経験をもとに世界を広げ続け、データに活かす

吉沢康弘氏

ビジネスシーンにおいてデータはどのように活用すべきなのか。さまざまな業界のスペシャリストにお話を伺うインタビューシリーズ。今回は、「働く株主」としてベンチャー企業の支援を行うインクルージョン・ジャパン株式会社の吉沢康弘氏です。さまざまな規模やフェーズでデータと向き合ってきた吉沢氏に、データとの向き合い方についてお話を伺いました。

ロジックと仮説の差分から新しい仮説を設計することはライフワーク。

─── 吉沢さんのデータとの出会いを教えてください。

私は、大学院まで機械工学を専攻していました。理系の場合、データと向き合うのは日常なんですよね。仮説を作ってログデータを検証する。ロジックと自分の仮説がマッチするかを検証し、もしマッチしない場合は、その差分から新しい仮説を設計することはライフワークみたいになっていました。このデータに対する向き合い方は、いまでも変わらないですね。

その後就職したP&Gでは、顧客に対するインタビューや調査を徹底的に行ない、定性的なデータを定量化して扱う方法などの「調査の基礎」を徹底的に叩き込まれました。例えば、定性的にインタビューするときは、最初に仮説を作るためのインタビューをやり、ある程度ユーザーや消費者の声が自分に憑依するようになってきたら、そこから定量的な議論が初めて作れるみたいな、そういう作法を分析や商売の部分で教えてもらいました。

─── データを活用した成功例や失敗例はありますか?

その後転職した組織開発のコンサルティング会社で、アンケートデータをもとに業績と行動の指向性の関係性などを分析していました。ここで驚いたのは、数万人単位で分析していくと、割と明確な傾向が見つかってくるんです。マーケット調査って、せいぜい500とか1000くらいのサンプルでやりますよね。それを数万単位になると、これまでとは違う仮説をたくさん作ることができました。その仮説が組織開発やコミュニケーションの話とうまくマッチして、更に新しい仮説が生まれて活発なディスカッションができるようになったんです。

そんななか、その会社に在籍したまま生命保険の商品を比較して販売するWEBベンチャーを運営することになりました。このときデータで痛い目にあったんです。そこでは、ざっくりとした数字の例えで言うと、月に100万人サイト訪問者がいて、そのうち10人に1人は商品を買うというような想定して事業計画を作成しました。月々の契約数は10万件ですよね。それで資金計画も立てました。でも現実は、サイトに10万人訪れて、そのうち契約するのはのは100人に1人。1000件しか売れませんでした。

なぜこんなことになったかというと、このビジネスに関して、私に仮説がなかったんです。会社として初期に掲げていた「こうやったら売れる」という仮説を鵜呑みにしてしまい、その解釈のもとにデータを拾っただけだったんです。このときすごく反省しまして、「自分が感じた定性的な仮説ありきでスタートしないと、ただの数字遊びの世界になってしまう」と実感しました。そこで基本に立ち返り、P&Gでも行っていたように、契約してくださったユーザーへのインタビューを実施し、徹底的にユーザーを探りにいきました。そうすると、「100人に2~3人くらい契約してくれるかな」という感覚とユーザーの反応がマッチしてきたんです。それでようやくビジネスを持ち返すことができました。

これくらい買うよなという直感と定量的な数値がずれていないかという感覚をいまでも大切にしています。そこがずれていると、何か間違っていると思うようにしています。

吉沢康弘氏

まだ見えない世界に対する手触り感を持たないといけない。

─── さまざまな規模やフェーズの企業でデータを活用されていますが、データに対する向き合い方が変わった瞬間などはありましたか?

その後、ライフネットの立ち上げに携わったのですが、ここでデータに関する大きなパラダイムシフトが起こりました。私のいままでの経験から照らし合わせて、ライフネットが初めに見込んでいた契約数は少し無理しすぎな印象がありました。しかし、開業した年の12月にyahooニュースで取り上げられて、一夜にして売り上げが数倍に変わるということがありました。その後も、このような非連続な成長が数回ありました。私が「少し無理しすぎだな」と感じた計画は、「いずれ環境が変わって自分たちが目指す世界が実現できたら、このくらいの目標は達成できるよね」という数年後のゴールをイメージした仮説があったんです。

それまで私がやってきたビジネスでは、目の前で見えている仮説や感覚値に対する数字の後追いでした。しかし、ベンチャー企業が新しいことを始めるときは、「未来だったらきっとこうなっているだろう」という、まだ見えない世界に対する手触り感を持たないといけないってことに気付かされました。

ライフネットでの経験やさまざまなベンチャー企業をご支援してきた経験からいうと、分析が必要ない場面って急成長が始まったときなんですね。ものすごいスピードで成長している時は、バズ記事が自分の感覚を超えて一気に拡散するときと同じような状況です。その瞬間は分析というよりも、それに持ちこたえられる体制作りやそのスピードを維持できるような施策を考えるだけで手一杯になると思うんです。

最終的に発火するかどうかは、数人のリアクションを見ていれば分かるようになってきました。目の前でひとりを感動させられるサービスは、早晩知ってもらえば、何万人も拡散するはずなんです。どちらかというと、そこに至る前の「どうして大量発火しないんだろう?」というフェーズで、発火しない要因をきちんと分析して、やるべき努力の場所を探ることが未来に対して大切なのだと思います。ひとつひとつ発火してくれる地味な作業確認とか限られた資源を使い果たさないうちに発火させるための兵糧の計算に役立つイメージはありますね。

─── そんななかで、よく活用されているデータや指標はありますか?

