自分の才能開花を波及させたい

今回のインタビューは、フロントエンドエンジニアの福田。コーポレート側のエンジニアとして、サービス制作など情報発信に携わる。自分探しの旅をしていた20代から、ライフワークと呼べる仕事に出会うまでの変化が興味深い。自由でありたいと願う気持ちと組織を自分事で考える姿勢、一見相反する価値観を持ち合わせている彼の、大切にしている思いを聞いた。

自分の才能開花を波及させたい-03

母の入院がウェブ開発にかかわるきっかけに

加藤 朝彦

今の仕事をされるようになった大きな出来事って?


福田 守

エンジニアとしてウェブ開発に携わるようになったきっかけは、20代後半のときに母が入院したことでした。そのときに、家族のいる九州に戻って再スタートを切ろう、と決断したことが一つのきっかけです。偶然、都内にあるオンラインゲームプラットフォーム大手の子会社が福岡にあって、そこで初めてエンジニアとしてウェブと関わらせてもらえることになりました。

加藤 朝彦

20代のときに東京にいらっしゃったときはエンジニアではなかったんですか?


福田 守

どちらかと言うとアルバイトやフリーランスみたいな感じで、なんとなくウェブの制作をしている人というか。ウェブデザイナー兼コーダーみたいな感じでした。

加藤 朝彦

もともとウェブデザインをやりたいと思ったきっかけは?


福田 守

望んでいたというより、それしかできなかったというほうが正しいですね。中学を卒業して、家業を手伝いながら趣味でイラストを描いたり、デジタル上で表現していたんですけれども、そのときに発表する場としてウェブサイトを作ったのがウェブとの出会いでした。その後、奥を深めたくなって専門学校に進学をして、2年ほどソフトウェアの扱い方やデザインの基礎的なところを勉強したんですけれども。ゲームデザイナーとかグラフィックデザイナーとか、自分の望む未来は当時実力不足で切り開けなかった。そのときに自分の持っている特別な専門性がウェブ制作の技術だったので、それを選んだ、という感じですね。

加藤 朝彦

専門学校を卒業してすぐ東京に?


福田 守

ではないです。近畿や中国、関東など転々としてますね。いろいろたどって結局、福岡に…。

加藤 朝彦

お母様の入院をきっかけに?


福田 守

そうですね、母の入院という出来事があって、九州の地に戻って再スタートを切りました。自分でも流れ者というかフラフラしていて、詳細な記憶が抜け落ちてるところもありますね。

加藤 朝彦

順番どうだっけみたいな?


福田 守

母の入院があるまでは自分の人生を真剣に生きていなくて、知らないうちに忘れちゃってるところが結構あります。逆に言うと、それ以降のことはすごく覚えてるんですよ。

加藤 朝彦

お母様が入院されたことが、それだけ強烈にいろいろ考え直すきっかけだったんですね?


福田 守

そうですね。20代の頃は自分探しの旅みたいな感じがあったんですが、あまり自立できていなくて。仕送りとか余計な負担をかけてしまったから、入院して手術するところまでなっちゃったのかな、とすごく反省しましたね。それまでは母も父も割と元気で。手術を受けて、何カ月も入院してリハビリも必要です、となったときに初めて、両親が健在なこと、産んで育ててもらったことへの感謝を認識するようになりました。そこで初めてきちんと自立しようって気持ちが芽生えたのかもしれないです。

自分の才能開花を波及させたい-02

エンジニアリングがライフワークに

加藤 朝彦

東京に出てくるきっかけってなんだったんですか?


福田 守

福岡でお仕事していたときに、マークアップエンジニアからフロントエンドエンジニアとステップアップしていって、成長する機会もたくさんいただいたんですけれども、自分が長く携わっていたサービスがある転換点を迎えることになり、行き詰まりというか閉塞感みたいなものを強く感じるようになって。30歳っていう節目の年齢も間近だったので、いろいろ考えた結果、一度外に目を向ける決断をしました。ただ、自分のライフワークっていうきっかけを与えてくれた事は、今でもすごく感謝をしています。

加藤 朝彦

そこの会社で、エンジニアリングが自分のライフワークだって思えたきっかけみたいなことがあったんですか?


