機能や
見た目の編集をしています。

下城 可奈

主にフロント寄りですか?


林努加

フロントもバックも両方やってます。

下城 可奈

どんなページを担当しているの?


林努加

マゼランは大きく3つの画面があります。ダッシュボード画面・ナビゲーション画面・プランニング画面。
入社当初はプランニング画面を触って、その後ダッシュボードをやり、いまはナビゲーション画面のコードの修正等をやっています。近いうちにまたプランニング画面に戻る予定です。

下城 可奈

それぞれの画面をバランス良く触っているんだね。


林努加

そうですね。3つの画面を少しづつ触っている感じです。

下城 可奈

前職とは使用している技術が違うんだよね?


林努加

そうですね。技術の部分はいままで使ったことないものがほとんどなので周りに聞いたり、検索したりしながら頑張ってます。サイカのサービスは複雑なので、そこに対する勉強も発生しています。

下城 可奈

大変そうだけど、いま仕事していて楽しい?


林努加

すっごく楽しい!!

下城 可奈

良かった!どういうところが楽しいと感じる?


林努加

前職のときは開発だけでなく仕様書を書いたり、資料作りに割く時間も多かったんです。テストの結果の資料とか。私はもっとプログラミングがやりたかったので、いまは毎日自由だしやりたいことやっているのでとても楽しい!

下城 可奈

入社して5か月だけど、5ヶ月経ってみてどうですか?


林努加

この期間はあっという間でもあるし、なんだかずっと前からここにいたような安心感もあるんですよね。エンジニアのペースもしっかり考えてくれてるし、居心地が良いんです。

下城 可奈

同じ部署の周りの人達はどう?


林努加

もう、全員良い人(笑)みんな優しいし、頭も良いので本当に助かっています。

目指すべきは「人に希望を与えられる存在」-02

日本が私を救ってくれた

下城 可奈

そんな林さんですが、人生における大きな転換点と言われたときに思い浮かべる出来事はありますか?


林努加

あります!いくつかあって、1つ目はニュージーランドに住んだことですね。私が移住する数年前に、仕事で父が先に住んでいたのですが、その後母も父の元に行くことになって。当面は祖母に育てられていたのですが、その後私もニュージーランドに住むことになって移住しました。

下城 可奈

生活スタイルから何からガラッと変わるイメージですが、馴染むのに時間がかかったんじゃないですか?


林努加

たしかに、アジア圏ではない、全く異なる文化の中で生活することになったのですが、そのときは意外とすんなり馴染めたんですよね。まだ幼かったというのがとても大きかったんだと思います。

下城 可奈

その時点ですでに英語を話せたんですか?


林努加

いえ(笑)言語は分からなかったです。なのでそこはとても苦労しましたね。
ただ、この時期に話せるようになったことはそれ以降の人生に良い影響になったので良かったと思っています。

下城 可奈

そもそもですが、お父さんが先に海外に行かれたのは仕事で?


林努加

そうですね。その当時の中国は海外で生活することが一種のステータスみたいなところがあったんです。私の両親の時代って、中国の社会においてたくさんの変化が起こった時期なんですよね。あくまで私の意見だけれどこの時期に中国には色々な価値観が流入してきて、ものすごく変化した時期なんだと思うんです。そんな中で両親も海外に住むことを決めたようです。

下城 可奈

そこからニュージーランドはどれくらいいたの?


林努加

3年間です。3年後に中国に戻ったのですが中国語は半分忘れてる状況で学校の宿題は半分英語で出していたんですよね(笑)

下城 可奈

ニュージーランドではローカルの学校に通ってたの?


林努加

そうですね。それこそ学校に行き始めた頃は何も分からなかったですよ。
私のお世話をしてくれる子もいたんですけど、そんなに長時間一緒にいなかったので、ほとんどは自力でどうにかしていました。周りの人が何を言ってるのかとか、それこそトイレがどこにあるのかとか。

下城 可奈

授業も分からないでしょ?


林努加

分からなかったです。挨拶されても答えられないレベルでした。

下城 可奈

その状況からどれくらいで普通に会話できるようになったの?