自分たちがどのフェーズにいるのかの判断材料として顧客満足度を測るNPS(ネットプロモータースコア)をよく活用しています。この数値が高くないうちは広告出稿するよりもプロダクトやサービスの改善に努めたほうがいいとアドバイスをしています。ある程度NPSが高くなり「自然着火」するフェーズに入ったら、初期露出を獲得するために広告投下をしていきます。

これはもはや私の趣味でもあるんですけど、最近はNPSを“成果(目的変数)”に設定します。そこに「ツールの使いやすさ」や「価格」のような項目を説明する“要素(説明変数)”として分析してみるんです。そうすると、「満足層」「中立層」「不満層」でサービスに求めているモノが違ってくることがあるんですよね。そういう新しい発見ができることが楽しいですね。

吉沢康弘氏

データは、自分の学習を促進してくれる宝の山。

─── では、吉沢さんにとってデータとは?

私は「常に学習し続けたい」という気持ちが強いので、さまざまな知見を得ることができるデータは、自分の学習を促進してくれる宝の山ですね。データは玉石混交なので、丁寧に洗っていくと、自分が欲しい知識にたどり着けます。

とはいえ、データは100%正しいことはありません。私が間違いないと感じていることも、少し時間が経って冷静に考えると間違いだったと気づくことや、より大切な大きな流れのなかから見つかった特殊ケースだったかもしれないということはよくあります。他にも実は見当違いのデータを集めてしまっていて、解釈を間違ってしまうこともあります。

基本的には適切なデータを選んで分析すると正しい結果になるはずなんです。でも、真実ではないことを真実だと解釈していることも2〜3割はあると思います。私はそれでもいいと思っていて、ビジネスにおいては7割が合っているというのは十分な精度だとじゃないですか。私たちは神様ではないので、どこまでいっても間違うし、だからこそ新しい発見ができるので面白いですね。

─── データ活用で大切なポイントはどこでしょうか?

世の中という巨大なシステムのなかで、 自分が持っている世界観をどこまで広げられるかだと思います。例えば、「人の根本的な善意やモラルは業績と関係ない」と言ってしまった瞬間に仮説の範囲が狭まりますよね。そうすると、その範囲でしか思考することができなくなるんです。それを広げることを諦めている範囲の世界は、絶対に仮説として取り込めるわけがないので…。でも、広く世界を捉えていれば、その分可能性は広がります。最近よく思うのは、捉える世界を広げるだけではなく、常に好奇心を失わずに新しいものを見て、自分の見ている世界をバージョンアップしなければなりません。自分の経験をもとに世界を広げ続けることをしていかないといけないと思います。

─── では、その世界を広げるために大切なこととはどんなことでしょうか?

自分と馬が合わない人や自分が普段話さない人との対話を積極的にしていくべきだと思います。私は定期的に高校生や大学生が集うイベントにお邪魔させてもらい、彼らと話すようにしています。普段接点の無い彼らと話していると、いつもなら思いつかないような新しい仮説や自分が見えていなかった世界が見えてくるんです。自分が苦手な人は、見ている世界が違うから苦手なわけで…そういう声を聞きに行くことで初めて広く世界を捉えることができるようになるかもしれませんね。

─── 最後に、今後データ活用はどうなっていくと思いますか?

少し抽象的な話になってしまいますが、データを机の上に並べて、もっとオープンに仮説思考なディスカッションをしていけるようになったら楽しいですね。主観同士で話すと話は広がりませんし、お互いの見ている世界や仮説が見えてきません。自分の持っている仮説に沿ってデータを解釈するのが簡単になってくると、客観的なデータを基にして議論できる人も増えていきます。そうすると、複数の主観の解釈を重ね合わせ、それぞれの価値観や物事の考え方に照らし合わせながら議論できる機会が増えると思います。

吉沢 康弘

1976年生まれ。東京大学工学系研究科機械工学終了。P&Gを経て、人材開発系コンサルティングのHumanValue社に入社。世界最大規模の人材開発カンファレンスASTDにおいて、「エンゲージメント」をテーマとした発表を行うなど、企業の組織変革を中心としたコンサルティング及び研究に従事。その後、ベンチャー企業の企画・運営を同社にて担当後、株式会社ライフネット生命にて主に事業開発分野を担当。現在は新たなベンチャーの立ち上げ・成長を支援するインクルージョン・ジャパン(ICJ)を経営する。著書に『エリートだけが知っている仕事の強みの磨き方』(クロスメディア・パブリッシング)、『チームの仕事を間に合わせる技術』(あさ出版)がある。

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