福田 守

ありましたね。入社した直後に東京の本社に出張させてもらえる機会があったんですけど、そこでの人との出会いが大きかったです。皆さんこだわりを持ってすごく熱心に仕事されていて。あとは人を育てようとするっていうんですかね。

加藤 朝彦

そういう環境に身を置いて仕事することで、エンジニアっていう職業が楽しくなって、これはライフワークだと思えた?


福田 守

そうですね。人を育ててくれる環境にいられたことや、メンターのエンジニアの方がいらっしゃったこと。あとは自分の手で自分の内の世界をアウトプットするところが、イラスト、創作活動と一緒だなと気付くことができたっていうのも大きかったです。

加藤 朝彦

それまでウェブサイトを作っている間は、自分の手を通して自分の内のものを外に出すっていう感覚はなかったんですか?


福田 守

なかったですね。お客さんが希望するものに合わせて形を作って、それを確認してもらって、OKだからそれを作る、みたいな。要はウェブの制作ではあったんですけれども、自分事ではなかったというか。

加藤 朝彦

それが自分事になるタイミングってあったんですか?


福田 守

会社組織を自分事化することは、実家が自営業でお店をしていてよく手伝っていたので、組織と自分の仕事に対して、境界がもともと薄いのかもしれないです。会社の仕事は自分の仕事、働くことイコール自分事、みたいな。

加藤 朝彦

それはご両親の姿を見てるからこそ・・・?


福田 守

そうですね。そういう下地があった上でいろいろ経験していくたびに、会社だとなんだかうまくいかないんですよ。組織に対して自分や自分の仕事を評価してもらいたい気持ちが強くあって。大きな組織というと、大体そこで働く人たちは一つのピースとして見られがち。その人が見られるときは、どちらかというとその人の能力やスキルで、その人のバックグラウンドや内面ってあんまり重要視されないと思うんです。そういったところで空回りがあったのかなと今は思いますね。

加藤 朝彦

普通の企業にいたらそういう思いは実現されないですよね。それで東京に出てきて、サイカは2社目ですか?


福田 守

SIerの会社のあとSAPの会社に行って、サイカなので3社目ですね。

加藤 朝彦

そこでの変化っていうのは?


福田 守

ありましたね。福岡から上京して最初にお世話になったSIerの会社はウェブサービスやネイティブアプリを幅広く開発していて、それまでに無い新しい価値を自分たちで作っていくというビジョンに共感して入社を決めたんですが、そのアクションがなかなか起きないんですよ。初めは目を輝かせて変革するために行動を起こしていた人たちも、気力とともにその輝きがどんどんなくなっていって。そういった閉塞感が漂う状況で、果たして自分はこういうことするためにここに来たのかって考えるきっかけがあり、いろいろ考えた結果、自分の成長のためにSAPの会社に転職をしました。

閉塞感から次のステップへ

加藤 朝彦

閉塞感があるからこそ次のステップへという話は、福岡から東京に出てきたときもありましたよね。そう思うに当たって、自分の中で大事にしてるものはありますか?


福田 守

僕はもともと20代の自分探しの旅もそうですが、自由でありたいというのがまず一つあります。閉塞感というか、自由でない状態がすごく苦手なんです。そこにとどまる理由が見当たらないと判断をしたときに、外に目を向けるという感じですかね。

加藤 朝彦

なるほど。その自由でありたいっていう気持ちと、先ほどの会社組織を自分事化にするってことって、一見対立するような感覚なのかなと思うんですけど、それを両方持ち合わせてるっていうのは結構、珍しいなと思ったんですよね。


福田 守

自分の仕事が自分の組織の仕事であるからこそ、自分が自由であってもそれは組織の仕事というか。自分イコール組織で、ちっちゃな個人事業主というか。

加藤 朝彦

会社の中に福田さんっていう会社があるような?


福田 守

そんな感じです。なので、自分は自分の組織として、自分の仕事をしているって感じでしょうか。

加藤 朝彦

なるほどって思うことがたくさんありました。


福田 守

変な性格ですよね。

加藤 朝彦

そこで、またSAPの会社でいろいろ思うことがあって、次サイカにするという?