林努加

最初の1年はほとんど友達もいなくて。そこからなんでかは覚えていないんですけど、なんとなく1人だけ友達が出来たんですよね。私の英語名は「スーザン」なんだけど彼はわたしのことを「サブリナ」と呼んでいて(笑)「サブリナじゃなくてスーザンだよ」と伝えたかったけどそれさえもできないような状況でできた友達。同じクラスではなかったけれどよく一緒に遊んでました。
そこから1年後に中学校に通い始めて。中国では小学校は6年だけどニュージーランドでは5年だったんですよね。だから中国にいるよりも早く中学生になりました。母から聞いた話だと、その頃にはネイティブと変わらない発音をしていたらしいです。

下城 可奈

すごい!やっぱり幼いときに身につくスピードって速いんだね。


林努加

そうだと思う!当時覚えた英語の感覚はいまもずっと私の中に残っているんです。中国に戻ってからもすごく役に立ちました。いまでも英語で会話できるので本当に良かったと思ってます。いまは日本語を勉強しています(笑)

下城 可奈

思考とか習慣とかで欧米化された部分ってある?


林努加

伝統的な中国思考でも欧米思考でもなく中間に立っている感じかな。あまりどちら寄りとかはないですね。

下城 可奈

どっちが好きとかはあるの?


林努加

自分の中では、それぞれ違うは違うんだけど、根本は人間なのでそんなに変わらないと感じているかな。時と場合によって感じることは多少あるもののトータルでどちらが良いということはないかな。いままで特にそういった意識はしたことがなくて。それが自然な状態だったから。

下城 可奈

なるほど。林さんにとってはそれがデフォルトなんだね。


林努加

そうですね。それが当たり前でずっときているのでそうだと思う。

下城 可奈

1つ目の転換点も人生においては非常に大きいけれど、
他の転換点はどこになる?


林努加

時系列で言うと、次は中国の大学を卒業して日本に来たこと。いま考えると自分は非常に日本と縁があると思う。日本に来てから自分自身すごく変わったと感じています。

下城 可奈

どんなところが?


林努加

日本にいる数年間の中に大学院卒業や就職等、人生のターニングポイントがぎゅっと凝縮されているから。いままでの生活とは大きく変わりました。環境も考え方も。日本に来て、それまで生きてきた環境の中だけで把握していた世界以外の世界を知ったんです。日本で、ものすごく成長しました。日本が私を救ってくれたと思っています。

下城 可奈

どんな風に変わったの?


林努加

おそらくこれが直近の転換点になるのですが、私は1年前から更に成長し始めたと思ってるんです。

目指すべきは「人に希望を与えられる存在」-03

人生の意味を考え直したときにサイカと出逢った

下城 可奈

それって何かきっかけがあったの?


林努加

実は1年前くらいから、一旦足を止めて人生の意味を考え直しているんです。
その当時は、人生においてある程度の安定を得ていて、それはそれで幸せなことなんですけど、そうなった瞬間にその先がある程度見えてしまって。

下城 可奈

それまで必死に頑張ってきて色々と得た瞬間に立ち止まってみたんだ?


林努加

そう。多くの人はある程度の安定を手に入れた後に人生の意味を考え直すんだと思うんですね。私もそうで。そこが本当に私の人生において一番大きなターニングポイントになっているんです。

下城 可奈

立ち止まってみて何か見えた?


林努加

1年前から今日まででみると自分の中でたくさんのことが変わった気がしています。1週間とかの短いスパンで変わったわけではなく本当に少しづつじっくり時間をかけて前に進んだ感じ。

下城 可奈

それって自分で実感している変化?


林努加

そう。しっかり自分と向き合うことによって自分の気持ちや感覚をきちんと理解できたんですよね。そうなったことで確実に1年前の私よりいまの私のほうが強くなったと思う。すごく成長したし、物事の見方も多角的になったし。ダメな自分も認めてあげることが出来るようになったのはすごく大きかったです。

下城 可奈

本当にじっくり考え直したんだね。


林努加

本当に考えた。人生で一番考えた時期。
そうやって自分の人生を考え直しているときにサイカと出逢ったんですよね。
サイカと出逢う前の1年間は止まっていたけどサイカと出逢ってから進みだしたと思ってます。

下城 可奈

サイカとの出逢いがすごく良いきっかけになったんだね。
世の中には会社ってものすごくいっぱいあるけど、
なんでそんなにサイカだったの?