福田 守

はい。SAPの会社ではウェブベースのソーシャルゲームのフロントエンドエンジニアとして、クライアントサイドの開発をやらせてもらっていたんですけれども、ソーシャルゲームの世界ではウェブのフロントエンドエンジニアは仕事自体なくなっていくと言われて。とは言え、何かしらウェブのエンジニアとして組織に貢献することはできないかと相談したものの厳しい反応でした。また、当時は有期雇用だったこともあって先が見通せない状況に留まるよりも外に目を向けました。

加藤 朝彦

それでサイカに入ったと。サイカのミッションの才能開花という言葉に共感したと聞いたんですが、エンジニアの人に多い、技術や環境ではなく、ビジョンやミッションに共感したっていうのは、なにか理由があるんですか?


福田 守

自分自身が特定の技術において、何かを成し遂げたいという明確なビジョンがないからでしょうか。興味を惹かれる明確なビジョンがあって、それに対して自分が何か役立てるものがあるのであれば、そちらの方向で組織に貢献していくっていう考え方やマインドが強いですね。

自分の才能開花を波及させたい-01

自分の才能開花を波及させたい

加藤 朝彦

そういうふうにいろいろキャリアを積まれてきて経験をされていく中で、大切にしてる思いはなんですか?


福田 守

自分の才能開花、成長を周囲に波及させることですね。

加藤 朝彦

自分の才能開花をしたいっていう思いと、それを波及させたいっていう思いは、ちょっと違う思いだと思うのですが。


福田 守

自分の才能開花に関しては実体験に基づいていて。20代の後半で福岡に戻って自分自身と向き合うっていう決断をした事が、それまでドン底だった様々なものが好転していく成功体験のキッカケになったんです。それ以来、自分が思い描く理想の生活をしていくためには自分が才能開花、成長していく必要があるっていう考えを持つようになりました。もう一つの周囲に波及させるというほうは、自分が幼少の頃、実家のお店を手伝わせてもらっていたときの経験からきているものだと思います。

加藤 朝彦

そこはぜひもう少し詳しく聞かせてください。


福田 守

お店に立ってお客さんからありがとうって言われること、自分の行動が周囲に感謝されることが嬉しい、と思ったことが原体験としてあります。自分の持っているものを周囲に波及させることによって感謝されると自分も嬉しい。そういったことを大切にしたい、ってところから、自分の才能開花、成長を周囲に波及させることになっていきましたね。

加藤 朝彦

これからありたい自分って想像されてますか?


福田 守

ぼんやりしているんですが、自分が誇れる自分でありたいとは思っています。それと、子どもの頃の原体験もあって、どちらかというとBtoCのサービス作りに興味があります。顔の見える人に対して、何かその人が喜んでもらえるサービス作りというか、自分の技術を使ってそういう人たちに喜んでもらいたいという思いが強くあります。それが、より良い自分であるための一つの指針、目安になっていますね。

加藤 朝彦

なるほど。最後に、福田さんの才能開花自体のイメージを聞きたいなと思うんですが。


福田 守

難しいですね。恐らく、眠っている才能が花開いて、それが続いていくイメージ。僕の中での才能開花のイメージは、自分の人生を自信を持って歩んでいるかどうか。

加藤 朝彦

それは、未来に対しても過去に対しても?


福田 守

どちらかと言うと、過去の経験を糧として、未来に対して力強く自信を持って歩んでいっている人って言うほうがいいですかね。経験を自分事として認めた上で、それを糧にして、自信を持って未来をより良く歩いて行こうぜ、と。そういう人は才能開花してるなっていうふうに思いますね。人生花開いてるなと。

加藤 朝彦

とてもいいお話が聞けました。ありがとうございました。

インタビューを受けてみて

福田 守

インタビューを文字で読み返しているとスラスラ話せている印象ですが、今している事と過去の出来事の一貫性に気づいて整理・理解して話せるようになったのは、わりと最近の事になります。エンジニアリングをライフワークにするキッカケは母が与えてくれたものですが、原点となるイラストやウェブサイトを作る土壌は父がパソコンを与えてくれたからで、どちらかが欠けていれば今の自分は無かったと思います。インタビューを通して、自分の仕事で誰かに喜んで貰えることを誇れる自分であるために、支えてくれる全ての人に感謝しつつ前向きに頑張ってゆく想いを新たにできました。

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