林努加

実は転職を考えたのはサイカに入るずっと前だったんです。ただ、その時点では自分が本当に何をしたいのか、何が出来れば幸せなのか分かっていなかったので、一度活動してみたけれど上手くいかなくて。いくつか会社も受けてみたけど中途半端だったので一旦転職活動自体をやめたんですよね。

下城 可奈

そうだったんだ。転職活動をやめているなかでどうやってサイカと出逢ったの?


林努加

転職活動を休止している期間もエージェントさんとは連絡を取り続けていて。色々ご紹介は頂いていたんです。そういった連絡をもらいながら自分のやりたいことだったり自分にとっての幸せはずっと考えていて。

下城 可奈

なるほど。考える中で答えはでたの?


林努加

1つブレない答えは出て。「一緒に働く人が大事」ということ。
ここは外せないなと思った。あとはやっぱりエンジニアとしてプログラミングをやりたいなと思って。

下城 可奈

だんだん思考が固まってきたんだね。


林努加

そう。そんなある日、エージェントさんからサイカの紹介メールが届いたんです。紹介されて実際に調べた際に、代表の平尾さんの「“どうしようもない悲しみ”をこの世からなくしたい」という言葉を見て、一気にサイカに惚れました(笑)

下城 可奈

あれはすごく良い言葉だよね。


林努加

そう。ものすごく共感したんです。そこから他の方々のインタビューを一気に読みました。一緒に働く人が大事な私にとっては社員インタビューの記事がとても重要だったから。

下城 可奈

読んでみてどうだった??


林努加

「ここにいるメンバーと働きたい!」と思った。社員インタビューで感じることは本当にたくさんあって。この人達と働きたいって本気で思いました。

下城 可奈

それはメンバーからしてもすごく嬉しいことだよね。他にマッチした点はあった?


林努加

ビジョン・ミッションもすごくマッチしました。これだけ多方面でマッチする会社は無いなと思って。縁もあって選考も上手くいって無事入社出来て。本当に良かったと思っています。

下城 可奈

そう思わせてくれる会社ってなかなか無いよね。林さんも幸せかもしれないけどサイカからしてもそう思ってくれる人が入社してくれて本当に幸せだと思うよ!


林努加

だといいな(笑)

下城 可奈

入社出来て良かったと思える会社と出逢えて、今後はどうなっていきたいとか何かイメージはありますか?


林努加

いまは答えは無いかな。ただ、サイカは本当の意味で未来の自分に対する第1歩だと考えています。いまはサイカで一生懸命働くことが自分の未来に繋がっていくと信じて日々頑張ってます。

下城 可奈

サイカは才能開花という言葉を大事にしているけど、林さん自身は才能開花という言葉をどう捉えてますか?


林努加

名刺の裏にも書いてありますが、私の才能開花は「To share hope」。この1年間ずっと大事にしている「希望はまだある」という言葉です。サイカのミッションは人に希望を与えるという意味も含んでいると思っていて、自分の目指している姿と重なる部分があるんですね。正直現時点で自分の才能をどう開花するか答えはまだないです。ただ、自分の人生で達成したいと思うことはあって、「人間を理解し、サポートしたい。人を助けたい。」という想い。最近自分で分かったことがあって。人間の生活は行動の連続であり、その中で時間に追われ自分を無くしていく場合が多い。ということ。日々生活している中でいまこの時点の自分と正面から向き合うことって実はすごく難しいんですよね。ただ私が一番重要だと思っていることは「今日私はここにいたい」「今日私はこれをしたい」という想いなんです。これらの積み重ねが未来に繋がっていくと信じたいんですよね。その先に自分自身が成長して人を助けられるような存在になっていれば、それが私にとっての才能開花なんだろうなと信じています。

インタビューを受けてみて

林努加

このインタビューを受けて思ったのは、「まるで本当の自分を洗い出すようなものだな」ということ(笑)インタビューしてくださった下城さん、そしてこのインタビューを読んでくれた皆さん、本当にありがとうございます!!!